266話 王狼
前話は大幅に修正・カットしました!
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赤帽子ちゃんを倒した後は、一方的な蹂躙劇と化した。
というのも、彼女がキルされた途端に人狼たちに抵抗していた傭兵たちが一目散に背を向け始めたのだ。
「レッドさんがやられちゃ、この場はもたねえ!」
「人狼どもにキルされるぐらいなら、逃げるぞ!」
もともと【冷血なる人狼】たちと傭兵の間ではかなりのステータス差があり、それに加えて体力お化けの【月華の人狼】が中心となって猛威を振るえば、戦意喪失に繋がるのもそんなに時間はかからない。
頼みの綱であった赤帽子ちゃんの召喚獣? も今や、彼女のキルと同時に消えちゃったわけだし。
ともなれば、姉を痛めつけた輩を地獄の果てまで追い詰める勢いで背後から執拗に攻撃してやろうかと息巻いていると、不意に暖かな感触を頭に覚える。
何事かと思えば、姉が手を乗せていた。
「ふふふ、私の太郎は強くなったわね。ありがとう」
「姉の教育の賜物だ」
「もうあんな傭兵たちは放っておきなさい」
「え? でも……」
「深追いし過ぎて、太郎がやられてしまうのは嫌よ。余力もそこまで残してないのでしょ?」
本当はまだまだ戦えるのだけど、姉を心配させるのはよろしくない。
こうも優しく姉になでられてしまえば、神獣との融合化を解いて大人しくなる他ない。
「お姉ちゃん! エルにも!」
俺と姉がすっかりのほほんモードで憩い始めれば、疾風となって義妹のミシェルも飛んでくる。
子犬みたいに姉へとスリスリしているミシェルの可愛らしさに、俺と姉は当然、なでりこ祭りを施してやる。そして水面下ではきっちり、アビリティ『群れの声』を発動しておく。
『人狼たち! あんまり深追いはしないように』
『グルルウゥゥ……御意に』
人狼たちの了承の意を聞けば、俺も安心して逃げ遅れた傭兵たちが食いちぎられる姿を眺めていられる。
そうして全てが終わる頃には、クラン・クランの空には夜の帳が降り始めていた。
「それにしても姐さんの妹さんたちは、ケタ違いっすね~!」
「姐さんのご姉妹って、みんなリアルモジュールなんですか?」
姉の傭兵団『首狩る酔狂共』の生き残った人達も、近寄って来てはお礼を言ってくれる。また、【中層】で偶然出会ったゴッホさんたち数人の傭兵らも、戦いに参加してくれていたようでこちらへと手を振っては歩み寄って来た。
「天使ちゃん、最高だったよ!」
「エルちゃんも無双だったな~! さすがは【狩人の神】の妹さんたちだ!」
「…………リア……モジュ……、なら現実……変化を認識……のか……」
一部、訂正したい言動はあったものの、俺は満身創痍な彼らの疲労を考えて言及しておくのはやめておいた。それは姉も察したのか、俺に目だけで謝ってくれる。
俺は傭兵との会話を早々に切り上げて、狩りから戻って来た人狼たちの管理に移る。
改めて今回、仲間となった人狼たちを見つめる。
【月華の人狼】が5人、【冷血なる人狼】が30人、総勢35人を自分の領地に迎えるとなると……執事NPCのセバスに相談が必要だ。
おそらく彼らは軍事力の項目に分類されるはずだ。そうなると維持費、つまりは食費などの関係でどれほど資金が必要になるのか、その辺もしっかり把握しておかないと。
「っにしても壮観っすね、こりゃぁ」
「人狼たちに囲まれて、安心する日がくるなんてね」
「それは私も同意だわ。姿を見れば絶対に警戒すべきエネミーだったのに、私の太郎にかかれば可愛いワンちゃんに様変わりよ」
俺がこれからの領地経営に向けて思考を重ねていると、姉のフレンドであるトムさん達が人狼が集う様を見て感動していた。
「グルゥゥゥ……主よ、嫌な匂いが近付いてくる……」
「グルッ、喰っていいか?」
唐突に【月華の人狼】の2人がトムさんを睨みながら不穏な発言をするものだから、ビクッと傭兵たちが後ずさってしまう。
「ん? あの人たちは食べちゃダメだって」
俺は軽く怯えるトムさんたちを安心させるために人狼たちへと語りかける。
「グルルゥ……主よ……違う……」
「奴らの匂いだ……吸血鬼の……」
しかし人狼たちの警戒した嫌な匂いが、吸血鬼だと悟った俺は即座に人狼たちへと警戒態勢を指示した。
「太郎、何が起こっている?」
一早く危険を察知した姉が尋ねてくる。
「吸血鬼たちが来てる……人狼たちは吸血鬼と対立してるみたいで……」
「わかったわ。だけれど、私達の目的を忘れないように」
「うん」
まずいな。
ここ【中層】は廃墟に近い状態なだけあって、街灯の数が非常に少ない。
俺たちが今いる広場は夜の暗がりが広がっていて、視界的に不利だ。そうなると夜目が利く人狼たちに吸血鬼発見を一任する他なく……彼らの殺気立った空気から、事が穏便に済むとは思えない。
