286話 リリアーヌ殿下の宣言
わざわざイギリス王室のお出迎え準備として用意していた客間だったけれど、リリィさんの『タロさんのお部屋、気になりますわ』の一言から、急遽歓談の場は俺の自室へと変更になった。
リリィさんはゲーム内で会っている時もどこか凛とした佇まいだったけれど、現実で会ってみればそこに堂々さが加わっている。
人の上に立つ、といったポジションを地で行ってるような動作や言動がちらつくものの、全くの嫌味がない。むしろ率先して彼女の下につき、彼女の役に立てるなら喜ばしい、そういった忠誠深い空気がお付きの人達からはにじみ出ている。
「こちらが俺の部屋です、リリィさん。どうぞ、こちらにおかけください」
大きめの窓から陽気な日差しがこぼれる位置に、机と椅子が用意され、俺とリリィさんは対面で座る。
日当たりの良いポカポカの場所で、甘美なホロホロ食感と甘みを残す高級クッキーを味わう。そして芳醇な香りを放つ高級紅茶を口に含め、転がし、癒しの一時を味わう。
……俺、こんなに贅沢な暮らしをしていて、いいのだろうか?
「せっかくのご友人とのお話。秘め事話もありますので、できれば2人きりでお話をしたかったのですが……」
とリリィさんが上目遣いで『フフフ』と微笑めば、彼女のお付きたちは一礼して下がってしまった。なので俺もセバス爺たちに目配せをすれば、こちらの心情を察するようにして扉の外へと出て行く。
ちなみに呼び鈴を鳴らせばすぐにお菓子や紅茶の追加が来る。
「学園では、タロさんは何科に編入するのでしょうか?」
そうして俺とリリィさん以外、誰もいなくなったところで彼女は質問をしてきた。
「迷ってます」
「では、ぜひ国際科をお勧めしますわ。やっぱり国内だけでなく、世界情勢に目を光らせておくのは……現実改変にどう対処すればいいのか、良い判断材料になるかと存じますわ。仏神宮家は、古くから外交の要を担う血筋……って事になったのでしょう? 私が在籍する科でもあるという事実は、全く関係ありませんことよ?」
ふふふ、と擬音が出て来てしまいそうな忍び笑いでリリィさんは断言してくる。
「私は日本教育に関心がありますので、『普通科』や『軍閥科』、『政経科』の授業も選択しておりますわよ。本音を言えば『法学科』も学びたかったのですか……そちらの科目は高等部からの受講になりますので」
そういえば、この人。
日本大好きだったな。日本好きが起因して、クラン・クランもプレイしちゃうぐらいだし。
そして日本語もばっちりなわけで、日本に対する情熱のかけ具合が窺える。
「えーっと……掛け持ち可能なのですか?」
「掛け持ち、とは違いますわよ。『日本皇立学園』は本籍を置く科以外にも、自由に授業を選ぶことができますわ。ただし、本籍の必修授業と時間が被らない授業のみになりますけれど」
「ほぇー大学みたいなシステムですね」
「たしかに、中等部からこのような教育システムを導入している学校は珍しいですわね。しかし、そもそもここに通っていらっしゃる方々は中等部1年の時点で、日本の一般的な義務教育の全てを習得していると言われていますので、それ以降はご自分に合った専攻へ注力するのは、時間の無駄を省くのに繋がりますわ。より専門分野に特化した優秀な人材を、早期から育成するといった方針ですわね」
「ふむふむ」
「そういえば、ミナさん……古都塚神宮家の琴音さんも『日本皇立学園』に通ってらっしゃいましたわね。彼女は一体、何科なのでしょうか?」
あぁ。
そういえばお金持ち学校に通っているとは耳にしていたけど、ミナも『日本皇立学園』だったのか。だけどミナの場合はちょっと特殊だろうな。思考なども幼くなってしまう奇病だから、普通に高等科に在学するのは難しいはず。そうなると、もしかして初等部にでも編入しているのだろうか?
