280話 錬金術士の話し合い
子龍さんたちから逃げてしばらく。
「…………つーん」
俺は『失落世代の懐中時計』で『刺山を食む千年亀』の遺伝子を組み込み、自分の身体へと融合を果たす。
「お前な……つーんとしてる場合じゃないだろ」
「タロ、怒っちゃったね」
トゲトゲ甲羅を背負った俺を見て親友たちは微笑するけど、俺は視線を合わせない。
2人が子龍さんたちの意見に賛同しているのは察していたし、攫われるあの瞬間、迷っているのも理解できた。
でも、気持ち的に納得がいかないのだ。
だからせめて態度で抗議する。
「さらわれた時、すぐに動き出せなくて悪かった」
「何が最善か……とっさの事で判断しきれなくて……ごめんね」
…………。
「それにタロも継子たちの考えに賛成かも、と思ってしまってな」
「でもやっぱり、しっかりと確認できてよかったよ」
……。
「俺達が悪かった。本当にすまん」
「タロ、機嫌を直して? この通り」
……むむ。
なんだか必死に俺に謝る親友たちを見て、俺ばかりがごねてる子供みたいに感じてしまう。
そうなると、1人でトゲトゲ甲羅を背負ってまで抗議している自分が馬鹿らしくなってしまった。だから俺は、エクストラスキル【群れの長】のアビリティ『群れの声』で感じ取った人狼たちの気持ちを抑えるために、一声だけ吠える。
「噛み殺すのは、また今度でいい」
俺の合図で、ずっと建物の屋根などに潜んでいた『月華の人狼』たちがぬらりと姿を現す。
「グルルルルゥ……待機命令、堪えるの大変だ」
「グルゥゥゥッ……噛み殺したかった」
「グルルッ……男2人、次やったら、殺す」
実は3人の人狼たちは、子龍さんたちに俺がさらわれてからずっと俺を救いだせる位置に待機し、追尾していたのだ。もちろん、彼女たちが俺を攻撃した時に、人狼たちは彼女たちを容赦なくキルしようとしたけど、それを【群れの声】で制止したのは俺だ。
「安寧、人狼らの様子から閣下の命令と察し、我らも待機」
「申請、閣下のお傍に侍る許可を」
長い金髪を優美に流す美しい男女の姿も、建物の影からぬるりと現れる。どうやら『貴族位吸血鬼』も俺の動向を窺ってくれていたようだ。
何だかんだで俺を心配してくれるNPCや、親友たちを見回し――
もうふくれっ面をするのはやめる事にした。
「じゃあ、この8人でどうにかしよっか」
◇
「約束の場所ってここか……?」
「人気が全くないね……」
ひとまずの作戦を立てた後の俺達が取った行動は、やはりゴッホさんとフレンドになってメッセージを送るだった。
彼が指定した場所で会い、交渉をするといった内容でまとまった。
俺と晃夜、夕輝の三人は【感染都市サナトリウム】の下層、石生物の被害が少ない一画でゴッホさんを待っていた。ちなみに『月華の人狼』は建物の中で息を潜ませ、『貴族位吸血鬼』はオブジェクトの影の中に入り込めるという特質を活かし、近くに建つ家の影に待機させてある。
「タロ、わかってると思うが第一目標は……」
「石生物の発生をやめさせる」
晃夜の確認に素早く答える。
「それで第二目標は……」
「わかってるって、『秘密結社・化学式遺産帝国』の――」
夕輝へは全部を言い切れなかった。
なぜなら、見慣れた小さな球が石畳をコロコロと転がってきたのが目に入ったから。
あれは、『モクモク草』と『石コロ』、『紅い瞳の石』を合成して作れる『ケムリ玉』で間違いない。
瞬時にして煙が辺りを包みこみ、俺達は警戒度を引き上げる。
視界が奪われるなか、静寂だけが辺りを支配する。
「何も……こないな……」
「だだの煙幕……?」
そうしてこちらの緊張が弛緩し始めた頃合いを狙ったかのようにして、不遜な声が響く。
「なんだ。錬金術に精通しない輩もいたのか」
煙がゆっくりと晴れていけば、そこには2人の青年が路地裏に立っていた。
1人はゴッホさん。そしてもう1人は燕尾服に身を包み、ヴァイオリンらしき楽器を持っていた。
『ケムリ玉』を使ったのは、おそらくどの方角から来たのかを悟られないための演出だったのだろう。
その錬金術士らしい登場の仕方に、思わず口の両端が釣り上がる。
だが、残念ながら俺は【群れの声】によって人狼たちが知覚した情報を共有している。彼らは西に繋がる路地裏から、俺達の前に現れたのだ。
「夕日は西方より夜の帳を呼び込みます。俺達の会合は終焉の合図、とでも言いたいのですか?」
暗に西の方から来たのはわかっている、と伝える。
下手な錬金術を使って小細工でも使うものなら、完膚無きまでに叩き潰すという意思表示をしておく。
