277話 神話たちの行進
:突発イベント【街中にうごめく巨像たち】が発生しました:
;全体クエスト報酬は特にありません:
:石像よりドロップする素材は多数あります:
このログアナウンスの内容で、【感染都市サナトリウム】へ多くの傭兵たちが駆けつけるのは言うまでも無い。クエスト報酬がないとはいえ、石像よりドロップする素材はいわば『新素材』である可能性が高い。
何かの新武器や新防具、新アイテムや新家具などの素材となりえるからだ。『賞金首と競売』で売りさばくにしろ、高値をつけられる事も十分に考えられる。
【食人魔】を元のNPCに戻す活動をしている俺達としては、今この瞬間に傭兵たちが大量に乗り込んでくる事態は好ましくない。
場が戦闘と混乱で荒れる前に、早急に【食人魔】を救済する必要がある。だけど、目の前に現れた石生物たちの大軍を無視するなんて、できない。
「総員、迎撃態勢!」
「「「サァーイェッサー!」」」
二列に素早く横隊を組んだのはRF4youが率いる部隊だ。
石畳だった物が大量にワサワサと動き、それはさざ波の如く迫りくる。
「来るよッ! 【石甲虫】って名前っぽいね!」
「まさにゴキ○リみたいなやつだ。あいつら、数に任せてそのまま突進してくる気だぞ!」
親友たちが構えるなか、直径1メートル程の平たい石生物たちが物凄いスピードで地面を這って来る。こちらの陣営と正面衝突が起きる前に、俺は『空踊る円舞曲』に装備を切り替えてフワリと上空を舞う。
「俺たちが全体攻撃を仕掛けて、敵の勢いを鈍らせる!」
RF4youたちへと告げた時には、既にフゥとブルーホワイトたんを呼びよせ、それぞれにアビリティを放ってもらう。
フゥの豪風がなびけば、平たい虫たちは次々とめくれ上がっていき、その突進力を一時的に失う。それも数瞬で、後ろから次々とひっくり返った同胞を乗り越えカサカサと猛進は止まらない。
しかし、それで十分。少しの時間稼ぎで俺は自身の指から導き糸を伸ばし、ブルーホワイトたんと繋がる。そして俺の指先の動きに応じて彼女のお口がパカリと開く。
魔法式ギミック『魔氷の吐息』だ。
物理系の防御力が高そうな相手にはこれに限る。
瞬く間に凍りつき、動きを鈍らす【石甲虫】の大軍。そのまま俺は上空から『狙い撃ち花火(小)』を一発おみまいした後に、『失落世代の懐中時計』に記録された『地殻の巨獣アースガルド【一本角】』の遺伝子情報を自分の身体へと取り込む。
エクストラスキル【寝ぼける地殻獣】の『地割れ』を発動させ、大地にヒビを走らせる。何列かの【石甲虫】はその裂け目に飲み込まれ、数を大幅に減らすのに成功。
さらに石畳が元の【石甲虫】より二回りも大きい、瓦礫が元となっているトゲトゲ甲羅を背負った四足歩行の謎生物の一匹に狙いを定め、『体重多重層』を発動。
今の俺にかかる重力は6分の1になっているとはいえ、12トンの重さでそこへ落ちればトゲトゲ甲羅の謎生物は即座に潰れた。
火花の煌めきが残った空間に落ちた俺は反撃に備え、すぐさま『体重多重層』を解除し、『大地の小山作り』を発動。
街並みの一画、それらを変革するアビリティはかなり強力で大きな防波堤を築きあげる。
これにて『地殻の巨獣アースガルド【一本角】』と融合した恩恵のMP700は全部使い尽くしてしまったけれど、みんなの戦闘態勢が整うまでの時間稼ぎはできたと思う。
:【石甲虫】から『石細胞増殖の種』×16がドロップしました:
:【刺の石亀】から『刺山を食む千年亀【刺甲羅】:化石』がドロップしました:
流れたログに素早く目を通せば、やっぱり期待通りの結果だ。
新素材かつ、これは……化石じゃないか!?
『失落世代の懐中時計』で新たな遺伝子を吸収できるし、融合化のレパートリーが増えるのには大歓喜だ!
