296話 体育と紙と美少女の笑顔
ながらく更新、お待たせしました……。
3巻の執筆作業が終わりました! そして間もなく春休みも終わりますね・・・
みんなの感想を見る度に書きたいお話が増えていきます!
いつも拙作を支えてくださりありがとうございます。
どうかどうかお体にはお気を付け下さい。元気でいてくださいね。
明くる日の朝。
隣の席の天才少年、近衛神宮彩閣くんの悩みを解決すべく脳内でシミュレートを十分にする。
「よし。フェーズ1はクラン・クランのプレイヤーアピール。そしてフェーズ2はスキル『猫飼い』の取得方法をちらつかせ……」
「天士さ……訊太郎くん、本気でするつもりですか?」
隣に座るミナヅキ、もとい琴ちゃんが少し不満気に尋ねてくる。
昨日と同じく迎えに来てくれた古都塚家が所有する車の中で、俺は近衛くんが『リアルモジュールでクラン・クランをしている』『友達を欲している』との内容を明かしたのだ。
勝手に彼の内情を琴ちゃんに言うのは気が引けたけど、近衛家と同じ日本名家でもある琴ちゃんのアドバイス等を聞いておきたかったのだ。
ちなみに近衛くんと琴ちゃんは、パーティーなどで挨拶をちょこっと交わす程度の顔見知りらしい。
「うん。琴ちゃんは反対?」
「反対、というわけでは……その、訊太郎くんが言う通り、現実改変を認識できる知り合いは多い方がいいですし……」
妙に歯切れの悪い口上に俺は首を傾げて先を促す。
「近衛くんは、二日前からクラン・クランを始めたって言ってたのですよね?」
「うんうん。しかもミナがけっこう前に所属してた傭兵団『一匹狼』に入ってるらしいよ」
あ、もしかしてその辺を危険視してるとか?
「むむむ……また天士さまを狙う人が増えかねない、です……」
「うーん。確かに近衛くんと関わる=『一匹狼』との関係は深まるかもしれないけど、敵に回る傭兵は増えないと思う」
「いえ、そういう意味では……」
うん?
「と、とにかく訊太郎くん! 近衛くんへの作戦は、なるべくわたしも一緒に参加させてくださいね!」
顔をうっすらと赤く染め、声を荒らげる琴ちゃん。
彼女にしては珍しく、なぜか有無を言わせぬ気迫で接近してくる。
「う、うんっ。わかったから、その……ちょっと琴ちゃん……」
琴ちゃんの甘い息が俺の髪をかすめる。
金髪幼女がいくら身を寄せてこようが別に気にする事でもないのだけど、やはり古都塚家の運転手の目がある前で、このような行為を許容するのは控えた方がいいような?
「その近い、よ……?」
いつもの琴ちゃんだったら、すぐに気付いて離れるはず。
それなのに彼女は俺のツッコミを聞いても、頬をより一層赤らめながら動かない。
「このぐらいじゃないと、訊太郎くんは……気付いてくれないのです」
「へ……?」
「何でも、ないです!」
もじもじしながらも、琴ちゃんはさらに距離を詰めて……いつの間にか車内壁ドンみたいな恰好になってしまう。
「訊太郎くんに変な虫がくっつくぐらいなら、わたしがくっついておくのです!」
あはは。
この可愛い生き物は一体なんだ?
照れと呆れで、思わず苦笑してしまう。
「はいはい。心配ありがとうな、琴ちゃん」
「……近衛くんの件は、もうリリィ殿下にはお伝えしたのですか?」
「ん? まだだよ」
「それなら許してあげます」
なぜか琴ちゃんの機嫌がちょっとだけよくなった気がした。
◇
午前の授業が終わり、時は戦国時代!
そう、俺は今、全力で隣の席にむけてクラン・クランのプレイヤーアピールを近衛くんにしていた。
「ん~、やっぱり『猫飼い』スキルは楽しいよ」
「わたしもやってみたいです!」
琴ちゃんと昼食を済ませ、いざ教室に舞い戻れば予定通り隣の席にいるのは近衛くんだ。
「どうやって『猫飼い』スキルを習得するのですか?」
「ん~それはねえ……オホホホッ……」
わざわざ初等部から足を運んでくれた琴ちゃんと一緒に、クラン・クラン談議に花を咲かせるも……近衛くんは、身体をピクピクとするだけでこちらに反応を示そうとしない。
しっかりと彼が知りたがっている『猫飼い』スキルの習得方法を話題に出しているのにだ。
「習得方法は実際にゲームで実践して見せた方が早いかな?」
「わあー! 楽しみです! ぜひ一緒にやりましょうね!」
近衛少年よ!
