312話 神罰の天使
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冷やせ。
頭の芯から凍土を根付かせるようにして、高ぶる感情を絶対零度で研ぎ澄ます。
『…………ジョージ……』
『あらん? どしたの天使ちゅわん♪ そんなに怖い声で、いやん』
『ミナとリリィさん、コノエくんが【支配者と殺戮者の耳】に襲われてる』
『……へぇ。こっちは傭兵団【支配者と殺戮者】の解体、もしくは支配に向けて傭兵団規模で【戦争】の準備を進めていたのだけどん、ごめんなさいね。思った以上に、あっちが行動に移すのが早かったようね』
『いいんだ。事後処理、任せてもいいかな?』
当たり前の戦術論だが相手の戦力が定かでない状態で、敵の懐に飛び込むのは下策だ。
敵の情報を制した者こそが、戦争を制する。
戦争は始まる前の段階で既に勝敗が決する、と言われることもある。
『もちのロンよ♪ でもそうねえ、あちきも暴れたい気分だからぁん、なるべく急ぐわねん☆』
だから、きっとジョージ的には俺の先行は賛成できるものではないのかもしれない。
それでも止めて来ないのはきっと、フレンドチャット越しから伝わる俺の感情を察してくれているのかも。
『頼んだ、ジョージ。俺は一足先に行く』
『あちきの分も残しておいてねン♪』
『それは――』
きっとジョージは俺を案じて、間接的に無理はするなと言いたいのだろう。
『――それは、保証できない』
ミナからチラッと聞いた惨状に、心の底から凍てつく風が吹き荒れるのだ。
自分を抑えられる自信がない。
都市の防衛力も加味して部隊の全てを引き連れることはせず、『聖痕の人狼部隊』の動員を3分の2に留めておく。それでも40人ほどの部隊となるが――本当は『衛兵』を含めた、『タロ伯爵領の騎士団』を総動員して完膚無きまでに叩きつぶしたいところだが……移動速度にも難がある。
「『聖痕の人狼部隊』に告ぐ」
精鋭部隊の編成を素早く整え、出陣の合図を出す。
「今宵は狩りではない。なにせ殺戮にはちょうどいい月夜だろう?」
クラン・クランの大空に、夜のヴェールが舞い降りようとしている。
うっすらと浮かぶ白い月を見つめ、俺は自領より全力で跳躍した。
◇
「あはは~、この程度かよぉお。天使の取りまきって奴はとんだザコ集団だなぁあ!」
不快な音声が耳を貫き、怒りで心が震える。
魔導錬金の『古代遺物の解明者』によって【失落世代の懐中時計】を用い、『神喰らいの大狼フェンリル』と融合した今の俺は、速度、膂力、その全てが限界突破していて、もちろん聴力も凄まじい。
俺に届く悲劇を察知し、逸る気持ちを抑えつけながら状況を素早く把握する事に全集中する。
「なんだなんだ、必死の抵抗もその程度かあ~! お前ら、まだこのガキ共をキルするなよ! 猫どもがキルされる姿をじっくりと見せてやらねーとなぁ。それにまだ……」
音だけで判断するに、どうやらミナとリリィさんのパートナー猫が奪われてしまっているようだ。
「はーい! 2匹目キルゥゥゥ~! さってと、次は3匹目~!」
あまりにも非道すぎる行いに俺は思わず吐き気を催しそうになる。
まだ、目では見ていないけれど、その残酷な光景は容易に想像がつく。リリィさんのゴールディさんがキルされたと知り、俺はさらに足に力を込めて爆速で空中を駆ける。
早く、早く――――
どうにか、ミナのパートナー猫のももちゃんだけでも助けたい。
ようやく村の広場に足を踏み入れ、敵が集中する箇所へ猛進する。
傭兵が……10人、フレンドチャットをもらった時よりも増えてるな。それに衛兵に似たNPCまでも、まるでミナたちに敵対するように……総勢30人近い敵戦力か。
俺は目に入る敵NPCを不意討ちの形でなぎ払う。
神獣化した四肢にはフェンリルの爪、口には牙が宿り、俺の進む道を阻む雑兵を塵の如く散らして喰らい潰す。
「はぁーい3匹目ええ! 残念でした~また来てねえええ」
「ハァッハァッ、やめろ!」
奴は、奴は……あろうことか俺が辿りついたその瞬間に、まるで見せしめに晒すかのようにミナのももちゃんへ短剣を突き刺した。
「やっと来たか。そこのガキがこそこそとフレンドチャットしてるのを、この俺様が気付かないとでも思ったかあー?」
