26話 生涯の友
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なんやかんやで、修道服に着替えさせられた俺こと、仏訊太郎は懺悔室の椅子に座っている。
今の俺は銀髪幼女のシスター。
こんな幼女が告解を聞き届けるなんて、納得いかないのではないだろうかと懸念していたが、それはお互いの顔が見えないようになっているため、なんとか大丈夫そうだ。
三メートル程後ろに離れた位置で、シスター・レアンもこちらの様子を見守っているので、やらかしてもフォローしてくれるだろう。
「ボクは大切な花を傷付けてしまったのです」
正面の壁越しから、粛々と自分の罪を語る少年?
懺悔室に来たのは、俺と同年代であろう声の主だった。
「花、ですか……」
花を育てる趣味でもあるのだろうか。
同じ男子高校生として、珍しいなと思った。
「まだ開花しきっていない、若き芽に、ボクは。己の力を誇示したいあまりに強硬策に出たのです」
「はい……」
ふーむ……なるほど。
花を育てるにあたって、それなりの知識や経験には自負があったと。だからこそ、今まで研鑚を積んできた努力の集大成とも言える、何か画期的な育成方法を新芽に試してみたと。
「しかし、ボクの想いを届けるどころか……無様にもボクはッボクはッ……それでも好きなのです!」
話しているうちに、当時の光景を鮮明に思い出してしまったのだろうか。
向かい側から聞こえてくる声は苦しい呻きへと変わっていた。
「安心してください。あなたの懺悔はわたしが聞いてます」
すこし、安心させる必要があるだろう。
今、この瞬間、あなたの罪を知っているのは貴方だけではない。
一人だけではない、と伝わるように優しい口調を意識して、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「虹色の女神の加護の下、わたしがあなたと一緒にいます」
思えば、ウン告白をかました直後、晃夜や夕輝から労わりのラインが来た時は少しホッとしてたからな。
一人じゃないって思うだけで、ここまで安心するものなんだって実感したもんだ。
「なんという慈愛に満ち溢れた言葉なんだろうか……やはり、ボクの花は気高く美しい」
ん。
なんかよくわからんが、花の元気だった頃の在りし姿を思い浮かべる事ができて少し冷静になったのかな?
「ボクの行動が結果的にキミを傷付けてしまいました……ましてや、誓った言葉すら反故にするような失態を演じました」
この必死さ。
花をただの植物扱いするのではなく、わざわざキミという呼称を使って天に許しの祈りを捧げている敬虔な姿が想像できてしまう。
「ですが、まだ……罪を犯したボクは、こうして、キミを愛で続けています。いつか咲き誇ったとき、傍でキミを温かく守る灯となっていきたいと、願ってしまいます」
正直、こっちまで目が潤みそうになってきた。
わかる。わかるぞ。
「あんな事をしでかしたのにも、そう願わずにはいられない罪深さ」
少年はよほど、その花が大事だったのだろう。大事だからこそ、自分の全力をぶつけて、大輪を咲かせたかったのかもしれない。
ゲーム内の事と比較しては失礼かもしれないが、錬金術に馳せる思いの強さは俺も同じだ。
せっかく手に入れた素材が、錬金術の失敗で失われたときの無力感は半端ない。そのリスクを体感し、喪失感を味わってなお、犠牲を払ってもなお、新たなる試みを、挑戦する姿勢を崩す事などできない。
飽くなき探求心と錬金術に魅せられたこのココロ、無限の可能性を秘めた錬金術に対するこの想い。
そう、これは愛。
愛なのだ。
「……愛、なのですね?」
「はい」
真摯に答える少年の声を聞き、確信する。
向かい側で己の罪を吐いた少年と俺とでは、全てを共有できる仲だと。
「ボクは正直、キミに釣り合うような容姿ではない」
花は美しさを冠する。
だからこそ、自分の美しさ、ひいては見た目を気にしているのだろうか。
それを言うなら俺も同じだ。
錬金術は叡智を冠する。
俺の万物に対する知識量は、錬金術を十全に行使できる程の釣り合いが取れていない。
「それでもなお、この気持ちの高ぶりは抑えきれないのです」
そうだ。大事なのは容姿なんかじゃない。
想いの強さ。意志の強さなんだ。
わかってるじゃないか。
「どうか、ボクの罪をお許しください」
そして俺は気付いた。
今の自分は、銀髪幼女の見た目。
それでも中身は俺で、錬金術が大好きで、晃夜や夕輝のことを、そのた、た、た、大切に思っていて、茜ちゃんの事が好きなのだ。
俺は俺。
見た目が幼女だろうが、なんだろうが、俺なんだ。
少しだけ、性転化という重荷が軽くなったように感じた。
