302話 千里眼の錬金術士
「リリィさん失礼します」
「ど、どうぞ?」
ほんのりと頬を染めるリリィさんはちょっと扇情的だ。
中学2年生であるはずなのに、男子としてはその色香に少しだけ目眩がする。イギリス王室の血筋は伊達ではなく、白く滑らかな鎖骨に視線が吸い寄せられる。
そしてほどよく膨らんだ胸元――
「コホン」
ええい。
錬金術士として、たかだか髪の毛一本取るぐらいで動揺してられるか。
俺は『禁断を捧げし人体練成の魔眼』を発動してリリィさんのツインテールから髪の毛をプチンと拝借。
「【気高き乙女の金糸】ですか。ふむふむ……」
素早く合成すれば『宝石猫の緋金しっぽ』なるものができた。
「じゃあ、『宝石猫の純金しっぽ』はミナに。『宝石猫の緋金しっぽ』はリリィさんが使ってください」
「ありがとうございます天士さま!」
「これが……タロさんが仰っていた、猫さんに変身できるアイテムですか。またすごい物をお作りになられたのね」
「秘密ですよ」
近衛くんがお姉さんたちに着いて行ってしまったので、俺達3人で【魅惑のまたたび】についての情報収集をしようと決めた。
そうなればもちろん猫化するのが一番いいだろう。
『宝石猫の白銀しっぽ』を自分のお尻に装着。
みるみる間に視点は下がり、ミナやリリィさんを見上げることに。
「か、かわいすぎます!」
「綺麗ですわね!」
2人も俺に続いて猫化する。
「どうですか? みゃ?」
「どうかしら? にゃ?」
ミナの喋り方に釣られ、リリィさんまでおかしな質問をしてきたのにはクスリと笑ってしまう。
2人――いや、2匹はとても可愛らしい宝石猫ちゃんになっていた。
ミナは金毛が美しく、リリィさんはピンクゴールドの艶めきを放っている。
「うーむにゃ。2匹とも綺麗だにゃ」
「えへへ、にゃ」
「照れますわね、にゃ」
なぜか語尾ににゃをつける2人がおかしくて、非常に微笑ましい。
きっと猫になりきろうとしているのかもしれない。
「あっ、傭兵に絡まれたら猫のフリをしようね。根掘り葉掘り聞かれるのは大変だから」
「かしこまです、にゃ」
「かしこまりました、にゃ」
「じゃあ、本題から入ろう。まずは、『シロ』?」
俺は傍にいるパートナー猫に語りかける。
さてさて『宝石猫の白銀しっぽ』の効果の一つ、猫との会話は成り立つのかワクワクだ!
『うーにゃ……? エサ係が魅惑のメスににゃになったにゃにゃ!?』
おい、エサ係ってシロくん。
ちょっと笑えるけど、俺はエサ係かあ。
『やあシロ。キミの大好きなエサを与えてあげる、ありがたーいタロ様だにゃ』
『にゃ、にゃ、にゃうんと!』
俺が自分のパートナー猫と会話をすれば、リリィさんやミナも我先に猫たちと戯れ始めた。
『ゴールディ、わたくしの言葉がわかるかしら? にゃ』
『にゃーんと、エサ女王がキラキラのメスになったにゃーん』
『モモちゃん、わたしとお友達になってね? にゃ』
『うにゃにゃ? えさっちがメスっちになったうにゃ!?』
こうしてキラキラと目立つ三匹組の俺達は『白猫のお昼寝城』を練り歩く。
隣にはパートナー猫が寄り添い、猫が6匹で集団行動するというちょっと珍しい光景になってしまった。
『シロ、さっそくだけど【魅惑のまたたび】ってどこにあるか知ってる?』
『にゃうん。知らないにゃ。ほしいのにゃ』
『ふむ。じゃあ【魅惑のまたたび】をよく持ってくる【千の顔】って人物について教えてほしいな』
『にゃうんとー詳しく知らないのにゃ。【千の顔】は陽気で明るい奴だにゃ~』
『どうして【千の顔】って呼ばれているかわかる?』
『んっとにゃ、【千の顔】は姿を現す度に顔が変わってるにゃ? んにゃ? だーれも【千の顔】の顔を覚えてないのにゃ?』
なんらかの視覚阻害アビリティでも使ってるのだろうか?
それとも擬態スキルとか?
『どうして顔が変わるのに、その人は【千の顔】ってわかるの?』
『わかるにゃ~。【魅惑のまたたび】を持ってくるのはあいつしかいないのにゃ~』
『なるほど……どのみち【千の顔】に接触する以外には【魅惑のまたたび】に辿りつけないと……』
『それにあいつのすごさは、会えばわかるにゃ~。【千銃の放浪王】なんてあだ名もあるぐらいすごい奴なんだにゃ』
なにそれ、かっこいい……。
剣と魔法の世界である『ツキノテア』で銃とか、無双感が半端ないです!
しかも放浪中って、今は滅びた国の元王様だったり!?
