276話 法薬 (イデア)の崩壊
「むっふっふー」
自然と口から喜びが漏れ出てしまう。
そんな俺を、親友たちは呆れた様子で見つめてくる。
「ずいぶん上機嫌で呑気なこったな。俺らは神経尖らせてるってのによ」
「こっちとしては警戒する点が増えて心が重いのに、タロときたら……」
確かに色々と油断できない状況ではあるけれど、俺としてはこれだけ順調なのだから忍び笑いの一つだってしたくなるもの。
まずは新しくリアル・モジュール仲間として円卓会議に加わった子龍さんと継子さんの存在。2人はけっこう気さくなタイプで素直。俺にも正直な態度で接してくれるのが心地よい。
それに彼女たちは大御所傭兵団『大団縁』の団長と副団長という地位もあって、いざとなれば心強い味方になると期待も寄せている。
「お前らも喜べよ。俺の領地がこれで更なる発展を遂げるんだ」
今回、大きく伸びたのは戦力面だけではない。
傭兵団『武打ち人』の支部、つまりは工房がうちの領地内で作られる事が決定したのだ。
団長のマサムネさんら代表者が、『刀術スキルを売り出すから、近くで刀も売りませんか? 工房の場所は有料で貸し出します』といった俺やジョージとの取引に首を縦に振ったのだ。
これは武器鍛冶で名高い『武打ち人』のネームバリューがうちの領地にも反映されるという事。さらに場所代も支払ってもらうため、安定的な資金源の確保にもつながる。
それに加え、今後は刀の発祥地、『刀の聖地』として話題を呼び領地に傭兵が今より集まる流れになる。少なくとも刀にロマンを見出す傭兵たちが、この地に足を運び刀のメンテナンスや新刀のチェックなどで賑わいを見せるはず。
そして更にはジョージの紹介で傭兵団『サディ☆スティック』の団長マダムミネストローネさん、通称『拷問鬼ジョーカー』と噂される傭兵との交渉も上手くいった。
彼女は終始、掴み所のないピエロ顔でニコニコ笑いながらコクンと頷いたりするだけではあった。こちらの条件に何一つ文句を言ってこなかったのは、きっとジョージが事前にお膳立てをしてくれていたのだろう。
『サディ☆スティック』と交わした交渉内容は、うちの錬金工房から大量に作成されつつある『即効性の回復ポーション』、すなわち『翡翠の涙』の独占買い取りのご提案だ。
独占的にポーションを『サディ☆スティック』に流す代わりに、販売場所は各々の傭兵が経営しているお店と、『無名都市』の『競売と賞金首』だけに限らせるといった条件付きだ。
しかもその配分は2対8で、俺から仕入れた『翡翠の涙』の八割をこの都市の『競売と賞金首』で販売させるという縛りもある。
本当はうちで直接ポーションを売り出した方が利率は高い。
なにせ450エソで売る予定らしいので、サディ☆スティックの儲け分も考えると、それより下回る値段で流す他ない。そんなこんなで取引き額は1個350エソと決められた。
俺が直接売れば1つあたり100エソも高く売れるのに、なぜと思われるかもしれない。
それは1つ100エソで、安全と拡散力を買ったからだ。
この商売で『サディ☆スティック』という傭兵団を一枚挟ませる事によって、どこで誰がポーションを製造しているかを眩ます隠れ蓑になってくれる。
本当はうちの領地内だけの販売と、縛りをキツくしようと考えてみたものの……それでは拡散力に欠けると判断した。サディ☆スティックほど、多くの職人やお店を持つ傭兵がいる傭兵団なら、その拡散力を利用しない手はない。
流したポーションのうち、2割は各自のお店で販売OK。
品切れになったら、ポーションを求める傭兵たちはうちの領地に来て、買いに来るといった流れを作り出すのが狙いだ。
『翡翠の涙』と『刀術スキル』、武器『刀』、ひとまずはこの3つを、領地の目玉とする。
こうして人が多くなれば、それだけ『競売と賞金首』での取り引きも増えてくる。すると、この一見して『無名都市』と言われる俺の領地の税収が増える!
「早い話、タロが支配権を握ってるってバレないようにしろよ」
「『伯爵』という地位を持ってると知ったら、傭兵たちがどんな行動に出るかわかったものじゃない」
晃夜や夕輝の言う通り、用心に越したことはない。
だけど、俺には2人がいる。そして円卓会議のみんなもいるんだ。
「危ない時は、お前たちが俺の傍にいてくれるんだろ?」
「お前なーサラッと守ってくれ発言かよ」
「仕方ないね、タロは」
口では否定的な2人だけど、どこか嬉しそうなのは隠せない。
だから俺は学校でよくやっていたように、ペチコラとスキンシップ。
「いつもありがとなッ」
「おまっ、じゃれつくな」
「タロ、ちょっとみんなの視線が痛いんですけど……」
頼れるだけ、頼り倒す!
