261話 遠吠えと共に駆ける
2巻の執筆作業がががが……申し訳ありません!
更新がとても遅れてしまいました。
無事、2巻の刊行が決定致しました。
書籍版をご購入してくださったみなさま、応援してくださる読者のみなさま。
誠にありがとうございます!
ヒャッハー!
「ヒャッハー! うちの団長にかかっちゃ、【狩人の神】もただのザコッ! 狩る側から狩られる獲物になり下がるってなぁああああ!?」
「姐さん! 頑張ってくれええ!」
シェリーが負けじと声を張っても、圧倒的多数の言葉にすぐかき消されてしまう。
「シンをさっさとやっちまえ! 何がPvP最強の傭兵団だ!」
「見ろ! レッドさんの召喚獣に手も足も出てないぞ!」
「逃げ回ってばかりじゃないか! みっともねーな!」
「どうしたどうしたー!?」
「案外、【狩人の神】も大した事ないんじゃないか?」
外野が騒ぎ立てる歓声より、私の心に響いたのは――
「はぁ……やっぱり最強ほど、つまらないものはない……」
退屈そうな呟きが耳をかすめ、わずかばかりの悔しい気持ちが胸中に沸く。
声主はもちろん、暇を弄んでいる【レッド】という傭兵。こちらが必死に白獅子の攻撃をかいくぐっているなか、彼女は退屈そうに小さな瓦礫を手に取って遊んでいた。軽く上に投げその後キャッチする、という動作を繰り返しながら私の様子を眺めるばかりだ。
傭兵最強と言われた【危険地帯】相手に、善戦している自負はあるものの、未だに彼女の元には辿り着けてない点から力の差は明らか。
「……でも……今までで一番、強いのかな? 一対一で白獅子相手に長持ちしてるし……」
私の刃を阻む壁が、障害として立ちはだかる召喚獣が強大すぎるのよね……。
レッドが召喚した白獅子は超強力な攻防一体型の獣。図体が大きいから攻撃力が尋常じゃないのは頷ける。それに加えて敏捷性も高く、私のスピードに易々とついてくるのにはウンザリ。おまけにその体毛がひどく頑丈で物理防御はもちろんのこと、高い魔法防御力も備わっているなんて……。
「『風切り』」
そんな巨体を素直に接近させないためにも、魔力の帯びた中距離魔剣アビリティを発動。白獅子の頭部、特に目を狙って牽制しても、大したダメージはないかのように猛進してくる。
白獅子の大きな腕が迫りくるなか、私は素早く地面に転がりかわす。すれ違いざまには回転を加えた双剣術を二撃おみまいすることを忘れない。
続けて相手の懐、横っ腹をすりぬけては二撃、三撃、四撃と手数を重ねてはいるけれど、まるで手ごたえが感じられないわ。
頼みの綱でもあった私の称号、【弱者の戦略】によるクリティカルの発動箇所も、この召喚獣にはどこにも見当たらない。このままでは決定打も放てずジリ貧ね。
一度でも組み伏せられたら、瞬く間にHPは全損してしまうはず。
「…………はぁ……」
そんな緊張感を持って私は目の前の白獅子と相対しているのに、レッドときたら呑気な様子で大きな溜息を吐き、相変わらず小さな瓦礫をポンポンしてる。一向にダメージが蓄積されない白獅子に相まって、レッドにも多少の苛立ちを覚えるわ。
「ハッ! 傭兵最強って、あなた自身は戦わないのね、レッド」
召喚獣ばかりではなく、本人が前に出てきて戦え。召喚士からしたら召喚獣も自身の実力の内だろうし、お門違いの文句だとわかっていても、不満混じりの安い挑発をこぼしてしまう。
嫌味のつもりで放った言葉に、彼女は表情を一切動かさずに持っていた瓦礫を大きく振り被った。
「じゃあ、……『モンスター・ボール』……」
豪速球、その一言に尽きるスピードで瓦礫は私の膝に激突。あまりの速度と唐突な彼女の動作に意識が追いつかず、気付けば膝に爆散した瓦礫が飛び散るという現象に驚きを隠せない。かなりの衝撃を足に受けたと感じ、自分のHPバーをすぐに確認すれば4分の1ほど削られていた。