『ふむふむ……せめて【魅惑のまたたび】がどんな形をしてるのか見れたらなあ。【千の顔】の容貌も謎となると、けっこう難易度が高いイベントだったりするのか?』
こうなると傭兵団『乙女会』の誘いを受け入れ、【魅惑のまたたび】に関する情報を得る流れにしてもよかったかもしれない。もしくは情報屋をなりわいとする『支配者と殺戮者の耳』に情報交換を――
それはないな。
あいつらは感じが悪過ぎる。
『んにゃ? 見たいのにゃら、白猫たちのネットワークを使ってみるにゃ?』
『ん? 俺達でも使えるの?』
ネットワークなるものがどんなものかは知らないが、リサーチするには便利そうな響きだ。
『うにゃにゃ、そのへんの白猫に話しかければいいのにゃ。認めてもらえれば使わせてくれるのにゃ』
『ふむ。どうやって認めてもらうの?』
『大丈夫にゃ。ほら、いつもは優雅を気取ってる白猫たちも、みーんなチラチラこっち見てるにゃ』
たしかにシロが指摘する通り、白猫たちは興味深そうにこちらを遠巻きにしながら見ていた。
傭兵姿の時は毛糸玉みたいなものをのんびりとコロコロしているだけだったのに、今はそわそわと俺達に視線を集中させている。
『んん、俺たちみたいな【宝石猫】って珍しいの?』
『冠猫と同じぐらいすごいのにゃ~! シロは自慢できるにゃ~鼻が高いのにゃ~!』
おおう。
これは都合がいい。
それならと、リリィさんやミナたちと一緒になって白猫へ挨拶をかわす。
『あの、こんにちは』
『美しき【宝石猫】さんにゃ。声をかけてもらって光栄だにゃ』
すこぶる反応がいい。
一匹の白猫に話しかければ、それが皮切りとなって周囲の白猫たちもわらわらと集まりだす。
ちなみに長いしっぽを毛糸玉にまきつけながら移動してきたので、しっぽの先に丸いぽんぽんがついてるみたいで可愛らしい。
『そ、その、ネットワークを使ってもいいかな?』
『もちろんにゃ! その代わり、【宝石猫】さんの耳を一舐めしてもよろしいかにゃ?』
『え? うん、そんなのでよければ?』
俺の了承を得た白猫からペロリと耳を舐めてくる。
『うまいのにゃ~』
『【宝石猫】さんの宝石耳はおいしいにゃ~』
『たっぷり魔力、のんびり魔力~』
どうやら俺達の耳には猫大好物の魔力みたいなものが備わっているようで、舐めた猫からゴロゴロウニャウニャとお腹を見せて寝ころび始めてしまった。
『あ、あの……ネットワークは……』
『そうだったのにゃ~』
『使っていいのにゃ~』
総勢10匹以上の白猫たちが目の前で鎮座し、なぜか毛糸玉を置いた。
そしてポフリと右前足でその毛糸玉を押しつぶしたのだ。
すると肉球型の跡がつき、みるみるまに平べったいお皿のような物に変化してゆく。しかも何やらミルクのような物が底からわき出て、エサ用のお皿みたいになってしまった。
それら丸皿に入った液体をぴちゃぴちゃと舐める白猫たち。
『えーっと、俺たちも舐めろとか……?』
『うんにゃ?』
『準備できたのにゃ』
『好きに見るにゃー』
わけもわからず、促されるままに丸皿を覗いてみる。
するとこれが何なのか、すぐに理解した。
『水鏡……? いや、遠方を映し出す水鏡か!』
合計10個のお皿には様々な景色が映っていた。
霧深い森の中、薄暗い路地裏、華やかな街並み、青が広がる海辺、それらがハッキリと見えるのだ。
液体なので多少は揺れたりブレたりもするが……これはすごい発見だ。
もしかして白猫たちが毛糸玉をいじっていた理由は、ただ転がしていたのではなく何らかの魔力をこめる方法だったのかもしれない。
ふむ。
これはまさに千里眼だな!
というか、音声も拾うのか!?
諜報活動や、情報収集に用いるにはすごい便利だな!
なるほど、白猫はこのネットワークを活用して猫界の情報を集め、統治機構としての働きをしていたのか。
……うん?
待てよ?
これを利用すれば情報屋傭兵団『支配者と殺戮者の耳』なんて、簡単に出しぬけるのではないだろうか?
『ふむふむ。猫検索とな……』
ただ、このネットワークは、様々な猫の目を映し出すものらしい。
なのでまずは視界を共有したい猫を指定するところから始めるのだが、検索ログに目を通していくと――
:猫『ヨイ』……野良ネコ:
:猫『ヨル』……パートナー傭兵『シグルド』:
:猫『トランプ』……パートナー傭兵『コノエ』
お皿の中に広がる映像がめまぐるしく切り替われば、うん、コノエくんを発見。
彼は見知らぬ村で『乙女会』の女性傭兵2人とお話をしていた。
『コノエくん、いいかしら?』
『あのね、2匹目のパートナー猫をゲットする方法は……』
へぇ。
既にいるパートナー猫と、よく絡む野良ねこに30回以上エサを与えればいいのか。
今のパートナー猫と相性の合う野良ねこが存在していて、集中的に『エサ友』を発動すればいいのか。見極めるコツは、パートナー猫を頻繁に召喚し、放置しつつもちゃんと観察するのが大事とな。
『乙女会』の説明を真剣に聞くコノエくんを盗み見してしまって心苦しいけど、有用な情報なのでついつい目が離せなかった。
……うん?
便利な機能だなーって使ってみたけど、これってもしかしてだいぶ危険なのでは!?
監視システムと同じような機能を持つネットワークを、もし他の傭兵たちが利用できてしまったら……。
猫の目を通して、各傭兵の様子を監視できるシステム……。
これはヤバいのでは……?
「タロさん、『宝石猫のしっぽ』シリーズをお売りになる予定ですの……? にゃ」
神妙な顔でリリィさんが呟く。
売るのは踏みとどまるべきだと、如実に表情に出ていた。
「危険すぎるな……」
俺はそんな彼女に同意する他なかった。
『宝石猫のしっぽ』シリーズは販売できないとジョージには伝えよう。
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