その分、2人が困った時は全力で俺も動く。そんな信頼関係があるからこそ、俺達はこうやってじゃれ合う事ができるのだ。
「あの2人は前も『白銀の天使』閣下のお傍にいた……」
「ぐぬぬぬ……さしずめ閣下の護衛騎士か……?」
「俺達だって、いずれはもっとお近づきにッ……」
RF4youが引き連れてきた傭兵集団がざわついたり、俺のすぐ背後で姉がピリピリしていたりと、ちょっと面倒ではあるけれど何だかんだ楽しく【感染都市サナトリウム】に到着できたと思う。
「よし、みんな。このまま中層に行こうと思う。そこで現れた【食人魔】をどんどん治していこう!」
「天使閣下の号令に続けい!」
「「「サァーイェッサー!」」」
総勢70人前後の大集団が【感染都市サナトリウム】へ入るのは少し目立っていた。正直、もっと少人数で活動したかったけれど、姉の『人数が多ければ多いほど安全』という意見に反対要素が見つからなかったため、こうして中層を目指す。
『銀の軍人』と名乗る彼らは今回、RF4you自ら選抜した精鋭部隊のみで協力してくれている。『無名都市』に残った他の『銀の軍人』は、あそこに拠点を構えるべく、色々と準備を始めているそうだ。
ユウジの部隊がおよそ30人。
あとはミナやジョージにリリィさん、親友2人に続き、ゆらちやシズクちゃん、姉や『首狩る酔狂共』、それに義妹のミシェル。
そして今回は傭兵団『大団縁』からも10人程の助っ人が加勢してくれている。さらに俺に付き従うは、マッチョ男性3人と美形の男女一組。
実はこの5人はNPCで、【月華の人狼】3人と、【貴族位吸血鬼】の護衛が2人というわけだ。
「タロちゃん。またキモ兄がいるけど、アレは放っておいていいよ」
「グレン君も混ざりたいのかな?」
ゆらちやシズクちゃんが言う通り、先程から『百鬼夜行』の面々と思われる傭兵たちがチラホラと見受けられた。俺達とは少し距離を空けて、グレン君を中心に10人前後の集団がこちらを窺い続けているのだ。
「あいつら、面倒事を起こさないといいがな」
「さすがにこの人数差で、ボク達に仕掛けてくることはないんじゃないかな?」
親友たちも放置する方針なので、俺も見て見ぬフリをした。
こうして大規模な攻略、もとい救済活動に踏み出る。
まずは中層にいる【食人魔】と出会い、戦って弱らせる。動きが鈍ったところで、たくさん作っておいた『迷いなき救いの紅水』をふりかけて元のNPC住民へと治す。
これを何度も繰り返し、慣れてきたところで姉と俺で二手に班を分けた。アイテムを姉にいくつか渡しておき、効率重視の作戦へと移行する。
「これで現実の方でも感染者が減るといいなぁ」
「そうだねー」
しばらくして、晃夜や夕輝の傍にいた女子2人が疲れたように『フゥ』と一息つく。
子龍さんと継子さんだ。
「もしダメだったら、また何か違う解決策を一緒に考えてくれますか?」
彼女たちに問えば、ニカッと頼もしい笑みが返って来る。
「うちはもちろん!」
「継子も一緒に会議する~」
順調に【食人魔】たちを治して回り、1時間ぐらいが経った頃。
瓦礫が散乱し、崩れた石家がたくさんある区域で見覚えのある一人の青年が現れた。彼は石畳の上をゆっくりと歩きながら、こちらを見つめている。
「あの人は……たしか、ゴッホさん……?」
つい最近、『獄戦練磨の獣王国』との戦いの際、成り行きで顔見知った程度の傭兵だ。彼については、いつもブツブツ独り言を漏らしていた印象しか残っていない。そんな彼がどうして1人でこんな場所にいるのだろうか……?
「こんにちはタロさん」
彼との距離が5メートルを切ったところで、ゴッホさんは自分の長髪を横にかき分けて挨拶をしてくる。
整った顔立ちには、どこか不穏さを感じさせる微笑を携えていた。
「うん……? はい、こんにちは」
「あの時はどうも、【食人魔】から助けてくれてありがとう。お礼をしっかり伝えそびれてました」
「いえいえ。俺も咄嗟の事でしたので……それよりゴッホさんはどうしてここに? 1人じゃ危険じゃないですか?」
「そう、ですねぇ。ここにいる理由は、あの時のお礼を貴女に差し上げようかと思いまして」
「お礼なんて、別にいいですよ」
「そうもいきません。『秘密結社・化学式遺産帝国』の一員として、錬金術スキルを持つ1人の傭兵としても」
「れ、錬金術……!?」
予想外の言葉に俺は驚きと歓喜の気持ちを隠せない。
ゴッホさんは、ニコリと笑みを深めて喋り続ける。
「石とは本来、生物のなれの果て、残骸であるという説はご存知でしょうか?」
石ってあの石コロとか?