「くっ」
予想外の威力に引っ張られバランスを思わず崩してしまう。そこを見逃すほど甘くはない白獅子が大口を開けて私に喰らいつく。あわやその牙に掴まりそうになるも、間一髪で避けきる。
「投擲スキルのッッ上位アビリティ!?」
私の疑問に答えることなく、彼女は手近な石コロを拾っては独り言を吐く。
「……君に決めた……」
手にした石を彼女が見つめている事から、次にまた投擲がくることを悟る。
まずい。こっちは白獅子の攻撃を避けきるだけでも精一杯なのに、余計な挑発をしてしまった。
まさか凡庸な投擲スキルも、極めればモンスターじみた威力を発揮するなんて……しかもそれを、傭兵最強と噂されるレッドが習得してるだなんて誰に予想ができたかしらね。
「……『スーパー・ボール』……」
次こそは避ける、そう意気込んでみるも、予想と違ってレッドが投げた石コロは地面に激突した。
コントロールミス? そう安堵したのも束の間、バインッと何かが弾ける音がして――
先程よりも早く、重く、鋭い一撃が私の腹部を抉る。
その名の通り、スーパーボールみたいに地面からバウンドしては私にクリーンヒットしたのだわ。
そう気付いた時には遅く、クの字に曲がった私の身体は白獅子の爪に切り裂かれてしまう。
「くはッ」
「……君に決めた…………『ハイパー・ボ…………あ、もういっか……」
次の投擲物を見定め、地面に伏す私を見下ろしたレッドは至極残念そうに大きな溜息をついた。
細身の少女が1メートル大の瓦礫を楽々と持ちあげている光景にも驚きだけど、その場にあったオブジェクトを凶器に変えるアビリティの汎用性に感心させられる。
完全に私の負けね。
未知の幻獣召喚には手も足も出ず、既知の投擲スキルですらあんな風に進化するなんて思いもよらなかったわ。
そう、このゲームに関して知らない事は山ほどある。だからこそ、【感染都市サナトリウム】の支配権が他の傭兵に渡ってしまった場合、どのような【現実改変】が起きるかわからないからここまで踏ん張り、攻略組の波を留めてきたけれど……そろそろ限界ね。
「レッドさんの圧勝です。かの『狩人の神』ですら、我らがレッド団長の前では赤子同然! 傭兵団【獄戦練磨の獣王国】は無敵と示しました!」
「おいおい、俺ら【古き御旗】も【首狩る酔狂共】を追いたてたのを忘れるなよ!」
「俺達だって! 傭兵団【常闇を求む旅人】が、あの【首狩る酔狂共】を追い詰めたぞ!」
「傭兵団【夜風の宿り木】もだよ!」
一斉に名乗り上げ始め、血気盛んに沸き立つ他の傭兵たち。
「それだったら、ボクら【ツキノテア六賢徒】だって!」
「【クラン・クラン研究会】もだぞ!」
「弱小は引っ込んでな! 【首狩る酔狂共】を弱らせたのは【筋肉による筋肉のための帝国】だ!」
「んなのはどうでもいいから、さっさとシンをキルしちまえ――――ッッ!?」
盛り上がりが最高潮に達したかに思えた、その時。
膨張し切った傲慢と熱を切り裂くようにして、冷めきった、冷酷な音が響いた。
『ウォォォォォォォオオオオオオン!』
それによって、周囲の熱気に流された馬鹿どもの意気が急速に萎んでいく。
「おいおい、なんだよこの声」
「なんだ!? どっからだ!?」
「これって……狼、たちの……?」
狼の遠吠えがそこかしこから聞こえ始める。
私へトドメをさそうとするレッドの手も止まり、辺りをゆっくりと見回す。これはチャンスと思い、すぐにこの場を離脱しようとしたけれど、私の背には重い何かがのしかかる。首を捻って見上げれば、白獅子がご主人様の命令を待つようにして、私が身動きを取れぬように爪を立てずに抑えつけきたのだ。
『アオォォォォォォォォオオオン!』
