291話 令嬢たちの戦いに銀光を添えて
2019年、支えて下さった読者様。
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皆様のおかげで3巻発売も決定です!!
うわぁぁあああありがとうございます!
また来年もよろしくお願い致します。
蝉たちの音が遠くから響く朝。
緊張で高ぶる感情を落ち着かせるために、紅茶の入ったカップをゆっくりと口へ傾ける。
頭に入れるべき知識は全て叩き込んだ。何も問題ないはずだ。
そう自分を納得させようとしても、やはりエリートばかりが集うという学校への転入に不安は隠せない。
「訊太郎様、失礼します」
セバス爺が俺の部屋へと入る。
既に朝食は済ませ、父さんや母さん、姉、ミィとの会話を終えている。
「古都塚神宮琴音様がお迎えに来ました」
完璧武装、もとい女子制服に身を包んだ俺にセバスは報告をする。
ミナが……琴ちゃんが俺の家に着いたとの事実を知り、俺は無言で傍にいるブルーホワイトたんと共に『日本皇立学園』へ出発した。
◇
「天士さ――――訊太郎くん、やっぱり緊張するです?」
「あぁ……知ってはいたけど、おっきいな……」
だいぶ立派な門の前で俺は数瞬だけ立ち尽くした。
生徒送迎用の駐車場から徒歩30秒ほどの距離にある、『学校の顔』と言える正門は荘厳かつ厳格な空気をびしびしと放っている。
生徒が車に乗ったまま、学園敷地内に入れないのには理由がある。
『自らが学びに来ている』との自覚を強めるため、生徒は緊急時でない限り徒歩で校門をくぐるといった校則があるのだ。
そういった細やかな部分から意識の高さを窺えるのは、日本最高峰と噂されるだけの事はある。
門から校舎へと自らの足で入る生徒たちは、誰もが洗練された所作ですまし顔だ。
そして何より、俺の方へチラリと目を向ける生徒はいても……前の学校での登校日みたく、ジーッと眺めてくる者はいなかった。あくまでさりげなく、サッと自然に視線を外す。
お、お上品だ。
「琴ちゃんが一緒に登校しようって言ってくれなかったら……緊張でガチガチだったかも」
「そんなそんな……訊太郎くんにとってあまり喜ばしくはない状況ですけど、私は訊太郎くんと同じ学校に通えてとっても嬉しいのです」
にぱっと笑顔を咲かす琴ちゃんを見て、俺の緊張がちょっとほぐれる。
ポジティブな方向に持っていってくれる琴ちゃんに感謝しかない。
ついつい気おくれしそうになるけど、琴ちゃんの案内があれば大丈夫と胸中でつぶやきながら歩く。ちなみに俺たち2人の後ろには琴ちゃんの付き人である黒スーツおじさんが1名、そして俺の付き人であるブルーホワイトたんが黙々とついて来てくれる。
日本皇立学園では付き人制度が認可されているので、俺は『虹色の女神』教会にとっての聖遺物でもあるブルーホワイトたんを付き人として一緒に学校に通う事になったのだ。俺が教会枠で編入する特待生であると示すにも良いし、何より俺の傍から離れようとしない彼女の意思を尊重すると同時に、俺もこっちの方が安心できるからだ。
「しかし、広いな……そして、綺麗だなぁ……」
門をくぐり、いざ校舎の敷地内へと入れば、和景観と中華式、洋文化が融合した校舎のデザインに感銘を受ける。
赤レンガが積み立てられた校舎群がいくつもそびえ、どこか明治時代を彷彿させる風景。
しかし必ずしも均一化されていない。
奥ゆかしい日本瓦が屋根に幾重にも流れているのに、教会じみたデザインのお洒落な窓がズラッと並んでいる校舎もあれば……古典的な木造建築群、灯篭がいくつも並び立ち、一見して神社のようなエリアかと思えば、中は豪華絢爛な赤を基調とした吹き抜け回廊になっていたり……。
そのどれもが絶妙なバランスで保たれ、まるで世界の観光名所を融合したかのような絶景。
世界の中心と言われてもおかしくない優美さを誇っていた。
「すぐ慣れますよ。校舎は広いですが、移動に便利な設備がたくさんありますから」
「おおう……」
完全に田舎から上京してきたおのぼりさんの気分で、物珍しい風景に圧倒されてしまう。
そんな俺達に声を伸ばす者がいた。
「あら? もしや、そちらではしたなく学び舎を見回していらっしゃるのは――」
「『珍しげに』見回していらっしゃる、でしょう? 白鳳さん」
5人組の女生徒、背恰好からして中学生ぐらいの女子たちが言葉を交わす。と言っても、明らかにこちらに向けての発言だろう。
「失礼しましたわ。珍しげに、浅はかな振舞いで私たちの学び舎を見回しているのは、仏神宮家のご令嬢でして?」
言いなおしてもなお、貶めるような言葉をすべりこましてくる。
「万が一にも名家のご令嬢でしたのなら、なんて品のない」
「キョロキョロと、まるで野猿のように滑稽ですわね?」
白鳳と呼ばれた女子に続き、他の面々も俺に口撃を加えてくる、か……。
嫌味な問い掛けに俺は内心で渋面しつつ、ニコリと笑みを保つ。
相手がどのような立場にある人物か判断するまでは下手な対応はできない。
「ドウやら、死ニタイ? 主サマへの侮辱、ユルサナイ……!」
ブルーホワイトたんがぽそっと背後より呟いた言葉を俺の耳がひろう。
俺はそっと彼女に『大丈夫』との意味を込めて、右手を小さく下に振る。
そして即座に白鳳という名を脳内で検索にかける。
たしか、医療分野の中枢を担う九城神宮家の分家の家名だ。最近では仏神宮家が製薬関連に手を伸ばしたため、快く思っていない勢力の一つだ。
ともすれば、この五人組の女生徒たちは九城派閥の娘たちなのか?
