294話 人体を喰らい尽くす錬金術士(2)
「な、なぜだ……」
俺の目の前には、キラキラと転がり散ったねこじゃらしが8本。
うん、確かに綺麗なのだけど……綺麗なのだけど……。
結局は『ほうき星のねこじゃらし』しか作れなかったのだ。
合成釜を強火にしようが弱火にしようが、かき混ぜスピードを工夫しようが、結果は全て同じ。そもそも相性の合う素材が、手持ちに『結晶の枝』だけというのが問題かもしれない。
「現状を……変えればいい……?」
そこで今更な点に気付く。
俺はレベルが12に上がってからスキルポイントを振ってなかった!
「うっかりしてた……」
51ポイントも溜まっているので、どんどん錬金術へと振ってゆく。
:錬金術Lv42 → Lv46:
:スキルポイント51 → 47:
:アビリティ『創造の金法』を習得しました:
『創造の金法』
【スキル錬金術の全アビリティの成功率を、消費したMPの量によって上昇させることができる。
基本、MP消費1で0.1%上昇させることができる。知力ボーナスとして知力100毎に0.2%上昇する】
【『変革の銅法(Lv3で習得)』と『生成の銀法(Lv14で習得)』の効果と重複して発動が可能】
おおう!?
俺の場合は、知力700超えだから、MP10消費すれば成功率が2.6%も上昇するのか!
MP100も消費すれば約12%も上昇できる!
それに『変革の銅法』や『生成の銀法』は、それぞれ『変換』と『合成』にしか効果を発揮しなかった面、『創造の金法』は全アビリティが対象であり汎用性が高い。
2つのアビリティと重複発動させれば、かなり成功率を上げられるのでは?
俺は嬉しくなって、さらに錬金術スキルへとポイントを振っていく。
:錬金術Lv46 → Lv50:
:スキルポイント47 → 43:
:アビリティ『禁断を捧げし人体練成の魔眼』を習得しました:
:アビリティ『あなたに捧げる人体練成の魔眼』を習得しました:
うわ……すごくやばそうなのを習得しちゃった!?
『禁断を捧げし人体練成の魔眼』
『あなたに捧げる人体練成の魔眼』
【人として立ち入れない領域、錬禁の道を歩む者のみが見出す錬金術。傲慢にも、知的生命体の中位に君臨する人間ですら己の創造物に加える所業は、神や悪魔の類に近しい。禁忌の果てに目にするは、滅びか、栄光か、虚無か……ほんの一握りの、偉大なる錬金術師たちが到達しうる世界は常に混沌である】
【効果:傭兵の身体の部位を素材として採取できる】
【発動中は『欠損・切断』パラメータが有効になり、1秒毎にMPを3消費する】
【右目だけの場合『禁断』が発動し『欠損』のみが有効になる。消費MPは毎秒2に変化】
【左目だけの場合『あなた』が発動し『切断』のみが有効になる。消費MPは毎秒2に変化】
:『欠損・切断』パラメータが追加されました:
:魔眼発動中、攻撃アクションを傭兵にヒットさせると『欠損・切断』に及ぶパラメータが蓄積されます:
:指定値を超えれば【欠損】もしくは【切断】を実現し、素材として身体の部位を採取できます:
:【部位殺し】された傭兵は、10分後にログインし直せば失った部位は再生します:
こ、これは……。
すごいアビリティを習得してしまった!?
しかし1秒毎にMP3も消費し続けなければならない、というのは厳しい。今の俺のMPだと装備の恩恵を受けて290だから、約100秒しか魔眼を発動できないのか。
それでも人体練成という単語に興奮しながらアビリティを発動。
すると――
「む? 特に変化はない?」
魔眼であるから何か見え方が変わると思ったけど、そういった気配もない。
だが俺は試すのを躊躇しない。
一切の迷いも無く、自分の左腕を右拳で叩いてみる。
:欠損値2/100:
さらに力強く叩く。
:欠損値5/100:
なるほど。これが100%に到達すれば、身体の一部が欠損して素材化できると。しかし毎秒MP3を消費されているわけで、欠損させるには短期決戦、早期決着を迫られるわけだ。
つまり圧倒的な火力が備わっていなければ、このアビリティは無用の長物と化す。
また『欠損』値は単純に、ダメージ数によって蓄積される可能性がある。『切断』値は、おそらくだが剣や斬撃系統の魔法などで蓄積されるのかもしれない。
腕はなかなかの耐久力があるとわかった。ならば、髪の毛はどうだろうか?
プツン――っと一本の髪の毛を抜いてみれば。
:切断値100/100:
:【錬禁少女の銀糸】を入手しました:
わぁ。
俺の髪の毛が素材として取れちゃったよ。
『錬禁少女の銀糸』
【傭兵タロの銀髪。魔女に連なる青い粒子を生みだす毛髪は、知力に満ち満ちており、意志なき物に感情すら芽生えさせるだろう】
ふむ……もしかして各傭兵の特徴によって、取れる素材の内容は変わってくるのかも?
例えば脳筋ステータスの傭兵から髪の毛を採取すれば、『力に満ち満ちており、パワーがどうの』って感じになるのだろうか?
俺の場合は知力、そして意志なき者に感情すら芽生えさせる……?
