298話 女児先輩ですよ
300部お祝いコメントありがとうございます!
「タロさん? 『猫飼い』スキルを習得するには、猫にエサを何度か与える、でよろしかったかしら?」
「そうですよ、リリィさん」
リリィさんとの合流も果たした俺達は、ひとまず『猫飼い』スキルを習得する手ほどきをする。
とはいえ俺もまだ『猫飼い』スキルは習得したばかり。アビリティ『エサ友』でパートナー探しの途中だ。
ジョージは前にパートナーをゲットしたらしく、膝にはスリスリと身体をこすりつける細身の猫がいた。
毛並みはしっとりとした質感で短く、白と黒の二色。そして瞳は目が覚めるような青色の猫だ。上品かつスリムな身体付きからシャム猫に近い品種だと思う。
「ああん。はやくこの子とおしゃべりしたいわねん」
「あとでね、ジョージ」
「もちのロンよん!」
ジョージは自身の毛髪から作れた『宝石猫の黒死っぽ』を使いたくてウズウズしているようだ。
「あっ、コノエくん、あっちに可愛い茶トラがいるよ」
「えっ!? どこ!?」
俺の呼び声に夢中に振り返っちゃってまあ、可愛いのう少年。
「あっ……」
コノエくんは自分のあどけない反応を自覚したのか、すぐに平坦な表情に戻る。
別にお兄さん的にはそのままでもいいんだぞ?
「……チッ……どこ……」
「ほら、そこの草むらに――」
「ほんとだ! ありッ…………ありがとな……」
近衛くんが茶トラ系猫を大層気に入っているのは、このPTメンバーには既にバレている。なぜなら、さっき塀の上にいた茶トラ猫を発見した近衛くんは、それはもうキラキラと瞳を輝かせ、そのまま逃げられてすごいショックを受けていたからだ。他の猫にも、それはそれはなかなか可愛らしい反応を見せる近衛くんだったが、茶トラを見つけた時ほどではない。
「ふわああ、天士さま! この猫、お日様の匂いがするです」
「おお! 俺も顔をうずめてみよう……ひなたぼっこでもしてたから、いい匂いがするのかな」
リアルの野良ネコには、衛生的にも好感度的にも決してできないアグレッシブなコミュニケーションを敢行。
ん~ふわっふわ~!
そしてぽかぽかの匂いに堪らなく癒される。
これがいわゆる『ねこ吸いガンギマリおじさん』か。癖になりそうだ。
俺はてきとーにミナと一緒になって猫たちと戯れ、特に気に入った猫がいたら『エサ友』を発動してエサを何度か与えてゆく。
餌付けした猫なら必ずパートナーになれるわけではなく、確率はよくわかっていないけど高くはないそうだ。
ゆったり気長にいこうと思う。
ちなみにジョージは6匹目の猫でパートナーになれたとか。
「まさかジョージが日本皇立学園の先生だったとは」
「うふん♪」
ミナやリリィさん、近衛くんが離れたタイミングでこそっと呟けばジョージは即座に反応してくる。
「ジョージは姉主催の円卓会議に出席してるから、わかると思うけど……」
「そうねん♪ 現実改変の件、あちきは全く認知できないわん。ゾクゾクきちゃうけど、やっぱりいくら調べても怪しいって思えないのよねん……元々、そうだったって記憶だからぁん」
「日本皇立学園についても?」
「えぇん。もちのロンよん! もう200年以上も前に創られた日本の名門校だものぉん♪」
「200年!? というと、日本がその、アメリカに戦争で勝つ前に……あったの?」
「そうねん。日本は長らく、外国と取引きせずに鎖国してたでしょん? 神秘の国ジパングだなんて呼ばれてたけどぉん、列強による植民地化が進む国際情勢で日本なんて吹けば飛ぶ小国って、諸外国には思われてたわン♪」
「ほう……」
鎖国は俺の知ってる歴史通りか。
「それを敏感に悟った当時の天皇陛下は、列強を上回る人材育成機関が必要と御判断されたの。火の丸を背負った炎皇家の方々が、当時の強国文化を多数取り入れつつも、日本独自の文化を絶対中心に置いた教育機関を創設したのん。それが『日本皇立学園』よぉん」
「だから校舎のデザインが中華風だったり洋風だったり、和風だったりするわけか」
「そうねん! でもいいかしら、絶対に揺るがないのが日本文化なの。当時は多くのアジア圏の国々が外交パーティーにおいて、列強の文化に合わせ、自国は先進国に追いついていますよぉんって躍起になってアピールするなかん♪ なんと日本だけは『程度の低いサル真似を披露する必要はない』と豪語してぇん、自国の文化美を存分に示すパーティーを開いてたそうよぉん」
んん……?
俺も詳しくは知らないけど、1900年代初頭の日本は……どうにか欧米諸国の文化水準に追いつこうと、西洋風の音楽やダンスを真似て……そう、サル真似外交パーティーを何度か披露したとか、しないとか……?
そんな光景を白人種の方々は鼻で笑い、当時の日本を馬鹿にするような内容の文献がいくつもあったんじゃなかったっけ……。
その辺も炎皇家の存在で変わってしまったのかな?
