305話 蒼天と零黒の錬金術士
「狡猾と嗜虐の紫苑……俺様は【千銃の放浪王オリンマルク・サーフェイス】」
拳銃を携え、自身を【天滅の十氏】と名乗る男は陽気に語る。
「そうこっちを睨みなさんなって」
その軽い口調は王位を持ちながら放浪の身には似合っていた。
「国を持たぬ王? 滅んだ国の王? 違うぞォ~」
キラリと紫水晶の瞳を輝かせ、妖艶に微笑む。
まるで俺の内心を読んでいるかのような余裕を見せつけてくる。
「――俺様が率いる臣下、国民、国は、常にここにいる」
【千銃の放浪王オリンマルク・サーフェイス】がそう言えば、彼の背後より無数の煙が山のごとく沸き立った。それらは大小様々な形をしており、人や獣、中には竜や鬼、悪魔や天使、巨人に魔物など、ありとあらゆる幻霊が万となり姿を現す。
みな一様に微動だにせず、彼に着き従う様は壮観で……やはり、その迫力に圧倒されてしまう。
「超えられるのか? 俺様達を」
山越え――という響きがしっくりとくる臨場感。
いや、それより遥かに高い頂きを目にして、誰が強気で頷けようか。
白猫たちは無事で、相手に敵対する意志がないのなら、無闇にケンカを売る必要はない。
だから俺達3人は首をフルフルと横に振り、降参の意を示す。
「ほーう、ほう。賢明だ。それに俺様は何も悪い事はしてないぞォ~」
彼はまたたびに酔った白猫たちを指して、満足げに頷いた。
「こいつら白猫ちゃんどもはな? 思念魔力っつう特別な力がある。んで、またたびをかいで気持ち良くなってよォ~、遊ぶ! ネズミを嗜虐的に殺さず生かさず、いじって痛めつけて、愉しそうにおもちゃにする」
「は、はい……」
「するとどうだ。白猫ちゃんどもの思念魔力が、良質な幻霊を生む。俺様はただソレを回収してるってだけだぞォ~」
なるほど。
しかし彼が【魅惑のまたたび】を白猫に提供する以上、黒猫たちとの争いは永遠に続く。
猫達の戦争は止まないのだ。
「でも、それじゃあ白猫と黒猫はずっと仲の悪いままになるのでは?」
俺の質問に【千銃の放浪王オリンマルク・サーフェイス】は首を傾げた。
心の底から『それがどうした?』とでも言うように。
狡猾と嗜虐の紫苑、と名乗るに相応しい態度だ。
あの反応はまずい。深く言及しない方が良いと判断し、俺は急いで口をつぐんだ。
「ほーう? ほう。よく見ればお前さん、他の十氏の色がついてるじゃないか。濃いのは【蒼天】……調和と慈しみね。んー? ちらっと【零黒】の、創憎と想造も見えるぞォ~」
興味深そうに俺を眺め、不敵に笑う【千銃の放浪王オリンマルク・サーフェイス】。
青と黒、俺の記憶の中でその二色を鮮烈に連想させるのは……大空と妖精の守護者、【空猛き賢者ミソラ】と、愛ゆえに東の巨人王国を潰した【滅びと再生の錬金術士リッチー・デイモンド】、2人とも縁のあるNPCだ。
まさかミソラさんって……【熾天種】NPCだったの!?
リッチー師匠の方は、多分ちがうはず。【神智の錬金術士ニューエイジ・サンジェルマン】から【創世】の称号を受け継いだのは、【創憎の錬金術士ノア・ワールド】だから【天滅の十氏】の一柱は【創世の錬金術士】となったノアなのだろう。それでもサンジェルマンに師事を受けたリッチー師匠から、俺は力を多少は引き継いでいる。
だから【千銃の放浪王オリンマルク・サーフェイス】には零黒とやらがチラついて見えるのか?
……どうにも情報が足りない。
このまま会話を続けて彼から情報を引き出したいけれど、迂闊な発言は憚られる状況だ。
何せ身体の自由が効かず、生殺与奪はあちらに握られたままなのだ。
だからといって何もしないのは愚の骨頂。
せっかく会えた【天滅の十氏】、錬金術士としてこのチャンスは最大限に活かすべきだ。そう、強大な存在の象徴として囁かれるNPCにもわずかな欠点やほころび、弱点はないかを探るのだ。
俺は【禁断を捧げし人体練成の魔眼】と【あなたに捧げる人体練成の魔眼】の両眼を発動させ、対象に『欠損値』『切断値』が付与されないか試す。
まあ、この魔眼は傭兵にのみ適用されるらしいから、もちろんNPCには効果がないけれど、人間以上に人間臭い喋り方、特徴のある【熾天種】NPCならもしやと思って見つめてみる。
いや、ね?
錬金術士としてさ、やっぱり気になっちゃうからさ。
一部でもこいつの身体や部位って素材化できたりしないのかなって?
将来的には、ほら、戦って切り落として、素材化できたらロマンでしょ? だって【熾天種】を素材にして作った物ってとんでもない気がするし!?
もちろんお世話になってるミソラさんには、永遠にそんな事をする機会は訪れない。けど目の前のコイツは別だ。
「――ッッ!?」
なんて思考を巡らしていると、俺の目には信じられない情報が入って来る。
【千銃の放浪王オリンマルク・サーフェイス】、彼のありとあらゆる身体の部位に『欠損』と『切断』の数値は『0』と表記されていた。
つまり、蓄積可能で、もぎ取れば採取できるという驚愕の事実だ。
もしかして彼は傭兵の可能性あり……?
いや、特別なNPCだからか?
これは他のNPCにも魔眼を使って検証する必要がありそうだな。
それに、奴の周囲に漂うあの文字はなんだ……?
各部位には見慣れない文字列が天使の輪っかみたいに浮かび、さながら守護リングの如くゆっくりと回っている。淡い光を放ち、浮遊する文字のブレスレットや首輪といった見た目で、魔眼ごしで彼を眺めればわりと神聖さを感じてしまう。
「ほーう、ほう。お前さん、この文字が見えてるのか。いい目してるな。零黒の先代も神智をあばくだなんだって、この神象文字が読めていたが、なかなかの見識があるぞォ~!」
やば。
簡単にバレてしまった。
でも彼の表情は喜びに満ち溢れているから、悪い方にはいってない?
「ほーう、ほう。俺様を覗き見るその狡猾さ、気に入ったぞォ~! 男爵になったあいつより見どころのある奴がいるじゃないか」
無機質な彼の美貌が微笑みで歪む。
「どうだ? お前になら【魅惑のまたたび】の在りかを教えてやってもいいぞォ~」
その笑みを目にして、悪魔の囁きめいた台詞だと感じたのは俺だけだろうか。




