304話 秘密の宴会と放浪王
神経系の病気だと判明しました。
この2年はだいぶ無理をしていたようで……しばらくは闘病が続きそうですが、更新はなるべくできるように頑張ります。
読者のみなさまに支えられております。
ありがとうございます。
「ん……?」
複数の猫用エサ置きならぬ水鏡、ネットワークを介して遠方の映像を覗いていると、気になる内容が飛び込んできた。
それは数十匹の白猫たちがファンシーな大広間に集まり、1人の男を囲んでいる風景だった。
『ほーう、ほうほう。今日もよくよく猫ちゃんどもは集まるぞォ~!』
男は皮のジャケットを羽織り、膝部分が破けたジーパンといったキザッたらしい風貌をしている。特徴的なのは濃い紫色の髪で、その艶やかな色合いをこれでもかと主張するように前髪をサラリとかきあげた。
『よーし、よし。猫ちゃんども、いい子にしてろよォ~!』
かなりの美丈夫である。だが、その顔はどこか偽物めいていて、能面を見ているような錯覚に陥る。彼のまとう『無機質』さと『不気味』さが相まり、彼を一言で表すなら『死霊を狩るハンター』といった言葉がしっくりくるだろう。
『ほぉら~猫ちゃんどもォ~! 大好きな【魅惑のまたたび】だぞォ~!』
間延びた口調だが、どこか優雅さのある所作で白猫たちにまたたびを与え出す男。まるで演奏会の指揮者にでもなったかのような振舞いで、またたびをばらまく。
俺は彼の顔に鋭い笑みが広がるのを見逃さなかった。
獰猛さと気品を兼ね備えた男、そいつが【千の顔】と呼ばれる人物だと知る。
白猫と黒猫の対立の根幹は【魅惑のまたたび】の取り合いだ。その原因ともなる物を与えている存在が一体どんな人物なのか……。
俺はただちにネットワークから、現在覗いている視点の猫がどこにいるかを検索する。
「――すぐ近くじゃないか!」
俺はすぐそばにいた白猫に、この広場にいけないかと提案する。
すると、すぐに色良い返事をしてくれた。
『【宝石猫】さんなら入れるかもにゃ~』
こうして俺とミナ、リリィさんは白猫の案内の元、【魅惑のまたたび】が配られているであろう広場へと案内してもらう。
「これは……猫用サイズの入り口だな……」
「小さいですわね、にゃ」
「大きな葉っぱに隠れてるのもポイントです、にゃ」
どうやら木製の猫タワーの随所に小さな小さなトンネルがいくつかあるらしく、そこは猫だけの通り道となっているようだ。
秘密の道をくぐれば、幾重にも続くアーチ状の巨大ねこじゃらしが俺達を出迎えてくれる。
まるで淡い金色のドーム内に入ってしまったような光景で、ちょこっとだけその綺麗な景色に目が奪われてしまう。
だが、ここが例の【魅惑のまたたび】が配られている広場なのだ。
『んん、待つのにゃ。そこなる猫たちは今回の【またたび毛玉】を持ってるのかにゃ?』
『魔力をたっぷりこめて作った【またたび毛玉】を納めないと、ここは通さないのにゃ』
ここまで順調に進んでいた俺達だが、2匹の白猫に待ったをかけられてしまう。
なるほど。白猫たちが持っていた毛玉はネットワーク用の水鏡になるだけでなく、ここを通るための通貨にもなっていたのか。せっせこ毛玉を転がし作っている白猫たちを多く見かけた理由はこれにあったのか。
さて、どうしたものか……魔力をこめた【またたび毛玉】なんて持ち合せていない。
待てよ。
魔力……?
