260話 月華の人狼と主
「クソクソッ! 経験値ロストかよッ!」
「愚痴ってないで逃げるぞ!」
「あいつら強過ぎるッ」
「ピロリンチョさんがキルされちまったぞ!」
「ピロリンチョさんが!?」
悲壮感をにじませた声が、闇深い路地裏に五つ堕ちる。
それを上空から見下ろす。
五人の傭兵たちが、【冷血なる人狼】3匹に追われているのを眺め、俺やエルの方へ行きずりの傭兵3人がシンクロして頷く。
「あいつらが俺らの仲間です。追手の【冷血なる人狼】が3匹しかいないとなると、1匹は仕留めたのか」
「ゴッホの提案で、高い所から見渡せば発見率も上がるって……見つけられたのは良かったが……」
「失念していた、すまない。ここまで登っていては……この高さから、すぐに助けようとジャンプしても落下ダメージで死ぬか」
仲間の元へ案内できた事に一瞬の喜びをかみしめるも、すぐに自分たちのいる場所がどこなのかに気付き、どうするか思案し始める3人。
俺たちは今、彼らの仲間を探すために【時計塔】の頂上にいた。
あれから仲間とはぐれた地点まで彼らに案内してもらったものの、戦闘の形跡をいくつか見つけただけで【冷血なる人狼】や他傭兵の姿は見当たらなかった。
彼らは元々、15人という大人数で今回の【人攫い人狼】討伐クエストを受注していたらしく、パーティーの平均Lvは14と高めだ。そんな傭兵たちが逃げの一手に専念しているのであれば、全滅の可能性は低いとの見解で、中層区域で一番高い建築物から見下ろせば、あるいは発見できるかもと希望的観測の元、ここに来たのだ。
幸運にも目的の傭兵たちの姿が眼下に出現した。
「まずいな。リーダーのピロリンチョさんがキルされた」
「あのままじゃ総崩れだ……」
「早く、何か手立てはないのか」
ロン毛イケメンが辛辣な表情で、仲間たちの逃走劇を目で追う。
「おい、待て……あれは絶望的だぞ」
「【冷血なる人狼】が逆方向から2匹だと……」
「あのままじゃ挟み討ちだ」
4人の傭兵たちが必死に逃走を図るも、彼らの進行方向からは別の【冷血なる人狼】が迫っていた。
それに眼下の傭兵たちも気付いたのだろう。誰もが絶望に染まり、諦めの表情が浮かび上がった。
「フゥ、みんなを下に運べたりする?」
「んんー、できるん。でもん、たろりん以外をフゥの風に乗せるの?」
俺が【緑と風の絶姫】に尋ねれば、ちょっと嫌そうな表情が返ってくる。そんなフゥの様子に無理強いはできないけど、もう一度だけお願いしてみる。
「お願い、できないかな?」
「うーうー……えるりんなら、いいよん♪」
フゥがエルだけならと納得してくれた事にホッとし、俺は三人の傭兵たちへ伝える。
「ありがとう、フゥ。じゃあゴッホさんたちは階段を使って急いで降りて来てください。俺とエルは先に行きます」
「行くって無茶な。天使ちゃんはどうやって――」
下にいる彼らの仲間の一人が、爆散しながらキルエフェクトをまき散らしたのが目に入り、もう一刻の猶予もないと判断する。
エルの手を握り、微笑む。
「落ちるの?」
エルが質問してくる頃には、既に俺達は時計台のてっぺんより自由落下を敢行している。
ゴウッと風が全身にぶつかり、重力にひっぱられ地面がみるみる間に迫って来る。
「うん、怖い?」
「ぜんぜん。楽しい」
何の疑問も持たずにエルが俺に身を委ねてくれることに嬉しさを覚えつつも、フゥへと目配せをする。すると相棒も義妹に負けず劣らずの以心伝心っぷりを発揮する。
風のクッションとも呼べる、見えない緩衝材を放ってくれたようで、俺達は無事に激戦区へと着地する。
