300話 不気味な情報屋
「ここが『白猫のお昼寝城』……?」
パートナー猫に呑みこまれた俺達は、なんとも不思議な空間に移動していた。
「ファサファサ、おっきいです」
目の前に広がる光景を見上げ、そんな感想をもらすミナには同意しかない。
「巨大なねこじゃらし、ね」
推定5メートルから、大きい物では20メートルを超える高さのねこじゃらしが、ニョキニョキと生えている景色はなんとも神秘的だ。
しかもその全てが柔らかいクリーム色で、まるで白い海の中にいるような気分になる。
どんな原理なのかは不明だが、パートナー猫の中はこんなフィールドに繋がっているのか。
「あらん。たしかにここから見れば、お城ねぇん♪」
気付くとジョージは、10メートルはくだらないねこじゃらしのてっぺんまで昇っていた。
その圧倒的な行動力を見習い、俺もねこじゃらしに掴まってなんとかよじ登る。上部に辿りつけば、綿にしがみついているような感触だ。
うむ、この温かさと触り心地は癖になりそうだ。
陽だまりに包まれたような――そんな感覚に少しだけ眠くなってしまう。
「おおー、ねこじゃらしが城のシルエットになってるのかぁ」
様々な長さの巨大ねこじゃらし。それらが城の形になるように重なり合っており、遠くから見ればファサファサと揺れる城だ。
「ゴールディさん、おいでませ」
リリィさんが呼べば、何食わぬ顔でパートナー猫が現れる。
そんな様子を見ていた近衛くんも『トラ! おいで!』と自分のパートナー猫を召喚していた。
ふむ。
飲み込まれたばかりで何とも言えない気持ちだったけど、ひとまずは巨大ねこじゃらしから降りて『シロ』を呼んでおく。
それから俺達は、暖かな陽だまりが揺れては落ちる巨大ねこじゃらしの森を進んでいく。
するとモフモフの毛でできた、大きな猫タワーなる物が乱立する区域に到着した。
「巨大ねこじゃらしの中には猫タワーか」
ゴロゴロと寝転がる猫や、トテトテと階段を下りる猫、四角い部屋でまるまる猫。
ほとんどが白い猫で、みな一様に『毛糸玉』のような物を手で転がしては遊んでいる。
ちらほらと傭兵たちが散策している姿も見受けられた。
そうして近衛くんたちとしばらく練り歩き、いよいよ猫タワーの頂上まで辿り着く。するとやたら偉そうな白猫が、他の猫に囲まれてノンビリ過ごしていた。
その白猫は普通の猫より一回り大きく、頭には立派な王冠を載せていた。
『んにゃ。人間くんね、ようこそお昼寝城へ』
喋れる猫がいる!
というよりこれは頭に直接響くような、テレパシーに近いやつかも。
『吾輩は、この城を治める【白雷に鳴く冠猫】んにゃ』
噂の猫の王様か。
『【魅惑のまたたび】を持ってきたら褒美をやるんにゃ。間違っても黒い方にはあげないように』
俺達は【白雷に鳴く冠猫】に詳しい話を聞き出してみる。
すると、やはり聞いていた通り白猫と黒猫の間では諍いが起きているようだった。なんでも【魅惑のまたたび】を巡り、その所有権を黒猫が強く主張しているそうだ。
白猫は魔法力の適性が強く、古くから猫特有の情報網『ネッコワーク』を管理する一族だそうだ。そして白猫たちを守護するのが、黒猫の一族らしい。
白猫が統治機構で、黒猫は騎士機構の役割を果たす。
協力し合って猫の平和を保っていた二種族だが、ここ最近は【魅惑のまたたび】をいかに多く手に入れるかで揉めているのだとか。
要は【魅惑のまたたび】の取り合いだ。
『【千の顔】はいい奴んにゃ。人間たちも【千の顔】を見習うのんにゃ』
【魅惑のまたたび】を定期的に持ってくる者がいるらしく、【白雷に鳴く冠猫】はその者を【千の顔】と呼んでいるようだ。
聞いた事のない人物だな。
一定の条件をクリアした傭兵に与えられる称号なのか、それともNPCなのか?
「あの、【魅惑のまたたび】ってどうすれば手に入るのですか?」
「それにぃん、【千の顔】って人物はどこにいるのかしらぁん?」
試しに俺達が質問すると、【白雷に鳴く冠猫】は可愛らしく首を傾げ、まん丸目をパチクリする。
『人間くん、よろしく頼んだんにゃ』
うん?
もしかして、こちらの言葉が通じてない?
「あの、【魅惑のまたたび】をあげたらどんな報酬がもらえますか?」
『がんばるんにゃ、人間くん』
再度、疑問をぶつけてみてもズレた返答しかしてくれない。
それから何度も質問してみるが、同じような内容の台詞ばかりだ。どうやら、【白雷に鳴く冠猫】は一方的に意思を伝える以外できないようだった。
一通りのやり取りを終え、俺達はいったん猫タワーの下部へと移動する。
「【魅惑のまたたび】ねぇん……天使ちゅわんは聞いたことあるかしらぁん?」
「いや、ないよ」
他のメンバーへ視線を向けるも、同様に首を横に振る。
うーん。
ノーヒントとなると……いよいよ猫に変身し、猫と会話ができるあのアイテムの出番か?