「やった! やっぱり新素材のドロップだ! みんなも早く倒すといいよ!」
背後へと満面の笑みで振りかえれば、全員が唖然とした表情でボケッとこちらを見つめていた。
「ちょっと、みんな新素材だよ!? ボーッとしてないで、あっ! 【月華の人狼】たちは、あのでかい奴の牽制を! 【貴族位吸血鬼】たちは、姉たちの動きについていけるだろうから、遊撃に参加だよ!」
家屋の壁がそのまま動きだし、灰色の丘に目と両手が生えた大きな石生物が、俺の『大地の小山作り』を一早く乗り越えて来たのだ。それに続いて【石甲虫】もちらほらと壁を突破してきている。
「くっ。タロは相変わらずのぶっ飛び具合だが、俺らも負けてられねえ! 『飛翔流星脚』」
「そうだね。ボクらだってレベルアップしてるんだ! 『強靭なる武身』!」
親友たちの掛け声にようやく俺に注目していた傭兵たちは動き始める。
こうして俺達は石生物と全面衝突した。
◇
「私の太郎は無事か!? 私のエルは生きてるか!?」
【石甲虫】数匹を蹴散らして俺達のすぐ傍に着地した姉に、サムズアップで返す。
「姉、こっちは大丈夫!」
「エル、生きてる~」
序盤は好調な滑り出しで、石生物を圧倒できた。
しかし、奴らは無限に沸いてくるかのように、倒しても倒してもしぶとく発生し続けている。
連戦に次ぐ連戦で、こちらは満身創痍……とまではいかなくとも、疲弊してきているのは事実だ。実際に70人ほどいた傭兵たちも、さっき上空に浮いた時にザッと見た感じ、60人前後に減っているような気がした。
「おいおい……キリがないぞ……! ここだけでこんな惨状じゃッ」
「他の所はもっと悲惨だろうね……ボク達みたいに、傭兵の戦力がまとまってるなんて、滅多にないと思うし」
親友たちも、まだ無事のようだ。
「その場ですぐに傭兵同士が協力ってなるかどうかも怪しいしな」
「十中八九、傭兵たちは乗り込んでみたものの……逆に蹴散らされる、のがオチかな……」
2人の言う通り、おそらく【感染都市サナトリウム】は窮地に立たされている。
もはや『食人魔』の救済などと言っていられる状況ではなくなってしまった。
「あのっ、やっぱりうちは、こんなに敵が発生し続けるのっておかしいと思うの……」
子龍さんが【石甲虫】を素手で殴り潰し、『うぎゃぁ……』と涙目になりながら意見を述べてくる。
「もしかしてー、さっきの彩菌? を、まだどこかでばらまいてるのかなー?」
継子さんも短剣を【石甲虫】に突き刺しながら『うぅー』と呻きながら考察してくれる。
彼女たちの言葉に親友たちは頷く。そして子龍さんや継子さんを守るようにして、周囲の石生物に攻撃を加えていく。
「子龍ちゃんの言う通りだね」
「継子の見解は的を射ているな」
ニコリと親友らが微笑めば、彼女たちの頬が朱に染まる。
ちぇっ。
あの2人は何かもが様になっていいよなー……なんてこの場にふさわしくない感情がチラッと芽生えてしまう。
「この事態の原因、彩菌をばらまいている奴らを止めないと……」
「【感染都市サナトリウム】は、本当に石像生物たちに呑みこまれてしまう……?」
「確かに」
彼女たちの呟きに、俺含め周囲の傭兵も納得の色を示す。
「やっぱり子龍ちゃんは、大規模傭兵団をまとめる団長さんなだけあって、すごく頼りになるよ。ありがとう」
「継子も鋭い分析眼を持ってて頼もしいな」
むっ。
晃夜たちがやけに子龍さんたちに優しい。
まぁ別になんとも思ってはいないけど、妙に親友たちにしては丁重に扱っているというか……なんだか2人に優しすぎる。
いつもなら女子なんてスルーだわ、とかめんどくさいとか言ってあんまり相手にしないのに。
ゆらちやシズちゃんにだって、あんな風に微笑んだりしないぞ。
むむ……なんだ、この胸にわだかまるモヤモヤは……。
「うちの考えなんだけど、やっぱりタロさんを『欲しい』って言ってた、さっきのアイツに連絡を取るのが上策?」
「んー、それが一番いいのかも?」
子龍さんと継子さんの意見に、一瞬だけ空気が凍りついた。
姉やRF4you、ミナやリリィさんを始め、【銀の軍人】を名乗る傭兵たちの間でピリピリとしたものを感じる。親友達やジョージは困ったような笑顔を浮かべ、『どうしたものか』と言った態度だ。
ゆらちやシズクちゃんは終始不機嫌そうだったのに加え、その暗さが一層増した気がする。
それでも子龍さんたちが口を閉ざすことはなかった。
「あの、タロさん。さっきの人と連絡を取れたりしますか?」
「うんうんー、子龍ちゃんの言う通りー、フレンド申請とか送られてきてないですかー?」
くっ。
妙に鋭いな、この2人。
実は俺、ゴッホさんから送られてきたフレンド申請を拒否してはいなかった。
受諾こそしてないけれど、彼は……彼らは俺にとって興味深い傭兵だったから、どう返事をすればいいのか迷っていたのだ。
「いちおう……? さっき、フレンド申請を飛ばされました……?」
俺のこの発言に、なぜか周囲の傭兵たちは沸いた。
不満というか、怒りのボルテージ方面で。
