283話 錬金術士の驚愕
『秘密結社・化学式遺産帝国』を手中に収めた後は、街中で発生する石生物の討伐に勤しんだ。無限にポップしなくなったため、石生物の数は徐々に減ってゆき、最終的には【感染都市サナトリウム】に乗り込んできた傭兵たちの活躍で事態は沈静化した。
行程こそ苦難の連続ではあったけれど、結果的に新素材を大量に手に入れられたし、この騒動でLv11からLv12にアップもした。
もちろん前回のステータス上昇し忘れを反省し、すぐさま更新しておく。
傭兵タロ Lv11→Lv12のステータス変化
HP141 → 151
MP130 → 140 (装備による補正+150) →290
魔力14
防御2
魔防8
素早さ330 → 360
知力605 → +(50×2) → 705
51もあるスキルポイントは後ほどゆっくりと考えてから振るつもりだ。
「しかし、恐竜みたいな石像が動き出していたのにはロマンがあったな」
メガネをキラリと光らせ、ロマンを語る晃夜に俺も賛同する。
「わかる。俺はトリケラトプス派だけどな」
男子たるもの、小学校時代に一度は恐竜という存在に憧れを抱くものだ。
「おいおい、恐竜といえばティラノサウルスが一番だろ?」
「最強の肉食恐竜を、角で突き刺して倒しちゃう草食恐竜だからこそいいんじゃん」
「おい、それは諸説あるからな?」
なんて2人して恐竜談議で盛り上がっていると、夕輝が溜息混じりに仲裁をしてくる。
「どっちでもいいけどさ、巨人観音の次は恐竜が現実に復活したりしないよね?」
「あっ……」
「いや、さすがに……」
ないだろ、と言い切れない晃夜の気持ちがわかる。
ありえなくはないのだ。
「そうだ! こんな所で悠長にお喋りしてる場合じゃない! みんな行くよ!」
「お、おうっ。食人魔になったNPCにワクチン散布して、元の姿に戻すんだ!」
晃夜と俺で背後へと振りむけば――
「「「うるせえぞメガネ! とにかくイケメン共は天使ちゃんから離れろ!」」」
なぜか『銀の軍人』一派の、晃夜や夕輝に対する当たりが厳しかった。
◇
無事に【感染都市サナトリウム】内にいる食人魔を元に戻し、まだ野放しになっていた人狼とも交渉して仲間に入れるのに成功。
「タロ伯爵……この度は誠、誠、感謝の極み……」
頭を下げるヴラド伯爵に、俺はニコリと笑みを返す。
正直なところ、ここが崩れてしまっては俺の税収が減るわけだから、一概にこの都市みんなのために動いたとは言い難い。それに何より現実での人間がゾンビ化してしまう現象を食い止めたかった。
幸運なことに、ヴラド伯爵の館がある上層には石生物がいなかったので、【感染都市サナトリウム】は壊滅せずに済んだ。ゴッホさんやヒラガ団長に聞いた所、団員のレベル不足で中層突破はできなかったようで、結果的に上層に彩菌をばらまけなかったのだとか。
そして気付けば街の名前が【復興都市アクアタロン】になっていた。
タロンって……まさか俺の名前から……、いや、ここは聞きたくない。
こうして俺達は一件落着、とまではいかなくとも、今できることをやり尽くした。
あとは現実の方がどう変化しているのか、その確認に集中するためにゲームからログアウトする。
それから姉と一緒になってネットで調べたり、ニュースで流れる映像を見た結果……。
「太郎、巨人型の巨像たちは未だに太郎を求めて彷徨っているそうだ」
「巨像が信望するのが俺だって世間に知れ渡ったら……」
「大変なことになりかねない。もう、普通の生活は望めないかもしれないわね」
「今でも十分、普通じゃないけどね……いつの間にかお金持ちの上流階級の家柄になっちゃってるわけだし」
「今後は大変そうね」
姉が出した結論は俺と同じものだ。
しかし悪いことだけではない。
巨石生物の発生が新しく発見されるのはなくなったらしい。どんどん世界で増えていた謎の巨大生命体だったけど、パタンとそのなりを潜めたのだとか。
この件に関しては俺達のゲーム内活動が大勝利を導いたと言える。
次に人間のゾンビ化や、狂犬病に関する変化だが……。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん」
「うぉっ!? ミシェル!?」
「ミィ、驚かさないの」
ミシェルがこれまたノックもなし、いつの間にか部屋へと入り俺達の背後にいた。
「父さんが呼んでる。行こう」
うっ……。
やっぱり、か。
「嫌な方向に作用してなければいいのだけど」
「行くしかないわよ、太郎」
こうして執事のセバス爺に案内され、俺たち兄妹は父さんの上品で優美な書斎へと足を踏み入れる。
うん……?
なんか、こう、ちょっと前よりも豪華になってる?
いや、決して装飾過多ではなくて、あくまで落ち着いたデザインのインテリアが点在しているのだけど。
それでもエレガント成分が高まった気がする。
「真世、訊太郎、ミシェル。よく来てくれた」
革製の椅子に腰をかけた父さんは、俺達が来ると真剣な顔つきで出迎えた。
「何かしら、父さん」
「どうしたの?」
「呼んできた」
三者三様の返事を耳にして、父さんはゆっくりと頷く。
「三人は今、世間を大いに騒がせている巨像騒動は知っているね?」
あまりにも父さんが重々しく口を開くものだから、俺達はつい身体が強張ってしまう。
「も、もちろんよ」
「うん……」
「ミィ、巨像、倒せる」
最後はトンチンカンな返事で場が和みそうになる。
ミシェルよ、さすがに倒せませんよ。
「とある情報筋で、巨像たちが『天光の神子』と呼んで信望する対象が……訊太郎かもしれないんだ」
ぎゃー!