「有色人種への差別ってあったの?」
「あったわね。白人至上主義でしょん?」
「うん、まぁ……じゃあその辺も含めて俺の知ってる歴史と――――」
しばらくはジョージと互いの認識違いを確認し合い、俺は一息つく。
これは思ったよりもだいぶ有意義な情報交換になるな。
「そういえばジョージって、学校への出勤は週3なの?」
「そうねん♪」
戦勝国になるだけでこれほど労働から解放される日常が来るとは……友達が実際にその環境下にいると、改めてゆとりのある幸福を実感する。
「でも、そろそろ高等部の軍閥科で編入試験が実施される時期だから、その準備で忙しくなりそうなのぉん」
「ふむ……色々と大変なんだなあ……」
「天使ちゅわんだって、そうでしょう? 皇太子殿下のフィアンセなんて。恋バナでもする~?」
「いや、いいって」
「真面目な話、イイ男ではあるわよぉん。だけど、そうね……統治者としては腹黒さに欠けてるというか、実直すぎるところが裏目に出てる気がするわねぇン……でもでもまだ中学生ですものねん♪」
発展途上のいい男とか、そそるわあ~ん♪ と腰をくねらすジョージから俺は視線を切る。
殿下との婚約問題も不安だけど……俺は晃夜と夕輝の件に関してジョージに相談するか迷う。
日本の権力者たちが、俺の一挙手一投足に注目している今……仏神宮家の体面上、一般市民の、異性に見える男子と共に行動するのは憚られる状況であり、そのため親友たちとも会えていない。
そしてあの2人が何かの陰謀に巻き込まれる危険もあるから……現実では距離を置いている。
でも、それでも今まで一緒にいたのだから、会いたいって気持ちは抑えがたい。
……あいつらはゲームにもログインしてこないし、ここ数日はラインですら音沙汰なしだ。
どうすればベストなのか、この頼もしい友人に聞いた方がいいかもしれない。
「なあジョージ、実は……」
そうして声をかけたものの、俺は他の傭兵たちが接近してくるのが視界に入ったため口を閉ざす。
「うん? なんか妙にガキ共が多いな?」
「子供傭兵が1、2、3、4人ねー」
「なに、キミらも『猫飼い』スキルを楽しんでるわけ?」
「猫の取り合いになっちゃうな」
男性3人、女性1人の傭兵グループは、俺達を値踏みするような視線をぶつけてくる。
『ネコの街ニャルンテ』は彼らが言うような、猫の取り合いが起こるほど狭くはない。土と草が入り混じった道には多くの石垣が続き、そこにヒョコリと顔を出す猫はたくさんいる。また田園も広がっていて、あぜ道にも呑気に散歩する猫たちが見受けられる。
つまり、目の前の傭兵たちは何か目的があってイチャモンをつけてきた可能性がある。
「あら、私たちに何かご用でも?」
先手を打ったのはリリィさんだ。
「ほー、よく見たら可愛いツインテちゃんだな」
「奥の神官幼女もなかかなかに将来有望そうだなー」
「ちょっとあんたたち、なに子供相手に変なこと言ってるわけ?」
「あれ、待て……よ。あの銀髪の娘……」
1人が俺を注視して指差す。
それに呼応して、ジョージがスッと前に立ち塞がった。
ミナやリリィさんも警戒度をグッと上げるなか、傭兵初心者の近衛くんだけは事態が呑みこめてないようだ。視線を俺と傭兵たちに何度か彷徨わせ、そして興味なさげに猫へと向き直った。
おい。
「あれれ? 女子ばっかりかと思えば、ここに可愛い男の子もいる~!」
しかし紅一点の女性傭兵が近衛くんへ触れそうな距離まで詰め、声をかけた事でようやく不穏な空気が漂っていると気付いたようだ。
もちろんクラン・クランは『15歳以下の傭兵に先制攻撃はできない』という児童保護プログラムがあるため、いきなり近衛くんが狙われる可能性は低い。だが、PvPに持ちこむ方法なんてたくさんあるのも確かだ。
例えばこの場合、初心者である近衛くんを口で挑発し、近衛くん自身が傭兵に攻撃を仕掛けてしまえば、『先制攻撃ができない』というプログラムが解除される。
「うん? この黒いオネエがガキ共の保護者代わりか……?」
「笑えるわね。こんな変人といないで、ボクちゃんはうちらと遊ばない?」
「おーい、キミ達。俺らはこの辺の石垣にいるネコをテイムしたいんだー。だから、どっかに行ってくんなーい?」
「黒いアフロに……白銀髪の幼女……もしかして、鉄血の……?」
女性傭兵は近衛くんへと執拗に絡む。
そして2人の男性傭兵らはジョージの対面へと進み、軽く睨みを利かせる。それに対してジョージは涼しい顔、いや、どことなく嬉しそうな表情で見つめ返している。
「あらぁん♪ そんな熱い視線で見つめるってことわぁん」
ジョージがクネッと腰をよじった後、アフロが2倍ぐらいに大きくなる。次いで上腕二頭筋あたりがモコッと動き、膨れ上がる。
