267話 その銀狼むすめ、王をおとす
「グルゥゥゥ……」
夜風になびく黒き豪毛は逆立ち、弱者を狩り取る強者の威圧感を盛大に放つ。
ミチミチと音が鳴ってきそうな程に、密集、凝縮された筋肉が躍動すれば容易く獲物を握り潰すだろう。力強さと荒々しさを体現したかのような迫力に、誰もが圧倒されかねない。
そこに存在するだけで、周囲の空気を張り詰めたものへと変貌させる。それが人狼の最上位種たる所以なのだろうか。
吸血鬼たちも、俺に従う人狼たちも、傭兵らも、全ての生き物が【王喰らいの人狼】の一挙手一投足に注目してしまう。
「グルゥゥ。吸血鬼はみな殺し、縄張り荒らしも喰い殺す」
こちらに選択権は一切ない。
そう決定づけるだけの自信が、従わせるだけの武力が、【王喰らいの人狼】からひしひしと伝わって来る。なにせ吸血鬼をいとも容易く吹き飛ばしたスピードとパワーは、俺が見て来たどの人狼よりも遥かに上回るもの。
それに加えておそらくだが……。
「ウォォォォオン!」
「ウォオン!」
「グルゥゥゥッ!」
やはり王が単身で現れるわけがない。自らが率いる人狼たちを、ひそませているのだろう。
王からの合図があれば即座に戦闘が始まってしまう、不安をかきたてるような唸り声がそこかしこから響いてくる。
「長を決めようか、【王喰らいの人狼】」
ここで乱戦になれば、吸血鬼たちに害が及ぶことになる。そうなれば、ヴラド伯爵と敵対してしまう恐れがある。それだけは避けたい現状、俺は王へと挑発を投げかける。
「グルゥゥ、縄張り荒らしごときに長決めだと?」
「俺と1対1で戦うのが怖いのか?」
「グルゥゥ、笑わせてくれる」
鬼をも睨み殺す形相でこちらを凝視する【王喰らいの人狼】。
ビキビキと首周りを鳴らしながら、肩、腕の筋肉がさらに膨張し、胸板はぶ厚く、腹筋はぼこぼこと浮き立った。これ以上、さらに大きくなるのかと、こちらが畏怖に包まれるなかで下半身も屈強なものへとひと回り図太くなっていく。
その様子から俺の1対1の申し出を受け入れたと判断し、左手から『失落世代の懐中時計』をジャラリと垂らす。
そして右手にはこの場にふさわしい化石を乗せる。
「魔導錬金――『戯れたる塵化』――」
掌から小さな竜巻が浮かび、それは生物のデータである遺伝子構造が螺旋状に踊り狂った証。
「魔導錬金――『古代遺物の解明者』、読み解け」
懐中時計へと流れ込んだ神獣の情報が、俺の全身へと巡りゆく。
「グルゥゥゥゥ……!」
俺の口から人狼たちと同じような、いや、それを遥かに超える超生物の唸り声が漏れ出る。選んだ化石は手持ちで最後の【神属性】持ち、『神喰らいの大狼フェンリル【牙】』である。
:【時計の記憶】に『神喰らいの大狼フェンリル【化石】【牙】』が記録されました:
:ステータス 力+500 素早さ+1600 (知力ボーナスA):
:エクストラスキル【神喰らい】が使用可能になりました:
:『魔力喰らい』『武力喰らい』『神性喰らい』:
:融合可能時間は60秒です:
:1秒毎にデバフ暴走化の蓄積値が上昇していきます:
:再度『神喰らいの大狼フェンリル』の生物データによる融合化には3時間が必要となります:
これほど一気にスピードが上がるなら申し分ない。
目にもとまらぬ移動で相手を翻弄し、ヒット&アウェイ戦法で圧倒できるかもしれない。
気になる点といえば、暴走化だが……なるほど。
視界に赤い点が妙にチラつくし、周囲の誰もが敵だと錯覚しそうな感覚がこれか。
時間が経てば本当にみんなが【王喰らいの人狼】に見えかねない、な……。
「グルゥゥゥウ! では行くぞ、小生意気な縄張り荒らしッッ……よ!? グ、グルゥ……ウ?」
俺は早めに決着をつけるべく、相対する巨大な人狼を睨む。
自分の頭頂部に生えた二つの耳や口元から伸びた犬歯がちょこっと気になるが、それに意識を向けている暇はない。
エクストラスキルである『武力喰らい』をお見舞いするべく、俺は動き出そう――――
としてやめた。
「キャウゥゥン……クン、クンッ!」
……?
何をやっているんだ?
なんと、あの【王喰らいの人狼】が突然、地面に背中をこすりつけては腹をこちらに向け始めた。そしてなぜか可愛らしく鳴いている。
あれはもしかして服従のポーズ?
「グルゥゥ……!」
俺が再度唸り声をあげれば、【王喰らいの人狼】は気恥かしそうに頭を地面につけて言った。
「グルッ……お前が持つ覇気、俺を従えるにふさわしい……それに……」
おそるおそる俺に近付いて来ては、大きなその身体を屈め、クゥンと鼻をすりすりしてきた。
俺の二つの耳にである。
「……グルッ……その毛高き姿に、惚れた……」
アルファポリスさんにて新作を投稿してます。
タイトルは【転生者殺しの眠り姫】です。
主人公たちを殺す、不死の軍勢を率いる銀姫の物語となっています。
読んでくださると嬉しいです。




