278話 誘拐された幼女の心は揺れ動く
コミカライズ配信日は【11月29日(金)】
ニコニコ静画【水曜日のシリウス】にて配信決定です!
書籍版2巻の発売日とほぼ同時です! よろしくお願い致します!
↑泉乃さまの【女子力】あふれる描写で、問題の告白シーンも・・・!?
さぁどうなることでしょう。笑
(作者は笑えました)
お楽しみに!
「太郎! テレビをッ、ニュースを見たの!?」
広すぎる部屋に比べて小さすぎるドアがノックもされずに開かれる。
「あぁ、姉……」
勢い良く扉を開けたのは、焦燥を色濃く顔に浮かべた姉だった。
「まさか巨大生物まで、こんなにも早く現実に具現化するなんて……」
「巨人については……その、姉。俺は前からクラン・クランで会ってたんだ」
「そういえばタロの屋敷にいたな。軽く腐敗していたけれど……」
「うん。ただ、巨人出現のトリガーは多分、石生物を生みだした傭兵団『秘密結社・化学式遺産帝国』の行動にあると思う」
「確かに今まで巨人なんてものが現実に現れるなんてなかったし……それで、今回の騒動でタロは無関係って安心していいのよね?」
「それが……」
姉の心配事を増やすのは気が引けるが、ここは正直に自分の予測を述べるしかない。
「観音像や神像、巨像、巨人型の巨大生物は、その……俺を絶対主神として崇めてるかもしれない」
「な、なんだって……」
日本中の観音像がおそらくは俺を探して動きまわっている。同じく、世界各地の巨像たちが現在進行形で日本に向かっているのは俺に原因があると伝える。
「そんな……太郎はいつから巨人たちの神になってしまったのよ」
「神様とはちょっと違うけど、崇める対象になっている可能性は十分にありえると思う」
「私達にできることって、あるの……?」
さすがの姉もこればかりは妙案が思いつかないのだろう。
それでも弟である俺を抱きしめて、安心させるように背中をなでてくれるのはとてもありがたかった。
豊かな胸や全身の柔らかさ、そして姉の手から伝わる確かなぬくもりが俺の背中を押してくれる。
不安は募るけれど、何もしないなんて選択肢はない。
俺達にはクラン・クランというツールを通して、現実に影響を多少なりとも及ぼせるのだから。
「これ以上の混乱を避けるために、もう一度クラン・クランにログインしよう」
「それで、どうするの?」
「未だにクラン・クランでは石生物が発生し続けている。これが現実ともリンクしているとすれば、少なくとも『秘密結社・化学式遺産帝国』を止めれば……これ以上、現実でも巨大生物の発生は増えないかもしれない」
「そう、か……」
憶測でしかない俺の意見に、姉は神妙に頷いてくれる。
「だが『秘密結社・化学式遺産帝国』に太郎が近付くのは危険すぎるわ。あんな変態発言をする輩にッ……」
「でも、姉……」
「わかったわ。今はログインして、石生物を殲滅しつつ、あの変態共に辿り着いて止めさせればいいのね」
「う、うん」
本当は子龍ちゃんや継子ちゃんが言っていたように、ゴッホさんとフレンド登録して話し合いでの解決の方が早いと思う。でも、姉からはそんな交渉は絶対に許さないという不動の態度が見て取れた。
「一つ聞くわよ、太郎」
「うん?」
「太郎は、傭兵団『秘密結社・化学式遺産帝国』に入りたいの?」
「そこの団員に興味はあるけど、正直……入る傭兵団は自分の意志で決めたいなぁ」
アハハ、と乾いた笑みで姉に答える。
「でも、そんなわがまま……言ってる場合じゃないんだよな……」
「いいえ」
姉は清々しい笑顔を向けてくる。
「太郎のその言葉を聞いて、すっきりよ。私がやることは、あいつらを完膚無きまでに叩きのめすだけね」
獰猛なその笑みは、いつもの仏家の長女のそれだった。
