257話 首狩り
姉視点です。
感染都市サナトリウム中層。
食人魔がうようよと徘徊するこの区域を、傭兵殺しの場として選んだのには訳がある。
入り組んだ街並みは身を隠すのに適しているし、ここにくる傭兵たちはまず始めに食人魔を警戒する。私達を、ではない。
トムのように索敵能力に秀でた傭兵でもなければ、必ず食人魔とぶちあたるはず。その戦いによって消耗した後を狙う。私がもつ称号『弱者の戦略』の効果を仲間に付与すれば、クリティカル率上昇で簡単に一捻りできるわ。
だけど、もちろん例外的な相手もいる。
「姐さん、ここぁ一旦引くべきじゃねえか」
トムが私に正論を述べてくる。
それもそのはずで、私の傭兵団『首狩る酔狂共』からこの場に出張っているのは、たった6人のみ。みんな事情があって、集められたのはこの人数。それでも順調に傭兵たちをキルし続けてきたと思う。
時に隙を突いて徹底的に刈り取る。時に撹乱し、すぐさま撤退。時に疑心を植え付け、傭兵同士の争いへと発展させる。
そうしてこの都市の攻略を遅らせてきた。
もちろん『首狩る酔狂共』単独で、この広い感染区域をカバーし続ける事はできない。だから、いくつかの好戦的な傭兵団を誘い、別行動でこの中層にくる傭兵たちを襲わせていたけれど……先程から定期連絡が入ってこなくなったのも気がかりね。
「この区域で奴らを足止めできなきゃ、また上層に攻略組の傭兵たちを通してしまうことになるわ」
上層にはこの街の支配権を握るNPC、ヴラド伯爵がいる。傍に仕える吸血鬼のNPC達もいるだろうけど、数でもってねじ込めばいずれは支配権を手にする傭兵が現れるかもしれない。そうなれば……現実の方でどんな影響が出るか予測はつかないの。
なるべく傭兵がここを支配するなんて事態は防がないと。それが今の私の役目。だけど、既に何組もの傭兵たちが上層へと入り込んでいるのが現状なのよね……。
「ここで上層行きの傭兵たちをキルしたいのよ」
「と言っても、劣勢ですぜ。それに相手が『獄戦錬磨の獣王国』じゃ……こっちもメンバーが万端じゃねぇと、対抗するのはきちいですぜ」
トムの口から、最近急成長中の強豪傭兵団の名が出たのに内心で毒づく。
わかってはいる。
圧倒的な火力を誇る、謎の召喚術スキルを持った団長が牽引する傭兵団『獄戦錬磨の獣王国』。団員たちは獣じみた動きで傭兵を翻弄し、パワフルな機動力と攻撃力で敵を潰す。
この中層で彼らを見かけ、しばらく観察していると団長と思われる風貌の少年がいないとわかったので、殲滅しようと奇襲を仕掛けたのだけれど……。
瞬く間にPvP界隈で知名度を上げているだけの事はあって、実力はかなり高い。近接戦に特化した傭兵が多いと聞き及んでいたのに、こっちの奇襲攻撃による初手は見事に防がれ、キルできたのは11人中2人だけ。即座に反撃へと転じ、私達の追撃を許さず……予想外なスピードでもって、獲物を狙う肉食獣のように姿を素早く隠したのには驚かされたわ。たぶん近辺の屋内や物陰に潜んでいるのだろうけど、先程のやり取りからこちらの半数以上が位置取りを把握されていると考えていい。
私達も咄嗟に身をひそめたものの、完全に後手に回ってしまっているわね。
「姐さん、どうするんで」
「……」
相手が本格的な反攻作戦に乗り出す前に撤退か……損害を覚悟で勝負に出るか。
数瞬の迷いが私の脳裏をよぎり――
「俊敏で鋭利な攻撃、撹乱と索敵に特化した奇襲戦法! 彼の有名な傭兵団『首狩る酔狂共』とお見受けします!」
合図をメンバーに送ろうとするも、自ら姿を現した敵が意気揚々と私達に語り始めた。
それは顔に青の刺青を入れた青年。彼はこちらから見える路上に堂々と姿を晒し、余裕げに笑みを口元に張り付けている。
鍛え抜かれた筋肉は躍動感に溢れ、質量があるはずなのに重さを連想させないしなやかな体躯。そんな立派な肉体美を誇示するかのように、露出度の高い毛皮製の装備をつけている。どこかの民族衣装だと勘違いしそうな恰好だけれど……あれは見た事があるわ。『音速の金兎』という魔獣の毛皮を素材にして作った、素早さに大きな補正がつくレア装備だったはずよ。
「さーいーきーん、この辺でぇ傭兵殺しが盛んとの噂を聞いてな。ケハハハッ! 確かに、複雑な街並みでぇ? ダンジョン化して食人魔どもがうろつくこのフィールドは、PvPを好む奴らには恰好の狩り場だろうよおおお」
先程まで丁寧な口調で喋っていたのに、頭のネジが外れたような様子に驚く。同じ人間とは思えない、その口調の豹変ぶりに不信感を抱かない人間はいないだろう。
トムも同じ思いだったらしく、神妙な顔付きで首を捻っている。
あいつは、なんだ? ああいうキャラでロールプレイでもしているの?
