293話 人体を喰らい尽くす錬金術士 (1)
今日は2話、更新します!
応援のお言葉が胸にしみます。
ありがとうございます。
静かに忍び寄る夜の影。
闇の匂いが漂い始めれば、昼はのんびりと寝ていた者たちも狩人のごとく動き出す。
獲物を求め、怪しく光る双眸が時たまこちらを狙っていると錯覚してしまうのは考え過ぎだろうか。
「うにゃぁ」
うん、考えすぎだった。かわいい。
石垣の上にヒョイっとジャンプして姿を現した白ねこちゃん。『競売と賞金首』で買っておいた『マーグロの切り身』をあげれば、『ぐるるぅぅぅ』と喉を鳴らしてはすりすりと頭をこすりつけてくる姿はまさに癒し。
俺達はスキル『寝子飼い』を習得した後、Lv1のアビリティ『エサ友』を使って自分たちのパートナーとなる猫を探していた。
アビリティ『エサ友』は餌付けした猫を、一匹だけパートナーとして契約できるというものだ。もし猫のHPが全損してしまうと、3分以内に蘇生できなければパートナー契約は解消され、二度とその猫とは会えなくなる。
絶対に死なせるわけにはいかない仕様だ。
「猫ちゃんこっちおいで~」
「可愛い子たちねぇん♪」
ジョージが言うには、イベント【白黒の肉球と隠れ城】が始まった時期に合わせて、街中の猫たちの動きが活発化しているらしい。
どう変化したかと言えば、荒々しくなっているのだとか。
そんな風には全く見えない。
今だって白ねこちゃんの頭をカリカリとかいてあげれば、気持ちよさそうに目を細めているし。
「うにゃぁ、ぐるるぅぅん…………ゲホォッゲェッ、ゲェッ、ゲホォォッ!」
「ふぁ!? 猫ちゃん、大丈夫か!?」
なんと、急に白ねこちゃんが吐き出した。
「ジョージ!? 猫ちゃんの具合が悪いのかも!?」
とっさに傍にいるジョージへ助けを求める。
「あらぁ? それは毛玉ねぇん。猫たちはねぇん、猫草とか食べて胃に絡まった余計な物を吐き出す習性があるのよぉん♪」
「心配いらないってこと?」
「そうねぇん♪」
:『白ねこの毛玉』を入手しました:
「あ、なんか素材が手に入った?」
「あぁん……毛玉かしら? たしか『競売と賞金首』で格安の3エソぐらいで大量に出品されていたけど、何にも使えない素材らしいわよぉん?」
「ほぉ……?」
俺は即座に『鑑定眼』で見極める。
『白ねこの毛玉』
【毛づくろいの末、猫の胃に入った白い毛とその他。ぽかぽかお日様の匂いと、その他の香りが混じっており、ちょこっと生臭い。猫によって作られた宝玉であり、魔法が宿ると言う者もいる】
ふふふ、宝玉か。
見た目は全く綺麗じゃないけど、これは何かに使えると俺の第六感がビシビシ叫んでいる。
今まで錬金術はゴミと評された物にこそ、最強の種子が眠っていると俺に証明し続けて来たのだ。
「ジョージ! 俺はちょっとやりたい事ができたんだけど、ジョージはそのままパートナー探しを続ける?」
「そうねぇん♪」
「じゃあ、今日はもうバイバイかな?」
「あらぁん♪ それじゃあ、ま・た・あ・し・た♪」
「んー明日はインできるかわからないけど、また!」
「天使ちゅわん、ゲームのやりすぎで学校に遅刻しちゃダメよぉん」
「わかってるって~! 」
「ンフフフンッ♪ アデューッ!」
妙な笑いを残し、ジョージは闇夜の中にサッと消えた。
どうやら本気でパートナー探しの旅に出たようだ。
◇
「タロ閣下、おかえりなさいませ」
『無名都市』こと、俺の領地へ『銀精たちの馬車』を走らせ数分で帰還。
大邸宅で俺を迎えたのはNPC執事のセバスだ。
「あぁ、セバス。今から錬金術をやるから」
「かしこまりました。しかし、その前にお耳に入れておくべき情報がいくつか」
「わかった」
さっと領地経営システムを起動させ、ズラーッと並んだ項目を流し読みしていく。
「『翡翠の涙』の売れ行きは、上々……傭兵団『サディ☆スティック』への卸し値も安定してるし、『錬金術の工房』の生産ラインもいい感じ……『秘密結社・化学式遺産帝国』の人達も今のところは従順か」