「むむ……たしか『ほうき星のねこじゃらし』の説明文に、意志がなんとかってあった気が……」
『――揺れるほうき星に意識はなくとも、その煌めきが薄れることはない』
その1文も目にして、ほくそ笑む。
意識がないのであれば、感情を与えればいいのだ。
俺の髪の毛で!
「さぁ、我が手の中で感情の彩りを見せよッ!」
合成釜へとそれぞれの素材をぶちこんで、情熱を、愛情を込めてかき混ぜていく。
すると予想通り青い煙が沸き立つ。
:『白ねこの毛玉』+『結晶の枝』+『錬禁少女の銀糸』+『ようせいのこな』→『宝石猫の白銀しっぽ』ができました:
:合成レシピに記録されました:
『宝石猫の白銀しっぽ』
【猫たちの代弁者、結晶魔力を持つ【宝石猫】のしっぽ。冠猫に匹敵する美しい容姿と類稀なる猫力によって、猫たちの尊敬を集める】
【効果:おしりにつけると1時間だけ宝石猫に変身する。猫たちと会話などができる】
俺は白く輝くクリスタルな枝、というか猫のしっぽを持ち感激に震える。
猫と会話!
スキル『寝子飼い』では会話でのコミュニケーションはできないが、このアイテムさえあれば猫たちとのお喋りに興じれる!
「フハハハハッ! セバス! 俺はしばらく出かけてくるぞッ! 留守は任せた!」
「……御意に……!」
ちょっとセバスの俺に向ける視線が、子供でも見るかのような温かみを帯びていたけど気のせいだろう。
喜び勇んで屋敷から出た俺はすぐさま『猫の街ニャルンテ』へ直行。目的地につけば、抑えきれない気持ちを爆発させるように『宝石猫の白銀しっぽ』を使用した。
自らのおしりにしっぽをつけてみる。
するとまず、視点が数段低くなった。そして自らの手に視線を移せば、もこもこのふわふわっ毛、うわぁあぁー肉球ピンクだにゃぁ~!
んん、四つん這いはデフォルトと。
少し駆けてみれば、ヒョイヒョイ~っと素早く景色が横に流れていく。速い、速いぞ、そのまま塀にジャンピング!
うわぁ、けっこう飛べるんだな!
猫の身体能力すごい!
俺は今の自分の姿をちゃんと確認したくなり、塀から近い位置に立つ家屋へと移動し、窓の前に座ってみた。
反射で映った猫はちょっと変わった見た目をしていた。
白銀のさらっさらな毛並み、そして水晶をそのままはめ込んだみたいな青く美しい瞳。そして頭の上についている二つの耳は、三角形の空色結晶だった。尻尾の先端にも宝石みたいな粒がちょこっとあって、過美にならないぐらいの煌めきを放っている。
「わぁお……」
宝石猫という名前がしっくりとくる、上品かつファンタジーな猫に変身していた。
「あ、にゃおん……か」
可愛い、というよりは綺麗系だな~なんて思いながら、自分の耳を後ろ脚でかいてみたり、尻尾をふらふらと揺らしてみたり、猫らしい行動を満喫する。
よし! この姿のまま街中を探索すれば新しい発見がたくさん待っているかもしれない!
そうして猫を探して視線を巡らせると、見覚えのある少年に目が止まる。
ん……育ちの良さそうな色白の顔、可愛らしいクリクリ目に整った鼻梁、そして引き結ばれた唇。
髪の毛は短めと清潔感があり、一目で将来は有望株だとわかる10歳前後の少年。
間違いない。
あれは隣の席の……ちょっと感じの悪い近衛神宮彩閣くんだ。
彼もクラン・クランをやっていたのか……。
「ヴォルフ団長たちは猫に興味ないし……ボク1人でやるしかないかー……」
猫になり、聴力がアップした俺の両耳が彼の独り言を拾ってしまう。
そのまま近衛くんはトボトボと1人で歩いてくる。
って、ちょ、待って、こっちに向かってないか!?
えぇぇ、なんか目が合っちゃったし!?
「うわぁぁぁあ……綺麗な猫さんだ!」
おおうっ。
教室で見る彼の冷たい態度とは一変し、俺を見るや否や目をキラキラさせながら急接近してきた。
近衛彩閣の印象と言えば、一日中澄まし顔か嫌悪の色だ。あと、怒ると耳が真っ赤になる。
それがこうも無邪気な表情で近付いてくるのだから動揺しないわけがない。
黙々と参考書を睨みつけていた彼からは、想像もできないほどに無防備な姿だった。
「かわいいなぁ、綺麗だなぁ~! どこから来たの? 猫さーん?」
まさに歳相応のはしゃぎっぷりで、ちょっとだけ笑えてしまう。
いや、状況的には全く笑えないのだけど。近衛くんは、まさか話しかけてる猫が俺だと思ってないだろうし、バレたらヤバそうだ。
「そうだ猫さん、ボクの悩みを……話を聞いてくれる?」
いやーまずいなぁ……。
ほんとは猫の敏捷力を活かして、街を走り回ったり、飛び回ったりしたい。それに猫とお喋りしてみたいし、イベントに関する情報なんかも仕入れたかったのだけど……。
「ボク、学校でさ……」
学校というワードが彼の口から放たれ、俺はそこから動けなくなった。
なにより、ちょっと落ち込んでそうな少年の暗い表情が、この場から去るという選択肢を消し去った。