俺は、ネットワークを白猫たちに利用させてもらう際のやり取りを思い出す。
白猫たちは俺の耳を舐めて、『宝石猫の耳は美味しい』だとか『たっぷり魔力~』だとか喜んでいた。
「えっと……キミ達、俺たちの耳をなめてみる……?」
『うにゃ?』
『そ、そういうことにゃら……通っていいのにゃ!』
ペロリと俺たち3匹の耳を満足そうに舐めては、すぐさまゴロゴロと喉を鳴らし始める白猫たち。
ようやく広場への移動を許された俺達は、【千の顔】と呼ばれる男が【魅惑のまたたび】をふりまく空間へと4つの足でトコトコっと一瞬で進んだ。
うん、猫って素早いよね。
◇
「白猫さんたち……おかしくなっちゃってますね……にゃ」
ポツリとこぼしたミナの言葉には同意しかない。
誰もが【魅惑のまたたび】を前にして、うにゃごろうにゃごろと地面に身体をこすりつけては、またたびを嗅いで酔っている。
「あら? 私たちには影響はないようですわね、にゃ」
リリィさんの言う通り、そこだけは救いな気がする。俺達まで正常な判断ができなくなっていたら、どうなるかわかったものではない。
その辺、俺は何も考えていなかったのでちょっと不用心というか、迂闊だったかもしれない。
「ほーう、ほう。酔いしれてんな~白猫ちゃんどもォ~! よしよし、極上のおつまみをやろォ~! お前らの大好きなネズミだぞォ~!」
【千の顔】はさらに白猫たちを喜ばす。
ばらまかれたネズミは弱らせてあるのか、動きが非常に鈍い。おかげで酔った白猫たちのいいオモチャになっていた。
ちなみに……だいぶ気分の良くない光景だ。
白猫の狂乱、宴会、ねずみにとっての地獄絵図が広がっている。
ちょっと顔を背けたくなる衝動に駆られるが、俺達は黙って【千の顔】を観察していた。
どのようにアプローチをかけていいものか考えあぐねているのだ……。
だが、俺達の躊躇いなどどこ吹く風といったように事態は急変してしまう。
「あれって……」
「猫、いや……虎ですわね……にゃ」
「もくもくのけむりが、大きな大きな虎になったです。にゃ?」
白猫たちの上空を中心に、灰色の煙が集束してゆき、それらは次第に虎の形へと変容していった。
その大きさは優に2階建の家を超え、俺達を驚愕一色に染め上げる。
浮遊する巨大な虎は全体的に灰色の毛並みで、白猫たちを睥睨していた。しかもはっきりとモンスターである証左として、頭上にはエネミー名とご丁寧にLvまで表記されている。
:【幻霊・暴虐の猛虎】Lv45:
Lv45って……攻略の最先端組が発見した最高レベルのボスが、Lv32だったと耳にしたことがある。
つまり、あのモンスターは現段階で最も強いエネミーになる。
俺達の躊躇いは深まり、自然と身体が後ろに下がりそうになってしまう。
視線を仲間たちに移せば、ミナやリリィさんも同じ思いのようだ。
そして何が一番の問題かと言えば、目の前にあんな恐ろしい魔物が現れたのに、猫たちはウニャウニャゴロゴロと気持ちよさそうに【魅惑のまたたび】にすり寄るばかりなのだ。
白猫たちは【魅惑のまたたび】のせいで、正常な判断ができていない。
更に言えば、【千の顔】とやらもあの猛獣を見上げ、口元の笑みが深まっている。
不穏な空気が肌をチクチクと刺し、このままでは白猫たちが危険なのは一目瞭然だ。
圧倒的なレベル差のあるモンスターではあるけれど……もしかしたら、俺達3人が全力で攻め立てれば撃退できるかもしれない。
そう判断した俺は――
俺達は互いにコクリと頷き、【宝石猫】化の解除をタップ。
いくら敵が強大だとしても、白猫たちを放ってはおけない。
互いが言葉にせずとも、猫を愛する気持ちは表情を見るだけでわかる。
俺が素早さで敵を翻弄する前衛、リリィさんが弓の射撃による中衛、ミナが魔法攻撃を放つ後衛。
紙装甲の俺が前に出るのは危険だが、ブルーホワイトたんやフゥの援護があればどうにかなるかもしれない。それに錬金術で作ったアイテムもあるし、いざとなれば俺の影に潜む味方もいる。
各々の布陣を素早く確認し、モンスターが白猫たちに襲いかかる前にさっそく攻勢に出ようと一歩踏み出す。
