311話 独占欲に悲しむ少女
たくさんのご感想、ありがとうございます!
今回はミナヅキ視点です。
「あら? コノエさんの様子が……」
最初にその異変に気付いたのはリリィさんでした。
彼女は優美な所作でクシクシと右前足を使って金の毛並みを整える。
天士さまからいただいたアイテムのおかげで宝石猫となったリリィさんが、ネットワークを活用して黒猫と白猫の争いをなくす方法を探そうと言い出したのは、つい先程の事。
「コノエくん、が……?」
その名を聞いて、少しの不快感が胸の奥から湧き出てしまいます。
「ええ。先程の女性の方々と別の場所へ移動してますわね……あらあら、辺鄙な村ですこと」
至高の存在たる天士さまに、何やら複雑な感情を抱いてそうな近衛神宮彩閣くん。
最初は不遜にも心底嫌そうだった彼も、今ではすっかり訊太郎くんを……天士さまを意識しちゃってます。
彼もまた天士さまの輝きに当てられて、惹かれてしまった子。近衛神宮家の跡取りだから表面上は穏やかに接していましたけど……。
「そうですか……放っておきましょう」
なるべく天士さまに近付けたくない。
そんなわたしの独占欲が頭をもたげてしまいます。
「そうですわね。私たちより、あんな気品の欠片もない女性たちを選択した男児など、気にかける必要ありませんわね」
なんて言いつつ、リリィさんは8つある水鏡のうちの1つを、コノエくんのパートナー猫視点のままに設定しています。
少しだけ、ほんの少しだけ気になってわたしも横目で眺めます。
これは別にコノエくんを心配しているのではありません。ただ、傭兵団【乙女会】は妖精の舞踏会で絡んできた人達ですから、ちょっと怪しくて監視しているだけなのです。
「何やら……不穏な事態になりそうですね……」
「ええ。ひ、ふ、み、3名の殿方に絡まれてますわね」
しばらく観察していれば、乙女会の女性傭兵2人とコノエくんが複数の男性傭兵と険呑な雰囲気になっているのに気付きます。
「……コノエさんに何かありましたら……」
リリィさんの呟きは、わたしの行き着いた思考と同じです。
「……天士さまが、悲しみますね」
「仕方ありませんわね。ちょうどここから近いようですし」
「はい。わざわざ天士さまのお手を煩わせずとも、わたし達だけでどうにかなります」
もめそうなのは男性傭兵3人。対して私たちは3人と2人の合計5人。
数的にはこちらが有利。
そんな理由付けをして、コノエくんを天士さまに近付けさせないのは――
醜い嫉妬かもしれないし、余計な独占欲なのかもしれないのです。
でも、わたしだって……ずっと、ずっと訊太郎くんを、天士さまを傍で見て来たのです。
この想いは簡単に誰かに譲るなんて、できません。
それにわたしだって、天士さまと出会った頃と比べて成長しています。いつまでも天士さまに頼り切りなんてダメなのです。
幼馴染としてもパートナーとしても。
だから、リリィさんとわたしだけでもどうにかできるのです。
わたしは自分に強くそう言い聞かせ、パートナー猫のモモちゃんを連れながらコノエくんの元へ駆けます。
◇
勇んでコノエくんの助力になればと駆けつけたわたし達だったのですが――
『天士さまッ! 大変です! コノエくんが――――あの不気味な情報屋に、コノエくんの猫ちゃんが人質に取られてしまって……』
結局は天士さまに助けを求めてしまいました。
自己嫌悪に陥りながら、それでも猫ちゃんを助けたい一心で天士さまへとフレンドチャットを飛ばします。
『なに? 今、ミナたちはどこにいるの?』
『えと、【ぺード男爵領】の【カスル村】です』
『すぐ行く――「ほぉーら、ほら。どうだガキ共があ! これで少しは岩妖精に関して白状する気になったかー?」
頼もしい天士さまのみことばを上塗りするのは、ひどく不快な声。
顔に影のうごめく傭兵はその声から滲み出る嗜虐心を露わに、コノエくんのパートナー猫……トラくんを掴んでいます。
まるで人質を取るかのような振舞いに嫌な予感が走ります。
「は、離して下さるかしら!? 猫さんは関係ありませんわよ!」
リリィさんの顔に焦りが浮かび、懇願となってしまうのは当然です。
相手は増援も含めて傭兵が7人。まさか増援メンバーに、さっき天士さまを悪く言った傭兵が来るなんて予想外です。それに加えて天士さまみたいに……村の兵士NPCを従えているのか、10人以上もの武器を構えたNPCに囲まれてしまいました。
