301話 傭兵団『乙女会』の誘い
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穏やかな陽光が鍛え抜かれた褐色の上腕二頭筋を照らし、その輝きは深みを増す。
その両腕が一度振るわれたら、多くの傭兵が叩き潰されるだろう。
そよぐ風になびかれ、マリモのようなパンチパーマアフロが静かに揺れる。
その静寂が物語るは大戦の予兆。嵐の前の静けさと言えばいいのだろうか。
覇気をまとった頼もしい友人は、厳かに力強い笑みを向けてくる。
「あちきはちょっと傭兵団のみんなと会って来るわぁん。天使ちゅわんは、くれぐれも気を付けるのよん」
傭兵団『支配者と殺戮者の耳』の団長が去れば、ジョージはすぐに傭兵団『サディ☆スティック』のメンバーと話し合うと言ってきた。
「んん。俺の事は別に放っておいて大丈夫だよ。あの情報屋は取引き相手でもあるんでしょ?」
「天使ちゅわんだって大事な取引き相手よぉん。それに、あちきの大切なお友達だしねん♪」
だがジョージの立場上、今まで付き合いのある『支配者と殺戮者の耳』と敵対するかもしれない、というのは副団長として事前にメンバーへ相談しなければならない。
「そんな心配しなくても……俺1人でだってどうにかできるかもよ?」
「天使ちゅわんならきっと大丈夫かもしれないけどねん……でも、あの傭兵団は底が見えないのよん。警戒はしておくべきねん」
でもそれでジョージに迷惑がかかるのは嫌だった。
そんな俺の内心を悟ったのか、ジョージは優しい笑みをこぼす。
「天使ちゅわんは『ネコの街ニャルンテ』で、あちきが馬鹿にされた時に怒ってくれたでしょう?」
「そりゃ、まあ……」
「あちきも同じよん。錬金術をがんばってる天使ちゅわんを、姫プ扱いするアイツは……許せない」
首筋にビキリと血管が浮き出るジョージ。
「あはは……」
こうしてジョージは『サディ☆スティック』の面々へ連絡すると言って、PTから離脱していった。残された俺達はしばらく緊張した雰囲気だったものの、予定通り【魅惑のまたたび】なる物を探そうかと話し合う。
「やはりここはもっと情報収集が必要ですわね」
「はい! もっと猫ちゃんと遊ぶのです!」
リリィさんとミナが楽しそうに猫をなでる。
学校でもあんな風に仲良くしてくれたらな……と、思っていると近衛くんが珍しく俺に喋りかけてくる。
「な、なんだか、大変そうだな」
「そうでもないよ。いつもの事だし、わりと普通だよ」
先輩である俺が、近衛くんに心配をかけてはダメだと微笑んでおく。
「そ、そうか……」
すぐに会話が途切れてしまう。
しかし、数秒が経つとまたもや近衛くんが話しかけてくれた。
「お、おい、タロさん」
「ん?」
「み、【魅惑のまたたび】ってやつは、ど、どうするんだ」
「んー……まあゆっくり探すかな? 俺のアイテムを使って情報を集めるとか?」
猫化して猫たちの話を聞くしかないかな。
「……また、タロさんのお世話になるのか……」
近衛くんがボソリと何か呟いたけど、その声量があまりに小さ過ぎて聞き逃してしまう。
「どうしたの?」
「い、いやっ。何でもない」
さて、俺のやりたい事は決まったしみんなに言ってみようか。
問題は猫化できる『宝石猫の白銀しっぽ』について近衛くんにどう伝えるべきか、だ……変身してしまえば、近衛くんが以前に自分の悩みを打ち明けていた猫が俺だったと理解するだろう。
「うーん……」
「あらあら、何を悩んでいるのかしら?」
てっきりリリィさんが俺に質問したかと思ったけど――
すぐに声が違うとわかり、急いで声主へと目を向ける。
「お久しぶりね、『白銀の天使』さん?」
「『妖精の舞踏会』以来ね?」
2人組の女性傭兵は柔和な笑みを顔に張り付けてこちらへと近付いてくる。
最初は誰だかわからなかったけど、どうにも見覚えのある顔ぶれだ。
「あら、失礼しちゃうわ」
「忘れちゃったのかしら?」
脳内検索をかければ、ふと一つの映像が浮かび上がる。
それは『妖精の舞踏会』での会場入りを果たした時、晃夜や夕輝にエスコートしてもらっていると絡んできた傭兵団の姿だ。
一つは全身黄色の鎧で統一された12人の男性、傭兵団『黄金時計の処刑人』。
そしてもう一つは、優雅なドレスを身に纏った2人の女性……傭兵団『乙女会』だ。
彼ら彼女らは互いに言い争い、そして会話の流れで近くにいた俺達に話題を振って来たと記憶している。
ただ、実はそれら全てが演技で、俺から妖精の情報を聞き出すためのきっかけ作りだったのだ。
「あ、『乙女会』の方々ですか?」
「まあ、思い出してくれたのね」
「嬉しいわ」
正直、『乙女会』にはいい印象はないし、どちらかといえば狡猾といったイメージが強い。
極自然に俺を会話の中に入れようとした手腕に感嘆したものの、警戒心を上げざるを得ない相手だ。
「あら? 『白銀の天使』ちゃんとそのお友達は猫を一匹ずつしかパートナーにしてないのね?」
「お姉さんたちが猫ちゃんたちについて教えてあげましょうか?」