ここは俺もその話に混ぜてくれ! ってなるはずだろおおおお!?
俺が小学生の時は、大好きなゲームの攻略話ってなったら是が非でも聞きたくなって会話に入ってたのに~!
しかし彼はゲームで見せた無防備な一面をひた隠し、ひたすら仏頂面で教本にかじりついている。
「あら、お二人とも興味深いお話をなさっていますわね?」
「リリィ殿下はお呼びではありません」
なかなか近衛くんが釣れなくてモヤモヤしていると、イギリス王室からの留学生でもあるリリィさんが釣れてしまった。
すかさず琴ちゃんが冷たくあしらうも、リリィさんは引き下がらない。
「ちょっと古都塚さん。その物言いは失礼ではなくて?」
「わたしは訊太郎くんと一緒に遊ぶお話をしてるのです~リリィ殿下には関係ないのです」
琴ちゃんとリリィさんは険悪に見えるが、この砕けたやり取りができるのは互いが友人である証なのだ。
ネトゲの繋がりってすごいと思う。
「古都塚さんは私を、お友達としてお仲間に入れてくれない。そう仰るのですか?」
「…………いえ、そういうわけでは……」
「ですわよね! 高貴かつ聡明かつお美しいタロさんのご友人が、まさか性悪行為をするはずありませんものね!」
「くうッ……!」
「それで『猫飼い』スキルなんて戦闘にはあまり役に立たないとお聞きしているのですが、タロさんはその辺はどう考察なさっているのですか?」
「あー……、まだ未知数の多いスキルだし、リリィさんも習得しておくのをお勧めします?」
「古都塚さん、お聞きになりました? タロさんは私とスキル『猫飼い』を――」
「訊太郎くんは一切、リリィ殿下と一緒に習得しに行こうだなんて言ってません!」
「まあ! 古都塚さんはなんて――――!」
なにやら非常にかしましい事態になってゆく。
む、そういえば男子というのは女子の騒がしい空間には非常に入り辛い気持ちになると思い出す。
まさにこの瞬間がそれじゃないか!
隙あらば声をかけてくるイグニス皇太子ですら、俺達と距離を置いて遠巻きに微笑んでいるだけだし……よもやこの空間で俺達に話しかけるのは至難の業!?
そんなこんなで次の授業が始まる予鈴が鳴るまであと5分を切り、俺の焦燥はジリジリと高まる。
協力してくれる琴ちゃんや、仲良くしてくれるリリィさんにどこかに行ってほしいなんて口が裂けても言えないし、かといってこの空間に誰かが入れるはずもない。
しかも肩書きからして王族、古都塚神宮家、仏神宮家と話しかけ辛い面々で……今更ながら、いくら近衛くんが気になっている話題でもハードルが高過ぎる。
俺達の輪に入れるとしたら、それはおそらく――――
「あらぁん? 次の講義は体育活動よん?」
そう、結論から言えば教師だけだった。
「そろそろ着替えの準備をしないとねん。初等部の生徒ちゃんはクラスに戻った方がいいわよ?」
俺にとって初の体育授業だ。
中等部の体育教師にして、俺は初対面となるクラスの副担任が声をかけてきたらしい。
昨日はお休みだったから顔を合わせる機会はなかったけど、たしか名前は薫拳沢一徹教諭だったかな?
クラスメイトの評判では教育熱心で、一部のヤンチャ生徒にはひどく恐れられている先生だとか。
特に差別意識を抱く生徒には容赦しない教育方針らしい。鬼の一徹だとか、薫る拳は血の匂い、なんて怖い噂もちょろっとだけ聞いた。
そんな先生の呼び声に顔を向ければ、そこには長身で線の細い中性的な顔立ちの人物が立っていた。
半袖ワイシャツからのぞく両腕はバッキバキに鍛えているのが如実にわかる筋肉質で、そのただらなぬ猛者臭に、本能的な警戒心が高まってしまう。
「あら、噂の転入生ちゃんね?」
俺を見た薫拳沢先生は妙に腰をしならせながら近づいてくる。
うん、どこかで見たような動き……この既視感は、なんだ?
