288話 涙
「今後、この2人との接触を禁ずる」
晃夜と夕輝を前にして父さんは厳かにそう言い放った。
最初、何を言われているかはわからなかった。
しかし、その言葉が俺の頭に浸透すれば、次に沸き起こったのは疑念と怒りだ。
「何を……父さんは、何を言ってるの?」
俺の困惑に対し、父さんは眉間にしわを寄せて大きな溜息をつく。苦く、痛みの伴う決断だけれど、もう結論は出切っていると……そんな態度だ。
そして父さんだけじゃなく、親友たちまでもがこの事実を受け入れているような諦めの顔をしていた。
「お前は仏神宮家の子だ、訊太郎。由緒正しい血筋の人間が、一般人の学友と共に行動するなど許されない。一般人などと深い付き合いがあるとわかれば、恰好のゴシップネタになりかねない。ましてや彼らの身が危険にさらされる」
それは……なに?
晃夜と夕輝は特権階級じゃないから、一緒にいちゃダメだって事なのか?
「今は……友人を選ぶべきだ、訊太郎」
父さんは本気で……?
そんな疑念を打ち消す程の、父さんからの真剣な眼差しが俺に突き刺さる。
まさか、ゲーム内での活動が……俺の、仏神宮家の権力強化のために富を増やした事によって……地位が上がりすぎて、親友たちとの格差が広がってしまった……?
それとも日本の階級社会が強くなった?
どっちだ?
「今回は特別だ。この2人には極秘裏に我が家に来てもらった。手を回すのに苦労した……」
渋々と状況を語る父さんに、親友たちは何も語らない。
「イギリス王室とも懇意と知れ渡った今、政財界の各著名人を筆頭に、仏神宮家の動向を窺う者が急増している。もはや、父さんの手だけで対処し切れない程の脚光と注目を浴びてしまっている……」
つまりは様々な勢力に俺の動向は監視されているかもしれない、と。
父さんは晃夜たちを見つめ、淡々と語ってゆく。
「訊太郎。お前が男性の友人、しかも一般市民の男性と一緒にいる所を見られてしまっては炎皇家への心象も悪いだろうし、何より外聞が良くない」
父さんはオブラートに包んで発言しているけど、要訳すればこうだ。
皇太子殿下の婚約者が、下賤な男たちと共に行動するのは良くないと……。
「そして時に、身分に伴わない者をやっかむ者が現れた時、彼らに何かしらの危害を加える可能性も十分にありえる」
以前にも確かに晃夜たちは難癖をつけられ、ケンカをふっかけられた。
あんな直接的な行動じゃなくても権力のある者なら、色々と親友たちにちょっかいを出すなんて可能だろう。
「でも、じゃあ……こうやって秘密で会うのはダメなの?」
「ダメではないが……お前は全寮制の『日本皇立学園』に通うのだぞ? 他者に弱みを気取られる危険を幾度もおかせない。父さんが、彼らの後ろ盾になって訊太郎の傍につけるのは可能だが……訊太郎の傍に置く理由が用意できない。誰もが一目で納得できるほどの正当性を持つ理由が、今はないのだ。わかってくれ、訊太郎。これはお前と、彼らのためでもあるんだ」
俺のデメリット回避と、親友たちの安全のため。
理性では納得できていても、当然ココロは悲鳴を上げる。
「晃夜、夕輝、お前らはそれでいいのか……?」
俺が問えば、親友たちは泣き笑いをするみたいな表情で俺を見つめ返してくる。
それを見て、2人は既に父さんに丸め込まれた後だと理解できた。
「早い話、良くはないが……」
「今は、これしかないと思うんだ……」
親友たちは寂しげに笑った。
2人は父さんの前だからなのか、気丈に振る舞っている。それでも瞳の奥に隠された色は、悔しさや哀しさが宿っているようだった。
俺だって同じ気持ちだ。
晃夜や夕輝からはたくさんの優しさを今までもらってきた。それは今も変わらず、俺が慣れない環境下で上手く立ち回れるようにと、風評被害を抑えるために……納得してくれたのだ。
だったら俺だって2人の安全を考えて……『離れたくない!』と叫ぶ心の声に、従うわけにはいかない。
「……」
ここで父さんの方針に反抗するのは簡単だけど、じゃあそれで他に代案はあるのかと問われれば……今の俺には思いつかない。そもそも国内の勢力分布を詳しく把握していない俺には、どう動けばベストな結果を導き出せるかなんてわかるわけがない。
「……うぅ……」
だから、俺が親友たちと一緒にいたいと願うなんて、現時点ではわがままにしかならない。
そうとわかっていても、頭では納得していても、やっぱり心は追いついてはくれない。
「……うぅっ……」
やめろ。
みっともない。
親友たちだって男らしく堪えているのだから、俺だって我慢するんだ。
「…………うぇっ……うぅ……」
そう自分に言い聞かせても、涙があふれ出てきてしまう。
心からとめどなく流れ出す洪水。
ポロポロと、ただただ、素直に落ちていく。
「晃夜、と……夕輝と、現実で会えなくなる……?」
ゲームでは会える。
そんな気休めで俺の、俺達の心は救われない。
中学からこいつらと過ごしてきた、馬鹿でくだらなかったあの日常は……もう二度と戻ってこない。繰り返され、当たり前のようにして次があると信じていた暖かな日常が、唐突に消えた。
その喪失感を埋められるはずがない。
「俺は……」
俺は、世界の変革を防ぐより。
ウィルスパンデミックから日本を救うより。
ただ、お前らと一緒に笑っていたかった。
「俺は、お前らと一緒にいたい……」
ぐちゃぐちゃになった顔で親友たちに言えば――
「俺もだ」
「ボクもだよ」
俺達の気持ちは同じ。
だからこそ、俺は親友たちを信じて……。
視界を妨げ、目を潤ます涙に負けぬよう、2人を見つめる。
「なぁ……また一緒に会ってくれるよな?」
現実で会えるよな?
そう問い掛ければ、親友たちは力強く頷いてくれた。
「あぁ、必ず。お前の傍にいてみせる」
「ゲームなんかじゃなくて、現実で訊太郎に会いに行くよ」
珍しく、本当に珍しく――
晃夜の眼鏡は湿っていた。
夕輝の頬も確かに濡れていた。