『ァォォォォォオン』
『ウォンッ』
『アオォォォオン!』
『ゥゥォォォォォォォォォン』
不気味に響く狼の遠吠えは、すぐ傍から聞こえたり、遠くからのものもある。いや、これは入り組んだ街並みが【人狼】たちの遠吠えを反響させ、重なっては、位置を特定させないために故意的に発声させられたのかもしれない。
そんな猜疑心が生まれる程に、不安を煽るような遠吠えの数だった。
いつまでも続くかのような遠吠えは、次の瞬間ピタリと止んだ。
『今、シャウトしてた傭兵団名はぜんぶ……ぜんぶ、覚えたからな』
幼く可憐な、耳に入れるだけで抱きしめたくなるような怒声。今ではすっかり聞き慣れた声が雷鳴のように轟く。
この声は、間違いなく太郎のものだ。
そうとわかれば、ふっと笑いが込み上げてしまう。
『俺の姉をよくも……覚悟はできてるよな』
まったく嬉しい事を言ってくれる。
あとで太郎の大好きなアイス、ハーゲハゲンダッツを奢ってあげようかしら。
それにしてもどこから、どうやってこの声を私達に届けているのか。
周囲の傭兵たちも、しどろもどろになりながらキョロキョロと辺りを見回している。
『お前たちが傭兵団【首狩る酔狂共】を追い詰めた? 違うだろ? ただ、卑怯で弱い奴らが集団リンチをしようとしただけでしょ』
太郎の詰問口調へ反発するように、一人の傭兵が叫ぶ。
「あそこだ! 何らかの意思伝達スキルを使用してるぞ!」
彼が指を差せば、一同が揃ってそちらに顔を向ける。私も例外ではない。
教会の尖塔、一段と高い場所から私達を見下ろすようにしていたのは全部で7人ぽっち。数こそ少ないものの、圧倒的な異彩を放っていた。それは一見して姉妹に見える私の愛しい弟と妹のせいだ。二人は銀の髪をなびかせ、レッドを一心不乱に睨んでいる。
あの怒りに燃える眼差しは、家族に危害を加える者には容赦しないと物語っているわね。
ここからいくら距離があっても、姉である私には二人の気持ちが理解でき――――あれは何だ?
なぜ愛しの家族の背後に、屈強な筋肉を見せつけるようにして上裸の男が5人も立っている?
何が問題って、あんな変態たちが傍にいるのがさも当然だと受け入れてる太郎とミシェルよ!
あんな子に育てた覚えはありません!
「俺達の脳内に直接、メッセージを送信してるわけか!? なんてアビリティだこりゃ!」
「PTメンバーでもないのに、フレンドでもないのに、こんな事ができるスキルなんてあったのか!」
「なぁ、あの子って『始まりの街の天使様』じゃないか……?」
今、そんな事はどうでもいいのよ!
それより問題なのは、私の大事で無垢で純粋な弟と妹を穢す、筋肉ひけらかしマッチョメンズでしょ!
「……んん、あの子は……目立って……知ったかぶりの面白い、可愛い子ちゃん?」
レッドまでもが太郎の事を知ってるなんて、さすが私の弟。って、ちょっと浮かれてる場合じゃないわ。家族の背後に付きまとう汚物を私の代わりに除去してくれるのなら、一時的にレッドを応援するのもやぶさかではないわ。
疑問符なんか浮かべてないで、その獅子を早く筋肉アピール痛すぎ共にけしかけなさい!
そんな私の悶々とした心境など構わずに、太郎は喋り続けた。ピッタリと背後霊のようなマッチョメン達がいるにも拘わらず!
『しかも、お前たちがしようとしたリンチ。結局は返り討ちに遭うんだから、かっこ悪いなぁ』
颯爽と教会の尖塔より降り立った太郎たちに、周囲はどよめく。
「あの高さを……どうやって、落下ダメージは……?」
私の心臓もどよめくしかないわ。
アレは間違いなく、太郎がムキムキ共を従えてるわね。何せマッチョ達は太郎の一挙手一投足に、意識を傾けているように思えるわ。
あぁ、変な趣味に目覚めたりしてないわよね?
