310話 闇に染まりし錬金少女
『魔神契約ソロモン宮』という高レベルダンジョンを適度に徘徊した俺達だったが、アイテムストレージが満杯になってしまったので俺の屋敷へ戻る事になった。
「エル、本当にありがとう。素材もたくさん手に入ったし、Lvも14に上がったよ!」
義妹のミシェルことエルがいてこその、この大収穫。
兄としてはしっかりお礼は言っておく。
「宿り木、くれる。エルこそ感謝」
「宿り木って何だよ。普通にいつでも自由にここにいていいからな」
「はーい!」
エルは主に『神兵』が治安維持している街は出歩けない。見つかればすぐに目の敵にされて襲われてしまうからだ。なので俺のタロ伯爵領を拠点にこのゲームを楽しんでもらっているのだ。
エル的には自分が安心して過ごせる場所を提供してくれる俺への感謝を述べたかったのだろうが、日本語を勉強中の義妹は時々変な日本語を使ってしまうのだ。
「おかえりなさいませ、閣下」
「あぁセバス。特に変わりはないか?」
「はい。領地に問題はごさいません」
邸宅に戻り、俺は伯爵モードに切り替える。
「俺はしばらく錬金術に集中する。何かあれば言ってくれ。それとエルは賓客としてもてなし、自由にさせてやれ」
「かしこまりました」
「お兄ちゃん、また錬金術?」
「そうだ。エルが戦うのが好きなように、俺は錬金術が好きなんだ」
「それは、エルより好き……?」
「……エルの方が好きだ。まだ一緒に遊んでほしいのか?」
「ふんふふん♪ だいじょーぶ!」
ご機嫌な義妹は人狼たちと遊ぶと言い出し、中庭へと出て行ってしまう。
人狼たちにとっては骨の折れる遊びになるだろうとわかりつつ、義妹の跳ねる背中へ微笑みを送る。遊びと言う名の訓練になってしまうだろうが、『聖痕の人狼部隊』には良い刺激になるだろう。
「エル、やりすぎるなよー」
「だいじょーぶ!」
よし。
一応は釘も刺したことだし、俺は俺で錬金術の秘奥の習得を試みるぞ。
「己が道を指し示す――【崩位:幻想獣の咆哮】――」
こうして俺の激しいダンスレッスンが始まった。
◇
「はぁはぁッ――」
激しい息切れと動悸、そして熱気が俺の全身を包む。
ダンスを――錬金術を使いこなし、極める。そう決意してから早1時間が経つ頃、俺は一つの確かな充足感を覚えていた。
ダンスの感覚をより掴むため、現実の方でも室内で身体を動かしていたのだが――
「つかめて来たぞ」
既に【崩位:幻想獣の咆哮】で創り出せたアイテムはいくつもある。
『小悪魔の爪』は地面に突き立てると、黒い影がトプンと出現しそこから小悪魔が出てくる。
また『魔人のランプ』はこすれば煙と共に上半身だけの真っ黒な魔人がでてくる。
『門番悪魔の鍵』は空中に向けて鍵をさし込み、ひねると異界への扉が開き、門番悪魔を呼び出せるのだ。こちらは『天候:夜』のみしか使用できない。
どれも時間制限や回数制限はあるものの、なかなかに便利そうなアイテムだ。
そして……アビリティ【崩位:極東を明かす一番星】では『いたずら好きな影悪魔』という、HPが全損しない限り消失しないモンスターも創り出せた。
【崩位:極東を明かす一番星】では一つの素材のみでしか作れないから、強力なモンスターではない。
けれどちょっとした不意討ちや、牽制にはもってこいの能力を備えているのでこちらも使いどころによっては十分に活きるだろう。
ちなみに【崩玉】化すればアイテムストレージにしまえるとの事だったが、結局このアビリティで創った魔物は【崩玉】化する必要がある。というのも合成獣の命の灯を消させないためには、リッチー師匠よりもらった【生命を灯す種火入れ】に入れる必要があるのだ。
この命の輝きを永遠に維持できる装置は以前、人造生命体の太陽に焦がれる偽魂を創った途端、【生命を灯す種火入れ】から【陽精を宿す種火入れ】に変化した。
【崩玉】化した合成獣を入れると、もちろん名称やランタンその物のデザインも変化していった。
まるで、揺らめく命の灯をこの手で管理するのが――
その燃ゆる炎と光を指し示すのが錬金術士だと、師匠に言われているような気がして、俺は無我夢中で他のアビリティにも没頭していった。
「俺の身体を素材に使うと、全ての合成獣に【銀属性】が付与されるね……」
