259話 緑と風の絶姫
姉視点とタロ視点です。
「姐さん、いよいよピンチっすね」
トムの苦言に頷きそうになる自分を叱咤し、私は無言で駆け続ける。
「くッ……」
入り組んだ建築群をいかに遮蔽物に見立て、敵の遠距離攻撃を回避しようにも……こう絶え間なく狙い撃ちをされ続けては、反撃する隙がない。
傭兵団『獄戦練磨の獣王国』と遭遇してからだいぶ経つけれど、もうかなりの味方がキルされてしまったわ。なにせ相手はこちらからじゃ把握しきれない程の傭兵人数を動員して仕掛けて来た。いくつもの傭兵団と事前に示し合せていて、このまま私達を追いこむつもりよね。
序盤こそ、こちらが優位に立ち回れていたものの、数の暴力に抵抗し続けるのは難しい状況に陥ってしまったわ。
私の『首狩る酔狂共』はトムを入れて残り4人。それっきりの戦力では、生き残るだけで必死。
こちらと連携を組んで、【感染都市サナトリウム】の中層攻略を阻止していた他傭兵団からは死に戻ったとの連絡が入り、今回は手を引くとの内容だった。
文句を言う気にもならない。
当たり前だろう、彼我の戦力差が大きすぎるわ。
「また、か」
狭い路地、私達の進行方向を塞ぐようにして、6人の傭兵が立ち並ぶのが見えて舌打ちをしてしまう。
こっちのルートを予測、先行して回り込まれるのはこれで三回目。今度は防御力の高いタワーシールドを装備した前衛を三人、近接に特化してそうな風貌の傭兵が二人と魔法使いっぽいのが一人。
後衛職が回復魔法スキル持ちだったら、完全にこちらの足を鈍らせるのが目的の構成ね。
どう突破するか思案しながら、加速をする。
「ッッ」
だけれど予想外なことに、接敵まで5秒を切った距離で相手の陣形が一気に崩れた。
「ザコは邪魔。どいて」
そんな台詞を吐いて、ぞんざいに敵を一蹴したのは一人の少女だった。
六人の背後から悠々と歩いて来た彼女によって、敵が一瞬にしてなぎ倒されてしまった。いや、あれは白い獅子による鈍重な捕食だ。牛よりも大きなライオンが豪風のごとく吹き荒れ、その牙と爪で以って六人の傭兵を瞬く間に鎮圧している。
「……」
唐突に現れ、白いライオンを従える傭兵はこちらを見るなり、ニコリと笑った。
「やぁ、『狩人の神』さん」
赤色の帽子を目深にかぶり、男の子みたいな恰好の黒髪少女。
ポケットに手なんか突っ込んじゃって、余裕をにじみ出してくる所が気に食わないわね。
「ちょっと期待していたより、無様な事態になっててガッカリかな」
こちらはとっくに限界を迎えているのに……ここに来て目の前にいる人物が誰なのかを把握し、重ねて舌打ちをしそうになる。
「【危険地帯】……」
遭遇した時点で、HPは即座にレッドゾーンに追いやられる。彼女が存在する場自体が危険極まりない。傭兵単体では最強と囁かれる彼女を前に、私とトムは息を呑む他ない。
しかし、こちらもPvPに関しては最強を自負する傭兵団の団長だから。
「私を無様、とはよく言えたものね。あなたが寄越した獣じみた団員さんたちが、寄ってたかって来るものだから、遊んであげていたのに」
「……」
「今更、弱った私達を狙いにきて、威勢よく吠えられてもねぇ……最強を名乗る、って誰にでもできそうね?」
安い挑発だけれど、相手が自分の力に少しでも誇りや何か自負するものがあるならば。
きっと私達が切り抜けられる状況を作れるかもしれない。
「そんなに怯えないで、シンさん。自分は最初から、そのつもりで来てるんだ」
「そのつもり?」
帽子の下で不敵に笑う少女は言った。
「シンさんの思惑通りにするってこと。そちらがMPもHPも全快するまで待つよ。それまで他の団員や傭兵には手出しをさせない。回復しきったら、自分とシンさんで一騎打ちと行こうじゃないか」
彼女は緩めた頬をそのままに、虎視眈々と私達を狙って潜む傭兵たちに喋りかけた。
「これから、『首狩る酔狂共』に手出しはしないで。でないと、さっきみたいに僕のお友達が、君たちに攻撃しちゃうかもしれないから」
彼女のお友達、というのは……先程、私達を待ち伏せしていた傭兵たちを一瞬でなぎ倒した白毛獅子のことだろうか?