「くっ! 私の太郎にっ!」
特に姉の歯ぎしりが怖かった。
「とにかく今はッ! 今後の事も踏まえ、じっくりと作戦を立て直すわよ! それには一時撤退、撤退で異存はないな!?」
姉の号令に『首狩る酔狂共』含め、『銀の軍人』ら多数派の同意によって撤退を余議なくされた。
◇
『この世にある石のほとんどは、かつての生物の残骸であるという説はご存知だろうか』
テレビから流れる台詞に、ログアウトしたばかりの俺はハッとなる。
『1番有名なのは恐竜などの化石。あれらは数十万年単位で化石となったというのが通説だった。だが昨今、新たに発見された事実は、条件さえそろえば生物が石化するのに60年もかからないのだとか。肌など、体組織ごと石化する事例もあるそうだ』
真剣な面持ちで語る考古学者の男性、それに神妙な顔で頷き続けるニュースキャスターの面々。
『世界各地では巨大な岩がヒトの顔に見える、巨大な亀の形に似ている、と言った声が度々上がる。さて、石でありながらも【これも、もしかすると生物だったのでは?】と最も囁かれる存在といえば、エジプトにある巨像の数々だろう』
【感染都市サナトリウム】で石生物たちと交戦中だった俺達だったけれど、急に晃夜や夕輝が『現実でも巨大生物が次々と動き出したらしい!』と悲鳴を上げたので、事態を正確に把握するために一旦はログアウトしたのだけど……さっそくテレビをつけてみれば『世界各地で巨人の出現!?』と言ったタイトルの緊急速報が流れていたのだ。
『エジプトの壁画には人間よりも数倍大きな巨人が多く描かれている。あれらは実際に存在し、古来より人々を導き、また人間よりも長い寿命を持っていたという伝説がある。いわゆる神の系譜だ。そんな巨人たちも自分たちの死期が近付けば、自分の全身をコーティングする特殊な石材で覆うよう人間に命じたそうだ。と言っても彼らが真に死へと至るまでには数千年はかかるから、死後の世界に行く準備として自身をミイラ化させる儀式といったところだろう』
そんな伝説、本当にあったのだろうか?
『【メノムンの巨像】という世界遺産にも有名な逸話がある。紀元前27年の地震により、巨像たちにヒビが入る。コーティングされた石材の一部が損傷してしまったのだ。その巨像からは夜明け頃になると【うめき声】が聞こえる、といった噂が広がった。人間より遥かに寿命のあるレプティリアンは、ときたま覚醒する意識の残骸とも呼べるまどろみの中でうめき声を上げていたのだ』
すごい都市伝説感……。
『実際に数々の文献に記録として残されており、第14代ローマ皇帝ハドリアヌス帝と妻のサビナもレプティリアンのうめき声を聞いている。最後にその声が記録されたのは東暦196年だ』
えぇ……。
単純にヒビが入って、その裂け目に風が当たって音が鳴っていたとかじゃないのかなぁ……。
『信じられていなかった説が、今回の騒動で事実だったと判明しました』
『メノムンの巨像は動き出しましたね。それに世界各地で巨大生物、特に巨人に酷似した生物が出現しているそうですね』
『えぇ。巨人に似た巨像たちとは、一応の意思疎通ができているので大きな被害はありませんが……巨人以外では知能の低い生物も多く……一部の街では被害が出ているとか……』
『日本では太古に作られたと言われる、いくつもの巨大な観音像によって多くの建物が崩壊しましたね』
『奈良県の大観音殿も大混乱に陥っているそうです』
『ここ千年間で新しく作り直された観音像は動き出しませんでしたが……古くからと言いますと、大きい物で100メートルに近い観音像もありますよね』
実際に神像と言われる大きな身体がゆっくりと歩き、家屋や車などを踏みつぶしている映像が流れる。その素振りには一切の悪意は感じ取れない。故意にやっているのではなく、極々自然体で歩き回っているように見えた……。
ただ、その姿はどこか、地面にいる蟻を気にせずに歩く人間に似ていた。
『人型以外の巨大生物も出現していますが、やはり一番興味深いのは巨人形態の巨像であると、仰っていましたね?』
『はい。実はエジプトの神話といえば【太陽神ラー】の存在ですが……今回、動き出した彼ら巨人たちは一様にして自らを神と名乗っていません』
『というと?』
『彼らの上に立つ存在を信望しているようです。それは【太陽を司る天使】だとか、【天光の神子】なる名だと……絶対主神として崇めているようです』
んん!?
どこかで聞いた単語、というか……。
『これはまた【虹色の女神】教会の虹色聖典などに出てきそうな名前ですね』
『彼らが言うには、【天光の神子】はこの時代に存在すると。確かな気配があると、我々はその光に当てられて目覚めの時を迎えたと。そして、その絶対主神の気配は……この極東の島国【日本】からすると証言しているようです』
『では巨像たちは……』
『はい、各国監視下の中で、日本へと向かっていると』
『巨像の行進ですか……』
【天光の神子】って……。
やっぱりヨトゥンさんや、ドーンさんが俺を呼ぶ時の総称と同じじゃないか!?