アビリティ【崩位:極東を明かす一番星】からは人体の部位素材を使用することが可能だ。
それも踏まえて、【崩位:二冠を堕とす西暦】や【崩位:南無 三宝荒神】、【崩位:敗北の四言者】を一心不乱に検証し続けた。
まず【銀属性】、俺の人体部位を使うとデメリットが存在した。素材と適合しない場合、無条件で合成獣の創造は失敗に終わる。
また人間を素材ベースに入れているためか、通常の合成獣よりも基本ステータスの低い個体も散見された。
だが、デメリットばかりではない。
【銀属性】の主な特徴は、【天候:月】と【星】、つまり夜晴れてさえいれば全ステータスがアップするという優れもの。しかも特定の邪教や魔属性持ちに対しての与ダメージが増加するそうだ。さらには聖光や神属性への抵抗力をも持つ。
ちなみに創り上げた合成獣は、どれも悪魔系統ばかりだ。おそらく、『魔神契約ソロモン宮』に出現するモンスターが悪魔ばかりだったので、自然と悪魔素材が多いものとなってしまったのが原因だろう。
自身が生み出した悪魔たちを種火入れに入れていると、なんだか笑いが込み上げてくる。
「しかし、悪魔に強い悪魔って何だろう」
そして【銀属性】の特性効果は、俺が捧げる部位によって大小が変化するのだ。
「自身の代償によって、恩恵の大小が決まる。なんちって」
1人でつまらないギャグを口ずさんでしまうのは、少しでも緊張をほぐすためか。
不安の表れとも言える自分の発言に苦笑してしまう。
十分に検証はし終えたのだ。
ダンスの練習だって完璧に近いはず。
合成する素材数が増えてゆくほど、ノーツの数が増加したり、テンポや楽曲が複雑になっていったりとなかなか苦戦したが……今の俺ならば、成し遂げられるはずだ。
「禁忌を見定めよ――」
俺は【禁断を捧げし人体練成の魔眼】と【あなたに捧げる人体練成の魔眼】の両眼を発動させ、対象に『欠損値』『切断値』が付与する。
そして最も、大切な部位を……正直、今まで試した事のない箇所へと定める。
それは俺の左胸。
最も『欠損値』と『切断値』の高い、採取し辛い場所を見つめて刀を握り締める。
「ははは、とんだ危険なゲームだよな。クラン・クランってさ」
そして大概、俺も傍から見れば正気の沙汰とは思えないような行いをしてるのだろう。
今から俺がする事は狂気、いや狂喜かもしれない。
だが、ふと人類の歴史は何事も狂気から始まったのではと疑問が芽生える。
そう、稀代の天才や、世の常識を作った傑物は、みな常識から外れた行いを極めた者ばかり。その時代にはびこる常識にとらわれず、当たり前を疑い、既存の法則を壊し、新たな常識を民衆に創る。
そう、それこそが偉大なる錬金術士なのだ。
「常識を、世界を創り変える――まるで、このゲームそのものだな」
現実をゲームが侵食し、塗り変えてゆく様は、まさに錬金術と同じだ。
そこに一筋の冷ややかな感情が、恐怖が芽生える。だが、俺は、俺達は淘汰されるだけの存在に成り果てる必要はない。現実が改変されてゆくのを認知できる限り、利用し、抗ってみるのも一興だろう。
「さあ、なるようになれ!」
刀の刃を左胸に突き立てる。
何度も、何度も、何度も。
なかなか上昇しない『欠損値』と『切断値』だが、やがて100に達すれば――
視界は暗澹に支配された。
そしてキルログが流れる。だが同時に、ドロップ素材の告知も見逃さない。
:あなたはキルされました:
:ゲームに再ログインするのに10分の時間を要します:
:お疲れさまでした。ログアウトしてください:
:『白銀姫の鼓動』を手に入れました:
俺は自身の心臓の素材化に成功した。
◇
リッチー師匠が残した言葉は、今も俺の胸に深く刻まれている。
『錬金術への愛が重要なのではない』
『その愛を何に向けるのか、何を成すために錬金術の道を突き進むのか』
『それこそが至上の命題だ』
何度も反芻したその教えを俺なりに解釈して臨むは、錬金術の果て。
貴重な素材を――
失敗は許されない、ただの一つしかない師匠の形見を投入して、【全崩位:全知全能の五皇説】へと立ち向かう。
俺は――
ウン告白の時に親友たちに支えられ、この世界へと誘われた。
初めてのネトゲでジョージから色々と教わり、アンノウンさんにお世話になった。