となると、懸念するべきは先程ジョージから受けた報告か。
「刀術スキルも既に2個売れたから、よしよし。わずか数日で150万エソ以上の利益を出せるとして、【聖痕の人狼部隊】の維持費は余裕だね。研究所の人員を増やし、あとは『衛兵の詰め所』と『タロ伯爵領の騎士団』、田園の増設もできるかな。それと近いうちに傭兵団『武打ち人』と連絡を取る必要があるか……」
武器『刀』がどれほど売れ始めたかを聞いておきたい。
それによっては、無用の長物だった俺が創り出す金属の価値も大幅に上方修正されるかもしれない。なにせ今のところは、俺の金属でしか刀は作れていないのだから。
あとは……他に刀を生成できる金属が発見されたか、探りを入れておかないとだな。
「ん……セバス、『復興都市アクアタロン』に変化が……?」
「はい。ヴラド伯爵一行が閣下の支援を大いに喜ばれたそうで、復興作業に尽力されているようです」
実は『復興都市アクアタロン』とはあれから約定を変更し、しばらくはこちらへの納税を免除している。一早く『水門回廊アクアリウム街』として復興し、税収をドカンと増やしてほしいから。また、他の傭兵に付け入られる隙をなるべく生みたくないという思惑もあり、逆に復興支援としてエソを払っている。
「なんだ、この都市計画書は……?」
ヴラド伯爵から送られてきた書状には【天蒼水宮アクアリンネ】建造計画と、題名された書類だった。
あの都市は上層、中層、下層と巨大な螺旋階段のような都市設計になっている。そして上層から下層へと水路を流し、都市内部の清潔さを保っていた。いたるところに水を象徴する施設があり、元々は美しい都市、それが【水門回廊アクアリウム街】。
それがウィルスパンデミックの汚染で中層は酷いありさまになっているのだが……この都市計画書を元に実行すれば、あの街は生まれ変わる。
「しかし……この計画書に記されている、【神託の法石】っていうのは……本当に存在するのか?」
【神託の法石】と言われる伝承の秘宝、その中の一つでもある『水球を封じた竜生石』とやらを使用し、中層を完全に作り直すとの提案書に半信半疑になる。
『水球を封じた竜生石』は【水の世界が封じられた、竜の力を生みだす法石】らしい。
巨大な水球を空中で生成し、そこから無限に綺麗な水を流す事のできる代物で……なんと水の動きなどの全てをコントロールできる神々の芸術品らしい。
「あの都市に伝わる秘宝だそうです。以前はその希少性さ故に、上層で厳重に管理していたのですが、今回の閣下の協力姿勢に感銘を受けて決断したようです」
セバスに説明され、思案する。
新たな都市のデザインは、中層を完全に水没地帯にして美しい湖に見立てるとの事。そして中層の湖面地帯から下層へ穴を多数開ければ、多くの滝がこぼれ落ちる設計になり……巨大な水柱が降り注ぐ【水の都】としてのブランド力を上げられる。クラン・クラン内には美しい街並みを誇る都市がたくさんあるけれど、以前の【水門回廊アクアリウム街】はトップクラスの人気を誇っていた。
あの街を観光として訪れる者、拠点に活動する傭兵たちも少なくはなかった。つまり『競売と賞金首』の使用率、消費量は税収に直結する。
こうすれば外観を美しく、さらには中層の建築費用は当面は浮く。もちろん中層は後日、湖上に立つ都市として建物を少しずつ建設してゆけば良い。
万が一にも中層が崩れたとしても『水球を封じた竜生石』の力で、水を空中に留めておくのも可能だそうで安全面も配慮されている。
「吸血鬼たちは、自分たちの秘宝をさらけ出すのに納得してるのか?」
「はい。閣下の高潔なるお考えに応えたく、と申しております」
預かっている6人の貴族位吸血鬼たちへ目を向ければ、全員が納得顔で頭を下げる。吸血鬼たちが了承しているのなら、悪い話ではないのか?