「ちょっと、姉。さすがに世界がやばいって時に……」
「世界と弟の望み、どっちを優先するかなんて決まっているでしょう?」
凛とした仕草で俺を見つめる。
「私は太郎の姉よ」
そしてポンポンと頭を数度なでられた。
照れくさくなった俺は、せめてもの反抗でジトッとした半眼で姉を見上げる。
「それに、今更『秘密結社・化学式遺産帝国』の動きを止めても、巨大生物の出現が止むとは限らないでしょう?」
「ううーむ……」
その気持ちはすごくありがたい。
けれどやっぱり、納得し辛い……。きっと俺と親しくない大半の人間は、問題解決を早めに望むはずだ。所詮はゲームなのだから意に沿わない傭兵団に入っても、別にいいかな、と思えてしまうのも確か。
やっぱり現実の方が大事だし。
晃夜や夕輝はなんて言うのかな。
自分の中でハッキリとした答えが出ないまま、俺と姉は再びログインした。
◇
「うーん。やっぱり、子龍さんの言う通り……一度ゴッホさん? って人達と連絡を取ってみたほうがいいのかも」
「早い話、継子たちの意見に賛成だ」
再びクラン・クランで集合してみれば親友たちは『化学式遺産帝国』へのコンタクトを推すスタンスだった。
そこにちょこっとチクリとくるものはあったけれど、やっぱり冷静に考えればその選択しかない。
「だよね! でも……」
「周りの人達がねー……」
子龍さんや継子さんは、姉や『銀の軍人』たちを見つめ声をひそめる。
「絶対に反対って空気だよね……」
「タロさん、すごい人望だねー……」
彼女たちの怯えは理解できる。特に姉から放たれる覇気はすさまじいもので、街内の石生物を駆逐する姿は圧巻の一言。でも、それでも再びログインしてみてわかったのは、【感染都市サナトリウム】が石生物たちの波に呑まれつつあるという事実だった。
「というわけで、タロさんごめんね」
「うんー、先に謝っておくねー」
ん?
姉や『銀の軍人』に囲まれている状態で、唐突に子龍さんと継子さんは俺に近付いて来た。
そうして首筋にチクリと軽い痛みが刺す。
どうやら、アサシン系統のスキルを持つ継子さんが、俺に……何かを、した……?
身体の自由が奪われ、平衡感覚を失うようにして倒れそうになる。
それを継子さんが抱えて支えてくれる。
「2人とも、何を?」
「おい、お前ら、どういう事だ?」
すぐ隣にいる晃夜と夕輝は突然の行動に困惑している様子。
「あー、これしかないかなって?」
「コウくんとユウくんは、大人しくしてくれてると嬉しいかなー」
身体が言う事を聞かない。
継子さんの腕の中で時が止まってしまったかのように、意識だけはあるまま景色が流れていく。
「それ、みんな! 出ておいで!」
子龍さんの号令と同時に、街角に潜んでいた数十の傭兵が姉や『銀の軍人』を牽制し始めたのが見える。きっと傭兵団『大団縁』の人達なのかもしれない。
「エクストラスキル、『龍化』!」
子龍さんの身体が大きく膨れ上がり、緋色の鱗におおわれたドラゴンになるのを視界の端で捉えつつ、俺の意識は違う場所に集中していた。
それは晃夜と夕輝の2人だ。
親友たちと離される。
最も近くにいたはずの親友たちは、何もせず、ただ迷うそぶりをして……俺と子龍さんや継子さんを何度も見返していた。
「タロッ」
「……どうする」
判断しあぐねている。
それは理解できる。
でも夕輝と晃夜はやっぱり、子龍さんや継子さんに甘い。いつもだったら、わき目もふらずに俺の味方をしてくれて、助けてくれるはずなのに……。
きっと、あいつらは子龍さんと継子さんに特別な感情を抱き始めているのかもしれない。
それが、なんだか悔しくて。
ちょっと虚しくて。
だからどうにでもなれと、そんな行き場のない感情を胸に――
俺は継子さんにされるがままに攫われた。