それなら開口一番に嫌味の一つや二つ飛ばし、牽制してくるのにも頷ける。
そうとわかった俺はさらに笑みを深めて彼女たちと相対する。
「はじめまして。私は仏神宮訊太郎と申します」
1人1人に目を合わせ、そして言い放つ。
「みなさまの認識は概ね合っているかと存じます。ただ一つ、過ちがありますのでこの場で訂正させていただきます」
俺が刺のある口上を述べれば、彼女たちの表情にわずかな陰りが浮かぶ。
「俺は性転化病を患って、今はこのような身体になっている。だから正確には『ご令嬢』ではない」
一言一句、力を全力で込めて吐き出す。
自分には劣っている箇所など何もないと、自分のアイデンティティを誰にも否定はさせない。
俺が口調をがらりと切り替え、『性転化病』と伝えれば、九城派閥の女子たちにざわめきが広がる。
だが構わない。俺は、俺なのだ。
そして俺は、この煩わしいご令嬢方の領域に合わせるつもりは毛頭ない。
言葉を重ねてぶつけ合い、どちらが優位かつ権威ある立場かを証明し続けるゲームに興じる趣味はないし、時間の無駄だ。
「なので――麗しのご令嬢方がさえずる、美しい花園に俺は相応しくない。なにぶん、ご令嬢などと呼ばれる性分ではないからな」
姉のように殺意をのせて彼女たちを睥睨する。
「それでも俺にうるさく鳴き喚くのであれば――俺なりのやり方で可憐な花々を手折ってやろう」
姉のモデル歩きを意識し、颯爽と彼女たちの横を通り過ぎる。
「理解できたなら――――俺に構うな」
「お待ちなさいな、仏神宮訊太郎さん」
これだけ圧倒すれば当然素通りできるかと思ったが、ここは腐っても権力者の子供たちが通う学校。
この程度の意表を突いた口撃ではビクともしない輩はごまんといるってわけか。
俺を呼び止めたのは、清楚可憐の一言を体現したかのような黒髪の美少女。
彼女は和やかな笑みをぶつけてくる。
「私たちの自己紹介がまだですわ。名乗ったのでしたら、せめて相手方が名乗るまでは待つべきものです。末席に名を連ねるとはいえ、名家の者であるなら当然の行いです。仏神宮家の身でありながら、まさかこのような基本的な礼節もご存じならない?」
当然、彼女が誰であるかを俺は認知している。
父さんから渡された名家の家系図(写真付き)に、記されていた人物だ。
「まさか、仏神宮家はそのような態度を取るのが代々の家訓であるのでしょうか?」
九城神宮九重。九城家の長女にして14歳。
彼女は俺を試すような目付きで、不気味な笑みを張り付けている。
「俺は無礼な輩に相応の態度で対応したまで。先に礼節を欠くような発言をしたのは白鳳だ。まさか九城神宮家は、取り巻き連中を諌められない礼儀知らずではないだろう? そちらが名乗らなければ、どこの家の者が粗相を犯した、なんて認識もなく終わる」
九城九重が取り巻き連中の手綱をしっかり握れていれば、こんな事態にはならなかったと攻めてみる。
そして作り笑いを浮かべるだけの九城令嬢に、冷たい視線を返す。
「お前の失態に、気付かぬフリで通してやろうと、俺の計らいを無駄にするな」
「同じ日本名家に名を連ねる古都塚家の者としても、先程の態度はいささか疑問に思います。申し遅れましたが、私は古都塚神宮琴音と申します」
ここぞとばかりに隣で静観していた琴ちゃんも加勢してくれる。
現在は特異な体質で、金色に輝く髪をなびかせる美幼女である琴ちゃん。彼女が一歩前に出れば、九城の取り巻きは一歩後ずさった。
古都塚神宮家は昨今の情勢的に衰退気味とはいえ、日本十名家の古参。
古くから炎皇家を支えて来た柱の一つとして、古都塚神宮現当主は天皇陛下からの信も厚い。