それが元は生物だったなんて初耳だ。
「い、いえ……あ、でも化石とか?」
「えぇ。まぁ化石もその一部ではありますね。しかし中には骨だけでなく、体組織から肌や脳、臓器まで石化したであろうと思われる物が世界にはいくつか発見されています。条件さえ満たしていれば、のお話ですが」
「ふむう……」
「さて我々、錬金術師の集いでもある『秘密結社・化学式遺産帝国』は今回、その説をゲーム内で証明してみようかと」
「れ、錬金術師の集い、ですか!?」
「タロさんにはお礼にと、この瞬間をその目で見ていただこうかと」
「!」
俺はこの時、同士の集いがあるという嬉しい事実より、かすかに漂う不穏な空気に注意した。
どうもゴッホさんの表情からは、何をしでかすのかわからない、漠然とした危険な様子を感じ取っていた。でも、それでも止めずにいたのは……同じ錬金術を使う傭兵が、一体何をしようというのか、という好奇心が芽生えてしまったから。
「どうする、タロ?」
「何か怪しいよね、あの人」
親友たちの意見には俺も同意だ。
だけど好奇心を抑えきれず、ゴッホさんの動きを目で追うだけにしてしまう。
優雅な所作で彼はストレージから一本の瓶を取り出した。それはとても、とても【血濡れた永久瓶】に似ている物で――――
まさか!?
まさか彼も【錬菌術】をマスターしている同士!?
「石を意思ある者に――」
キュッと瓶のコルクを開けながらゴッホさんは朗々と言葉を流す。
「かつてのあるべき姿へと、戻せ――」
それはまるで、魔法の詠唱をするかのように。
「『古き巨像を呼び覚ます法薬』」
そうして瓶の中の液体を散布すれば、劇的な変化が周囲を呑み込む。
まずは小さな瓶の分量にはあるまじき、液体の質量。まるでそこだけに雨が降り注いだかのように、辺り一体にその液体は飛び散った。霧よりも濃い、多くの水滴が石畳の中層を濡らす。
そして、次の変化には誰もが目を疑うと言わざるを得ない。
砕けて放置されていた瓦礫がうごめき、石畳の一つ一つが動き出したのだ。更には石壁で作られた崩れた家屋までもが、まるで意思を持つようにして……あれは、モンスター化!?
「これがッ、これが創憎の力かッッ! 素晴らしいな!」
瓦礫だった物はギチリと硬質な音を立て、四足歩行のトゲトゲ甲羅を背に持つ亀のような姿に。
床として敷き詰められた石畳は、平たい身体に小さな足が無数に生えた……ゴキ○リのような石生物に。その数は大量だ。
そして崩れた家屋の壁は、小さな顔に巨大な腕が二つ、それぞれが地面から生えているかのような化け物へと変貌した。
どれも石のような体皮の見た目だが、確かにそれらは動き始めていた。
「もちろん、この実験は私だけがしているわけじゃない!」
声高らかに誇らしく叫ぶゴッホさん。
その内容からして彼の仲間も、別の場所でこのような実験をしていると。
この現象は同じ錬金術士として非常に、非常に興味深いのだけど……街中でこんな風にモンスターを発生させられてしまうと、ヴラド伯爵の統治を見守る立場としては頭が痛い。
「巨大な石の建造物などなど、それぞれの実験対象は様々だ。中には竜を模した石像もあったなぁ」
つまりは……石竜の出現もありえると……。
こちらの焦りをゴッホさんは露知らず、非常に爽快感の溢れる笑みで以って俺を見つめてきた。
「我々は、君が欲しい――」
その瞳に、激しく奔流する狂気の色を浮かべ。
「この狂気を理解する、君が欲しいんだ――」
そう言って、彼はフレンド申請を飛ばしてきた。
「連絡を待っているよ。そして、私達の仲間になるんだ」
唐突なそれは、俺への傭兵団勧誘とも受け取れた。
「あぁ、それと――」
自らが生み出した石の化け物が背後に近付き、その大きな腕で潰されようとしているのに、彼は俺を見据えるばかり。
自分の死なんて意にも介さず――
まるで俺にその言葉を届けるのが目的だと言わんばかりに――
彼は不気味に、最後の台詞を言い放った。
「彩菌をこの都市にばら撒くのは、一度目じゃない」
それはつまり……【食人魔】や【人狼】の原因となる彩菌をばらまいたのも、彼らの仕業だって事か!?
俺の疑念に答える前に、彼は石腕に潰され飲み込まれていってしまう。
「おいおい、この敵の数はちょっとまずくないか?」
「ねぇ、もしもの話だけど……これも現実化、したりしないよね……?」
親友たちの不安は、もちろん俺も危惧しているところだった。
そしてゴッホさんの残した言葉が、『この事態を収拾したければ、うちの傭兵団に入れ』と、俺にはそう聞こえた。
:突発イベント【街中にうごめく巨像たち】が発生しました:
:【感染都市サナトリウム】の各所で暴れる石像が街を呑みこもうとしています:
:傭兵のみなさんは討伐するも良し。逃げるも良し。関わらないとするも良し:
;報酬は特にありません:
:石像よりドロップする素材は多数あります:
続けてログが流れ、俺達は傭兵の行動がこうしたイベントを生み出すと改めて認識した。
突発的な大規模イベント……【街中にうごめく巨像たち】の始まりだ。
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