実は吸血鬼たちが水質にこだわるには理由がある。それは一番の栄養素でもある人間の血の鮮度、旨味が『飲んでる水の質』によってだいぶ左右されるからだそうだ。故に彼らは自らの力で綺麗な水を生み、その恩恵を人間たちに与える。その代わり人間たちから美味しい血液を適量だけ摂取する、といったウィンウィンな関係を古来より築いていたようだ。
その生命線ともなる秘宝を、中層で管理するとは……彼らの俺に対する覚悟が窺い知れる。
「この構想は確かにいい都市計画だが、実現するには将来的に莫大な費用がかかる」
簡単にOKサインを出せないのも事実。まだ先の話とはいえ、中層に……水上に一つの新たな街を作る事業になるわけだから。しかも街は全体的に斜めっている構造だから、水が流れて重さに耐えやすい半面、建物を立てるとなるとそれ相応の技術と費用がいる。
俺の『無名都市』よりも遥かにすごい都市へと進化するんじゃ……ん、待てよ?
傭兵たちの注目を『無名都市』よりは集めやすいだろうし、隠れ蓑にはちょうどいいかもしれない?
晃夜や夕輝たちも、『無名都市』の支配権を狙って傭兵たちが襲いかかって来るんじゃないかって、常に心配してたじゃないか。
「よし。全面的に協力しようと伝えておいてくれ」
「御意に……!」
よしよし。
一通りの公務を終えた俺は、やりたかった錬金術へとようやく手をつける。
『白ねこの毛玉』を研究するのだ!
さっそく合成釜へ『白ねこの毛玉』をぽちゃんと投入。
それから、各種素材を掲げて相性の合う物を探す。
「む……『結晶の枝』が、ふむふむ」
釜の中の空模様が一番晴れ渡ったのは、ミソラさんが支配する『宝石を生む森クリステアリー』で取れた素材だ。クリスタルのように透き通った小枝と毛玉の相性が良いとか、誰が予測できたろうか。
『結晶の枝』をそっと釜へ入れて煮込む。
中火だ。
それからもちろん、少しでも成功確率を上げるために『飽くなき探求』を発動しては万能素材『ようせいの粉』をビーカーへと流しこみ、三つ目の素材として金色の液体を振りまく。
「煌めけ、『生成の銀法』!」
さらに合成の成功率を上乗せさせるアビリティも発動。
「ふふっ……」
しばらくすれば合成釜から成功を示す青色の煙がもくもくと立ちこめ、俺はにやにやが止まらなくなる。
:『白ねこの毛玉』+『結晶の枝』+『ようせいの粉』→『ほうき星のネコじゃらし』ができました:
:合成レシピに記録されました:
『ほうき星のネコじゃらし』
【宝石猫のなりそこない。細かく枝分かれした先端には、キラキラと光る結晶の粒がたくさんついており、猫ちゃんたちは流れ星のように尾を伸ばす輝きに魅せられ、喜びじゃれるだろう。揺れるほうき星に意識はなくとも、その煌めきが薄れることはない】
【効果:使用するたびに、猫の好感度+30】
ふ、む。
とても良いアイテムができた!
しかし、しかしだよ諸君……このアイテムがなりそこない、というのが疑問だろう?
決して誰も答えてはくれない虚空へと問い掛け、頭の中を整理する。
「合成結果は間違いなく成功……しかし、なりそこない……つまりッ!」
答えを導き出すなど造作もない!
『白ねこの毛玉』には他に可能性があるというわけだ! そうとわかればもっと合成だ!
実は『無名都市』に来るついでに『競売と賞金首』で大量に毛玉は買いあさってある。ジョージの情報通り3エソと投げ売り状態だったのだ。
黒ねこの毛玉とか茶とら猫の毛玉とか色々とあったけど、まずは白で統一してある。
残りストックは10。
「これらが消費される前に、毛玉の秘密を解き明かすのだ!」