「ほーう、ほうほう」
いざ、俺達が虎に攻撃を仕掛けようとした刹那。
低い爆発音が数回響き、俺達は微動だにできなくなっていた。
「なっ!?」
「なんですの!?」
「いったい、何が?」
自身の体を見回すと、いつの間にか紫の煙がまとわりついているのに気付く。
もちろん静止をかけたのは……いや、俺達の動きを強制的に止めたのは謎の美丈夫だ。
彼の右手には鈍色の光沢を放つ拳銃が握られ、その銃口がこちらに向けられているので、【千の顔】が何かしたのだけはわかった。
「銃……?」
ファンタジー風のゲームに銃だなんて、ナンセンス。
だが、確かに【千の顔】は銃を持っていた。リボルバー式の銃に弾をゆっくりと込め、カシャンと装填音が鳴り響く。同時に彼の顔が霧のようにブレ、まるで幽霊が乗り移っているかのようにめまぐるしくその容貌が変化してゆく。
「次はコレだぞォ~」
そう言い終わる頃には、彼の顔は一人の美丈夫の物に定まっていた。
だが、先程とは違うちょっと厳つい系だ。
「何を……するつもりだ……?」
俺の問い掛けに【千の顔】はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「そう警戒しなさんなって。俺様は人間が好きだぞォ~? 奪い、従わせる。古来より人間共が繰り返してきた支配が特にな」
だから、と彼は続ける。
「俺様も奪い、従わせるまでよ」
ジャケットを優雅にひらめかせ、先程まで俺達に向けていた銃口は宙に浮かぶ巨大な虎へと狙いを定めた。その流れるような仕草はある種の美しさを内包しており、彼が凄腕のガンマンであると如実に語っていた。
「【幻霊の銃弾】――【猛獣使いの始祖エンネア】」
重く低い発砲音が響き渡れば、ムチを持った半透明の存在が虎へと放たれた。
それは斜めに着崩したトーガをまとい、筋骨隆々の大男――いや、巨人そのものだ。
腕は左右に3本ずつ、計6本もの大男が巨大な虎を抑え込む。ムチを絡め、虎の四肢の自由を奪い、上から覆いかぶさるようにして蹂躙する姿は圧巻の一言だ。
さらに気になるのは銃口から召喚された大男の顔と、【千の顔】が同じである点だ。
もしかすると、彼は放つ弾丸によって顔が変わるのか?
「ほーうほう、【暴虐の猛虎】か。白猫ちゃんどもは毎度いい幻霊を作ってくれるな」
新しい【幻霊の銃弾】も手に入ったことだし、と独り言をこぼした【千の顔】は俺達へと向き直る。
圧倒的なモンスターをいとも容易くねじ伏せた力量。
そして未だに俺達の身体を動かせない状況を作り出した、目の前の人物の圧倒的オーラ。
彼の底知れぬ眼光が俺達を射ぬく。
「ひ、ふ、み。ほーうほう、これで俺様に辿りつけた傭兵は9人か。しかし、猫化っていう手段を見るのは始めてだぞォ~」
コノエくんがいなくて、ちょうど良かったかもしれない……。
こんな強大な力を目の当たりにするのは、ミケランジェロの灰王との戦いで助けにきてくれたミソラさんか、リッチー師匠以来だ。
「人間ってのは、なかなか猫好きな奴らなんだな」
あちらは微笑みかけてくるが、こちらは悠長に構えられる状態ではない。
「おっと。んじゃ、ま、せっかくだから自己紹介でもしよォ~!」
人形めいた美貌に笑みを張り付けたまま、彼は一礼をする。
「狡猾と嗜虐の紫苑……俺様は【千銃の放浪王オリンマルク・サーフェイス】」
彼の紫紺の双眸が三日月よりも細められ、あくまでも友好的な態度を崩そうとしない。
それが逆に不気味に思えるのは、口調とやってる事の相違が大きいからだろう。
なにせこちらは自由を奪われたままなのだから。
「人間共には、【天滅の十氏】が一柱とも呼ばれてたりもするな」
白猫たちに【千の顔】と呼ばれる男は、まさかの熾天種NPCだった。
新作、始めました!
『どうして俺が推しのお世話をしてるんだ? え、スキル【もふもふ】と【飯テロ】のせい? ~推しと名無しのダンジョン配信~』
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