314話 王道と覇道の錬金姫
後半はコノエくん視点です
「なあ、動物霊って知ってるか?」
「ど、動物霊が何だ? いきなりオカルト話か?」
俺の問いに一瞬だけ言葉に詰まるが、それでも虚勢を張るかのように声を荒らげる男爵傭兵。
「ね、猫殺しがお気に召したようだなあ? そんな脅し文句で俺様がすこしでもビビると思ったのかあ? 所詮はオカルト好きのガキかよ、ちょっと召喚術ができるからって調子に乗るな!」
巨大かつ禍々しい【奈落門の守護悪魔】を目の当たりにして、まだそんな台詞が吐けるのかと感心しつつ、俺は警戒心を解きはしない。
何かしらの隠し玉がありそうな傭兵だ。
銃もそうだけど、他の傭兵と違った圧倒的な何かを持っていそうな雰囲気がある。
「ちぃ……クソガキ相手に使うのはもったいないが……【魔弾銃】!」
男爵傭兵が再び銃撃を【奈落門の守護悪魔】へと浴びせる。
すると彼の声とは思えない澄んだ詠唱が辺りにこだまし、やまびこみたいに響いた。
『律せよ、神々の光束、天に背きし愚者への鎖、汝に悔い改める恩寵を授けん――【氷獄の呪縛】』
銃弾は【奈落門の守護悪魔】へと直撃する前に魔法みたいに具現化し、凍てつく刃が連なる鎖となった。
地面や空中より、突如として現れた鎖の数々に【奈落門の守護悪魔】は一瞬で身動きを封じられてしまう。
「こんな所で紫からもらった貴重な魔弾を使うはめになるとはな……だが、これで! 完全に俺様のターンッッ!?」
相手の無駄なお喋りをよそに、俺は【奈落門の守護悪魔】の背後に身を潜めながら次々とアイテム発動に勤しむ。『小悪魔の爪』を三つほど地面へばらまき、そこから生じた闇より飛翔する小悪魔たち。
『キキキッ』
『クキキッ』
『チキキッ』
総勢3匹の小悪魔は立て続けに『小悪魔のいたずら』を発動し、男爵傭兵にデバフをかけたようだ。
2秒間だけ視界を闇に染める『暗転』、小悪魔自身の姿を3匹に分裂したように見せる『分影』のどちらかをランダム発生させる撹乱アビリティだが――
「何も見えないッ!? 目が、目がああああ!? 元に戻っ、クッ、なんだお前らは!?」
小悪魔に向かって通常の銃弾を何発も放つ男爵傭兵。
しかしなかなか本体に当てられず、無駄撃ちも多い。その錯乱っぷりはまさに某アニメの悪役だ。
「クソが! 大人しく俺様の思い通りになれ!」
自分が危機的状況にあるなかで、あくまでも他者を踏みつぶし、己の糧にしようとする貪欲さを見て俺は決める。
簡単に勝負をつけてしまうのはやめよう。
こういう輩はじっくりと、なるべく錬金術の糧になるように料理するのが鉄則だ。
◇
ボクは夢……いや、悪夢でも見てるのかな……?
仏さん……タロさんが次々と恐ろしい悪魔たちを呼び出し、ボクのトラをキルしてしまった傭兵を追い詰めている。
トラを失ったのがショックすぎて、頭が真っ白になったと思ったら――次は白銀の美姫が導く闇の蹂躙劇が始まるだなんて。
白亜の領域で決闘を演じるタロさんはまさに恐怖の象徴かもしれない。そのどこにいても輝く銀色、幼く、可憐な容姿とはギャップのありすぎる漆黒はびこる光景に、ただただ圧倒されてしまう。
だけど、どこか怖さとは別次元の、尊い美しさを放つ彼女から目が離せないのも事実で――
って、ボクは何を思ってる!?
どうかしてる!
