263話 鬼神少女
【太陽神の騎馬車+1】の火力は俺の想像を遥かに超えるもので、敵はボウリングのピンみたいに蹴散らされた。
中央突破が可能、と判断した俺の目に映ったのは姉が何やら敵の頭目と会話でやり取りをしているところだった。
相変わらず、姉は大きな白獅子の脚に抑えつけられ自由を奪われている状態だ。
「魔導錬金――『古代遺物の解明者』、読み解け」
姉がやばい。
遠目からそう感じた俺は、強力な化石を迷わずチョイスする。『炎帝の鬼神スルト【化石】【右腕・頭部】』を遺伝子構造の螺旋状へと塵化させ、即座に『失落世代の懐中時計』へと注入した。
『炎帝の鬼神スルト【化石】【右腕・頭部】』
【焔ノ鬼人族の【神属性】種。魔刀を生成する英雄剣豪であり、灼熱の業火をその身に宿す最強の武人】
鬼神の力が俺の身体に宿れば、右腕と頭に燃えるように熱さを感じた。
:【時計の記憶】に『炎帝の鬼神スルト【化石】【右腕・頭部】』が記録されました:
:ステータス 力+400 素早さ+500 右腕と頭部のみ防御・魔法防御+500 (知力ボーナスC):
:エクストラスキル【英霊剣豪】が使用可能になりました:
:『神刀召喚・炎鬼』『滅至の赤花』『破軍・紅蓮兵』:
:融合可能時間は100秒です:
:1秒ごとに全HPの1%を消耗します:
:再度『炎帝の鬼神スルト』の生物データによる融合化するには3時間が必要となります:
ログを確認し、俺は即座に駆ける。
『太古の賢狼』よりも融合可能時間が40秒も多い。しかし、そのデメリットがこの燃える右腕と頭ってことか。HPが徐々に削られていくのはかなり痛いけど、100秒が経つ前に融合を解除するか、『翡翠の涙』で回復すればいい。
「鬼だ――」
「片角の……天使?」
「見惚れてる場合じゃないだろ! これ以上あの子を進めさせるな!」
俺の突進に気付いた傭兵たちが、わらわらと群がって来る。
「【英霊剣豪】――『神刀召喚・炎鬼』」
エクストラスキルを発動すれば、右手から紅蓮に燃えてはゆらめく刀身が生まれた。柄を握れば確かにその感触が伝わってきて、実態のある武器なのだと理解する。
試しに刀を一振りしてみれば、視界が一瞬にして真っ赤に染まる。まるでこの世を燃やし尽くしたかと錯覚してしまう程の劫火が傭兵たちを飲み込んでいく。
「す、すごいな……」
すさまじい烈火とともに5人の傭兵は一瞬にして黒こげになった。彼らは全員が大ダメージを受けている模様で、だいぶ動きが鈍っている。
「回復魔法を、誰かッッ」
「このダメージで、更に状態異常【火傷】だと!?」
「ポーション持ってるやつは自分に使え! 早く!」
慌てふためく傭兵たちの横をすり抜け、俺はただひたすらに姉の元へと走り続ける。
しかし、【太陽神の騎馬車+1】の猛進があったとしても、前方にはまだまだ敵の傭兵たちが待ちかまえている。
さすがにあの一撃だけではHPを削りきれなかったようで、確実に体勢を整え直しつつあるのだ。
これが数の暴力。そしてこの理不尽な状況をひたすらくぐりぬけて来た姉を思えば、やはり怒りがふつふつと湧きあがってくる。
「うっとうしいな……」
一人一人を相手にもたもたしていられない。
化石にしろ『戦場に踊る盤上遊戯』にしろ、長くは利用できないのだ。化石は時間制限付きだし、『戦場に踊る盤上遊戯』は駒の召喚維持で、俺の経験値がガリガリと減少しているのだ。ここで俺のLvが下がれば知力不足で化石と融合する事もできなくなってしまう。
「――『滅至の赤花』――」
エクストラスキル【英霊剣豪】のアビリティが一つ、『滅至の赤花』を発動する。
同時に何人もの傭兵から遠距離魔法や中距離攻撃が俺に浴びせられる。なかには果敢にも接近戦を試みる傭兵もいて、総攻撃にふさわしい数の攻撃が俺へと殺到した。
しかし、そのどれもが俺には届かない。
代わりに真っ赤な薔薇が花開くようにして、爆炎が広がる。
俺への攻撃も、近付く傭兵も、そのすべてを巻き込んで咲き誇る赤い花。半径2メートル以内に侵入した全てを爆発させるという攻防一体のアビリティに、敵は驚愕を隠せないようだ。
「なんだよ……ありゃ……」
「花が……いや、炎が咲き乱れている?」
「走り去った後にことごとく、炎が発生してるぞ……」
「彼女の通るところに紅薔薇ありってか」
【神属性】持ちがどれほどのものかと期待していたが、これは想像以上の力だ。だが敵もそう簡単に突破をさせてはくれないようで、俺のフラストレーションは高まっていく。
「ヒャッハハハー! おもしれええ奴がいるなぁぁあああ!? だけどなぁああ、団長へ辿り着く前に俺らがお前を潰すぜええええ!」
奇声を上げたのは、野性味あふれる毛皮衣装に身を包んだ傭兵だ。彼は巨大な戦斧を振り回しながら、人狼たちに負けず劣らずの機動力で複数人の傭兵を後ろに従えている。彼らは空中サーカスばりの素早い身のこなしで接近し、俺の前を遮ろうとしているようだ。
驚いた事にそいつらは『滅至の赤花』による爆炎を気にせずに突っ込んで来た。赤花の障壁を突破し、俺へと直接殴りこもうとする彼らの度胸は買うが、煩わしい事この上ない。
「『破軍・紅蓮兵』」
アビリティ発動と同時に【神刀・炎鬼】を振るう。すると先程とは違った灼熱の波が前方へと走った。炎の影に命が宿ったかのように、鬼武者の形へと変貌した。それが次々と生まれては燃えあがり、火焔の軍とはまさにこのことで、軒並み近付く傭兵たちを焼き尽くす。鬼武者に掴まれた者、斬り伏せられた者、包みこまれた者、押しこまれた者、その全てが猛火の中では塵となるだろう。
「フゥッ!」
相棒へと呼びかければ、無邪気な笑みで勝ち気に応えてくれる。
「あいあいさ~!」
『緑と風の絶姫』のフゥによる猛風が、俺の炎をさらに肥大化させる。風と炎の両者がバランスよく交われば、より大きな破壊をもたらすのだ。
これが決め手となったのか、傭兵たちは次々とキルエフェクトをまき散らしていく。
ドロップ品やエソ取得のログが大量に流れるが、今は確認している場合じゃない。このまま姉の元へ、進ませてもらうぞ。
そう意気込み、ゆるがぬ視線で姉を見つめる。
「なッ!」
もっと早く、もっと素早く、圧倒的な力で、駆けつけることができればッ!