しかも……【乙女会】のお二方は早々に逃げてしまったようで、コノエくんやわたし達が狙われてしまう流れになってしまったのです。
「おい、そこの坊主。お前が新しいパートナー猫を作ったとしても、毎回ひどい目に合うぜえええええ。なんたって俺らがお前を見つけ出し、何度でもお前の猫をキルしてやんよぉぉお」
名前のわからない傭兵は下卑た台詞を吐き、その内容が恐ろしい脅しとなってコノエくんの心に直撃してしまいます。
パートナー猫はHPがなくなっちゃうと……その猫ちゃんを制限時間内に生き返らせなかったら、2度と再会することはできません。唯一の手段、天士さまが持つ蘇生アイテムだって猫ちゃんに有効か不明です。
ましてコノエくんは蘇生アイテムがあるなんて知らないでしょうから、キルされたら二度とトラ君とは会えないと思ってるはずです。
……わたしの胸中に激しい後悔の波が押し寄せてきます。
最初から天士さまや他のフレンドさんに、協力を願っていればこうはならなかったのです。
醜い嫉妬心に駆られ、コノエくんの大切な猫ちゃんを失うはめになるなんて……。
「はーやーくー、教えないとぉお、お前らの猫は全滅するぜええ。クハハッ、たかが猫ごときで血相を変えるなんてガキだなあ。お前らにとって、そーんなに猫が大切かあぁぁあ?」
普通に戦っても勝てそうにありません……。
ましてや猫ちゃんの生死を握られてしまったのでしたら、わたしたちにできる事は……ありません。
「情報通りのご反応をありがとなあ~」
抵抗の意思を見せないわたしたちを嘲笑する男性傭兵に、せめて気持ちだけは負けたくないと睨み返します。
きっと天士さまなら、同じ状況でも諦めないとわかるから。
だから少しでもトラ君が助かる方法を、時間稼ぎでも、何でもできる事を探すのです。
「えっと、岩妖精さんに関する情報をお伝えすれば猫ちゃんは解放してくれるのですか?」
「それなら話す! 話すからトラを返してください!」
必死に懇願するコノエくんの姿をジーッと眺める顔の見えない傭兵。
不意に彼の口元がニチャリと音を立てて笑みを広げたみたいに揺らぐ。
「バァカだなぁ~! 頼み方が違うんだよ。『次の猫はキルしないでください』だろぉお?」
そう言って容赦なくトラ君を――
ザックリと短刀で切り裂いて、しまい、ました……。
「もう岩妖精について教えるのは当たり前なんだよなあ。お前らやっぱガキすぎるわあ、状況読めてる? 理解できてる? はーい、次いきましょ~!」
「ゴールディさん!?」
リリィさんから悲鳴が上がります。
それはわたしも同じです。
「モモちゃん!?」
リリィさんとわたしのパートナー猫が、彼と彼の仲間の手に握られてしまいます。
いつの間に、と疑問をはさむ暇もなく状況は悪化しちゃい、ます……。
「そろいもそろって、クソおもろいなお前ら。天使だなんだって騒がれてる奴の取り巻きなんて、ほんとクソみたい奴ばっかりだな。類は友を呼ぶってかぁ~! クソはクソらしく、黙って俺らに従ってればいい」
天士さまなら、冷静に猫ちゃんたちの安全を確保して……交渉する時間を稼げるはずだったのに……わたしじゃ、こうも上手くいきません。
なら、わたしはわたしなりに抗うしかないのです。
目の前でモモちゃんがキルされてしまいそうなのに、何もしないなんて到底できません……!
「『下天の刻、断罪の聖水、轟け、濁流にまたたく天使い!』」
覚えたばかりの、今のわたしの中では一番強い青魔法の詠唱を素早く口ずさみます。
それに呼応して、すぐ隣のリリィさんも弓を構えてアビリティを放とうとします。
「『ニ連星矢・鈍潰し』――――」
だけど、同時にわたしたちは強い衝撃に襲われ、転倒してしまいます。
すぐにHPを確認すれば、たったの一瞬で3割も削られてしまった事に驚愕する他ありません。
「何を――――」
何をしたのですかと疑問を投げる前に、顔の見えない傭兵が手にする物を見て察します。
「はい、ペナルティ1なぁ~! 俺様に反抗の意思を見せたぁぁあ~!」
彼が右手に持っていたのは【千銃の放浪王オリンマルク・サーフェイス】の拳銃に良く似た武器でした。天滅の十氏が見せた武器よりも大きく、長く、鈍重そうで原始的。
たぶん、熾天種NPCが持つ拳銃よりとっても性能面では劣っていそうな代物ですが……。
「じゃあーサックリと刻んでやりますかね~! このクソ猫どもの身体には死を、お前らガキ共には俺らに逆らうとどうなるかって記憶を刻んでやるぞ~」
手も足も出ず、ただただ目の前で大切な猫ちゃんたちを失ってしまいました。