【冷血なる人狼】との邂逅一番に、エルは地面を蹴っては拳を狼顔にぶちこんだ。
そのおかけで、今まさに人狼の牙の餌食になりかかっていた一人の傭兵が命拾いをする。
「空から美少女が二人おちてきた!?」
「た、助かった!?」
「そっち行ったぞ! 俺らも陣形を整えるぞ!」
突然、上空より飛来した俺達に驚きつつも、彼らは上級傭兵に片足を突っ込んでいるだけのことはある。すぐに劣勢を覆そうと必死の抵抗を続ける。
「フゥは人狼たちをなるべく傷つけず、さっきみたいに動きを封じて」
「あいあいさー♪」
フゥの風が【冷血なる人狼】たちの動きを鈍らせ、封じ始める。前回とは違い、パワーアップを果たした風力は捕食者としての人狼達を押しとどめ――られてはいなかった。
食人魔のようにまとまって行動しているわけではなく、5匹の【冷血なる人狼】はそれぞれ、建物を駆使して立体的な動きを展開している。そのため【緑と風の絶姫】であっても、その素早い動きを完全に追いきれてはいなかった。
それでも何匹かの動きを阻害し、傭兵たちへの襲撃を中断させるには至る。もちろん、俺にとってはそれで十分すぎる。
「――『彩菌に飢える天動球』――」
『月光石』と『星水』、『錆びぬ賢狼の血』、『結晶花』で作ったハーヴァリウム、【菌種:新月色】をばらまく準備をする。
「そら、人狼たちの大好きな月だ」
背後では、宙より伸びる無数の電球が明滅し出しただろう。
準備は万端だ。
「進化と引き換えに、俺の手足となってもらおうか」
すばやく環境を把握し、彩菌の適応力を底上げする。
黒水晶キノコの生成地点を定め、天動球より人狼たちの近くに光が降り落ちる。
「実験開始だ」
◇
「グルゥゥゥ……主よ、更なる力を感謝する」
「グルゥゥ……これで奴らを喰い殺せる」
「グルゥゥ……憎き吸血鬼ども……グルル」
正直、こんなにすんなりと人狼たちを手なずける事に成功するとは思ってなかった。
【菌種:新月色】は試作段階だったけれど、無事に効果は発揮し実験は成功だ。5匹の【冷血なる人狼】は、【月華の人狼】へと変貌し、その体毛も月のように白く輝いていた。しかもこの人狼たちはパーティーメンバー扱いもできるようで、パーティー申請を出せば、彼らのHPなど一部のステータスまで把握することができた。
タロLv11 HP141/MP280
エルLv9 HP870/MP220
ゲラルド HP1080/MP90
(人狼/NPC)
体力おばけである。
ステータス3倍のエルよりHPが高い。
「あ、あの、天使ちゃん、さま……俺らを助けてくださり、ありがとうございます」
ゴッホさんたちや、その仲間からのお礼にはそこそこに答え、俺はやるべき事に集中する。
というのも人狼たちと意思疎通ができるとなれば、情報収集をしてみたい。特に彼らの生態系についてだ。
「きみたち人狼は月の光で狼化するんだよね?」
「グル……肯定だ」
「でも君たちは月光を浴びなくても、人狼化できてた。どうして?」
通常なら理性をなくして暴走するはずだし。
「グルルル……上位種なら、理性を失わず、自分の意思で変身できる」
さすがは上位種。変身条件すらも克服しているとは。
じゃあ次の質問だ。
「なぜ下層から人攫いをしてるの?」
「グルル……否定だ」
「グル……街に潜む仲間、見つける。ここに連れてくる」
なるほど。人攫いに見えていたけど、実は既に感染していた人間を集めていたのか。人狼だと自覚のない人間が、暴走する前に。
「グルルル……仲間を、吸血鬼どもや人間に殺される前に、俺達で保護する」
「グル……王の命令……」