やや長めに伸ばされたその艶やかに流れる黒髪、爽やかに持ち上げられた前髪によって顔がハッキリと見える清潔感あふれる先生だ。
そして憂いを帯びた眼差しはどこかミステリアスさを強調し、幸薄い系美男子と言っても過言ではない雰囲気を醸し出す……だけど口調と動きが、なんと言えばいいのだろうか。
「ご挨拶が遅れました。あちき、薫拳沢一徹よぉん。今日からよろしくね☆」
そうして両目閉じウィンクをしてくる。
「え、えっと……仏、訊太郎です。よ、よろしくお願いします?」
おやおや、おや……!?
ここまでくればもう確定だろう。
隣にいる琴ちゃんに視線を向ければ、やっぱり彼女も驚いた顔をしていた。
ミナは初等部だからそもそも彼……彼女とは今まで会ったことはなかったのだろう。リリィさんはそもそも彼女とフレンドですらないから気付いてなかったのかもしれない。
俺のさっきまでの警戒心は薄れ、今ではすっかり親しみの笑顔を向けてしまう。
「あの、初めまして、ではないですよね?」
「そうねん、天使ちゅわん♪」
またもやバチンと両目閉じウィンクをする彼女を見て、俺はつい叫んでしまう。
「ジョージ!」
「うふふ、ここでは先生って呼んでね☆」
「はい! 薫拳沢先生!」
「一徹先生と呼んでいいわよ☆」
「はい! 一徹先生!」
「ゲームでは変わらず、ジョージって呼んでねぇん?」
それはつまり、友達で在り続けるという意味に他ならない。
俺は嬉しさのあまり飛び上がって、抱きついてしまった。
それを周囲の、特にクラスメイトは驚愕の眼差しで見ているのを気付いてなかった。
◇
「一徹先生、全然ゲーム内の姿とは違いますね?」
授業後にさりげなく小声で尋ねてみれば、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「うふふふん。ふぅ……」
そして謎にたそがれた表情で、しっとりと溜息をこぼす薫拳沢一徹先生ことジョージ。
「あちきの理想像をぶちこんだのがジョージよぉん♪」
なるほど。
あのお姿が、色黒しなやかマッチョパンチパーマが……ジョージの理想の男性だったのか。
そんな謎に納得できる返答を受けとめ、衝撃的なリアル邂逅の余韻を楽しむ。
近衛くんのお悩み解決は難航してたけど、ジョージとのリアル出会いに喜びが溢れてしまい、午後はずっと気分が晴れやかだった。
正直、無愛想な近衛くんを目にしても何ら気になりもしなかった。
なぜならゲーム内で共通の話題を相談し合える頼もしいジョージがいるのだから!
今までジョージとはリアル話をするのはマナー的に避けていた……彼女がリアルモジュール勢ではない事から、喋り辛かったのだ。でも、これからはそんな風に感じる必要はないんだ。
ジョージは学校では先生だけど、ゲームでは友達として俺に接してくれるはずだから。
「……おい、仏さん」
そんな風にニコニコと早く学校終わらないかな~なんてジョージとのゲームライフを妄想していたら、ふと隣から小さな声がかかる。
「んっ!?」
なんと近衛くんが何かを俺に伝えようとしていた。
「その……、見てくれ」
「んんんん……!?」
彼は折りたたんである小さな紙を俺の机にサラリと置いた。
ふむ。これは小学生の頃によくやった筆談というやつだな?
しかし、しかしだよ、近衛くん。
男たるもの、堂々と語り合おうじゃないか。
お口でなあ!
「んんー……見たよ?」
俺はわざとその紙を開かずに眺め、何のことやらと素知らぬふりをする。
「だから、その……」
すると近衛くんは耳を真っ赤にして、視線を逸らした。
「だから、その……『猫飼い』スキルの習得方法を……」
彼が視線を彷徨わせるのを見つめながら、内心では頑張れ! もう少しだ! 歩み寄るんだ! と応援を送る。
しかし俺の身体は首を傾げ、疑問のポーズを取っておく。
「『猫飼い』スキルの習得方法を……ボクにも教えろ」
近衛くんはこっそりと、それはもう耳を盛大に朱に染めながらのたまった。
釣れたぜえええええ!
今は怒っていても、きっとクラン・クランで一緒に遊べば仲良くなれるはずだ!
大勝利!
「いいよ。じゃあ、ゲームでフレンドになろっか」
笑顔でそう答えると、近衛くんは俺の発言が不快だったのか顔ごと背けてしまう。
「……わかった。フレンドになってやる」
しかし、ポソリと呟いた彼の声音はどこか嬉しそうだった。
俺の勘違いだろうか?