俺が目的地である最奥を見た時、姉は白い獅子に噛み砕かれるところだった。
だけれど、俺はこの進みを止めるわけにはいかない。なぜなら俺の手には【亡者の血】と【聖水】を合成して作った【迷いなき救いの紅水】があるからだ。このアイテムさえあれば、傭兵がキルされて15秒以内だったら、蘇らせることができる。状態異常【弱体】と【部位麻痺】がかかってしまうものの、救いだせればこちらのものだ。
姉をキルなんてさせてやるものか。
「ふぅ……早くこないかな……」
なんて、姉が白獅子にバリバリと噛み砕かれる様を呑気に見つめるその傭兵に、俺は怒りをぶつけるようにして神刀・炎鬼を振るう。
「――おい、来てやったぞ」
そう言い放ち、敵を睨む。
どうやら寸でのところで俺の炎を回避したのか、親玉らしき敵傭兵は白獅子の背中へと隠れていた。
隠れているなら都合がいい。その隙に『迷いなき救いの紅水』を姉の身体から出ていたキルエフェクトへとまき散らす。するとすぐに、姉のアバターは復元され始めた。
「姉、大丈夫?」
「あ、あぁ……」
なにが起こったのか? 一瞬、呆けた顔した姉。
「太郎、これはいったい……?」
「俺の作った『迷いなき救いの紅水』だよ」
しかし、勘の鋭い姉はすぐに事態を把握してくれたようだ。
「さすが、私の自慢の弟だな。助かったわ」
にこやかに笑う姉に俺は鼻をすする。
「まったく姉らしくないよ。あんなのに負けるなんて」
「ふふふ、言ってくれるな太郎。でもあの子は相当にやり手よ」
そう姉に注意され、改めて敵の姿を確認する。
巨躯を誇る白獅子の背に隠れるは、赤い帽子を目深にかぶった黒髪ロングのジャケット少女だ。
あれ……? あの人って……ミシェルと酒場にいた時に見かけた傭兵じゃ?
「この子が……白銀の天使」
そんな風にして俺をじっと見つめてつぶやくものだから、つい俺も反射的に答えてしまう。
「さっきの人か」
相手の顔色は窺えない。けれど、どこか興奮するような声音で、彼女は質問を浴びせて来た。
「……どうやって蘇生したの……?」
別に答える義理はないのだが、無視するのも大人げないと思ったので答えてやることにする。
「自分で作ったアイテムで蘇生した」
簡潔でそっけない俺の対応に気を悪くした素振りも見せず、彼女は『うんうん』と一人で頷いては白獅子の喉をなでていた。
相手がそんな悠長に構えてくるものだから、こちらは遠慮なく時間を有効活用させてもらう。そろそろ残りHPが少なくなっていたので『炎帝の鬼神スルト』との融合は終わらせ、『翡翠の涙』で全回復しておく。
ついでに経験値的にもやばかったので『盤上に踊る戦場遊戯』の『兵士』や『騎士』、『馬車』の召喚もやめておく。
「……うん、楽しみ……楽しみだ。君が白銀の天使ね……」
帽子ちゃんの妙に余裕ぶった態度が鼻につく。
「こっちも興味本位で聞くけどさ、その白い獅子、召喚してるの?」
「……うん、そうだ。……自分は精霊獣を召喚して戦うんだ」
「ふぅーん。発動条件は?」
何も隠そうとしない帽子ちゃんに、俺は続けて質問をする。
「この子たちは……精霊獣たちはね、自分のMPで……召喚するんだ……」
MPって、軽いなおい。
そんなに軽い代償でそんな立派な召喚獣を呼び出せるなんて、正直うらやましい。
俺の【盤上に踊る戦場遊戯】は貴重な経験値を消費するのに……下手すると俺のレベル下がっちゃうからね!
「君が召喚した? 大きな兵士たちもそうでしょ?」
そんな事を言ってくるものだから、つい口調が刺々しくなってしまう。
「全然ちがう。そんなお手頃なものじゃない」
「お手頃……? 自分の精霊獣召喚が……?」
「ええと、ちょっと予想よりも大したことないなーって」
犠牲なしには何も成し得ない。
その心情でこの悔しさを、全てこの人にぶつけてしまおう。それと、俺の家族に手を出すとどうなるかも、思い知らせてやる。
「え、大したことない……? 精霊獣の召喚が……?」
何かに動揺する帽子ちゃんだが、この際知ったこっちゃない。
未だに余裕を崩さないその態度、さっさと壊してやるとするか。