殿下の婚約者相手にッ、ボクの競うべきライバルにこんな感情を抱くのはおかしい。
冷静になるんだ、ボク。
「すまない、コノエ……来るのが少し遅かったようだ」
すぐ隣にいた『一匹狼』の団長、ヴォルフさんがしかめっ面で呟く。
何かあればすぐに連絡しろと、常日頃からボクらにきつく言っていた団長はボクの救援に駆けつけてくれた。だけどタロさんに先を超されて、面目ないと思ってるのが表情にすごく出ていた。
「ヴォルフさん、助けに来てくれてありがとう」
「フンッ。大人には恨みがあるからな、俺の勝手でやってるだけだ」
団長の一見して冷たい返答に、ボクは笑みで返す。
すると団長についてきた他の団員たちも口々にボクに話しかけてきてくれる。
「コノエ~だから言ったろ~! 俺達と遊んでた方が安全だって」
「てかコノエって『白銀の天使』さまと友達なのか!?」
「なな、紹介してくれよ」
「強いし、可愛いよなあ~」
『白銀の天使』……タロさんはやっぱりそう呼ばれてるのか。
今は天使なんて、到底そんな雰囲気ではない彼女だけど……妙にしっくりくる称号に内心で納得してしまう。そして急に話しかけてきた団員たちへどう反応するべきなのか迷ってしまう。
「よし。腕は切断完了、うわあ……『暗殺者の右腕』だって……」
そうこうしてるうちにタロさんは顔の見えない傭兵の右腕を……奪っていた!?
なにあれ……。
あんな事がこのゲームはできるの?
「き、きさまあああああ!?」
絶叫と怒号が混じった叫び声を上げ、顔の見えない傭兵は銃を乱発する。
中には魔法みたいな現象を起こす効果もいくつか発動してたみたいだけど……そのことごとくを彼女は凌駕していた。
青白のドレスを纏った綺麗な人形が氷で防いだり、6枚もの羽が生えた小人が風でなぎ払ったり……ん、あの人形ってボスキャラで人気のブルーホワイトに似てる? それに荘厳なオーラを放つ小人って風妖精の、妖精女王の候補みたいに見える……?
そして多くの屈強な悪魔たちを呼び出し、徐々に追い詰めてゆく様子はまさに地獄そのものだ。
まるで敵の攻撃を歯牙にもかけない絶対君主のような佇まいで、敵傭兵の全てを叩き潰していた。
「クソッ、クソがクソがッ!」
敵の銃弾も尽きた頃、タロさんは臣下を裁く王のような口調で敵へと疑問を投げかけた。
「なあ、一つ。純粋な疑問なんだけど、どうしてお前らはこんな酷い事ができたんだ?」
「ひどいだと? 何が?」
「情報収集のために他人を脅し、他人の大切にしていた猫をキルし、あまつさえ不必要に心を傷つけようとする愚行だよ」
「愚行……だと? 正義の味方気どりのバカが。お前がガキでまだ現実をわかってないから、そんな綺麗事を吐いていられる」
「綺麗事……?」
「そうだ。結局人間ってのは他者よりも優れた存在でありたいんだよ。そのためには人から奪う方が効率いいし、何より楽しめるだろう?」
「……」
「みんなやってんだよ。政治家だって、金持ちだって、結局のところシステム的には他者が汗水垂らし、時間を費やして手に入れた物を少しずつ吸い取ってるじゃねえか?」
「いや……でもそれは何かをするにあたって必要な対価であったり……」
「はん! 純粋にそれだけなら良かったんだがなあ、現実は違うぞ~! 欲が絡めば無駄に搾取する。んで、搾取ってのは強者であるためには最も効率のいい方法だからな。別によぉそのスタイルをゲームに持ってきても問題ないだろ? たかがゲーム内の出来事だからなあ」
「たかがゲームね……」
「どうせ真面目や愚直にやったって、上手くいかねえ事の方が遥かに多いんだよ! なら効率よく裏技ってわけだ。他人を傷つけようが関係ないね! 俺様たちが優位に立ち、勝てばそれでいい! 結局はお前も同じだろう?」
「そうか……お前はそうやって……いくつもの大切な物を見落として、壊し……その両手からこぼしていったんだな……」
タロさんが何か呟いているけど、敵はそれに構わず大音声で喋り続ける。
きっと劣勢に立たされた現状を突破する唯一の道を模索し、交渉しようとしているのかも。
「他がための善行なんて綺麗事は、世間じゃ通用しないケースばっかだぜえええ! この辺が理解できたなら、一つ提案がある。俺様とお前が組めば、けっこういい線いくと思うんだよなあ。大人の俺様がお前を上手く指導してやるから、どうだ? それに特別報酬として100万エソ相当の情報とかもやるぞ?」
