272話 竜系女子の勘違い
案外チョロかったかも?
そう継子に目配せをすれば、継子もコクリと頷いた。
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。
白銀の天使が欲しければ、まずは外堀りを攻略して本丸をいただくって単純な作戦はかなり成功してるって感じ。
『大団縁』の大人数ネットワークを活かして『白銀の天使』周辺の人間関係を探る。そこから誰を落とせば、彼女との距離が一番縮まるのかを調べる。そしてタイミングを見計らって恩を売る形でターゲットと仲良くなる。
誤算だったのは、現実改変について思い切って言ってみたら……まさか、ユウ君もコウ君もリアル・モジュールだったなんて。
驚きはしたけど、それが逆にうちらの距離をぐっと縮めてくれた。
「しかしタロはどうして、こんな何にもないような都市を円卓会議の場所に選んだのか」
「うーん、たしかここってイグニトール王家に謀反を起こしたハーディ伯爵領だったよね?」
というか、白銀の天使ちゃんの周りはどうなってるのよ。
この2人、イケメンすぎない? これがリアルモジュールってえぐいよ。
でも……もしかしてこれも運命だったり?
いやいや、だって世界がおかしくなってだよ? でもそれを認識できるのは限られた私達だけでさ。
ユウくんっていっつも優しくて紳士的で、今まで見てきた男子とは全然ちがう。
キラキラしてて本当に少女マンガの世界にいるような人で……。
『子龍ちゃーん! ソレ言うならコウ君だって最高だよ』
何食わぬ顔で、自然にうちの心を読んでツッコミを入れるのはやめてほしいなぁ継子。
でもはいはい、継子はコウ君推しだっけ。
『一見ツーンってしてるのに、気配り上手だし、不安なところを敏感に察してくれて! 不器用ながらも優しい言葉をかけようと頑張ってくれるの、いいよね!』
聞いてもいないのに目だけでコウ君の魅力を語ってくる継子。
でも同意できちゃうほどに素敵な男子たちなんだよねぇ。
『あーわかる!』
『現実改変のお話の時に、私達側にすごく寄り添ってくれたもんね!』
この調子なら白銀の天使だけじゃなくて、ユウ君とコウ君もうちの傭兵団に入れられないかな~なんて淡い希望を抱いちゃう。だって、聞いてたよりもガードがすごく緩くって……。
『この調子じゃ【白銀の天使】の周りって、噂ほど大した事ないのかも?』
なにせ万が一に備えて、この【無名都市】には私達の傭兵団員が300人ほど潜んでいるし。揉めても力押しできるだけの戦力は揃えてるつもりよ。
『天使ちゃんがすごーく強いのは間違いないよ! それより子龍ちゃん、ぜひコウ君を入れて!』
『ユウ君も入れたいよ~!』
なんて前を行くイケメンたちを追いながら秘密の会話で盛り上がっていると、唐突に話題の中心となっている2人が静止した。
「タロ伯爵邸……?」
「は?」
唖然とするイケメンたち。
「まぁ、これが伯爵になったって言ってたアレねぇ……随分立派な館というか、小城……?」
「一都市を支配しているなんてのは……聞いてないぞ……」
「まぁ、予想の斜め上を行くのはいつもの事でしょ。タロなら“伯爵になったって事は、普通に領地もあるよって伝えたつもり”だとか言いかねないでしょ」
「あいつにとっての普通は、普通じゃないんだよなぁ……」
こそこそと話し合う2人の様子にどうしたのかなー、と思って前方を覗きこんでみれば――――
「貴様らは何者だ!」
「「「銀姫に侍る卑しい豚であります!」」」
大音声がビリビリと響いた。
すごい豪邸が建てられた敷地、立派な門の先の中庭で何だか妙な集団が叫び声を上げてる。
「その豚ども如きがなぜここにいる!」
「「「ハッ、豚は豚らしく家畜のように喰われる定め!」」」
「「「銀姫の糧となり血肉となり、銀姫をお守りするためであります!」」」
小柄な青髪の少年が、およそ100人あまりの……うそ、あれって全部傭兵?