「自分に勝てれば、自分は見逃してあげるよ。シンさん」
こちらの思考を崩すように、完全なるマイペースで彼女は告げた。
「でもその後、団員たちがどうするかは勝手だよ」
結局、目の前の【危険地帯】に勝利しても包囲網からは逃れきれそうにないと悟った。
◇
「フゥ、エル……ここは慎重に……」
【感染都市サナトリウム】の中層に来た俺達は、とある傭兵たちが追われている場面に遭遇していた。
物影に隠れ、風妖精のフゥとエルにひとまずは警戒するべく、様子見をしようと提案したのだが……。
「何あれ、強そう! エル、殺る!」
「たろりん? フゥは強くなったんだよ? あんなのへっちゃららー♪」
……だよね。
エルは突っ込んで行ってしまった。
フゥまでもが俄然、好戦的なのは今回のクエストに備え、スキル『風妖精の友訊』をLv30から50まで上昇させたのが原因なのかもしれない。
「エルりん、いっちゃった。たろりん、いく?」
無邪気な表情で首を傾げ、俺に問い掛けてくるフゥ。だが、この可愛らしい姿形に騙されてはいけない。なにせ【風呼び姫】から【緑と風の絶姫】へと進化しているのだ。
今や羽は六枚に増え、神々しい緑の光を常に纏っている。おそらくキラキラとこぼれる粒子は、鱗粉なのだろう。スキルポイントをふった後、すぐに『たろりんの髪とおそろいー!』だなんて喜んでいたが、おそらくは相当な魔力を内包している証だ。
「あぁ……エルよ……仕方ない、行くか」
「はーい! たろりんのお役に立つよ~♪」
どうして一度は様子を見ようとしたかと言えば、明らかに傭兵たちを追いかけている存在の風貌がやばそうなのだ。両腕が異様に長く、のっぺりとした顔に目はない。そして、不気味に首を左右に振りながら、目にもとまらぬスピードで長い腕をムチのようにしならせ、傭兵たちに攻撃を加えている。
「形状的に……人狼や吸血鬼の類ではない、とすると食人魔の上位種?」
逃げようと必死になっている傭兵たちには悪いけれど、アレがどんな攻撃パターンを繰り出してくるのかじっくりと観察させてもらってから、介入するつもりだった。
俺達には【人攫いの人狼】討伐のクエストが控えているのだ。
無駄に消耗はしたくない。
とはいえ、ちょっと見た限りではリーチの長い腕を活かし、高速すぎる連続攻撃を行うだけが取り柄に見える存在だ。長距離から鎮圧すれば脅威度は少ないと判断できる。
「フゥ、ちょっと試したいことがあるから、傭兵を襲ってるあいつらにダメージを与えるよりも動きを封じるようにして欲しい」
「はい! フゥはたろりんの風に、耳をかたむけるん。エルりんよりいい子?」
「どちゃくそいい子だぞ、フゥ」
フゥの柔らかほっぺを指先でなでれば、【緑と風の絶姫】はご満悦な様子だ。
「ふふーん♪」
笑顔満点なフゥの先で、エルが果敢に食人魔に殴り込みに行ってるのが見えたので、和んでる場合でもない。
逃げ惑っていた幾人かの傭兵たちはエルの横槍とも呼べる支援に戸惑いつつも、劣勢を覆すべく反撃に出たようだ。
会心の一撃を素手で放つエルに驚愕しつつも、他の傭兵たちは協力的だ。
俺もすぐに駆けつけて、【亡者の血】と【聖水】を合成して作った【迷いなき救いの紅水】のストックを確認する。傭兵に使えば、キルされて15秒以内なら復活させる事のできるこのアイテムだが、『菌種:肉喰らい』に感染したNPCを【食人魔】状態から復活させる効果もある。
