313話 悪魔を生む錬金術士
「もちろん、泣いたって許しはしないから」
俺の一言に残り9人の傭兵は及び腰になる。
ただし、それも数瞬の事。
「ハッ! 許しを俺様が請うだと~? たかが犬っころ数十匹で粋がってんじゃねえ。つまらねぇんだよ、こちとら既に人狼の攻略方法は知り尽くしてるからな!」
いち早く顔の見えない傭兵がわめき散らし、落ちた戦意は元に戻ったようだ。そしてすぐさま数人の敵から『キィィィーン!』と耳鳴りを爆音にしたかのような異音が発生し始める。
超音波のようなそれはひどく耳障りで、こちらの精神をガリガリと削ってくる。
たしか『感染都市サナトリウム』時代において、一部の傭兵の間では人狼の攻略方法は見つかっていると噂を耳にしたことがある。人狼の動きを止めて、その隙に集中砲火を浴びせるといった手法だった気がする。
人狼は耳が良い。おそらくこの超音波みたいなアビリティによって動きを止められてしまうのかもしれない。
「さーって、役立たずの犬どもへ攻撃だあ! お前らいつも通りやるぞ!」
彼の号令で、敵勢は夜の闇に溶け込むように姿を消す。なんらかの隠密アビリティ、もしくは擬態アビリティだろう。
ただし、肝心の顔の見えない傭兵は余裕の態度を崩さずに棒立ちだ。
「天使やろー、よぉおく聞け! お前こそ手も足も出ず、俺様にひれ伏すんだよぉお!?」
ふむ。
俺は腰に差さった二刀のうちの一振りをおもむろに鞘から抜く。
『蒼暗刀・高貴』に固有アビリティを発動するためだ。【天候:夜】の時のみ使用可能な【魔眼・夜皇】により、暗がりに染まる夜も鮮明に見渡せる。
そう、今の俺の目は少しの歪みすらも見落としはしない。夜の闇に乗じて不意討ちなどの小細工は感知できるにいたる。
「ぎゃああッ!?」
「ぐうッ!?」
そう、感知するだけで、俺は何もしない。
「なんだ!? 人狼どもが動ける!? 『聖銀木霊』が効いてない!?」
「こいつらッッ、俺達の『常闇芝居』も見破ってるぞ!?」
「ぐあぁッ!? 一撃が重い!」
敵の傭兵らは、鼻と耳が異様に鋭い『月華の人狼』たちによって、難なく位置を補足されては無造作に食いちぎられている。
ちなみ人狼の動きを止める超音波とやらは、ただの人狼になら効果は抜群だったのだろうが、俺が率いてるのは『冷血なる人狼』以上の上位種ばかりだ。
それほど効果的ではない。
むしろ不快感も相まって、より獰猛にしてしまうだけだろう。
「この役立たずどもがッッ! なら俺様がやる、これでも喰らえ!」
顔の見えない傭兵は、味方のやられっぷりに毒づいた。
ここまでは想定内だったが、次の彼の行為には予想の斜め上を行かれた。
彼の右手に握られた――
ごつい長銃から不意にパァンパァンパァンッと乾いた銃声音が鳴り響く。
これはさすがにヤバいと思って反応しようとするが、さすがは銃だ。
なすすべもなく、俺は銃撃にさらされてしまう。
「失笑。微々たる鉛傷、早々に治癒」
が、しかし。
肝心の銃弾は一発も俺には届いていない。
「憂慮。銀製であらば危ぶまれ」
俺の目の前にはこの世の者とは思えない美男美女が立ちはだかり、銃弾の全てをその肉体にめり込ませていたからだ。
ヴラド伯爵より派遣された【貴族位吸血鬼】は、護衛として常に俺の影に潜んでいる。2人は危機を察知してその姿を現してくれたのだ。
しかも吸血鬼特有の再生能力がすさまじいのか、弾丸を受けた箇所は既にかすり傷一つない。
「ルード卿、アキレス嬢。ありがとう」
「告知、閣下の命はヴラド伯爵様と同義」
「忠節、閣下は我らの主と同義」
これにはさすがに顔の見えない傭兵もピクリと動きを止めてしまう。
うーん、確かに先程の彼が言った通りの展開になってしまったかも?