琴ちゃんの批判のこもった発言をないがしろにはできないだろう。
仏神宮家と古都塚神宮家、さすがに名家の二柱、しかも直系の血族相手に九城家だけで事を構えるのは悪手だと理解できているはず。
そして極めつけは――――
「あらあら、訊太郎さんではないですか。どうかなさって?」
これまた豪奢な金髪をなびかせる美少女が介入してくる。
太陽の光を燦然と反射させ、その煌めきと美貌、そして地位までも兼ね備えた完璧な血筋の存在。
背後には特別に許可されたお付きの護衛2人を連れながら、堂々たる振舞いで九城たちに険呑な視線を飛ばしている。
イギリス王室の、しかも王位継承権第三位の彼女にそんな態度を取られてしまえば、もう成す術も絡む理由も消し飛ばされる。なにせ事を荒立てれば国際問題に繋がりかねない。
実はさっきから視界の端でリリィさんの姿を捉えてはいた。すぐに会話に介入してこなかったのは、きっと彼女なりに機を窺ってベストタイミングを見計らっていたのだろう。
俺は琴ちゃんとリリィさんに心からの笑みを浮かべた後、九城一派に向き直る。
「家訓がどうのと、咎めるのなら――敢えて答えてやろう」
俺は両脇にいる友人たちをチラリと見てから言葉にする。
「――父様に、『友人は選べ』と言われていてな。家訓と思ってもらって構わないが、俺の記憶によればこれは確か名家共通の認識だった気がするが?」
今のお前らじゃ選ばない。
そう暗に伝わるように、にっこりと微笑んであげる。
「九城神宮家もそう言われてないのか?」
改めて俺に失礼な態度で絡んできた九城の取り巻きに視線を飛ばしてから、九城九重を見つめてやる。
これで『友人は選べよ。そんな失礼な輩を友達にするのが九城家の家訓なのか?』という裏の意味も十分に伝わっただろう。
「行こっか、琴ちゃん、リリィさん」
今度こそ九城派閥の横を素通りする。
もちろん俺の後には琴ちゃんとリリィさんがついてきてくれる。
「はい、訊太郎くん!」
「えぇ、本日は訊太郎さんの転入記念ですもの。たくさんお喋りしましょう。同じ学年同士、親睦を深めましょうね。あっ、琴音さんは初等部に行かれるのですわよね?」
後半はピシャリとした声音で、リリィさんが琴ちゃんを見ながら言った。
「……私は訊太郎くんに校舎案内をしますので。リリィ殿下こそ、ご多忙な王室の身でありますから、お気づかいしてもらってまで一緒にいる必要はありませんです」
「あらあら、琴音さんは中等部に編入する訊太郎さんに、初等部のご案内なさるおつもりで? 同じ中等部である私の方が、訊太郎さんをご案内するのに適任ですわよ?」
妙に『同じ中等部』という箇所で語気を強めたリリィさん。
そんな彼女に対し、琴ちゃんがキッと睨むようにしてリリィさんを見上げる。
「幼馴染の訊太郎くんのお世話は、私が致しますのでご心配なく」
今度は琴ちゃんが『幼馴染』という単語を妙に強調している。
あぁ。
一難去ってまた一難。
今度はとても頼もしい2人がケンカを始めてしまった……。
「……みんな、仲良く」
先程、九城派閥にあんな態度を取った俺が言える言葉ではないけれど一応はそう言ってみる。
我ながらなんて説得力のない言葉だ。
そう思っていたけれど――
「訊太郎くんがそう言うなら……リリィ殿下、ご一緒するです」
「私も少々むきになってましたわ。みなさんで校舎内を散策するのも楽しいのでしょうね」
予想外にも、2人は聞き分け良く静かになってくれた。
なんて2人はイイ子なんだ。
俺も2人の度量の広さを見習わなければ。
 