あなたは綺麗で純真な心の持ち主なのよ。それが、あんな変態共を配下のように侍らして、ムチで打って命令して……あら? 意外にいいかもしれないわね。みんなの前では偉そうな太郎も、私の前だけでは従順……いいかもしれないわ。
「あの子らは、どこの傭兵団の奴らだ!?」
「そ、それがッ、傭兵団じゃないっぽくて」
「そんなわけあるか。【首狩る酔狂共】と手を組んだ、どこぞの傭兵団の連合だろ?」
「他に何人、潜んでる!?」
「俺らみたいな大規模連合を相手に、個人パーティーで挑む馬鹿がいるかよ」
太郎たちが、少人数でありながら正面から突っ込んでくるとは誰も思ってはいない。
私もそうであってほしいのだけれど、太郎が新しい世界に目覚めたのか目覚めてないのかが気になって仕方ないわ。
まぁそれはそれとして、私の弟が何の策もなしに無謀な行動に出るなんて事はないはずよ。
ましてや数で劣る太郎が、正面から突っ込むなんてありえない。
姉である私だからこそわかる。あの太郎なら、あれはデモンストレーションか囮に違いない。きっと大勢力を密かに集結させて、私を助けに来たに違いないわ。
やっぱり頼りになるわ――――って、どうして歩みを止めない?
胸の内の疑問が現実となるか、否か。弟たちを観察していれば、そのまま真っ向から歩み、そして勇み足へと変わり――――ついには走りだし、150人以上の傭兵が待ち構える領域に踏み込んでしまった……。
冗談だと思いたいのだけれど、愚弟と愚妹はたった7人で戦いを仕掛けるようだった。
しかも仲間の5人はマッチョヘンタイズ。
「……シンさんの妹さんって、変わってるね。姉も姉なら、妹さんも無謀なのか」
レッドが失笑するのも仕方ないと思う。いくら太郎が錬金術で奇策を用いようが、この戦力差を覆すのは難しいだろう。
『存分に喰らい尽くせ』
太郎がマッチョメン共に向けたかっこいい台詞も、これではただ痛いだけよ。
姉としては叱責ものだ。
『さぁ、今夜の血湧き肉踊る晩餐会の始まりだ』
太郎がそう言った瞬間、呆れの感情は恐怖の色に塗り変わった。具体的に言えば、それは背筋にゾワリと這い寄る冷たい悪寒。
なぜなら、狼の遠吠えが再び何重にも発せられたから。さっきは距離がなさそうで、ありそうだった獲物を狙うその鳴き声が……それこそ獣の息遣いがすぐ傍で聞こえそうな程の近距離から響いてきた。
「ぎゃあっ!」
「どこから!? やばいぞ、【冷血なる人狼】だ!」
屋根の上から、物影から、割れた窓の中から、次々と人狼たちが傭兵たちへと襲いかかる。それはどれもが傭兵の不意を突くような死角ポイントで、私の周囲で騒いでいた傭兵たちは甚大な被害を被っていた。
「なんだ、この数ッッ!」
「馬鹿な!?」
喰らいつかれ、引き裂かれ、蹂躙される。
人狼たちはその血に飢えた獰猛さをあますことなく、計算し尽くされた奇襲に注いでいた。
「おい、見ろよ! あの子たちの後ろにいる奴らッ」
騒乱の中、一人が太郎達の方を指差し、警戒を促す。
「人狼に変化してる!?」
マッチョメンズたちは太郎の疾駆に付き従いながら、その容貌をみるみると変えていった。
「白い、人狼? なんて見た事ないぞ!」
「そんなのを従えてる【白銀の天使】って……一体、何者なんだ?」
「天使、だと? あれじゃ、まるで……【遠吠えを引き連れる悪魔】じゃねえか……!」
マッチョ達の筋肉はより膨張し、続けて白き体毛をなびかせる。頭部は獣のそれに変わり、口からは鋭い犬歯を覗かせ――――私が遭遇したどの人狼よりも、屈強そうな人狼になってしまった。
あれなら服がやぶけてしまうのも無理ないわ。
あら……?
というと、彼らは変態じゃなかったのね。
『人狼たちは月影の庇護下で踊り、楽しめ。卑しい傭兵どもは溢れ、無様に踊り狂え。俺達のために、その血と肉をまき散らせ』
――本来の意味とは異なるが――
――これが俺達の、血湧き肉踊る晩餐会だ――
そんな太郎の好戦的な声と共に、この場は阿鼻叫喚の図へと変貌した。




