315話 屍と踊り狂う幸せ
「うわあ……すごい光景だ……」
顔の見えない情報屋は、NPCゾンビにたかられ……それはそれは無惨にも肉を喰い散らされていく。まるで屍と踊る舞踏会の主役ばりに狂った足取りで、色々な部位が削ぎ落されていくのだろう。
「あ、師匠、やりすぎないで。こいつは実験材料になるから」
『ほぅッ? 我が愛弟子が言うなら加減してやろうッッ』
リッチー師匠は絶妙な匙加減で、亡者となった兵士たちや動物霊を駆使して情報屋の肉体を削ってくれる。
:【陰謀論者の左手】を入手しました:
:【絶望論者の足首】を入手しました:
欠損値や切断値が満杯になった部位から素材がドロップされていく様を眺めつつ、HPが全損しては実験終了になってしまうので適度に『翡翠の涙』を投げかけてやるのを忘れない。
「なんだッッ、このバッドステータスは……!? 【部位殺し】だとおお!?」
乱れ叫ぶ情報屋を完全にスルーし、できる限りの素材採集に勤しむ。
:【陰鬱なる骨】を入手しました:
:【陰険な耳】を入手しました:
:【暴言を生む舌】を入手しました:
:【呪吐きの喉笛】を入手しました:
およそどれも手に入れたくない代物ばかりの素材名だけど、組み合わせ次第では【合成獣の羅針盤】で良い悪魔の類が作れるのではないだろうか?
「絞れるだけ絞りとって後はポイってね。日頃からお前らがやってそうな事を真似てみたけど、あんまり気分は良くないかな……」
「おまえええええッッ! おまえごときがッッ! 姫プごときがあああ!」
彼はなけなしの気力を振り絞り銃口をこちらに向ける。しかし叫んだ拍子に開いた大口へ、猫の幽霊体が入り込み、モゴモゴと苦しそうに呻めきながらうずくまってしまう。
最後の反撃の狼煙はすぐさま鎮火してしまったようだ。
:【加虐者の心臓】を入手しました:
うん。
これにて終わりかな?
:傭兵『ぺドリズム』をキルしました:
:【高貴なる決闘領域】において【貴族示談】が3分間のみ行われます:
おや?
通常のキルであれば傭兵はすぐさまキルエフェクトをまき散らし、強制的にログアウトさせられるのに【高貴なる決闘領域】では仕様が異なるようだ。
:傭兵『ぺドリズム』の財産145万エソ……いくらもらいますか?:
:ぺド男爵領の領地……どこまで割譲しますか?:
:爵位・男爵……どこまで降格させますか?:
俺はログを流し読みして、即座に【ぺド男爵領】の領地システムを眺める。
「へえ、あんまり人々の生活はよろしくないようだ。でも鉱山開発だけはやけに力を入れてるみたいだな」
街や村のインフラ、食糧関係の設備がまるで整ってない分、NPC達に鉱山労働を強いる形で領地の経済状況はそこまで悪くはなかった。おそらく他領への売買もしているのだろう。
そして最も気になるのは貧しい世帯を対象とした【子買い制度】だ。端的に言えば人身売買、奴隷商売を手広く営んでいるようで、犯罪者しか入れない【鉄と鎖の腐敗都市ギルティガリオン】なんて街もあるようだ。というか、ここが【ぺド男爵領】の首都らしいな……他にも気になる点はあったけど、3分という短い時間で精査するのはなかなか難しい。
「クッ……わかった。今後……き、君のために情報収集をすると誓う。有益な情報があればすぐさま知らせると約束する……だから、どうか穏便に頼む」
高いプライドを自らへし折り、今更ながらに頭を下げる情報屋あらためぺドリズムさん。
俺はそんな彼の態度を見て、時間が惜しいので順番に各項目をタップしてゆく。
財産は全額没収。
145万エソゲットだぜ!
「なっ! ちょ、ちょっと待ってくれ!」
領地は全領を併合。
これで俺の領地は1.4倍に膨れ上がる。
男爵領にしては広大な領地だったな。
「おれ、俺様の領地が!? 全部、ぜんぶなくなったあああ!?」
爵位はお家御取り壊し。
貴族位がなければ今後は偉そうにしないだろう。
「俺様の称号がああああ!? 貴族位があああああ!」
ぺドリズムさんが悲痛な声を上げるなか、俺は更なる項目に目を通していく。
正直に言うと、もっとちゃんと見ていたいところだけど残り時間は1分半を切っている。
:傭兵ぺドリズムの装備……何を奪いますか?:
:傭兵ぺドリズムのアイテムストレージ……何を奪いますか?:
この辺も全部にターっぷ!