とにかく謎の集団を前に、鬼のような形相で怒鳴り散らしていた。
「よぉーし、貴様ら豚どもの気持ちはよぉーくわかった! しかしまだまだ豚臭さが薄過ぎるぞ! もっと豚々しくしろ!」
「「「サァーイェッサー!」」」
意味がわからない。
けれど異様なまでの緊張感と重々しさだけは十分に伝わってくるわね……。
「まだまだ足りん! お前らはただの豚じゃないだろう!」
「「「サァーイェッサー!」」」
「腸詰にされてウィンナー気取りの豚野郎か!?」
「「「サァーノーサー!」」」
中庭全体に響く怒声、それに懸命に答える集団は……一糸乱れぬ動きで踵を揃え、張り詰めた弓の弦みたいに真っすぐ姿勢を正した。
その動きだけでうちの警戒メーターは一気に上昇する。
かなり高い水準の練度、しかも集団戦を得意とする匂いがする。
「じゃあ、お前らは何者だ!」
「「「我らは銀の軍人であります! 司令官殿!」」」
あれはかなりヤバい奴らよ。
だって、どうして全員があんなに厳めしい表情で気をつけしてるわけ?
まるで空気を睨み殺す勢いで目力とか半端ないし……1人1人が歴戦の猛者、厳しい戦いをくぐりぬけてきた兵士のそれよ!
まさかあれほどの数を一気に集結させるなんて……。
うちだって大規模傭兵団という矜持があるものの、みんなそれぞれの都合があったり、したい事とかやりたい事はタイミング毎にバラバラ。ログアウトしている傭兵たちだっているし、通常一度に集められるのは150人前後が限度だと思う。
うちらは今回、かなり無理を言って集まってもらって300人。なにせ噂の『白銀の天使』をうちに入れようと思うって伝えたら、男たちのやる気が物凄かったからね。
その三分の一に達する数をあんな簡単に……どこにも所属していない傭兵が集められるものなの……?
「久しぶりだね、RF4-you」
「アール、早い話どうしてこんなに連れて来た?」
そして異次元な人達に気軽に話しかけちゃうイケメンたち。
ちょ、ちょっと待ってよ。勝手に入っていいの!?
こんな立派な場所が、円卓会議とかいう話し合いをする場なの!?
「おお、ユウ殿にコウ殿でありますか!」
しかもイケメンたちがあの異様な集団に対し、本当に何事もなかったみたいに……極々自然に接しているのに疑問を持っちゃうのはうちだけ?
なに、これが『白銀の天使』の周りでは日常なわけ?
「何やら不穏な空気が渦巻いているとお聞きして、閣下の元に参上すべく同志たちも集結したいと!」
しかも自然発生なのかーい。
『白銀の天使』が招集をかけたわけじゃないのかーい。
「アール、ちょっとこれはねぇ」
「いや、いらねーだろ。これから戦うわけじゃあるまいし」
「いえいえ、そんな事はないでありますよ? 噂によれば天使閣下を狙う不届き者共の集まりが、虎視眈々と裏で動いているだとか?」
小柄な青髪少年はなぜかねっとりとうちらを見つめてくる。その怪しい様子から、まさかうちらの思惑がコイツには既にバレているのではと不安になってしまう。
「それに軍たるもの、天使閣下の手となり足となり、馬車馬の如く敵を蹂躙するものであります! 戦の勝敗は事前準備にかかっていると言っても過言ではないのであります!」
「アールがおかしいのはいつものことだね」
「放っておくか。でもアール、今回の円卓会議に呼ばれたお前だけはしっかり参加しろよ」
「イェッサーであります!」
やっぱり……いつもの事なんだ……。
うちと継子が思わぬ戦力を目の当たりにし、揃って息を呑んでいれば――
そんな呼吸すら許さないと言わんばかりのプレッシャーが不意に放たれる。
「――相変わらず煩い虫共だな――」
空気が凍てついた。
そう錯覚してしまうほどの極寒と威圧の根源は、いつの間にか背後から現れたポニーテールの美人。
いつでも殺せたぞ、と言わんばかりに颯爽と追い抜いては中庭へと進んでしまう。すれ違いざまに確認できたのは腰にぶらさげた双剣、そして鋭い切れ長の目で私達を値踏みするように一瞥してきた事。
彼女の背後には数人の傭兵が黙って追従している。一目で一線を画す強者の雰囲気がにじみ出ているグループから、うちは視線を外すことができなかった。
一瞬でも目を離したらキルされかねない、そんな恐怖心からだ。
うちは彼女たちが誰なのか知っている。
たった数人なのに、目の前の100人よりも重いと思わせる空気。
あれがPvP最強と言われた傭兵団『首狩る酔狂共』ね……。
そしてあの女性が団長【狩人の神】……もし仮にこの状態でうちらの狙いがバレでもしたら、確実にキルされかね……まだ、大丈夫よ! こっちにだって300人の団員が潜んでいるもの。
どうにかここを抜けだして合流できれば、まだ五分五分よ……!
