279話 一緒に考えよう
「あー、タロさん、ログアウトしないって事はやっぱりうちらの意見に賛成だった?」
横を走る子龍さんは頬をぽりぽりとかきながら、バツが悪そうな笑顔を張り付けている。
「さすがに強引すぎたかなー? 『首狩る酔狂共』、こわすぎー」
あまりの手際の良さに驚きつつも、俺は大人しく継子さんに抱かれながら拉致された。
どこへと問われれば、それは【感染都市サナトリウム】内で移動を繰り返し続けている。事前に打ち合わせていたのか、周囲には傭兵団『大団縁』の傭兵たちが護衛のように並走している。
「あ、身体の痺れ……」
継子さんが放った状態異常の効能は切れたけど、彼女は再び攻撃はしなかった。
「あのお二人は……」
どうしてこんな事を?
と、問う前に子龍さんが口を開く。
「フレンドリストを見れば、誘拐なんてしたってすぐに『狩人の神』に追われるっていうのは、わかってるんだけどね?」
「あんな巨像たちが現実化するの、タロさんも避けたいよね?」
「それは、もちろん……」
「じゃあ、やっぱりあの場でタロさんを攫っちゃうのが手っ取り早いかな~って」
「絶対あのひとたち、あの怪しい男と接触するのに反対しそうだもんねー」
「うちらしかいないかなって。どうにかできるの」
「ごめんねー、タロさん……」
2人は心底申し訳なさそうに乾いた笑みをこぼす。
それは、自分たちがPvP最強と言われる傭兵団『首狩る酔狂共』を敵に回してしまったのを認識する笑みだった。
でも彼女たちの顔に後悔の色はなく、きっと2人なりに考え抜いての行動なのだろうと感じさせられた。
「いやっ、俺は別に……」
どう答えればいいのか、わからない。
彼女たちの言う通り、あの場で俺をどうにかできるほどの力を持つのは『大団縁』の人脈を駆使できる人物、そして団長としての強さを誇る子龍さんや継子さんだけだ。
実際に子龍さんは姉相手に押されてはいたものの、大量の団員たちを動員し、数の力で逃げ切った。残された団員たちは全滅しただろうけど、逃げるまでの時間稼ぎには十分だったろう。
そして『ゴッホさんとフレンドになって連絡を取る』という、2人の意見には賛同できる部分がある。
「でも、やっぱり解決方法はこれしかないよね……タロさん、謝りついでにもう一つ。『秘密結社・化学式遺産帝国』に入ってよ」
「タロさんの入団条件として、彩菌をばらまくの、やめさせるー?」
「うん、うん。どうかな、タロさん」
そう。
結局はそこに落ち着くよな。
わかる、理解できる。その方法が最もスマートにこの騒動を解決できるって。
でも心の片隅では、もう自由にクラン・クランでは遊べないといった負の感情が芽生えているのも確かなんだ。
「うちらがタロさんを確保している間は、きっとさっきの怪しい男と会えるよ」
「でも、多分長くはもたないよー……うわぁ、石像たち、こっちにもいる……」
【感染都市サナトリウム】は大混乱だ。
街のNPCたちは逃げ惑い、乗り込んできた傭兵たちも石生物の数に押されてキル者が続出しているように見える。
現実ではまだ、観音像や一部の巨石が、巨大生物として動き出しただけ。
でも、もし……。
こんな状態が続いて、現実の街もこんな風になってしまったらと想像すると……俺に選択肢はないように思えた。
「あ、きたきた」
「やっほー、コウくん、ユウくん」
俺が返事に迷っていると、進行方向の細い裏路地から見慣れた傭兵が2人現れる。
晃夜と夕輝だ。
どうして……あいつらが?
親友たちも子龍さんや継子さんの作戦に賛同し、グルだったのか?
そんな疑心がわく。
「連絡、ありがとうね。子龍さん」
「おう、継子も助かるぜ」
まるで旧知の仲間にするみたいに、親友たちは子龍さんたちに手を振る。
そうして親しげに近づいては、にこやかな笑みを投げかけている。
「2人には、合流場所を連絡しておいたの。その方がタロさんも安心できるかなって」
「コウ君とユウ君なら、説得もしやすいかなってー?」
「こらっ継子、それはタロさんの前では言わない約束でしょ」
「うーん、でも正直に?」
「はいはい、わかったわよ」
彼女たちのやり取りは耳を素通りしていく。
涼しく笑う晃夜と夕輝に俺の視線は釘付けだった。
「おい、タロ。こんな大変な事態になっちまったけど、さっきの奴んところに入団すんのか?」
「入団した方が丸く収まるとは思うけどね、タロはどうしたいんだい?」
別に、別に俺としては『化学式遺産帝国』に入団するのは、本意ではないけれど拒否するレベルの案件でもない。
でも、冷静な様子の親友たちを見て……。
当たり前のように子龍さんや継子さんの横に並ぶ親友たちを見て、なんだか裏切られてしまったかのような、そんな錯覚に陥ってしまうのだ。
親友たちはとっくに現実の変革を危惧して方針を定めていたというのに、こうして俺は1人でもやもや悩んでいて、それが馬鹿みたいに思えて……。
だから不満をぶつけるかのように、つい親友たちに叫んでしまった。
「なにがッッ――――!」
叫んでから。
俺が途方もなくめんどくさい台詞を吐いてしまったと気付き……。
顔が燃えるように熱くなった。
◇
「コウ……上手くやろうね」
「わかってるって」