「たのむ! たのむうううう! 後生だから!」
してあげたいところだけど、さすがに傭兵としてこの辺を取ってしまったら致命的な気もするし……錬金術士の俺としてはアイテムや素材は命の次に大事なものだ。
大目に見て奪わずにしておくか。
「ぐぅうう……俺の装備ぃ、集めるのに苦労したんだ……よかった、よかったああ……」
なぜか泣き寝入りに入るぺドリズムさん。
これでなかなかの情けをかけたと思う。
だから最後はじっくりと見定め、一番有益なものを頂戴しよう。
:傭兵ぺドリズムの所有スキルを一つだけ選択できます:
:選択したスキルを簒奪できます:
:簒奪された傭兵はスキルLvに問わず、そのスキルが消失します:
【傭兵ぺドリズム Lv17】
スキル
【隠密 Lv45】
【擬態 Lv31】
【短剣 Lv24】
【影魔法 Lv12】
【神象文字の語り部 Lv6】
「ふむ? なかなか気になるスキルを持ってるじゃないか。じゃあ、【神象文字の語り部】いただきます」
俺は優しいと思う。だって一番、熟練度の低いスキルを選択してあげるのだから。
満面の笑みでそう宣言すれば、ぺドリズムさんは顔面蒼白になる。
「まってくれ! それは俺様がようやく手に入れて強化し始めたばかりのッッッ魔法弾のためにはそのスキルがッッ!」
うんうん、そんな事を言われたら余計に手に入れたくなるよね。
おそらく魔法弾っていうのは彼が先程まで使ってた銃器と関係するだろうし。
喚き散らす彼に向って、俺は釘を刺すためにゆっくりと近付き、さらに口元の笑みを深める。
「これでわかった?」
「な、なにがだ!?」
「俺達に刃向かうと根こそぎ奪われるってこと。次に何かしたら、何度でも装備を奪いにキルしに行くね」
残してあげた装備まで奪われるのは彼も不本意だろう。
彼は観念したように黙って下を向く。そうして数秒後には時間制限がやってきて、ようやくキルエフェクトをまき散らしながら消えていった。
「て、天士さま! ……ご、ごめんなさい、です……」
決闘領域が解除されると一番に傍に駆け寄って来たのはミナだ。
唇を噛み締め、深い悔恨を顔に刻んでいる。
「タロさんへの事後報告に賛同したのは私も同じです。私たちが判断を間違えなければこんな事には……申し訳ありません」
リリィさんも粛々と頭を下げてくる。
「そ、その……タロさん……」
コノエくんも何か言いたげに暗い顔つきで歩み寄って来る。
周囲の傭兵たちがリッチー師匠や悪魔群に遠慮して近付くのを躊躇うなか、俺のフレンドだけは何の警戒もなく距離を縮めてくれるのが少しだけ嬉しい。
だけどフレンドたちの申し訳なさそうな顔を見て、チクリと胸が痛む。きっと猫を失った悲しみから、ひどく後悔しているのがひりひりと伝わってくるのだ。
せっかく嫌な敵も倒したのだから、このお通夜ムードをどうにかしたい一心でリッチー師匠へと目を向ける。
『動物霊は幽体として自我を残しているためッッ、愛弟子の力で復活できる! とだけツウィートしておこうッッ!』
「師匠! 大好きだぜッッ!」
俺の師匠はナイスすぎる存在だった。
感極まって漆黒たゆたう師匠へとジャンピングハグをかませば、『クカカカッッこの不滅王リッチィィィーデイモンドにッッ不可能などありはしッッ……ま、愛弟子よッ? 首の骨はももももろいから、我は物理耐性皆無であるわけでッッその、離セイッッ離れなさいッッとだけツィートしておこう……』
おっと。
師匠の首にぶら下がるなんて、弟子として無礼な行いだったかも?
俺はそれからリッチー師匠の言う通り、傭兵用の復活アイテム『迷いなき救いの紅水』を3匹の猫型動物霊へと振りかけてあげる。
「……ト、トラ!? 本当にトラなのか!?」
「ももちゃん!? ごめん、なさい……。もう二度と怖い思いはさせないのです……!」
「はぁぁぁうう……私のゴールディさんが世界一ですわ!」
みんなが破顔し、猫達へと歓喜の声を上げながら駆け寄るまでそう時間はかからなかった。
俺はそんな友達の笑顔を眺めてやっぱり思うのだ。
幸せだなって。
◇
情報屋騒動から数日後、傭兵団【殺戮者と支配者の耳】は、ジョージ率いる【サディ☆スティック】により徹底的に戦争を仕掛けられ、あえなく厳しい服従条件で敗北したそうだ。
「ふぅ……これで一件落着かな……」
ゲームからログアウトした俺は、自室のテレビを何気なくつける。
そして自然とニュースを流しつつ、少しだけ汗ばんだ首筋を備えつけの真っ白なタオルで軽く拭く。
現実改変を目の当たりにし、もうすっかり習慣になってしまったニュースチェック。
『速報です。さきほど秘密裏に少年少女を組織的に拉致・誘拐し、人身売買事業を行っていたと疑いのある株式会社プアーモレット代表取締役員数名が逮捕されました。本件は昨年より断続的に続いた誘拐事件の解決の糸口として摘発され――』
モニターに流れた悲惨な内容に息を呑む。
「うわ……やってる事がぺドリズムさんに似てるな……」
顔の見えない情報屋。
彼も『子供は食いつぶすだけの道具』としか見てなかった節がある。
「ぺドリズムさんみたいな人ってやっぱり現実にもいるんだなあ……」
反吐が出そうな内容に心は急激に沈む。
世の中は悪いことをして利益を得ている人が不特定多数いて……それで回ってる部分も少なからずあるのかもしれない。
世間の闇を垣間見た俺は心中に暗雲が立ち込める。
そんな鬱々とした気分を晴らしてくれたのは、スマホの通知音だ。
タップして画面を見れば、最近は連絡が途絶えがちだった親友たちからのメッセージだった。
『訊太郎、久しぶりだな。元気か?』
『最近は本当に忙しくて、なかなか連絡できなくてごめんね』
ゲームではいつでも会える。
現実でだって必ず会うって言ってたくせに……最近の2人は全くと言っていいほど、絡みが薄くなってしまった。
そんな不満が胸中からあふれてくるけど、やっぱりに勝ってしまうのは喜びの方だ。
『まったく、晃夜と夕輝はゲームには全然インしてこないし! こっちは色々と大変だったんだから!』
嬉しい気持ちを押し隠し、俺は親友たちへ愚痴をぶつけるのだった。




