299話 猫に愛されし錬金術士
イベント【白黒の肉球と隠れ城】を進行させるには、スキル『猫飼い』でテイムした猫を10Lvに上げると進むらしい。
「んー……ケンカしてる?」
「そうねぇん。野良ネコ同士のケンカはたまに見かけるけどぉん、それにしても頻度が高いわねん」
このイベントが開催されて、各街にいるネコが凶暴化していると聞いていたけど……それは【ネコの街ニャルンテ】も例外ではなかった。
普段はひなたぼっこでもしながら呑気にしている猫たちも、時たま激しい鳴き声をぶつけ、互いの牙と爪を武器に縄張り争いをしているようだった。
正直、見ていて痛ましい光景でもある。
だが自然の摂理ともあれば、容易に手が出せないのもまた事実。
「猫ちゃん……」
近衛くんは悲痛な表情で猫たちの戦いを眺めている。
「【白雷に鳴く冠猫】と【黒雲にひそむ冠猫】、それぞれの陣営に分かれて争ってるのかな……?」
「んん、あちきが聞いた話だとぉん、傭兵は直接介入できないそうよん?」
「ふむ。なんにせよ、猫とのパートナー契約を優先した方がよさそうだな。ほらほら~『カツオ物資』だぞ~」
『賞金首と競売』にて30エソで購入した、わりと高めのエサを白猫ちゃんにあげる。
「うみゃー」
「可愛いなあ、えへへへへへへ」
うううーん!
くりくりっの瞳。フワっとした毛並み! 丸みを帯びたフェイスライン!
なんと可愛いらしい生物か!
「ん?」
視線を感じ、ふと顔を上げれば近衛くんがジッとこちらを見ていた。
なんだろうと思って声をかけようとするも、彼は慌てた様子で顔をプイッと背けてしまう。
耳が赤くなっているので……何やらまた御立腹の様子だ。
もしかして猫好きの近衛くんから見たら、俺の猫に対するあやし方に不満を感じたのかも? 彼なりの猫に対する礼儀というか、こだわりの方法があるのかもしれない。
そんな思考を巡らすも、ミナが近衛くんを睨んでいたので一旦考えるのを中止する。
「ミナ。コノエ君がいくら優秀だからって、心は小学生だよ。先輩傭兵として和やかな目で見守ろうぜ?」
「私だって……いえ、そうですね。天士さまの優しさに免じて、近衛くんの態度には目をつむります」
「ミナはえらいな」
「ふふ。もっと褒めてくれても良いのですよ?」
◇
「シロ~おいで~」
「うみゃみゃ」
すりすりと俺のすねに頭をこすりつける白猫。
名を『シロ』という。
そう!
あれからアビリティ『エサ友』を何度か実行したらパートナー契約に成功したのだ!
「モモちゃんはいい子なのです」
「ゴールディさん、こちらに来なさいな」
「ダンディ~ン! あちきの胸に飛びこんできてぇぇんッ☆」
ミナは薄桃色のスコティッシュホールドを、リリィさんは金色に近い茶毛のペルシャ猫を、ジョージは白黒のシャム猫をパートナーに。
そして近衛くんは念願の茶トラキジ猫をパートナーにしていた。
猫たちは名前を呼べばどこからともなく現れる仕様で、そのため色々な場所に連れていけるのだ。
「さぁん! この調子で猫ちゅわんのLvをガンガンあげるわよぉん!」
「あいさ!」
ジョージの掛け声に俺達は猫と共に駆ける。
猫のレベルを上げるのは至って簡単。エサを適度に与え、そして一緒にモンスターと戦うだけだ。
が、ここで問題なのが猫のHPが異様に低いという事。Lv1の状態でHP5とか、スライムの攻撃を一度でも受ければ瀕死状態になってしまう。
猫を守りながら戦うのが猫のレベル上げだと言っても過言ではない。
それでも今の俺達にとってスライムやモフウサとの戦いは楽勝である。『始まりの草原』から『ミソラの森』へと移動しながらモンスターを倒していけば、猫たちはLv9となりHPも24前後に増えている。
唯一、苦戦しているのは初心者の近衛くんだけど、もちろん俺たちがフォローしているので問題ない。
「あっ、トラが危ない!」
近衛くんの叫びに、ジョージがすかさず茶トラ猫の前に雄々しく立つ。
モフウサが放った火球はジョージの胸板にぶつかり、そのまま消失した。
「クッ! ぼくだって!」
どうやら自分の大切な猫ちゃんをジョージに守ってもらったのが、男子のプライド的に我慢ならなかったようだ。
彼は悔しそうに短槍を構え、次の獲物へと襲いかかった。
「あらぁん、熱いわねん。妬けちゃうわン」
近衛くんは現在Lv4。
初心者だからパーティーメンバー内ではレベルが断然低い。それでもこれまで自力で猫を守り抜き、いい立ち回りを披露していた。
彼はメイン武器の短槍を器用に使いこなしている。今までも要領良く敵に突きを入れて撹乱し、猫に攻撃がいくのを防いでいたのだ。
「こうなったらボクの全力だ! 『岩妖精の友訊』!」