だから俺は敵勢に対してゆっくりと顔をめぐらし、思ってる内容を口にする。
「なぁ、手も足も出ない、とはまさにこの事だな?」
俺は両手をぷらんと上げてニコリと笑ってみせる。
「お前ら相手に、まるで自分の身体を動かす必要がないな? つまらないよ」
「クッ、クソがッ……だが、俺様にはまだッ!」
何やら奥の手を隠し持っていそうな雰囲気だな。こういう輩を放置しておくのは今後に響きそうなので、後顧の憂いを絶つためにもここは徹底的に情報を抜き取って、完膚無きまでに叩き潰す必要がある。
だから俺は撒き餌も兼ねて、右斜め後方で息をひそめながら闇に隠れられてるつもりの傭兵へと狙いを定める。
「さすがにこのままじゃつまらないから、ちょっと遊ぼうかな――初太刀――」
居合の構えで深く腰を落とす。
「――零戦――」
一瞬で敵に接近し、横なぎに一撃を払う。
そして敵の傭兵が攻撃を認知した頃には、詰めた距離の半分ほど離れた場所に俺は忽然と姿を現す。
「なんだ……いまのは!?」
ふむ。俺の一撃を受けた傭兵は驚愕してはいるけれど、そこまでのダメージはなさそうだ。
やはり、俺の力やこちらの刀では火力が低いのだろうな。
でもきっと目的は十分に果たせたかな?
「まさか……こいつは話題の新スキル、刀術スキルを!?」
「超超高額で鉄血ジョージが取り扱ってると聞いてたが……」
「ここでも姫プかあああ! 知り合いの伝手で横流ししてもらうとか、汚ねえガキだ!」
よしよし釣れたぞ。
いい反応してくれる。
情報収集をしているだけあって、俺の放ったアビリティと刀を見ただけで刀術スキルに辿り着いたのはさすがと言えよう。
ただ、俺が刀術スキルを作ったという肝心な部分が抜けているが訂正する気はない。むしろ知られていなくてホッとする。
さて、面白いほどに相手が勝手に勘違いしてゆくのを見て、俺の遊び心がさらに顔をだしてしまう。
「ただの刀術スキルだと思うか?」
そう問いながら、すらりと二本目の刀を鞘より抜けば――
やはり過剰に反応してくるのだった。
「まさか……二刀流だと……!?」
「一体どんなスキルなんだ……!?」
「そういえば『狩人の神』も双剣使いだったな。妹の方も同系統か……」
「ちぃっ……」
二刀流とうそぶいて腰に刀を二本差しているが、別に『刀術スキル』の切り込み数が2倍になったりしない。むしろ『燈幻刀:【鏡花】』よりも火力の劣る武器で一撃を放つから、弱体化したに等しい。さらに言えば、二刀を握りながら斬撃を放つというのは存外に難しい。
というか動き辛い。
だが、しかし!
どうせ両手に武器を持てる仕様で、ちょうど刀もそれにふさわしい物を『武打ち人』から頂いているわけでして。要は姉が双剣スキルを使ってるのを見て、かっこよかったので俺も形だけは真似てみただけだ。
「俺の二刀流スキルを味わいたい奴はいるか?」
思いっきり不敵な笑みで相手を牽制する。
あははは。
ただの強がりだし、ボーっと突っ立てるだけなのに、相手は揃いもそろって警戒心マックスだ。
そしてその間にみるみると敵傭兵の数は人狼たちにすり潰されてゆき、残りはたったの3人。
さてここまで減らせば、万が一の事があってもミナたちに危害を加えるのは難しいだろう。
そして十分に相手が欲しがりそうな『二刀流』も嘘だけど見せてやったわけだし、情報収集をさせてもらうか。
あわよくばこんな奴らから全てを奪う算段も立てながら喋る。
「なぁ、そこの顔の見えない人。もしかして爵位持ち、領地持ち傭兵だったりするの?」
「な……に……? どうしてお前が……」
知っているか、だって?
この反応はビンゴ!