そして街を守護し、統括する吸血鬼からしたら、領民を守るために食人鬼や人狼を殺すのは当たり前のアルゴリズム。しかし、俺達がここに来た目的は【ウィルスパンデミックの原因究明】と、この『感染都市サナトリウム』の支配者【ヴラド伯爵と繋がりを持つ】だ。
この都市の支配者と協力して細菌の元を絶てば、都市が安定する。そうなれば吸血鬼たちの戦力も落ち着き、都市防衛力も上がる。そして特定の傭兵がヴラド伯爵を倒し、都市の支配権を握るという確率を下げることができる。
そんな状態に持っていければ、現実改変もしばらくは遠のくかもしれない。特定の人物がゲーム内で権力を握れば、どんな風に現実が変わってしまうかわからない現状、これが最も有効な手段だ。
「人狼たち……あちらが攻撃してくるまで、攻撃をしてはならない」
「グルゥゥゥ……なぜ?」
しかしここで俺達が吸血鬼たちと対立してしまったら戦いへと発展し、結果的に都市の戦力を消費し、防衛力を下げることになってしまう。そうなれば他の傭兵たちの、ヴラド伯爵攻略を手助けしてしまうことになる。
それだけは回避しなければならない。
「命令だ。守れ」
「グルルルルルゥウ……御意に……」
かなり不満のありそうな態度ではあるが、人狼たちは大人しくしてくれている。
俺は群れの長として、どうにか吸血鬼を一番に発見しなければと気負う。そのために一役買ってくれる武器をゆっくりと鞘から抜き放ち、周囲を警戒する。
二刀のうちの一振り、『蒼暗刀・高貴』だ。
『蒼暗刀・高貴』
【夜を支配せし高貴なる一族の闇を宿す。静寂と冷血なる夜を求め、その魔刀の持ち主に、侯鬼の力の一端を開放させる】
【固有アビリティ】
『魔眼・夜皇』【発動条件:天候・夜】
この刀が持つ力、固有アビリティの『魔眼・夜皇』を発動させれば……先程まで薄暗かった視野がクリアに見えた。しかもかなり遠くまで鮮明に把握することができ、視力もアップしたように思える。
「人狼たち。どの方角だ」
「グルルルゥ……西」
西へと目を向けても乱立する建物が多く、その影となっている場所まではさすがに見通す事ができない。そう思った俺はふと思い立ち、傍にいた【月華の人狼】へ建物の屋根に乗せてくれと頼む。
軽々と俺を肩に乗せた人狼が、力強く跳躍すれば数瞬にして視点が高くなる。
「いた……」
1人、2人、3人……合計10人程の、傭兵にはあるまじき身軽さで、建物と建物の間を飛び交う影を見つける。
猛スピードで接近する彼らに対し、俺はアビリティ『警告のうなり声』でこちらの意思を表明する。
『こちらに接近している吸血鬼たちに告ぐ! こちらに戦う意思はない! 繰り返す、こちらに戦う意思はない! 対話を望む!』
すると彼らは俺の存在に気付いたのか、近くの屋根まで上がってその足を止めた。それに呼応するかのように、次々と下にいた『月華の人狼』たちが俺の背後へと着地する。さらには群れの中でも屈強な『冷血なる人狼』も引き連れていたようで、白毛と黒毛の人狼たちが俺の後ろに控える図となってしまった。
かなりの威圧感が伴う面々に吸血鬼たちは涼しい顔でこちらを観察している。そうして睨み合うように対峙した俺達へ、吸血鬼たちはそっと言葉を夜風に乗せてきた。
「誠、優美な夜よな」
「不審、白若の稚児よ」
「警戒、こやつら全て上位種とな……」
「疑念、如何にして人狼を手懐けた?」
貴族のような雅なサーコートに身を包む吸血鬼たちは、美しく気高い種族に思えた。中でも一際、豪奢な意匠が施された物を着込む1人が一歩前に出て、サーベルをゆっくりと鞘から引きぬく姿は見惚れてしまいそうになるほどの上品な所作だった。
彼は切っ先をこちらへ向けながら、ゆっくりと質問をしてくる。
「問う、新種の人狼を従える者よ。貴様が、この都市に病原菌をばらまいた元凶か?」
どうやら部隊のリーダー格らしき吸血鬼で、油断なき双眸で俺を見据えている。
さて、どうしたものか。
ここで簡単に否定するのもいいが、それで彼らが納得してくれるかは不明だ。
そんな風にしばしの間、逡巡していれば、突如として吸血鬼の姿がぶれた。そして彼の姿は消失し、代わりにいたのは【月華の人狼】より一回り大きい、巨躯なる人狼の姿だった。
遅れて、左方向にあった建物が爆煙を上げて崩れ始めたのを察知し、俺は事態を把握した。
「グルゥゥ! こいつが病原菌? そんなはずねぇだろうが、吸血鬼の馬鹿どもめ」
忽然と姿を現したこの巨体を誇る人狼が、リーダー格の吸血鬼を吹き飛ばしたのだろう。
禍々しいほどに全身の黒毛を逆立たせ、血走った眼で俺を睨むその人狼は迫力満点だ。
「グルゥ……そいつはただの縄張り荒らしだ」
俺を鼻先で示し、警戒度マックスの吸血鬼たちへ悠々と語りかける謎の人狼。
「グルゥッ、主よ……王だ」
肩に俺を乗せた【月華の人狼】がぽつりと、その人狼の正体を教えてくれる。
そうか……あいつが3人しかいないと言っていた、人狼の最上位種……。
【王喰らいの人狼】か。