「量より質とアドバイスをしてやったというのに……貴様とくれば……」
「これはこれは、姉君殿」
鬼神美女に平然と歩み寄るアールと呼ばれた青髪の少年の度胸には驚かされてしまう。
うちだったら、あんな抜き身の剣みたいに殺気ばんばんに飛ばしてくる人と会話なんてごめんよ。弱い奴ほどよく吠える~なんて言うけど、あれは別格。本物の実力が備わってるからこそ出せる威圧よ。
あれこそ、関わっちゃいけない類の狂気なのに。
「貴様に姉君などと呼ばれる筋合いはない。こんな虫を呼んだのは……まぁ可愛い太郎の要望であれば仕方ないわね」
「閣下の招集とあらば、どこへとも馳せ参じますとも」
「そうか……」
そうして納得したシンは、一瞬だけ周囲を窺っては青髪少年へと顔を近付ける。
「……それで、しっかり撮れて……だろうな? ……太郎のスクショ……」
「ええ……こちら……32枚……」
2人は真剣な表情で何かコソコソと話し合っている。
【狩人の神】は敵を今すぐ斬り殺しかねない、全集中の顔で。
アール少年は下卑た悪だくみを腹に抱えている、醜悪な笑みで。
「では……こちらの……3枚と……こッ、これはッ……!」
「……限定物ですよ……、この恰好は……時に……」
一際、【狩人の神】の瞳が怪しく光る。それに乗じてアール少年の笑みも深まる。
まさか……。
まさか、この2人にはうちらの狙いがバレているのでは? どうやって、うちらに落とし前をつけさせるのか、算段を企てていたり!?
で、でも、うちらだって対抗できるはずよ。
今のところ、白銀の天使の周囲にいる戦力は想定内だし。これに人狼が数匹加わろうが、大した誤差にならないわ! うちだって『大団縁』の団長だもの!
最初が肝心なのよ! 堂々としてればいいの! じゃないと白銀の天使に頼りないって思われて、うちに入ってくれなくなってしまうかも!
それだけはダメ!
うちらはいつだってやれてきた。今回も絶対に仲間にしてみせるんだから。
そう自分を鼓舞し、平然と前を進むイケメン達の背中に隠れながら歩く。
「あっ、兄さん!」
「お、ジュンか」
ヒッ、今度はなに!?
ハラハラしていたうちだけど、それが杞憂に終わってホッとする。
人懐っこそうな少年が、コウ君に可愛らしくブンブンと手を振って走って来たからだ。
「どうしてジュンヤがここに?」
「んっ、ちょっとタロさんと取引関係のお話があってね。『武打ち人』の支店をここに出そうかーって」
ちょっと美少年なその顔に注目していたのがいけなかったんだ。
彼の背後には禿頭のいかにも職人気質なムキムキおじさんが、その隣には神経質そうなムキムキ青年が……。
「おうおう、ここがあの嬢ちゃんが言ってた工房ねぇ。ゲンクロウ、てめぇはどう思う」
「ガンテツさんもわかっているでしょう? 工房にしては、大きすぎますね。しかし俺達の新しい支店や工房の間借り場所には十分すぎる広さです。景観も立派だ」
「ったぁーくよぉ、刀術スキルが販売されるって嬢ちゃんから連絡が来た時はびっくらしたぜ」
「そうなれば自然と俺達が作った刀も売れます。どうせなら、刀術スキルの輝剣が売り出される隣で、刀も販売したらどうかって、つくづく底が知れないお嬢ちゃんですね」
なんか物凄い会話を平然としている2人を私は知っている。
さらに言えば、その2人の後ろに佇む山のように大柄な大男も知っている。
しかもぞろぞろと生産職を本職としてやってそうな傭兵たちが集まってるし……。
「……申し分ない……」
もそもそと喋る大男、この人を目にしてからうちの心臓は止まりそうになっていた。長い髪と髭で顔がよく見えないこの人こそ、一級鍛冶職人集団を束ねる傭兵団『武打ち人』の団長、【千年鍛冶の大老侯】マサムネさん。
強者と言われる傭兵が手に持つ武器は、決まってこの人が打った武器だという噂は、ほとんどが真実。うちもこの人に作ってもらいたくて、大金を貯めている最中だったりするし。
まさに武を打ち続ける、鍛冶師たちの最高峰を突き進む傭兵団を率いてるだけあって……圧倒的な存在感がにじみ出ているなぁ。
「団長がそう言うなら、おりゃぁ賛成よ」
「俺も異論はないです」
「おうっ、んじゃあまぁ白銀の嬢ちゃんにお願いすっかねぇ」
「打診の交渉は俺に任せてください」
まさかそんな大御所が、支店を出す許可を一個人へ打診しに来てる?