ボクの予想通りの展開だけど、続きもまた予想通りだった。
「ん。情報屋ってわりに肝心の部分が抜けてたりするから却下で。お前の情報にそれほどの価値はないし、仲良くしたくはない」
ばっさりと切り捨てるタロさん。
「それと、俺はお前の考えに賛同できない。確かに俺はまだ子供で、世間の荒波? とか知らないことばっかりだよ」
そして彼女はゆっくりと語る。
「でもこれだけは言える」
なぜかタロさんはおどろおどろしい髑髏を取り出し、それを見つめた。
「どうせできない、無理だと嘆くより。他者を踏みつぶして得る利益より――」
彼女の纏った闇が深まる。
「自分の望みを掴むために努力し、誰かに喜んでもらえる幸せだってある。綺麗事すらも、この手で実現できる大人になった方がかっこいいと思う」
タロさんに付き従う者たち、特に悪魔たちが彼女の手に乗ってる髑髏を目にして一歩下がった。
まるで何かの予兆をするように、何かを待つように――
「だから、俺は……お前の言う綺麗事を、当たり前の物にしてみせるよ」
そしてタロさんはボクたちの方へと振り返り、とびきりの笑みを咲かせた。
「だってみんなが大好きだから」
彼女の発言に胸が飛び跳ねる。そして二重の意味でボクはびっくりする事になった。
なぜなら、夜の闇すら容易く塗り潰す漆黒が降臨していたから……。
「起きて師匠――」
彼女がそう呟けば――
さっきまで髑髏だった物が、銀麗の王冠を載せた何者かに変容する。
贅を尽くし、丹念に編み込まれた黒いマントが闇に揺れる。
皮も肉もない骨だけの左手に握られた荘厳な爵杖を、カツンと白亜の大理石に響かせ、『カカカカッ』と笑い声を残す。その数瞬後にいくつもの黒い柱が地面よりほとばしり、まるで天へ反逆するみたいに千の黒雷をとどろかせたソレは、まさに死者の王だった。
『我が闇に踊れ、我が威光に目覚めよ――――』
そしてタロさんが呼び覚ました何かがゆらりと呟けば、その場すらも揺るがすに至る。
何か、何かが起こっている。
ただそれだけしか察知できないけれど、それでもゾクゾクと背筋が震えるのを止められない。
傍観者となってしまったボクですら、何かを期待してしまう。
「な、何をした……!? なんだ!? どうして俺様の衛兵たちが、立ち上がる!?」
敵の傭兵が狼狽するのも無理はないと思う。
だって、さっきタロさんの人狼たちが屠ったNPCたちがムクリと起きあがり、ゾンビみたいな形相で彼に迫っているのだから。呻き声を上げながら、素早い動きで敵へとなだれ込むゾンビ衛兵たちは炎にたかる虫のようだ。
命の灯を放つ彼に向かって『自分たちも生が欲しい』と嘆きのゾンビたちによる怒涛の波。その中に、かすかにゆれる霧みたいな存在を見逃さなかった。
見逃せるはずがなかった。
だって、その子は、その子たちは――
『これだけはツツツツツィートしておこう。動物霊たツィよッ。存分に楽しむがよい』
トラと、ゴールディさん、ももちゃんの三匹が幽体となって、宙空を疾駆していたんだ!
ボクはトラの姿を見て、幽霊だったとしても嬉しさが無限に込みあげてくる。
そしてなにより……多くの存在を自在に従えるタロさんに、畏怖の念を抱く。
「タロさんは一体……?」
「なんだ、コノエ。知らずに白銀の天使と遊んでいたのか?」
ボクの呟きにヴォルフ団長が呆れたように息を吐いた。
周囲にいた団員たちも同じような反応で、ボクに説明してくれる。
「『白銀の天使』さまは絶対に敵に回してはいけないんだぜ」
「時に雪姫と氷結の舞踏会を開き、月光と共に風の妖精女王と舞う……」
「巨人の王を従え、吸血鬼と人狼を束ねし、錬金姫」
「フンッ、到底信じられない噂ばかりだけどな……」
ヴォルフ団長はタロさんを見つめ、珍しく微笑んでいた。
「こんなのを見せられたら、やっぱり噂ってのはあてにならない」
団長の顔に浮かぶのがたとえ苦笑いだったとしても、タロさんに友好的な感情を抱いているのがわかる。
「夜の闇をも従えるなんて……実際は、噂を遥か彼方に置き去りにしてるじゃないか」
仲良くしておけよ、とヴォルフ団長は呟くのだった。