「番いになる覚悟ォ、できてるのよねェ?」
なぜにそこだけ低音ボイスなのかなジョージ。
「ヒッ……なんだ、なんだあ!? やるのか、オラ!」
「ちょっと、この男の子は可愛いから! キルしちゃダメよ!」
「なあーオネェーよぉー、子連れでー戦えるのー? ってかヒロアキはさっきから何ビビってんのー?」
「おい、俺の名前を口にするなよ! せっかく非表示モードにしてんのに!」
俄然やる気の傭兵3人だけど、最後の1人は俺とジョージをしきりに何度も見比べている。
「おい、オネェ! そんなにやりたきゃ殴ってこいよぉオラア!」
「ほーいほーいほーい、見た目が中途半端なら、根性も中途半端ですかー? ビビりですかー?」
「なんかこのオネエ、キモくない?」
俺達とPTを組んでいるジョージが手を出した時点で、相手はPTメンバーの近衛くんやミナヅキ、そしてリリィさんにも攻撃できるようになる。
だからなのか、3人はジョージにあからさまな安い挑発を始めた。
正直、いつもの俺であるならば簡単にスルーできたろう。だけど、ジョージを指差し、侮辱する奴らに対して何も言わずに終われる俺ではなかった。
「お兄さんと、お姉さん」
だからジョージより一歩前に飛び出し、微笑みながら話しかける。
すると相手の視線が一気に俺へと集中した。
「おっ……この娘もめっちゃ可愛いな」
「うわー天使かよー」
「なにこの娘……」
「天使……!? そうだ、天使だ!」
できれば近衛くんの前で、手荒な真似はしたくない。いきなり凶暴なイメージを持たれてしまったら、今後の付き合いで距離を置かれてしまうかもしれないから。
でも、それでも許容できない発言がある。
「ジョージのこと、『中途半端』って言ったの、取り消してくれませんか?」
ニコオオオっと笑みを広げ、俺はアイテムストレージからこっそり魔導石『永劫にひしめく霜石玉髄』を取り出す。
万が一戦闘になった場合、即座に『白青の雪姫ブルーホワイト』たんを顕現させるために。
「大事な友達を悪く言ったら、俺、許せないよ」
次いで『風妖精の友訊』を発動する準備をしておく。
『緑と風の絶姫』のフゥを召喚するために。
「あの銀髪の娘、間違いないぞ! アフロの方も【鉄血ジョージ】だ!」
「あ? ヒロアキ誰だそりゃ」
ヒロアキと呼ばれた傭兵は急に及び腰になり、コソコソと早口でしゃべりだす。
「気に入った男に血涙を流させる傭兵団『サディ☆スティック』の副団長、そして悪い奴には鉄拳制裁、血濡れたオネェの【鉄血ジョージ】だよ」
「あ? やばい奴……なのか?」
「それにあの銀髪の美少女は……あの人は、白銀の天使さまって呼ばれてるはず」
「どういうことー……?」
「PvP最強の傭兵団『首狩る酔狂共』とすごく仲が良いとかって。あとは1000人以上の傭兵団員を持つ『大団縁』とも繋がりがあるとか……」
「本当なのヒロアキ……?」
「間違いない……どっちの団長とも街を楽しそうに歩いているのを目撃されてる」
よく聞き取れないが、ヒロアキと呼ばれる傭兵はジョージや俺のフレンドたちの影響力について知っていたようだ。
説明を聞き終わった傭兵たちは、俺を見つめてからすぐさま数歩下がる。
「あ、あの、すみません!」
「ここはーどうぞ、どうぞご自由に使ってくださいー」
「悪かったわね……」
「誠に申し訳ございませんでしたああああ!」
ヒロアキさんは全力ダッシュで去り、他のメンバーもすごすごとその場を後にする。
そんなよくわからない連中を見た近衛くんが疑問の声をあげる。
「ねえ、仏さ……タロさん」
「……ん? どしたのコノエくん」
「どうしてあいつらは、タロさんを見て逃げていったの?」
「んー……………」
巷で俺が『白銀の天使』だなんて、痛いあだ名で呼ばれているのを彼には知られたくなかった。
だからとっさに出た言い訳は――――
「お、俺が可愛すぎたとか、かな?」
ちょっと冗談交りにあざとめポーズを添えてみる。
具体的には指を唇にあてて小首を傾げている。
「な、な、なんだそれ」
すると近衛くんは仏頂面になりながら耳を赤く染めた。
あらら。やっぱり俺が変な風にごまかした事に怒ってしまったようだ。
でもそれ以上言及してこない近衛くんを見て、どうやら詳しく説明する必要はないとホッとする。
いきなり傭兵団情勢をアレコレと言い出してしまったら、ゲームを楽しめなくなっちゃうかも。ただでさえ、このクラン・クランは人と人との争いが激しいわけだから、初めのうちはなるべくやんわりと伝えてゆきたい。
そして少しずつ、この世界の魅力を伝えられたらなって思う。
んん……?
俺ってなかなか上手に先輩傭兵やれてるんじゃないか?