白銀の天使ってどんな立場の傭兵なのよ!
「あらぁん~、マサちゃん達も来てたのぉおん?」
さらにうちの動揺は増す。
「おう、ジョージィ! 元気でやってっかぁ!」
「ジョージさん、とマダムミネストローネさん、お久しぶりです」
「……サディ……」
『武打ち人』の面々に挨拶を交わしていたのは、上位生産職傭兵団『サディ☆スティック』の副団長、【鉄血ジョージ】。そしてその隣にいる派手派手しいピエロルックスの女性は、団長【拷問鬼ジョーカー】。
この2人は【禁断のJ】と言われてて、『サディ☆スティック』が生産職メインの傭兵団でありながら恐れられている所以でもあるわね。本当に怖いのは彼ら彼女らにまつわる特有の噂話ではなくて、『サディ☆スティック』が保有するゲーム知識量と経済力。多くの種類の生産職を、しかも極めようとしている傭兵たちが所属しているだけあって、素材などに関する蓄積データやそれらを利用した戦略は数多の傭兵を凌駕してきた。副団長であるジョージも、輝剣を作る装飾職人なだけあってスキルの種類には博識。それらの知識を元に敵対した傭兵のスキルを見極め、動きを先読みして圧倒する戦い方を好む、だったわね。
それに『サディ☆スティック』の財力は『武打ち人』すらも凌ぐと言われ、『賞金首と競売』に与える経済的な影響が大きいんだっけ……。
「うふん♪」
肩書きだけじゃない確かな実力。
副団長であるジョージと白銀の天使に繋がりがあるって、耳にはしてたけど……わかってはいたけどさぁぁ……。いざこうして目にすると、えげつない迫力があり過ぎて思わず腰が引けちゃうよ。
なんでこうも一流と言われる傭兵たちって、人を圧する独特のオーラを持ってるのよ!
こんな傭兵相手に、普通に交渉したり仲良くしたりする白銀の天使の気が知れない。
「ジョージが来てるってことは、やっぱりてめぇか。ここで刀術スキルの輝剣を売り出すのは」
「うふん♪ 御明察よぉん。今日はうちの団長を天使ちゅわんに紹介したくて、会議がてらに連れて来たのォん」
「『武打ち人』のみなさん、今後も『サディ☆スティック』とのお取引を、よしなに、よしなに、よしなにぃぃぃいいいい?」
ニィィィっと、子供が見たら泣きだしてしまうようなおぞましい笑みを張り付ける【拷問鬼ジョーカー】。
こんな恐ろしい人がわざわざ足を運んできてまで、白銀の天使に会いに来てるって……。
そもそも武力だけだって一個人が持っていい戦力じゃないのに、クラン・クラン内で指折りの生産職傭兵団とこんな深い結びつきがあれば、一体どれだけの経済的な影響力を出せるのかな……。
武力とお金、その両天秤を自在に上下できる程の人物が【白銀の天使】だって言うの?
たった10歳前後の子供が?
しかも現実改変とも関係してそうな『円卓会議』なんての中心人物で……?
うちらはもしかして、手を出してはいけない傭兵を掴もうとしている?