おっと、気になる言葉が飛び出たな。
「王? 君たちには王がいるのか?」
困ったな。
更に上位種が潜んでいるとしたら……果たして、その王とやらに【菌種:新月色】の従属本能を植え付ける効果は適用されるだろうか。強力な個体であれば抵抗される可能性もある。
「グル……肯定だ」
「グルル……俺達のリーダー。まだ三人だけ」
「グルルゥ……でも、これから発生するかもしれないって」
「グルル……だから仲間、集める」
「グル……そして吸血鬼を殺す」
少しでも多くの仲間を集め、そこから【冷血なる人狼】や【王】とやらに進化するまで保護し、戦力を増強させると。
「なぜ、吸血鬼を憎むの?」
「グルル……吸血鬼、危険な匂いがする」
「グルルルゥ……あいつら、生かしておけない」
「グルル……きっと俺達がこんな姿になったのも、あいつらのせいだ」
「グル……吸血鬼は仲間を殺しまわってる」
「グルルルルッ……人間も! 俺達は安住の地が欲しいだけなのに!」
憎しみのこもったギラついた視線が、明後日の方へ向けられる。人狼たちの怒りの矛先は、こちらを遠巻きに見ていた傭兵やゴッホさんたちへとぶつけられかねない、そう感じるほどの物騒な殺気を人狼たちは放ち始めた。
「ストップ。今は人間と争ってる場合じゃないでしょ」
慌てて静止をかければ、人狼たちはすぐに逆立った毛を鎮めてくれる。
「グルルルルルゥ……賛成だ」
「グルルン……主の言う通り」
憤って興奮しそうになった人狼たちは、その怒気をおさめてくれた。代わって彼らは元の人間形態に戻り、何の変哲もないNPCへと転じていく。と言っても、人狼化のせいで上着は破れ、全員が半裸である。それに加え、人狼化の影響があって妙に筋骨隆々なのだから普通のNPCたちよりは目立つ。
謎のマッチョ集団5人を引き連れる俺とエルって、どんな風に見えるのかちょっと心配になる。
「あん……我々の錬金……不可……。…………の……果……いとも容易く…………」
長髪イケメンのゴッホさんにいたっては、ずっと俺のことを観察してはブツクサ言ってるし。
ちょっと気まずい。
何しろ、人狼たちの事情を聞いた手前、人狼たちを討伐してクエストを達成する気は失せてしまったのだ。その辺、他の傭兵たちがどう思ってるのかはわからないし、微妙に変な空気が流れている。
万が一にもここで意見が割れ、生き残りの傭兵やゴッホさんたちと敵対することになれば……それもまた仕方ないと思う。
相手は全部で6人。
人狼も含めれば、こちらが負けることはないだろう。
そんな不穏な考えを悟られたのか、助けた傭兵の一人がおずおずと近づいてきた、その彼に倣うようにしてゴッホさん達もこちらへ集まって来る。
「天使ちゃん……そいつらは……討伐しないのか?」
「しないですね。それよりも人狼の王とやらに会ってみたくなりました」
俺のきっぱりとした返答に傭兵たちはざわめく。
やっぱり人狼を討伐し、クエスト達成の報酬を山分けしたいのだろうか?
「この人狼たちを討伐し、クエスト報酬が欲しいのですか?」
俺はローブの中に隠してある二本の刀に、さりげなく手を伸ばす。
「い、いや、それはいいんだ。俺達は助けてもらった側だし、そこは本当に感謝しているから気にしないでくれ」
「ただ、君に報告したいことがあるんだ」
予想外にも彼らが友好的だった事に感謝しつつも、俺は話の先を促す。
「たしか天使ちゃんは、その、傭兵団『首狩る酔狂共』と仲良しなんだよな?」
「そのこういう事は言い辛いんだが……どうやら、君のお姉さん? がキルされる寸前だそうだ」
あの姉が?