見れば確かに彼女たちの足元には6匹の猫が寄り添っていた。
「3匹までパートナー猫を増やす方法があるのよね? どうかしら?」
ニコっと笑いながら提案してくるが、何か裏がありそうで怖い。
情報の見返りにアレを教えろ、これを教えろ、なんて事になりかねない傭兵たちだ。
だから俺が丁寧なお断り文句を言おうとするが、それよりも早く反応してしまった仲間がいた。
「えっ! 本当ですか!?」
猫ちゃん大好き人間の近衛くんだ。
無邪気にお姉さんたちの提案に乗っかろうとする彼を見て、俺はどうしようか迷う。
近衛くんからしたら、新しい交友関係が広がるチャンスだろうし……変に警戒する必要がない。あるのは俺だけで、近衛くんは関係ないのだ。
チラリとミナやリリィさんに目を向ければ、顔を横に振っている。
つまり、2人は『乙女会』にはついてはいかない、という意志表示だ。
「猫ちゃんたちの情報は持っているわ。お姉さんたちについてくればイイ事を教えてあげるわよ?」
「あの、俺は……行きません。申し出はとてもありがたいのですが、今は友達や猫とゆっくり遊んでいたいので……」
「えっ、でもタロさん、パートナー猫を増やせるなんて最高じゃないか! もしかしたら【魅惑のまたたび】に繋がるヒントになるかもしれないし!」
「うん。でもコノエくん……今回は、ね? 見合わせておこうかなって」
俺がやんわりと、ここはついていかない方針にしようと伝える。
だが、俺達の間にスッと割り込んだ『乙女会』。
「ボクちゃんは目のつけどころがいいわね」
「1匹しか猫を連れてない小娘と、3匹の猫を連れてる私たち。見た目だけが取り柄の少女と、実績のある私達、どっちを信頼できるかしら?」
『乙女会』は俺やリリィさん、そしてミナが動かないと知ると、勧誘ターゲットを近衛くん1人に絞ったようだ。
「キミはお姉さんたちについて来るわね?」
「さぁボクちゃん、一緒にパーティーを組みましょう♪」
ちょっとまずい状況になってしまって、俺は慌ててしまう。
どちらのパーティーに入って遊ぶのか。
こればっかりは、近衛くんに強制できる案件ではない。
だけど何となく『乙女会』の2人は信用できないから、できるだけ引きとめたい。
「こ、コノエくん。俺達と一緒に遊ぶよね?」
俺の問いに近衛くんは乾いた笑みをもらした。
「フッ」
ん?
なんだ、その鼻で笑った感じは!?
「ボク、お姉さんたちと行く」
こ、近衛くん……!?
「ボクちゃん、かわいいわね~!」
「さあお姉さんたちと遊びましょ~!」
「はい! どうかよろしくおねがいします!」
こ、コノエエエエエエ!
元気いっぱいに答える近衛くんを見て、俺は少しだけ虚しくなった。
◇
ボクとあいつは同い年で、10歳で……中等部二学年の講義を受けている。
そして同じく名家出身で、同じく将来は殿下のお傍にいる立場。
だからボクはあいつに――
仏さんにだけは負けたくない。
でも、あまりにも仏さんのお誘いが魅力的すぎて、ボクはクラン・クランを一緒にプレイしてしまった。
目論み通り、『猫飼い』スキルを習得できたまでは良かった。
だけど仏さんは、他にもボクの知らない事を次々と補足し、懇切丁寧に教えてくれた。
戦闘で注意すべき点や、スキルの種類、そして各都市の特色や『競売と賞金首』の経済格差など……ライバルであるはずのボクに、何の惜しげも無く知識を披露し、無償で与えたんだ。
その懐の深さに、ボクは……自分自身がひどくちっぽけに思えてしまった。
悔しい。
このゲームの情報が出回っていれば、いくらでも予習して備えたのに……どうしてこのゲームには攻略サイトなどの類が存在しないんだ?
こんな言い訳じみた考えを持ってる時点で自分に嫌気がさす。
それでもって、仏さんは屈託のない笑顔でボクに接してくるのだから、もうお手上げだ。
善意の塊である彼女を目の前に、自分はなんと愚かしい感情を抱いているのかと……仏家と対等に立つべき近衛がなんと無様な事か。
そして極めつけは、突然来る激しい動悸だ。
いちいち彼女の言動や仕草に反応して……胸が跳ねたり、耳が熱くなってしまう。
だから――
これ以上、仏さんと一緒にいるのはマズイ。
自分の中の何かが、大きく変化してしまいそうで怖かった。
競う相手で、敵であるはずなのに……優しく教えてくれる仏さんが、猫を愛でる仏さんの姿が頭から離れない。
「キミはお姉さんたちについて来る?」
ボクにそう問い掛けてくるお姉さんを見て思う。
そうだ。
これはチャンスだ。
「こ、コノエくん。俺達と一緒に遊ぶよね?」
今まで一切の動揺を見せずに頼もし……先輩風を吹かせていた仏さんが慌てているのは、ひどく可愛らし……気味がいい!
だから軽く鼻で笑ってやる。
「フッ」
ボクがこのお姉さんたちから情報を引き出して帰ってきた時……今度はボクが仏さんたちに教えてあげられるんだ。
役に立てる、有能だって事を証明してやる!
「ボク、お姉さんたちと行く」
そしてきっと、仏さんだってボクと同じく猫好きだから……パートナー猫の数が増やせる方法がわかれば喜ぶはずだ!