「【爆破炎舞】!」
そんな胸中の不安を煽るように、突然爆発音が鳴り響いた。
何事かと周囲の傭兵たちが目を向ければ、そこには赤髪をなびかせたローブ姿の傭兵が1人。
盛大な炎を背後に咲かせ、如何にも自分が演出した登場シーンに酔ってるような仕草で前髪をかきあげている。
「はーッはッはッは! 我は眠らずの魔導師グレン! 我が愛しの花を守るべく、推参したぞ!」
その少年は意味不明な言語を述べて、高らかに笑っている。
彼の後ろには10人以上の傭兵も佇んでいる。その誰も彼もが質の良い装備を身につけていることから、上級傭兵だと察することができるわね。
ここに来て、また強者が揃うって……。
「『百鬼夜行』のグレン君が一体ここに何の用かな?」
「早い話、お引き取り願おうか」
珍しくユウ君とコウ君が軽い敵意を見せている。
「愚鈍な『百騎夜行』め! 貴様らは気付いてないのか! 我が花の窮地だということに!」
眠らずの魔導師グレン……たしか団員から聞いた事がある? そこそこ強い傭兵団の団長だった気がするわね。
「あー、もうこれは無視でいいかな、ゆらち」
「あんな馬鹿キモ兄貴は放置でいいよ」
そんな彼の諫言を、ユウ君たちは軽く流している。
「なっ! 貴様らは本当に知らないのか!? 今や我が花、白銀の天使は複数の傭兵団に狙われているとの情報が入ってきている!」
ちょっ、馬鹿!
あんたなんて事を口走ってるの!
今ですら難攻不落な空気がにじみ出てるのに、この先警戒でもされたら本気で勧誘失敗しちゃいそうじゃない!
「なんだって?」
「なんだと?」
さっきまでグレン君を相手にしないスタンスだった2人が、急に空気を豹変させる。
それは可愛らしいぬいぐるみが、凶悪な化け物に変身したみたいな迫力を伴って。
「タロを狙う傭兵団だって? ……そうか、タロの持つ支配権を狙って……」
「それはお前らの事じゃないのか? 指一本でもアイツに触れてみろ、容赦しないぞ」
柔らかな微笑みが素敵なユウ君の顔はもはやドス黒いものに染まっている。
ツンデレが期待できる魅惑のコウ君は、絶対零度のツンツンぶっちぎりの冷え込んだ瞳でグレン君を睥睨しているし……。
えっ、2人とも白銀の天使の何なの?
心配なのはわかるけど、でもタダの傭兵団勧誘だよ?
そこまで激怒することなの!?
「おい、そこの虫? 私の太郎が危険だというのは本当か? むしろお前が害悪に他ならないのではないか? そういえば、以前にお前は太郎が欲しいとか、フレンドになりたいだとか、ストーカーまがいな態度で迫っていたと小耳に挟んだ事があるが? 待てよ、そもそも怪しいのはそこの虫も同じか」
すごい早口でいて、滑らかにドスの利いた声音でグレン君をゆするのはもちろん【狩人の神】。しかも彼女は銀の軍団と名乗り、さっきまでコソコソと話し合っていたアール少年にも双剣の切っ先を向け始めた。
「姐さんの妹さんに手を出すってなら、サナトリウムの借りもありますし、俺らも黙っちゃいねえなぁ」
シンの背後には殺気だった『首狩る酔狂共』がのそりと動き出す始末。
「あらぁん? 今日は大事な日なのよねぇん? 邪魔をするなら全員鳴かすわよ?」
鳴かすの部分だけ、妙に野太い声を放つ鉄血ジョージ。
「戦闘は得意じゃねーが、大事な取引先相手が潰れちゃ俺らの大損だ。いっちょ、かってぇ金槌を頭に落としたろうか」
「いささか不本意ではありますが、共闘といきますか。で、俺らは一体誰に味方すれば?」
「……殺る……」
非戦闘の傭兵団『武打ち人』まで本気モード!?
マサムネさんのヤルの一言、ちょっと怖すぎませんか?
おっきな鉈を背中から取り出してるし!?
「総員、戦闘配備!」
「「「サァーイェッサー!」」」
極めつけは100人の兵隊傭兵たちよ!
「総員、突撃準備!」
「「「サァーイェッサー!」」」
みなぎる戦意だけで圧死させるのかってぐらいの勢い、絶対うちの団員では出せない。猛獣が解き放たれるのを、今か今かと待ちわびる狂気さを感じるし!
しかも素早く迅速に三隊に分けてるし! 一隊はグレン君、一隊は【狩人の神】、そして最後の一隊の矛先がなぜかこっちに向いてるしぃぃいい!