「エレキテル! やはり彼女こそ本物の錬金術士じゃないか、ゴッホ君! 正装で来てよかったよ」
「だから言ってるでしょう、ヒラガ団長と違って……彼女は本物、そして強いと……」
むむ……そこは『煙に巻かれないその審美眼、真実を見通す眼、錬金術の深淵を覗き見る覚悟はできているようだな』とか、自分の錬金術を披露するぞと好戦的な態度ではない、か……。
どうやら中二びょ……錬金術士としての戦闘力は低いかもしれない。
「遥かな頂き、銀嶺の少女よ。キミが強いのは理解した。しかーし、しかしである。果たして、錬金術士としての腕前は、こちらが期待するレベルに達しているだろうか」
「もう私はこの目で見てますけど……団長がそう言うのなら――――」
ゴッホさんがロングコートをなびかせれば、その影から眩い閃光がほどばしる。完全なる不意打ち、そして俺はゴッホさんが何を使ったのか理解した。
『太陽にたなびく黄色』と『硬石』を合成して作れる『閃光石』、こちらの視界を数秒奪うためのアイテム。
俺はとっさに視線を逸らしたから回避できたものの、親友たちはもろにくらっただろう。
ゴッホさんらの二手目に備え、俺は素早く『上質な水』と『陽光に踊る黄色』で作った『溶ける水』を前方に散布させる。
強酸と同じ効力を持つアイテム、これで牽制できたはず。そう思い込んだ俺には信じられない光景が入って来た。
ゴッホさんが使ったのは『閃光石』じゃない。
彼の周囲には次々とシャボン玉のような物体はフワフワと浮き、それらが破裂するたびに閃光が生まれていたのだ。
「なっ、あれは……」
「私の錬金術によって作られた『光球の蒸気笛』だ」
完全に見誤っていた。
ゴッホさんのロングコートのなびく様に気を取られ、彼の口がくわえるストローらしき物から光の球が次々と発生。それらは断続的に破裂し、傭兵らの視界を奪う光となる。
もちろん、俺の視力も数瞬、奪われる。
最後にチラリとゴッホさんを見た時は、確かに彼は両目を閉じ続けていた。つまりは、あのシャボン玉の破裂が続く限り、閃光は発生し続ける。そして、それを終了させるタイミングは、ゴッホさんがストローに息を吹きかけるのをやめるターンがくるまで。
見事。
完全に視界を制圧された。しかも初手で、巧みにロングコートの影で隠しながらアイテムを使う手法。自分が何をしているか瞬時に悟らせない機転。
驚嘆せざるをえない。
「目を奪われて、残されるは聴覚のみ! エレキテル!」
ゴッホさんの連れ、ヒラガ団長と呼ばれた男が叫ぶ。
「言霊常勝、古参度々、エクストラスキル、『言霊使い』!」
唐突にヴァイオリンの苛烈な旋律が鳴り響く。
激しく単調で、しかし情熱的なその音色は美しくも――
危険な匂いを帯びていた。
俺は視界を潰された直後に、ストレージに封印していた『銀狐の耳』に装備を変更した。物理系スキルを音で感知できる優れ物だ。そして同時に『失落世代の懐中時計』で『太古の賢狼』と手足の融合化を図り、一気に素早さと力を上昇させておく。
そして融合化のおかげか、俺の嗅覚と聴覚はより研ぎ澄まされる。
「鉄を金に変えるもけっこう、けっこう。しかし、物事の本質は常に言葉の中にあり! 言葉を創造するも、また、錬金術の境地! 言葉こそ、無から有を生み出す最大の武器」
ヒラガさんの言葉に呼応するかのようにして音色が躍動する。
「言霊使いが命ず、第一楽章『音 色を刃へ』」
視界は瞳を閉じたままだから、未だに暗闇の中。
だけれど『銀狐の耳』が告げる。激しい旋律が幾重にも分かたれ、それは空中を素早く走って線上に広がっている。その一つ一つの音が鋭い刃に匹敵する危険度を持つと。
俺は刃できた網目の隙を縫うようにして、駆ける。『銀狐の耳』の恩恵で、刃の走る箇所が手に取るように把握できる。圧倒的な膂力とスピードを活かし、危険な音の根源と、人間臭い匂いをかぎわけて肉薄する。
首と思える箇所を無造作に掴み上げ、その柔い肌をねじり切る手前まで力を込める。
「ここには話し合いに来たはずだけど?」
目を開けてヒラガ団長とやらを見つめれば、既に彼はスキルを発動するのを止めていた。すぐ隣にいるゴッホさんも同じで、ストローを口から離している。
「いやはや、エレキテル! これしきの演奏はパーティーを彩る前菜にすぎないのだよ」
……なるほど。
互いに己が研究し、研鑚した錬金術をぶつけあい、語り合う。
これが錬金術を扱う者同士の会話ってわけか。
「ちょっとした挨拶というわけだよ。銀嶺の少女よ」