そんな風に思考を巡らしていると、不意に声がかかる。
「へぇ。『白銀の天使』がこんな所にいるなんてなあ……それに『鉄血ジョージ』もいるのかあ」
男性傭兵だ。
身長は170センチ前後で、中肉中背。黒いフードを目深にかぶっており、服装はレンジャーみたいに軽装だ。武器を持ち歩いているようには見えず、唯一それらしき得物といえば腰のベルトに下がっている皮製の何かだ。
無害そうな印象を受ける彼だが、顔が――
まるで靄がかかってるみたいに見えない。
何らかの視界を阻害するアビリティを発動しているのかもしれない。
「これは驚いた。まるでチビどもの遠足じゃないかあ、ウケるわあ」
喋り方もそうだけど、感じの悪い傭兵だった。
「うふん、何か用かしらぁん? 傭兵団『支配者と殺戮者の耳』の団長さん」
「へぇ、これまた驚いた。普段は下っ端しか遣わせてないのに、俺様が誰だかわかってるのか。さすがは鉄血だあ。いやあ、なに。ただ俺様は、お前らがこんな所に来てるのが興味深くてねえ」
黒フードがスッと右手を上げれば、彼の背後がバチバチと音を鳴らして空間が割れる。そして猫たちがゆっくりとくつろいでいるはずの背景がグニャリと歪み、5人の傭兵たちが姿を現した。
どうやら隠密スキルを使っていたようだ。
ジョージですら気付いてない様子だったので、彼らはスキル熟練度が相当高いのだろう。
「ここで会ったのもいい機会だあ。ちょっとお話でもしてこうや。色々と『白銀の天使』には聞きたいことが多くてねえ。例えば――人狼共をどうやって手懐けたあ、とかなあ?」
「…………」
「まだまだあるぞぉー? そうだな、妖精はどうやって召喚する? ボスキャラである『剥製の雪姫ブルーホワイト』の召喚条件わあー?」
「……答える必要ありますか?」
「調子に乗るなガキがあ。立場ってもんがわかってねーなー」
黒フードはコキコキと首を鳴らし、刺のある口調で話す。
「俺様達はなー、報酬さえもらえるなら色んな情報を提供してんだよ。そう、クラン・クランじゃけっこうな規模の情報屋ってわけよ。そこの、鉄血ジョージの傭兵団とも繋がりがある。そりゃあ、一流であればあるほど情報は大切だからなあ」
話を振られたジョージだったがやけに大人しい。
だが拳は力強く握られ、プルプルと震えている。さらに腕には稲妻が走ったみたいに血管がビッシリと浮き出ているので、内心は荒れているのだろう。
「俺様たちがあー、情報操作したらお前はどんな目に合うんだろうなあ? 例えば、『白銀の天使』は多くの男性傭兵をたぶらかし、貢いでもらってる最悪の傭兵だってな。人間っつうのは馬鹿だからよー、アホみたいな話題でも広がっていくんだよなあー」
クスクスと笑う黒フード。
「少なくともお前の敵は増えて、今よりもこのゲームがやり辛くなるだろうなあ」
「……」
「お前は『首狩る酔狂共』に保護され、運に恵まれただけのガキだろーが。その可愛らしい見た目を利用し、仲良しこよしで、隙あらば美味しい蜜を吸ってるだけの姫プヤローがよぉ」
「どのみち、あんたに教えてやる義理はありません」
「ハッ! せいぜい強がってろよボケがあ。後悔すんぜ」
一歩、二歩と近付く黒フードから俺は目を逸らさない。
「いいかあ? 俺様は、お前みたいに生意気なガキが一番嫌いなんだよ。まずはお前の立場ってやつを教えてやる。それから俺様に対する態度の取り方もなあ」
顔と顔が触れあうぐらいの距離まで詰められても、黒フードの顔は視認できなかった。
ただ、ぬらりと欲望に濡れた紫色の瞳だけは認識できた。
思わず濃厚な毒を連想してしまい、背筋にゾクリと悪寒が走る。
「じゃあな、世間知らずのお姫さまあ」
てっきりPvPは避けられない流れかと思えば、彼らはすんなりと引いて行ってしまった。そのまま広場へと移動する彼らを目で追っていると、風に揺れて霞む霧のように突如として姿を消してしまう。
その見事な透明化は驚異的だ。
「アレが情報屋に特化した傭兵団……なのか?」
どちらかと言えば、影に隠れ潜む暗殺者集団のように見えた。
「まずいわねぇん……シンちゃんに報告しておかないとん」
ジョージにしては珍しく、辛辣な顔をしているのが気がかりだった。
そして他にも気になった点が一つ。
あの黒フードは終始、俺とジョージへ言葉を発していた。
けれど、たまに黒フードの頭が近衛くんの方へと向いていたのだ。
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