顔の見えない傭兵、『支配者と殺戮者の耳』の団長は不協和音を奏でて、俺の方へゆっくりと顔を向ける。
「はっはっはー愉快愉快! お前は俺らに誘い込まれたんだよォォオ?」
非常にこちらとしては不愉快な煽り文句を言ってくる傭兵はスルーし、まずはミナ、リリィ、コノエくんの無事を確認する。
「天士さま……ごめんなさい」
「タロさんにはご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんわ」
「トラが、トラが……」
1ミリも無事ではなかった。
ミナは今にも泣きそうな顔で謝って来るし、あの勝気なリリィさんですら俺への謝罪だ。
そしてコノエくんには至ってはトラ君を失った悲しみのあまり、涙をこぼしていた。子供の、少年の心を踏みにじるその悪行に腸が煮えくりかえる思いだ。
そんな内心とは逆行し、身体からは神獣の力が抜けていく。どうやら融合時間制限が過ぎて元の身体に戻ってしまったようだ。
俺は少しでも早くここに辿りつきたくて、【失落世代の懐中時計】に登録された多くの神獣と順番に融合して来た。
結果、次の融合が可能になるまでのリキャストタイムは、早い神獣でも1時間。温存できた神獣も、防戦といった観点からあまり適した戦術は組めないだろう。
つまり、ここからはほぼ神獣の力に頼ることはできない。
「なんだなんだ、その程度かよ? 時間切れってやつですかぁ~? まんまと俺らの支配領域に誘い込まれて、無様を晒しに来ただけなのかぁ?」
支配領域……ひっかかる物言いだな。
「俺様が直接に手を下す必要はなさそうだなあ。なにせ俺様はここの支配者、寄生プレイのお前には到底理解できないだろうが、俺様の一声でここのNPCは俺様に従うのさ」
なるほど。お前も領地を支配する爵位持ち傭兵ってわけか?
もしくはそれに準ずる何かを持っている?
「おーっと、あまりの驚きに愕然としちゃったか~? やっぱり、姫プはその程度だよなぁぁあ?」
ふむ。つまり、周囲で武器を構える兵士NPCは……顔の見えない傭兵の配下だと。
無造作に俺達を囲むだけで、外周には背を向け、しかも1人1人の武装や練度はうちと比べて異様に低いと見える。
俺が入り込んできた時もろくな反応もできず、まるで奇襲に弱い陣形しか組めない程度か。
「……この程度か?」
ぽっと口から出たのは本音。
「ア゛? ガキが、今なんて言ったあ?」
顔の見えない傭兵が、俺からこぼれた落ちた本音に一早く反応する。
「いや、だからこの程度かって」
そろいもそろって間抜けな兵士NPCたちの事を指し示す。
ついでに、お前も、とわかりやすく指を向けてやる。
「おい、ガキ。この状況を理解できてるのか? ここはそこのクソ坊主みたいに、泣いて許しを懇願するシチュエーションだろうがあああ?」
やすい挑発に面白いぐらいに揺さぶられる男だ。
さて、と。俺の融合化した移動速度についてこれず、置いてきた『聖痕の人狼部隊』も着いた事だし、始めるとするか。
「捻り潰せ」
俺の静かな号令によって、夜の村は人狼たちの遠吠えに埋め尽くされる。
そして続くのは人体がひしゃげ、潰され、噛み割かれる残虐の音の数々。
瞬く間に兵士NPCたちは人狼たちの牙や爪によってなぶり殺され、残ったのはわずか10人の傭兵だけだ。
その中でもわずかに動きを見せた傭兵が、一際大きな白毛の人狼によって頭上から叩き潰される。圧倒的な巨躯の持ち主でありながら、宙空から素早く姿を現し、迅速に敵を屠ったのは『王喰らいの人狼』から進化を遂げた【月姫の人狼】だ。
「グルルゥゥ。俺の姫の邪魔はさせない」
出会った当初は反抗的だったのに、今となっては忠実な番犬みたいになってしまっている。
さて、ほんの数秒の間だったけど、形勢は見事に逆転している。
敵の残党はわずか9人の傭兵。こちらは4人の傭兵と40人の人狼たち。
「で、お望み通り、泣いて許しを懇願するシチューエーションになったな?」
そっちがね。
「ああ。もちろん、泣いたって許しはしないから」
これもまた、お前たちがしようとしていた事と同じなのだろう?
暗に表情だけでそう語ってやると、敵の傭兵たちは一歩後ずさった。




