295話 孤独を滅する錬金術士
「ボク、学校でさ……友達が少ないんだ」
近衛彩閣は目の前の【宝石猫】、つまりは俺に躊躇なく自身の内情を語り始めてしまった。
「代わりにキミがボクの友達になってくれないかな……? そう、キミはねこっぴ君だ」
「うにゃ」
どうやら俺の名前は『ねこっぴ』と決定したようだ。
うーん。あの気難しそうな近衛くんにしてはネーミングセンスにギャップがありすぎるな。
「学校じゃクラスの人達と歳が少し離れてて、何を話していいのかわからないんだ。本当は仲良くしたいんだけど……ボクは近衛神宮家の者として、優秀であると周囲に知らしめなきゃいけなくて……」
「うにゃにゃ」
「ボク自身の態度がとても、その、硬くなってしまってるのは認めるよ」
確かになぁ。
舌打ちはよくないと思うよ。
「コミュニケーションを取るのが苦手で、その逃げ道として参考書とにらめっこしてしまっているんだ」
「にゃあ」
夢中になって勉学に励んでいるわけではなかったと。
クラス内で話すのが気まずい時って、スマホいじったり本を読んだり、寝たフリして突っ伏すアレと同じようなやつか。俺にも何度かそういった手段に逃げた覚えはある。
「ゲーム内でも友達が少ないのは変わらない……猫を飼えるって聞いて、二日前からこのゲームを始めたんだけどね……すごいリアルだって聞いたからさ……」
「う……にゃ!?」
そこではたと気づく。彼は現実と容姿が同じリアルモジュール勢だ。
もし近衛くんと仲良くできれば、貴重な現実改変を認知できる仲間になりえるんじゃ!? おそらく彼はまだゲームを始めたばかりで、世界変革とこのゲームが関係していると気付けてはいない。
しかし、何かしらの変化が起きれば、必ず悟るはずだ。
「でも、このゲームの傭兵たちは戦いに明け暮れる毎日だ。だから同じ年頃の傭兵たちが集まってる傭兵団にも入ってね、自分から歩み寄る努力もしてみたよ」
「にゃ」
さっきちょこっと耳に入って来た『一匹狼』という単語が脳裏をかすめる。
どうやらヴォルフの傭兵団に所属しているようだ。
「でも……ボクが猫を飼いたいから、クラン・クランを始めたって言ったらみんな笑うんだ。そんな事よりレベル上げしようぜって……誘ってくれるのは嬉しいんだけど、ボクが本当にしたいのはそういう事じゃないんだ……」
「にゃんにゃん」
「じゃあ現実で猫を飼えばいいんだけどね。今いる寮では、ペットの類を飼うのは禁止されているんだ」
「うにゃぁ……」
あーそういえばそうだったな。俺もあと三日も経てば入寮手続きが完了して、『日本皇立学園』の女子寮にぶちこまれるわけで。
俺にペットを飼いたい願望はないけれど、他人事のようには思えなかった。
「別に不満があるわけじゃないんだ。日本一の教育機関に入れてもらって、父様や母様を尊敬しているし……期待にも答えたくて、近衛神宮家の長男として将来は皇太子殿下をお傍で支えたい」
「いやー、うにゃぁー」
いやー、天才で努力家で、御家柄も良く、まさに意識高い系主人公やん。飛び級という結果も出せてて、なおかつ将来を捧げる殿下と対等に学ぶ場所に食らいついている。
めっちゃいい子だなぁ。俺が小学4年生ぐらいの頃は『ゲームしたい、マンガ読みたい、遊びたい、お菓子食べたい』ぐらいしか考えてなかったのに、近衛くんは立派だ。
「でも、やっぱり……寂しいんだよ……」
「ゴロゴロうにゃー」
両親の期待に応えようと邁進しながらも、やっぱりこの年頃の少年が両親と離れ離れっていうのは寂しいだろうなぁ……。そして友達も作り辛いと。
なんとか力になれないか、そんな気持ちがむくむくと湧きあがって来る。
「みんなどう強くなるとか、新しいダンジョンのドロップ品が美味しいとかで……ボクは猫をどうやって飼えるかもわからないんだ……友達がいない……」
友達が傍にいない寂しさ……。
それは誰よりもわかる。
いつも一緒だと思っていたはずの晃夜と夕輝は……今はいない。ログインもしないで、ゲームの中ですら会えていない。
その漠然とした孤独感、そして心細さは痛いほどに共感できる。
「うにゃぁー」
少しでも近衛くんの寂しさが紛れるようにと、彼の脚にスリスリと頭をこすりつける。
彼は友達を欲しがっている。そしてあわよくばクラン・クランに詳しい人材も。
……いるじゃないか、目の前に、この俺が!
猫をペットにするなら『猫飼い』ってスキルが必要で、それを習得するには野良ネコにエサを与え続けると習得するんだ。この場でそう伝えてあげたいが、不可抗力とはいえ彼の内面を無断で聞いてしまった。
それを近衛くんが知れば、きっといい思いをしないだろう。
なら先輩として、ここは落ち着いて対処すべきだ。
まずは一度、学校でそれとなく俺もクラン・クランをしていると匂わせて――
「それにっ、それにっ……転入してきた隣のアイツだ……」
んん?
それはもしや、俺の事では……?
「あんなっ、天使みたいな子は……反則すぎるんだ。殿下もさすがのご慧眼……じゃなくて、ボクとあいつは同い年で、中等部の国際科にいるわけで、ライバルなんだ!」
「にゃ……」
「なのにッッ、あいつの顔を見る度に、動揺してしまう自分が情けないんだ……」
ふぅむ。その原因は何かな?
「なぁ、ねこっぴ。ボクはあいつを見ると顔が熱くなっちゃうんだ。どうすればいい?」
「うっ……にゃぁー」
いや、俺にそんな事を聞かれても……。
「お前みたいにとびきり可愛いんだ」
ぽそりと呟いては俺の頭をなでる近衛くん。
あー……なるほどなぁ。
「にゃぁ!」
ふむ。任せておくのだ少年。
俺はああ見えても男だ。
だから男の友情には詳しいし、むしろ先輩としてかっこよく振る舞って、所詮は外見だけの可憐さなんて蹴散らしてやる。そして熱い友情をかわそうじゃないか!
「愚痴ばっかりでごめんよ。ねこっぴは、こんなどうしようもないボクと友達になってくれるかい?」
「うにゃにゃ!」
「あはは、ありがとう」
キミの悩みは全て網羅したぞ。
この仏訊太郎が、近衛くんの悩みを華麗に完璧に迅速にッッ、解決してみせる!
友達が欲しいなら、まずは手初めに俺だ!
それから俺は近衛くんとしばらく猫のまま散歩を楽しみ、『宝石猫の白銀しっぽ』による変身時間が解ける前に茂みの奥へと姿をくらませた。
「あれ、ねこっぴ? どこかにいっちゃった?」
寂しそうな声を背後に置いてゆき、俺は駆けた。
ごめんな、近衛くん。今はまだ無理だけど、現実では必ずキミの力になると誓う。
そしてあわよくば、ゲームでも仲良くなれたらいいな。
そんな思いを胸に、今日のところはひとまずログアウトした。
「ふぅ。明日の学校は気合いを入れていくぞ」
そのための準備は万全にしておかないとな。
俺はそそくさと、『近衛くんの悩み攻略』となるキーアイテムの選別へと取りかかった。