腹黒のくせに人助け大好きのしょーもな夕輝に囁かれ、俺は頷く。
継子と子龍に手を振りながら、最大限の愛想を込めた笑みを浮かべる。
俺達は『巨像が動き出した』という報道を認知し、すぐに互いの方針を決めた。
それは傭兵団『大団縁』とはなるべく敵対しないようにする、だ。なぜなら、この大戦力は利用価値がある。ゲーム内での影響力が強ければ、それだけ現実を修正するのに動かしやすい駒として活用できるから。それと同時に『大団縁』を取り込めれば、訊太郎を守るだけの大きな守備勢力も構築できる。
それにはやはり、継子や子龍には友好的な態度を取る必要がある。そもそもあの2人は訊太郎の姉や、ユウジのように100%信頼できる相手ではない。
タロの統治する『無名都市』に自らの団員を数百と潜ませていたのだから。また何かしでかした時のために、俺達は【子龍たちの味方であり理解者】だと認識してもらっていた方がいいと判断した。
この方針が上手く作用し、タロがさらわれるという不測の事態にも、継子から合流地点を設けるとフレンドチャットで呼びだしてくれる仲にはなれた。
あとは訊太郎の意志表示をハッキリと聞いてから、諸々を決断すればいい。それが俺と夕輝の考え。
冷静に、合理的に、俺達は判断できていたし、それを実行するだけの気概はあった。
だけど――
「なにがッッ――!」
訊太郎が、声を震わして叫ぶものだから。
「俺とっ、『大団縁』と、現実と、……なにが一番、大切なんだ!?」
訊太郎よ……。
そんな台詞を必死の形相で、今にも泣きそうで――
不安な顔して言われちゃ、理屈とか、理性とか、効率とか、そういうのは全部吹っ飛んじまうもんだな。
「お前に決まってんだろ、タロ」
訊太郎よ。
お前は何か勘違いをしている気もするが、不安にさせたのは多分、俺達か……?
夕輝の方へと向けば、こいつも気持ちは俺と同じらしい。
「何を言ってるの? タロだよ?」
俺らの返答に、顔を真っ赤にしてはポカンとする訊太郎。
その後、数秒間は言葉が出ずに口をあうあうと開閉する始末。
なんだ、お前のその表情は。
まるっきり美幼女が駄々をこねた自覚があって、それに羞恥心を感じてしまったみたいな顔しやがって。
「で、でもッ……、じゃあなんで2人はここにいるの?」
「あー? お前の意見を聞くためだろうが。他人に合わせて、気持ちを隠す必要ない。入りたくないんだな? 『化学式帝国団』に」
「まったく。タロは切羽詰まるまで自分の気持ちをなかなか言えないところがあるからね。うじうじ考えすぎというか」
そ、それはウン告白のことを言ってるのか? 漏れるまで追い詰められなきゃ、自分の気持ちを吐き出せなかったと……?
このタイミングでそのいじりはエグイな夕輝よ。
……んん、我らが訊太郎さまはあの様子だと気付いてないな。
なんだかな。
潤んだ瞳でこっちを見つめられても困るんだがな、本当に。
まぁいいか。
じゃあ予定通り、我らが訊太郎さまを取り返すとしますか。
「悪いな、継子に子龍。俺達とは意見が合わなかったようだ」
「悪いね、子龍さんに継子さん。タロはボクらと行くよ」
俺達の台詞を合図に路地裏に伏せていた、ゆらちとシズクがタロを抱えた継子に奇襲をかけた。
同時に夕輝と俺で子龍へと殴りかかる。
「ちょっと、ユウ君にッコウ君ッ!? これじゃ現実改変がおさまらなッッ」
抗議する子龍の口を、言葉で塞ぐ。
「俺達には俺達のやり方がある」
「別にタロが入団しなくても、大丈夫な方法なんて他にあるからね」
強引にタロを抱きかかえる。
大人しく抱っこされた訊太郎に、『お前も動けよ』とツッコミたくなったが……やめた。
縮こまって、ぽわっと俺を見つめてくる訊太郎が、その、ちょっとだけ可愛くてな。
まるで本物のお姫さまみたいになっちまってるな。
姫ちゃんは嫌いだが、なんというか、クソッ。
こういう姫ちゃんはいいかもしれない。
もうしばらくは、親友の珍しい一面を拝んでいようか。
これも役得というわけだ。
それに後でこの時の様子をネタにイジリたおせるな。訊太郎の反応が楽しみだ。
「コウ、なんかキモいよ……?」
「う、うるせえよ」
隣を並走する夕輝の黒い笑みで俺はタロから視線を外した。
次に背筋がゾクリとする。
あぁ、この感じはあの人が到着したのか。
悪寒に従って首を上げれば、鬼の形相で黒髪をなびかせた女性が1人。
上空から『大団縁』の傭兵たちを切り裁き、見事な着地を終える。
そして彼女に続くようにして『首狩る酔狂共』の面々が攻撃を仕掛ける。
俺達が事前に合流地点を知らせていたのだ。
「――死にさらせ」
おおう、怖い怖い。
さっきまで味方だった者同士が、こうも本気で争いを繰り広げる。いつもだったら、これがクラン・クランの醍醐味だと楽しむ余裕があったが、今はない。
さて、『大団縁』への対応は訊太郎の姉貴に任せるとして。
俺達は現実改変に干渉するために、新しい手段を実行しなくちゃな。
「タロ。お前の気持ちを一番に優先するさ。なぁユウ?」
「タロの入りたくないって気持ちと、石生物無限ポップを止める方法ね」
「「――いっしょに考えようぜ――」」
俺達の言葉に親友である訊太郎は――
朗らかに笑った。