「しかし、それにしては執拗すぎではないでしょうか? もう十分すぎる戦果は上げたでしょうに、未だに狩り尽くそうとする。少し、貴方たちはやり過ぎでしょう」
またもや丁寧な口調に様変わり。かと思えば――
「そうなると、こっちも疑っちまうわけだよぉぉぉ? まーるーでぇー? この先にある何かをぉー、守ってるんじゃないかってなぁぁあ? キハハハッ」
気色悪い、と一蹴できない何かが青年には宿っていた。その異様さもさることながら、武器がおかしいのだ。右の腰には長杖を、背には本人よりも巨大な戦斧を背負っている。
あんなアンバランスな武器を装備している傭兵は今までに見た事がない。
「そうですね。こう申せば良いでしょうか? まるで私達が攻略するのを妨げるような動きじゃないですか。普通だったら、この街の支配権を握る権力者にお会いするまでは、互いに協力し合う。それでいいはずですよね?」
かつての、先駆都市ミケランジェロで行われた『妖精の舞踏会』のように。強大なNPCに立ち向かう過程までは傭兵たちは互いに協力し合う。
尤もな意見を述べる敵を見て、私は嫌な予感がよぎる。
「なぁーのにぃー。なーぜ、『首狩る酔狂共』は『感染都市サナトリウム』攻略に専念しない?」
沈黙が数秒間ほど過ぎる。その間に私の決断は決まった。
おそらくあの青年はリーダー格ね。そんな彼が、わざわざ姿を見せて口上を述べた理由……それはこちらの集中砲火に狙われても防げるという自負と、攻撃をさせて私達の位置取りを見極めるための誘い。
こちらが取れる最善の選択肢は、ある程度の損害を相手に出しての撤退。しかしそれが無事にできない相手となれば、後からやってくる有象無象の傭兵を狩る方が得策。わざわざ強豪相手に消耗する必要はないわね。
そうして撤退の合図を出そうとした矢先、仲間が潜んでいる場所付近で轟音が響いた。
何事かと判断すべく傍にいたトムを見るも……彼は『わからない』と首を横にふるばかり。パーティ―メンバーのHPバーを確認すれば、確かに仲間の一人のHPが激減していた。
「うん? 私達ではないようですね。予定通り、他の傭兵団が『首狩る酔狂共』を狙い始めましたか?」
その言葉を耳にした私は、すぐさま撤収の合図を出す。
やっぱり嫌な予感が的中してしまったようね。
ダメージを負ったメンバーをカバーしにいくため、屋根を伝ってトムと共に宙を駆ける。
「姐さん、杞憂だ」
「なに!?」
トムが索敵スキルを発動したのか、仲間を襲ったのは傭兵ではないと言う。
この界隈は人狼もうろついているので、その辺はこちらも細心の注意を払っているつもりだったけど、まさか……。
「すみません、姐さん。食人魔の上位種らしいっす。おれの索敵網からも逃れる能力持ちらしいっす」
「こんな時にッッ」
『食人魔』の上位種ってことは『覚醒者』、最上位種だったら『暴食者』ってことね。『暴食者』でないことを願うばかりだわ。
こんな時こそ、焦りを消して頭を巡らす。
不安を怒りで埋め尽くし、屠るべき敵を見定める。
両目を閉じ、屋根を強く蹴って身を翻す。
「逃がすかよぉぉ!」
予想通り、獲物は引っかかった。
宙空で無防備な私を狙って先程の青年が飛翔し、巨大な戦斧を振り抜いてくる。
かなりの膂力を誇る彼の一撃に対し、右手で鞘から剣を抜く。斧と剣がぶつかる瞬間、手に伝わる衝撃を吸収するようにして剣筋をすべらし、青年の破壊力を斜め後ろへと流す。
次いで私の『弱者の戦略』が見せる――――作る、相手のクリティカルポイントへ、左手で抜き放った剣が一筋の軌跡を生みだす。