俺は到底信じられない内容に疑問符を浮かべるしかない。
「実は人狼討伐のクエストを受注して中層に入る直前、傭兵団『極戦練磨の獣王国』ってところから俺達に、【感染都市サナトリウム】の攻略を邪魔してる『首狩る酔狂共』を潰さないかって誘いがきたんだ」
姉なら大丈夫。
そう信じたかったけど、今思い返せば姉のいつもと比べると、妙に所々で余裕のない対応だった気がする。【感染都市サナトリウム】についた俺達に説明をしてくれたのは、姉本人ではなく傭兵団員のシェリーさんだ。それから、姉からの連絡は一向にないし……そもそも現実で俺の部屋に会いに来て、事情を説明する暇もないのだろうか? 豪邸で広いといっても、俺と姉の部屋までは5分もかからないはずなのに。
「聞いた話じゃ、他の傭兵団15団を集結させ、フルボッコにかけてるとか……」
非常に言い辛そうにしている傭兵の顔を見て、俺の楽観視は消えた。
このゲームは奪うも殺すも傭兵の自由。
だからと言って、強敵である姉を倒すのにそれは過剰な戦力じゃないだろうか? 脳裏に『卑怯』の二文字が思い浮かんでしまったのは、襲われている対象が肉親だからかもしれない。
いや、この怒りは自分自身に向けられたモノだ。
姉は、この都市が誰かに攻略されてしまえば『現実改変』がどのように行われるか懸念していた。少しでも傭兵の攻略を遅らせるために戦い続けていたのに、俺は悠長にも錬金術を楽しみ、エルと共にレベル上げに勤しんでいた。
その間、姉は懸命に踏みとどまっていたのだ。
俺はなんて愚弟なんだろうか。
「人数は……敵の、人数は何人ですか?」
度し難い熱い気持ちを、自分への怒りを抑え、心の芯まで冷え切らす。
落ち着いて、ゆっくりと彼らに敵戦力を尋ねる。
「ヒィッ…………あッ、いや、多分だが150人以上はいるはず、です……」
怯えの混じった眼差しを向けてくる傭兵に、俺は構わず淡々と質問を続ける。
「姉の、シンの戦力は?」
「く、詳しくはしら、知りません。けれど『狩人の神』に協力してる傭兵団も含め、30人前後だって」
「5倍、ね……」
それは少々、酷というものだろう。
まして姉は気丈に振る舞っていても、女性だ。
一人の女性をそんな大人数で潰そうとするその心意気は許せない。だから俺はすぐに【月華の人狼】たちへと目配せをする。
「人狼たち、他にも仲間はいるよね? 遠吠えとかで呼べない?」
「グルルゥ……肯定」
「そいつらに言って。俺の支配下にいれば、新たな力と安息の地を与えるって」
ただの人狼であろうと、【細菌:新月種】があれば理性を保つ【冷血なる人狼】にだって進化できるはずだ。それと領地に人狼たちを連れて来てしまえば、彼らの生活圏も用意できるだろう。
「グルルルゥ……新月の魔力を授けし、俺達の主よ」
「グルル……俺達、従う」
恭順の意を示す人狼たちに、俺は支配者らしく厳しい顔で言い渡す。
これは主従関係というより、一種の契約に近いやり取りだ。俺がどういうつもりで、人狼たちを呼びよせるのか、ごまかしたくはなかった。
「力と安住地の代償は、俺の耳や目、鼻、手足になる事だと伝えろ」
「グルルルゥ……御意に」
よし。こっちも更なる戦力を集めつつ、索敵だ。
「君達の優れた嗅覚と聴覚をつかって、こざかしい人間たちの集合場所を探り出して」
これで戦力面は問題ないだろうか?
「人狼たち。それから――――」
あとは俺の方針を決定するだけ。
「俺の合図で――」
答えは簡単だ。
姉を貶めようとする奴は、誰であろうと徹底的に壊してやる。
「――――思う存分、人間たちの肉を喰い散らかせ」
姉のように豪気な笑みでもって、人狼たちにほのめかす。
「狩りの時間だ」