さっそくバレてる……。
「ごく一部の人間しか知らない事実だけれど、巨像らは『銀髪碧眼、人族で10歳前後の容姿、絶世の美少女』といった特徴が『天光の神子』にあると言っていてね……気になった父さんは、知人の伝手を借りて訊太郎の写真をとある巨像に見せてみたんだ……」
父さんの人脈がすごい。
「そうしたら…………俺の息子をッッ、訊太郎を、神だ、なんだと! かつてない程に感激していたそうだッ」
身体を震わしながら呻いた父さん。
もしかして父さんは、怒っている?
「俺の息子を神と崇めるのはけっこうだ。実際、神に等しいぐらいに愛くるしい自慢の息子だ。だがしかし、そうなると世界が、訊太郎の影響力を鑑みて注目してくる」
やっぱり、か。
「実際、既に『天光の神子』は誰かと話題になっているし……我こそはと名乗りでる者もいれば、巨像が生みだす利権を狙って、銀髪の少女を支援して『天光の神子』と担ぎあげる権力者集団もいる」
確かに『天光の神子』が巨像を制御できるのなら、商売のチャンスと考える人は少なくないかも。
俺がすぐに思いつくのは巨像のテーマパーク?
観光スポットとかにして一稼ぎできるかも?
「それは父さん、太郎が『天光の神子』だと世間が知ったら、太郎に近付く輩が増えるって事よね?」
「そうだ真世。訊太郎を巡っての利権争いが勃発するのは間違いない」
そして肩を落とす父さん。
「日本国内であれば、現状、父さんに勝てる者はいない。万が一、訊太郎に何かあったとしても守り切れる自信はある」
父さんつえー。
「仏神宮家として新薬を開発した訊太郎の才覚を俺は誇りに思っているし、できれば訊太郎の自由は保証してやりたかった……」
うん?
新薬?
「父さん、新薬って何の話?」
「何を、寝ぼけているのか? うちは代々、外交官の血筋でありながら、医療学会にも精通しているだろう? 大規模な製薬会社をいくつ経営していると思ってるんだ?」
「は? え、はぁ……うん。うん?」
これって、まさか……。
「狂犬病患者を鎮静化させるワクチンや、ゾンビ化に対する特効薬を世に広めたのは訊太郎の発見あってのものだ。これで仏神宮家はさらに格式ある家柄と認識されたのは、最近のことだろうに」
「あ、はい……」
「国中の誰もが訊太郎に感謝している。もはやお前は全国的なアイドルといっても過言ではないな」
えぇぇ……。
ゲーム内での領地経営&『翡翠の涙』の拡散と売買が、現実では巨大な製薬会社をいくつも経営として具現化。
食人魔の救済や人狼の抱え込みが、ゾンビ化と狂犬病に対する特効薬を世に広めた存在として認知されてる……。
「おかげで医療学会や医療業界に強い影響力を持てるようになった。聞いたところによれば、ガンの特効薬なんて本当はとっくにできているそうだ。クスリを投与して『はい、終わり』では医療業界が儲からないから、発表しないだけとは……なんたる闇だ。一部の特権階級だけが、最先端の医療技術の恩恵にあずかれる現状を打破しなければ……と、話題が逸れてしまったな」
いやいや、それもすごい闇だけど、さ。
本当に冗談にできない最悪な案件だけど、こっちもこっちでかなりヤバいよね?
そんな思いで姉を見上げれば、姉も驚きでポカンと口を開けていた。
「話を戻すが、父さんだけの力で訊太郎を守れればよかったのだが……世界相手となると、もっと国内の味方を増やさないといけない」
苦渋の選択を絞り出すかのように、父さんは俺を見つめる。
「言わずもがな……日本で最大の権力を持ち、気高き指導者にして象徴たる炎皇家の方々だ」
これは、まさか……。
学校の、転校の話?
「無論、皇太子殿下に訊太郎を婿、嫁? に渡すつもりはないが……今、『訊太郎を転入させよ』とのあちらの要求をつっぱねるのはよろしくない」
父さんは以前に『日本皇立学園』への入学はなるべくどうにかするって言ってたのに……でも、今は状況が変わってしまったから、父さんを責めるのは間違いだ。
「父さん、それじゃあんまりに太郎がッ!」
俺を庇おうとする姉の発言に、父さんは静かに言葉を被せた。
「仏神宮家は基本的に外交官としての血筋。だから教育方針や環境に関しては、より多くの価値感を取り入れるために、教育の場も自由としてきた。でも、訊太郎にはそれが許されない状況だ」
眉間にしわを寄せるその顔に、父さんの老いを少しだけ感じる。
負担をかけていると自覚し、何も言えない。
「父さんもできれば訊太郎の意志を優先したかったけれど、訊太郎の無事が関わってくるのであれば話は違う。例え、訊太郎に嫌われても、父さんはお前を守りたい。それに『日本皇立学園』に通うのはデメリットばかりではない。政財界に通ずる権力者たちの跡継ぎが多く通う特権階級者の学校だ。そこで培った友情はやがて将来に役立つ人脈となりうる。自身を守るためにも……我を貫くには、金と権力、そして人脈が一番モノを言うと理解しているだろう?」
この正論に姉も俺も、ミシェルも返す言葉を持ち合わせていなかった。
親として、俺を愛してくれる父さんの気持ちを否定なんてできない。
「だから訊太郎、『日本皇立学園』に転入手続きを済ませておく。拒否権はない」