「かはぁッッ!」
喉仏のあたりを切り裂かれた青年は、苦悶の表情を浮かべながら呻く。クリティカルヒットを受けて無様に地へと落ちていった。
HPが全損しなかったのは褒めてあげるけれど、戦闘面での技術はそんなに高くないのかしら。
そんな風に青年が倒れるのを見ていれば、彼はすぐさま緑色のオーラに包まれた。
仲間に回復魔法士がいるのね。
「ああ、さすがは悪党ですね。そう、あまりにここの攻略をしつこく邪魔する人達がいると、そう耳にした紳士たちがですね。そのような悪党は狩ってしまおう、と名案を思いついたのです。そうして、いくつもの傭兵団がここに乗り込んでくるのです――――」
青年は何事もなかったかのように、私を下から見つめ饒舌に喋り出す。
私の予想はまだ実現はしていないようだ。
「お前ら、『首狩る酔狂共』の首を狩るためになぁ。ヒャハッ!」
けれど、時間の問題だろうと確信する。
苦しい撤退戦になりそうね。そう判断すれば、私は即座に戦闘中でもPTメンバーとの音声通話を可能とするスキル、『戦友との呼吸』を発動。
「『巻き込んであげなさい』『撤退よ。私が殿をするわ』」
するとHPが全損寸前の仲間が、姿を現しては敵が潜んでいそうな所へ猛然とダッシュをし始めた。そんな仲間を、2メートル超えの身長をもつ歪な人型モンスターが追いかける。目のない頭を左右に振りながら、肉食恐竜のようにずらりと鋭い牙の生えた口をぽっかりと開けている。両の手が異様に長く、爪も熊より長い。『暴食者』を引き連れた仲間に応じ、こちらの何人かはそれをフォローするように動き出した。
さて、私も悠長に青年を見下ろしているわけにはいかないわね。
「おまえ。そのいちいち二重人格みたいな喋り方、癇に障るわね」
地表の青年は『暴食者』の出現に多少の驚きを見せているようだったけれど、私が声をかければすぐに意識をこちらに戻した。
「はぁ、わたしが二重人格、ですか?」
「そのうるさい口がついた首、落としてあげるわよ」
双剣術が伊達ではないことを、その身体に刻みなさい。
◇
『歯車の古巣』に到着した俺とエルはさっそく――――
:『神喰らいの大狼フェンリル【化石】【牙】』を入手しました:
化石掘りをしていた。
「よっしゃ! エル、この化石を見てくれよ! 【神属性】だぞ!」
「お兄ちゃん……レベル上げ……」
ジト目で俺を見つめるエル。
だが俺は化石を掘りたい! レベル上げはその後でも遅くないはず!
「待て、もう少し、もう少しだけ!」
「おねーちゃんが困る。早く行くの」
「いや、それはそうかもだけど、姉は姉だし、大丈夫だろ?」
なんたってPvP最強の傭兵団、『首狩る酔狂共』の団長さまだし。
「そういうの、良くない」
しかしエルの目力が俺のワガママを許しはしないと訴えてくる。そんな義妹の視線から逃れるように、回れ右をして化石が埋まる崖へと向き合うも――
不意に身体が宙に浮く。
何事かと振り向けば、エルが化石を求める俺の身体ごと抱えこんで、全力ダッシュを始めたと理解した。【歯車の古巣】を駆け抜け、キョロキョロと周囲を見渡すエルを見て理解する。このまま敵モンスターがいそうな界隈へとダイブするのが義妹の狙いなのだと。
「あ、あの……エルさん」
「……なに?」
「あ、兄である俺を、いつまで抱っこするつもりなのかな?」
「……レベル上げ」
「します! 速攻でしますから!」
感想・誤字脱字のご報告ありがとうございます!
感想返しはまとまった時間が取れた際、ネタバレにならない範囲でさせていただきます。