「へ?」
俺は近衛くんの発言に耳を疑う。
彼が右手を伸ばせば、サッカーボールよりも大きな小人がゴトンと地面に転がった。
それは全体的にずんぐりとした印象を受けるフォルムで、手足や体の全てが小岩でできているようだ。
「ロック! ボクのトラを守れ!」
「うーむ」
頭の所々に生えた緑の草を揺らす岩妖精。
関節部には土が残っており、どんな原理かわからないけれど、あれで各身体の部位が接着されているように思われる。
コロコロと地面を転がってはその辺の石を拾い、モフウサへと投げつけている姿はどこか可愛らしく思える。
ゴーレムに似ているな……いつかはアレに近い物を錬金術で作ってみたい。
「ふむ……岩妖精か」
「なんだよ。どうやってスキルを習得したかは教えてやらないからな」
じーっと観察していると近衛くんがちょっと自慢気に言ってくる。
「あ、うん。大丈夫だよ」
「……ちっ。……団長たちは必死になって聞いてきたのに…」
あっさりと引いた俺が、気に入らないといった態度だ。
たしかに傭兵団『一匹狼』の団長ヴォルフならしつこく質問してきそうだな。でも、俺だって『風妖精の友訊』の習得方法を明かすなら『宝石の森クリステアリー』について説明しなくちゃいけないわけで、それはミソラさんから禁じられている。しかもバラしたら結晶素材を取りにいけなくなってしまう。
きっと近衛くんだってかなりのデメリットがあるから、他人にスキル『岩妖精の友訊』会得方法を明かさないのだろう。
:パートナー猫の『シロ』がLv10になりました:
近衛くんの意外なスキルが判明したところで、俺達の猫はLv10へとアップした。
「やったわねぇん! ウフン♪」
「それにしても猫さんは素早いのですわね。まるでいつかの誰かさんのようですわ」
リリィさんが何故か俺を見ながら自分のパートナーをなでている。
「まだ戦闘じゃほぼ戦力にならないけど、『猫又』や『化け猫』にランクアップしたら強くなりそうだな」
「タロさん……猫を戦わせるなんて野蛮な考えだ」
おっと、近衛くんの地雷を踏んでしまったようだ。
猫ちゃんは3分以内に蘇生できなければ永久に失う。俺は『迷いなき救いの紅水』があるから復活可能だけど……近衛くんにとっては違うもんな。
「たしかに――」
確かに一緒に戦ってキルされちゃったら嫌だもんな、と同意しようとするも隣にいたミナが近衛くんを押しのけ、自分のパートナー猫へ駆け寄った事で俺の言葉は霧散してしまう。
「あ! わたしのモモちゃんが何か持ってます! これはっ…………『虫の死骸』……」
実は猫ちゃんたち、たまに素材を採取してきてくれるのだ。
俺のシロはさっき『小鳥の羽』を取って来てくれた。ジョージのダンディンは『小魚の骨』だったかな?
どうやら拾ってくる物は、猫と一緒にいたフィールドによって影響されているようだ。
今は森だから虫系が多いかもしれない。
「めっ! これはばっちいのですよモモ」
ぽふっと猫の頭に手を乗せるミナ。なんとも癒される姿を眺め、俺のシロも何か取ってきてないかな~と期待の眼差しを向ける。
「うみゃあああー」
応えるようにして大きな声で鳴くシロ。
それに続き、眼前に気になるログが流れ始めた。
:パートナー猫の『シロ』が『白猫のお昼寝城』か『黒猫の散歩城』に招待したいようです:
:行きますか?:
:Yes or No:
みんなの方へと目を向ければ、どうやら全員にも同じログが出現してるようだ。
これがイベント進行ってやつか。
「まずはお昼寝城でもいい?」
俺の質問にみんなが頷き、俺は『白猫のお昼寝城』をタップしてイエスを選択。
すると、シロは俺を見つめ可愛らしく欠伸をかましてくる。
一体どうやって移動するのかとワクワクしながら隣のミナを見れば――――
「えっ?」
大口を開けたモモが――
ミナのパートナー猫の顔だけが、車ほどの大きさに突如として肥大化し、妖怪のごとき迫力でバクリとミナをまるごと食べてしまった。
「はっ!?」
あまりに突然の出来事で、俺は理解が追いつかない。
肝心のモモといえば既に顔のサイズは元に戻っており、何事もなかったかのようにクシクシと前足で頭をかいている。次いでペロリと自分の背中を舐めて毛づくろいを始めてしまった。
ショッキングな映像に硬直してしまった俺だったが――
「ちょっ、ふぁっ!?」
悠長に構えている場合ではなかった。
明日は我が身とはこの事だ。
俺の視界には、猫の牙がズラリと並び、ピンク色の口内がいっぱい広がっている。
うわあ――
猫の舌って、ザラザラしてるんだなぁ――――
俺は無心になって唾液にまみれ、微妙な感触に全身が呑まれた。