「フゥ、頼んだぞ!」
「あいあいさー♪」
襲い来る【食人魔】に向かって、フゥは羽ばたき一つで進行を鈍らせた。どういう原理かは知らないが、上手く風の流れを操っているのか俺に暴風が向くことはない。
「風を知る者、己を知る。風を呼ぶ者、友を呼ぶ。風を読む者、未来を読む――」
いつもの幼い口調ではなく、威厳ある声音でフゥが何かの文言を詠唱する。
「友の未来を阻む者に、束縛の館、緑の風を届けよ――【四方風陣の館】」
フゥがそのような言葉を吹けば、目に見える程の濃密な緑の風が街のあちこちから吹き荒れた。建物の合間を縫ってそれらは流れ込み、【食人魔】たちを四方から囲み、その風圧で以って完全に押しとどめている。まさに敵を強制的に閉じ込める館のごとく、一本の風柱を生みだした。
「なんだっ!? あの【暴食者】を次々と無力化……?」
「俺達は助かったのか!?」
「竜巻……じゃないな、なんだアレは……」
【食人魔】たちに追われ、必死に応戦していた傭兵たちも敵が動かぬモノとなって安堵の息が漏れているようだ。
「エル! もう攻撃はしなくていいから、下がって!」
「はーい!」
俺はエルが後退するのと入れ替わるようにして前に立つ。そして風の館によって封じられた【食人魔】たちに、『迷いなき救いの紅水』をふりかけてゆく。
するとみるみる間に異様な姿形をした【食人魔】たちは縮小していき、元の人間の姿へと戻って行った。
これにて一件落着。
「あの子……今、何をやった?」
「あれってもしかして、白銀の天使ちゃんじゃ……」
「君! 一度、細菌感染した者をどうやって!?」
生き残った三人の傭兵たちが、殺到してきたので俺はここぞとばかりにドヤ顔で言い放つ。
「錬金術です!」
フフッと鼻をすすって、自慢気に宣言してみる。すると、みんなは呆気に取られたのか、ぽけっとするばかりだった。
「れ、錬金術……?」
「ええと、それより、あれだ! 助けてくれてありがとう!」
「あれが、錬金術……」
やっぱり半信半疑なようだ。
特に女性みたいに髪の毛をストレートに伸ばした線の細いイケメン傭兵が、到底信じられないといった様子で俺をジッと見つめてくる。
「そうだ、まだ仲間がッ!」
「俺達、人狼討伐のクエストを受注したんだが……人狼たちが強過ぎるから逃げて、それで……逃走中にあの【食人魔】どもと遭遇して、バラバラになっちまったんだ」
「どうか、お願いだ! 俺達に力を貸してくれないか?」
「……あのアイテムを、錬金術、で……?」
「おい、ゴッホ! ブツブツ言ってないで、お前からも頼んでくれよ!」
あらら……今回はエルの好戦的な行動が、結果として彼らを救うことになってしまっただけなんだよな。だからこれ以上関わるつもりはなかったけれど、どうやらこの人達も同じクエストを受注しているようだ。
確かに【冷血なる人狼】は強いから、協力した方が成功率は上がるかもしれない。
それにこの人達の仲間の元に上手く合流できれば、ターゲットに遭遇できる確率は高い。ここは流れに乗るべきだろう。
「わかりました。仲間の元に案内してくれますか?」
俺が了承すると、二人の男性傭兵は歓喜の雄叫びを上げる。だけど、ゴッホと呼ばれたロン毛イケメンだけは難しい表情で何かをブツクサと呟いていた。
「あれが……錬……術……? 我らと同じ……馬鹿な……」