ならばと俺は『伯爵銀記章』を提示する。
「じゃあ、これ。持ってるよね?」
「なッ!? お前も、しかも伯爵……!?」
イグニトール女王陛下より賜った叙勲の証でもある『伯爵銀記章』。実はこれ、自領へのワープアイテムの他に違う使い道もあるのだ。
「あぁ、俺は同じ爵位持ち傭兵ってわけだ」
「通りで俺様より強大な戦力を……く、クソッ! お前みたいなクソガキは、周りの配下さえいなければ余裕で勝てるのに! どこまでも姫プやろーがぁぁああ!」
「これ持ってるなら、知ってると思うけど【高貴なる決闘領域】しない?」
【高貴なる決闘領域】。
それは互いの全てを賭けて、1対1の決闘をするといった爵位持ちのみができる戦闘システムだ。
貴族間での揉め事に発展した場合、問題解決に使われる手法だそうで、互いが決闘に承諾した場合のみ成立する。決闘者のみしか入れない透明のバリアが周囲に張られ、他者はその場の証人として戦いの様子も観察できる仕様になっている。
そして一番肝心な要素は双方の爵位や領地、財産をも賭ける危険すぎる代物って部分。積み重ねてきた生涯そのものを担保にし、スキルさえも一つのみだが奪える。
「どう? 俺と1対1で戦いたいんだろ? これなら配下は入り込めないぞ?」
さて、状況を整理すれば、あちらは敗北必至の空気が濃厚だ。だが一際高いプライドのせいでその現実を受け入れがたい様子。それに目の前には二刀流スキルをぶらさげた俺が、生意気にも1対1で勝負をしようと言い出している。
まさに千載一遇、形勢逆転のチャンスに見えるだろうな。
「あっはっはっはー! 天使ぃ、お前は本当にバカなんだなあー、俺様と【高貴なる決闘領域】とか千年早いわ~!」
「え? いや、手も足も出す必要のない相手に負けるはずないでしょ?」
煽ってやると、面白いぐらいに即答だ。
「舐めやがって。乗ってやるよ、その愚鈍な提案になあ! 俺様とお前じゃ賭けにすらならねえんだよ!」
奴が『男爵紫怨章』を掲げると、その場で【高貴なる決闘領域】が生成されてゆく。
他者の介入を拒む透明なバリアだけでなく、決闘にふさわしい荘厳なバトルフィールドが即座に生成されてゆく。白亜の大理石によって彩られた空間は、どこかの宮殿か神殿のようだ。
双方の全身全霊を賭した空間にふさわしい場が設けられ、俺もそれなりに気分が高揚してきた。
「それじゃあ、始めようか。決闘を」
互いの全身全霊をぶつけ合う、ありとあらゆる能力やスキル、アビリティ、アイテムを駆使して行われる戦い。
俺はその最初の一手として躊躇いなく、俺自身が作ったアイテムを使用。
「速攻で終わりだああ! 俺様の銃弾で大人しくキルされなああ!」
敵が拳銃を構えるより早く、『敗北の四言者』によって生成したアイテム【奈落門の両扉】が俺の眼前へと姿を現す。
禍々しい漆黒の大扉には、赤黒い血管が通っているかのように脈々と鼓動を打っている。その突如として出現した扉に敵の銃弾はことごとく弾かれ、甲高い音だけが虚しく響き渡る。
「命滅、儚き光を閉ざせ――」
キーワードを口ずさめば、平たいはずの両扉からもこりもこりと黒光りする何かが生まれ始める。鋼より硬い表皮、竜と同等の巨躯、怖気が立つような悪魔的フォルム。紅の炎を宿す眼光が見開き、天からの救いを遮断する扉を大盾のように両手で握った【奈落門の守護悪魔】が顕現する。
『グォォォォオオオオオオオオオォォオオオッ!』
地の底から怨嗟をまき散らすような、身の毛もよだつ大咆哮。
その威圧感に圧倒されたのか、男爵様は一歩、二歩と後ろへよろめいた。
「おい……なんだ、これは……しょ、召喚スキルか!? いや、召喚するスピードがこんなに速い召喚アビリティなんてない、はずだ……」
「あれ? もしかして、また手も足も出ないかも?」
さてさて。
このような外道であるならば、心おきなく実験ができる。
人体部位素材の採取、始めますか。
「そういえば――」
今度こそ、心の底から腰が引けた男爵傭兵に、俺は冷たく微笑む。
これから始まる恐怖と絶望によって、絶対凍土の大地をその心に張り巡らしてやろう。
「なあ、動物霊って知ってるか?」
内心で抑え込んでいた怒りを放つ時がきた。