シズクちゃんやゆらちから一緒に戦う喜びを教えてもらった。
ミナヅキと苦難を分かち合い、1人では辛かった事も2人だから笑い合えた。
リリィさんと出会えて、衝突から始まる友情もあるのだと知った。
茜ちゃん……トワさんは大切な胸の高鳴りを思い出させてくれる。
そして姉やミシェルはいつも俺に寄り添ってくれ、頼もしさと安心をくれる。
他にもたくさんの傭兵たちと出会えたから、今の俺はここにいる。
みんなから……俺は俺のままでいいって認めてもらった事が嬉しくて。
だから、『錬金術なんて』と馬鹿にされたりもするけど、俺ならできるって信じられる。
そして、みんなからもらった元気を少しでも返せたらって。
どんなにちっぽけでも、どんなに取るに足らない事でも。
所詮はゲームの中の出来事でも。
俺の錬金術で、みんなの幸せを創れたらって思う。
だから師匠――
俺にもっと可能性を見せて――
いや――
俺自身が、示し、歩みを進める道なんだ。
俺自身が、自分に可能性を見せるんだ。
最愛の人が亡くなっても決して希望を捨てなかったリッチー師匠。俺は諦めない心を、『まだ何かできる』と言葉にできる力を引き継いだ。
どんな闇や壁だって打ち砕いてみせる、みんなを笑顔にできるぐらいの人間になりたいんだ。
そんな思いを込めながら、ひたすらに身体を動かす。
次々と迫るノーツを目で追うより早く、予知に近い感覚で認識しては四肢を躍動させる。
背後の崩位磁針にノーツが当たれば、俺の決意に応えるかのように輝きが降り注ぐ。
踊り、舞い、煌めきを生む。
そして、未だ届かぬその先に触れたくて両手を伸ばす。
:『狂おしき無血の闇』、『リッチーの骨』、『金錆びた王冠』、『死霊王の爵杖』、『不老の闇濡れた死高石』:
俺の錬金術で【錬成:希少化】しなくとも、すでに全てが【希少素材】であるリッチー師匠の一部たち。
そこに俺自身を加えれば――
:人体部位『白銀姫の鼓動』:
:崩位磁針が五つの異界を指し示すのに成功しました:
:『五位界』と結び、合成獣の顕現に成功しました:
「これは……いや、貴方は……」
:【銀獄を語りし不滅王リッチー・デイモンド】を現界させました:
闇そのものがうごめき、暗黒の嵐が吹き荒れる。そこかしこから影が湧き出て奔流するは懐かしき光景。
そして数瞬のうちにして深い深い夜が辺りを支配するなか、唯一……
一点だけに曇りなき銀光が宿る。
それは俺が捧げた心臓の証。
無限の漆黒を従えた、白銀の王冠を付けたその者は――――
その髑髏は確かに見覚えのある、哀愁すら感じるフォルム――
「ついに、俺は……師匠を――――」
禍々しい、この世の全ての闇を背負いし不死の王が両手を差し出してくる。
俺も歓喜に打ち震え、思わずその手に触れる。
やっと、ようやく、師匠と再会できたんだ。
思わず瞳がうるみ出してしまう。
「真、偉業でアールッッ! 愛弟子よッ! このワタシ、再生ッと不滅ィッの錬金術士! リッチィィィィィィ! デイモッッ『天士さまッ大変なのです!』」
偉大なる師匠の記念すべき復活文句は不意に遮られてしまう。
「……」
「……」
俺とリッチー師匠は無言で見つめ合う。
決まりの悪い空気が流れるも、フレンドチャットの響きは止まらない。
『コノエ君が――! 助けてくださいッ!』
ミナからの切羽詰まった悲鳴が届いたのだった。
思えば、人間って【闇】に閉ざされた存在ですよね。
高く飛び続けても宇宙の闇が広がり、低く沈み続けても海底の闇に辿り着く。
でも、神秘の闇だからこそ美しい。
そんなふうに思えたのは、皆様のおかげです。
暗闇のように感じる毎日でも、きっと美しいと思える瞬間があるかと存じます。
どうかそんな【煌めき】を忘れないでほしいです。
わたしにとっては読者の皆様が【煌めき】です。
書籍版3巻がいよいよ明日の【7月2日】に発売します。
ウェブ版とは違う物語となった、『もう一つのネトゲ廃人』がここまで歩めたのは――
これもまた皆様のおかげです!
誠にありがとうございます。
もし本屋さんやAmazonなどでお見かけしましたら、お手に取ってくださると幸いです。
あなた様の日常に、ほんの少しの煌めきを添えられたらと願っております。