「ちょっとその辺はまだ聞いてないですね」
「まぁ! では、あの子より先手が打てたと……ふふふ」
怪しく笑うリリィさん。
小首を傾げる小悪魔的な仕草も、綺麗に伸ばされた背筋のせいで黒いオーラが霞む。挙動の一つ一つが洗練されているといいますか、さっきからゲーム内とは違った一面が見れて新鮮だ。
「わ、私……恥ずかしながら、学園にはご学友があまりいないものでして……タロさんが同じ科になっていただけると、とても嬉しいですわ」
恥ずかしかったのか、頬が薔薇色に上気しているリリィさん。そして上品かつ、フワッと周囲に華やかさを香らせる笑顔に俺は圧倒される。
これがリアルお嬢様ってやつかー。
その美貌があれば誰とでも仲良くなれそうなものだけどなぁ。
「国際科、け、検討してみます」
「ありがたいお言葉ですわ。学園でもお友達として、よろしくお願いいたしますわ」
「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ではタロさん。学園でまず注意すべき点は、やはり生徒たちですわね。『日本皇立学園』の生徒には多くの『才能持ち』がおりまして……身体能力が突出していましたり、特殊な力を持った方々が――――」
こうして俺達は他愛無い話から互いの苦労話に花を咲かせた。
けっこう夢中に話し続けてしまったからなのか、気付けば日も沈みかける頃になっていた。
「やっぱり現実改変へ上手に対応するには、俺やリリィさんは現実でも、できる限り協力してゆくべきだと思います」
「私も……さすがに理解者が周囲にいなさすぎて……不安を感じていましたわ。ラ、ライバルであるタロさんがそうまで仰るのでしたら、協力して差し上げてもよろしいですわよ」
「やった! リリィさんは腹黒くて計算高いから、何かと頼りになります!」
「は、腹黒いですって……!?」
俺の発言にリリィさんは呆気にとられてしまう。
しまった! 一言余計だったと俺が慌てる頃には、彼女はクスクスと笑っていた。
「正直でよろしくてよ。タロさんは、鋭いところはどんな刃よりも切れ味がよろしいのに、時たま妙にポワッと柄から刃ごとぬけてしまいますから、せいぜい私の足を引っ張らないでくださいませ」
「もちろんです! リリィさんも、不安なことがあったら遠慮なく俺に相談してください!」
「私が……タロさんに、相談…………脱ボッチ……!?」
寂しかったという本心が駄々漏れだ。
俺を『ぬけている』などと言ってたリリィさんは、コホンと咳払いでごまかそうとしてるけど、彼女も人の事は言えないのではと思った。けれど今回は、余計な一言は口にしない。
「こ、これからは、ふ、2人きりになる時が多くなるかもしれませんわね」
なんだか嬉しそうなリリィさんに、俺も釣られて笑う。
彼女は俺をトロンっとした目で眺めながら、何故か『ほぅっ』と甘美な溜息をついた。
そして次の瞬間、爆弾を投下してきた。
「そういえばタロさん。日本炎皇家、皇太子殿下とのご婚約はどう考えていらして?」
「えっ、えー……」
「タロさんは皇太子殿下を好いてらっしゃるのかしら? やっぱりかなりの美男子ですし、タロさんもクラッとする時がありますの?」
「好いてはいないですかね……」
「本当ですの? 照れ隠しではなく? いいですかタロさん。これはよくある、恋バナというものですわ。正直に答えてくださいませ」
こ、恋バナー!?
フフフ、とまたもや妖艶に笑うリリィさんにたじろぐ。
どう答えていいものか迷っていると、まるでその苦境を助けるかの如く、ドアが静かにノックされた。
俺はその助け舟に掴まる。
「は、はーい。どうぞ」
「ご歓談中、大変失礼いたします。そろそろ夜の帳が落ちようとしていますので、リリアーヌ殿下のお付きの皆様も帰り支度の準備をと、申しております」
セバス爺が入室し、その後ろからリリィさんの従者が1人入って来た。
「リリアーヌ様。もう帰りませんと……予定に遅れが生じるかと存じます」
「あら、せっかくいいところでしたのに。仕方ありませんわ、タロさん」
「ま、またリリィさんとはたくさんお話をしたいです」
「ええ、では後ほどゲームの方でもお会いしましょうね。ソレと――」
リリィさんは綺麗な顔を深い笑みで染める。
「リリアーヌ・アレクサンドロ・ルイゾワス・ウィンザーが宣言致しますわ。仏神宮訊太郎を、私の『近き隣人』と」
俺は一瞬、何のことか理解できなかった。
けれど、セバス爺の表情から察するにかなりすごい発言なのだろう。
「リリアーヌ様!? そ、そのようなお言葉を軽率には――」
リリィさんのお付きの人なんかは血相を変えていた。
「あら、王室である私の言葉を取り消せと?」
「めっそうもございません」
「そうですわよね。後ほど公式文書にて発表なさい。父様の、陛下の許可は既にいただいておりますわ。『お前にもついに親しい同性の友ができたか……』と感涙しておりましたわ。全く、人をなんだと思ってらっしゃるのでしょうか……」
ちょっとプンスカした後にリリィさんはこちらへと振り返る。
「ではタロさん、また近いうちにお会いしましょう」
颯爽と王族の威厳を身に纏ったリリィさんは、こうして帰路についた。
後にセバス爺より『近き隣人』の意味を聞いたところ、イギリス王室には権力的な付き合い以外で、利益を度外視した交友関係を結ぶ相手が幾人かいるらしい。
ようは権謀術数張り巡らされた特権階級の世界では珍しい、『真の友人』という意味合いを持つ。その人らを総称して『近き隣人』と呼ぶそうだ。
そう、つまりは、互いが困った時は助け合うという仲。例え、それがイギリス王室に損な状況を招こうとも、その損失を度外視するだけの価値があると俺を認めてくれた証だそうだ。
◇
この日、仏神宮家とイギリス王室は深い縁で結ばれていると、上流階級の間では噂になったそうだ。