『なにこれ。やばくない?』
『わからない。うん、やばいね』
アイコンタクトで継子と語る。
今更ながらに気付いたのだけど、1人の傭兵の元に、傭兵団を統べる団長がこれだけの数集まるって異例中の異例、前代未聞よ!
一応うちもその団長に含まれるわけだけど……。
どんだけの影響力を持ってるのよ!?
どうなってるの、このカオス状態は~!
一触即発の雰囲気に、あまりのプレッシャーにうちは怖くなってしまい……ユウ君の影にそっと身を縮めた。継子も同じ心境だったらしく、コウ君の背にひっそりと佇んでいる。
もうどうしようもないこのピンチに、どうせならイケメンに甘えてしまおうっていうのは乙女の本能なのかもしれないね。そんな現実逃避を胸にうちは絶望を受け入れようと思い、目を閉じる。
だけど――――
不意に『ドゴンッッ!』と地面が大きく揺れ、何かが陥没する音が響いた事で、私はおそるおそる目を開けてしまう。
まるで大地そのものが動いたかのような錯覚に陥る。軽くうちの身体は宙に浮いて、着地した事に遅れて気付く。
今度はもう何なのだろうと、呆れ半分で激震地へと目を向ければ。
今度こそ、本当に心臓を掴まれる気持ちに支配されてしまった。
彼女は確かに高貴だった。
誰もが目を奪われてもおかしくない白銀の輝きを放ち、幼さの中に確かな気高さすら垣間見える。
そんな彼女は、うちらより数十メートル高い位置でプンプンと頬を膨らませている。
なぜ幼い子供がうちらより高い視線にいるかといえば――
それはあまりにも巨体過ぎる、まぎれもない巨人の肩に乗っていたから。しかもタダの巨人ではなく、ところどころ腐敗しているような気がする。それに立派な鎧と武器を手にし、その豪気さがこちらをいつでも叩き潰せると物語っている。
「神子サマ困ラセル奴、全部ツブス」
「ドーンさん、まだ攻撃しないで」
そうか、先程の大きな振動はこの巨人だったのか。
そう理解した私が次に見たのは巨人の後ろ。銀色の鎧を着込んだ騎士たちが次々と展開されていって、すぐに臨戦態勢の構えを取ってる。多分、数は60人前後。
さらには中庭をぐるりと囲むようにして、100人規模の衛兵NPCまで。
「タロ伯爵領騎士団、ならびに都市衛兵部隊、いつでも攻撃できます!」
騎士を代表とする1人が声高らかに宣言する。
もちろん、誰に向けて言っているかは明白だ。
命令を待つその姿勢から、これまた彼女の傘下なんだろうなぁ……。
鷹揚に頷く銀髪の美少女に、全員の視線が釘付けだろうに。うちも例外じゃないし。
でもそれも長くは続かなかった。
だって、人間離れした跳躍力で巨人の前に飛び出てきた人達がいるから。
それは全部で50人前後の男女。
一見して普通の街人NPCと思ってしまうけれど、その身体能力からして常識を大きく逸脱しちゃってる。
彼ら彼女らが一斉に『ウォォォォォオオオンッ!』と雄叫びを上げれば、みるみる間に体毛を生やし、その上半身を屈強なものへと変形させていった。
普通の人狼とはあまりにもその姿はかけ離れていて、月のように真っ白。そして体躯が人の2倍から4倍ぐらいに膨れ上がっている。
獰猛な狼の顔をこちらに向け、低く唸り声を上げる様は誰しも恐怖を覚えるはずだよ……あんなの、Lv14の傭兵が6人で束になっても勝てそうにないもん。
もうね、無理。怖すぎでしょ、ここ。
1人が持つにはあまりにも過剰すぎる戦力に、この場の誰もが驚嘆してると思う。
そんな驚きなんてお構いなしに、心地よい旋律が鳴り響く。
「みんな、仲良く!」
それは正真正銘【白銀の天使】から発せられた言葉。
人狼だけでなく、巨人までも従えていたなんて聞いてないよ。
もう驚きを通り越して、半笑いしか出てこないよ。
彼女の周囲が大した事ないなんて、勘違いしてたさっきまでの自分はなんて呑気だったんだろう。
「みんな、仲良くだよ?」
再度繰り返される言葉は、『武力には武力で以って制する』と言っているように聞こえた。
そんな彼女の鶴の一声で、場は全て終息しました。