「私は虹色の女神の御名において、あなたの罪を許します」
「感謝します……」
感謝するのはコチラの方だ。
俺に大切なのは意志だと、気付かせてくれた向かい側の顔も見えぬ少年に心からのお礼を言いたい。
彼は草花を育てる栽培を。
俺は万物を変化させる錬金術を。
歩む道は違えど。
目指す頂きは同じように思えた。
彼の事をどう呼ぶか、と質問されたら、友と答えるのが一番しっくりくる。
彼には不安と向き合える勇気をもらえた。
だから、にっこりと笑う。
つい、目から汗が出ていたが、気にしないように努めて。
「今から貴方はわたしの大切な友人です。また、何かあったら私になんでも言ってください」
「そ、それは……」
ゆっくりと椅子から立ち上がり、感謝と親愛を込めて長方形の窓口に手を差し伸べる。
一瞬、何かがバッと動いたようにも見えたが、目が汗で霞んでよくわからなかった。
「よろしくお願いしますね?」
友好の握手を求める。
お互い、顔が見えないからこんなことができる。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。ま、まずは友達からですね」
彼の歓喜に滲む声が響く。
そして、温かい手が俺の手を握り返してくる。
「私は、あまりこの教会にいません……」
そこで、先ほどから静かに成り行きを見守っていたシスター・レアンを見返す。シスターはゆっくりと頷いた。
「ですが、この夏の間、毎週木曜日にこの懺悔室にいますので。よかったら来てください」
週に一度、夏休みの間だけ。
妙な成り行きとはいえ、ヒトの話を聞くというのは自分のためにもなるということを知った。
「も、木曜日ですね。わかりました! 必ず、必ずや馳せ参じましょう!」
少年の力強い声音を聞き。
俺は明日、市役所に行くことを決意した。
少女と化してしまったこの肉体と向き合うために。
◇
全ての罪をボクは愛しの花に告白した。
現実で彼女と相対してしまった興奮により、ところどころ勇み足になってしまい、いまいち要領を得ない語りになってしまったが、この胸に抱く罪の意識は本物だ。
だから、告解している最中、どうしようもない絶望に囚われ、不用意にも自分の想いの丈を、あんなことをしでかした後なのに言ってしまった。
「しかし、ボクの想いを届けるどころか……無様にもボクはッボクはッ……それでも好きなのです!」
こんな気持ちの押しつけなど、彼女を不快にする以外の何物でもない。
これでは、罪を重ねるばかりだ。
まだ、ボクがグレンであることすらも明かしていないのに。
「虹色の女神の加護の下、わたしがあなたと一緒にいます」
そんな動揺するボクを落ち着かせるように、彼女は柔らかい口調で諌めてくる。
虹色の女神の加護の下、ボクと一緒に……。
そして、彼女の口から虹色の女神という単語が出てきた事で、はたと気付く。
最初、虹色の女神とはどこの神だと疑問に思ったボクだが。
思い出した。
虹色の女神。
それはクラン・クランで信仰されている宗派の一つだ。
傭兵、いわゆる人間はスキルを習得する時、輝剣を胸に刺す。その際に虹色の光彩が発生する。
その由縁は、虹色の女神が太古、人間達に力を行使する理を説いていったというのと関係がある、と何かの説明文で読んだ。
つまり。
彼女がボクの話を聞くうちに、ボクが眠らずの魔導師グレンであるということに気付いてくれたのか? それとも最初からボクの声を覚えていてくれ、察していたのか? だからこそ、クラン・クランの神を隠語のように使ってきたのではないだろうか。
『わたしは貴方がグレンであると認識している』ってメッセージなのか?
ならば、みなまで説明する必要もないだろう。
それからボクは、神に近しい天使のような本人に、好きでい続けてしまうという罪も含めて許しを請うた。
「今から貴方はわたしの大切な友人です」
そして、彼女の銀鈴が懺悔室にこだまする。
友達。
愛の告白をして、その返事が友達宣告。
これは遠まわしに拒否されたのだろうか。
でも彼女の声は————
「また、何かあったら私になんでも言ってください」
どうしても、どうしても彼女の真意を知りたくて、彼女の顔を一目見たくなってしまい。
その優しい音色に惹かれて。
ボクは、長方形の窓口から覗き見をしてしまった。
そこには————
白雪の頬を薔薇色に染め、目には宝石の粒を湛えた彼女が、心からの笑顔を浮かべていたのだった。
彼女はゲーム内の容姿と寸分違わぬ、いや、それ以上の美しさを放っていた。
そして、不意に手が差し伸べられた。
ボクは急いで、窓口まで下げた頭を持ちあげる。
な、なんという。
神も見まがうほどの愛くるしい微笑み。
心臓がバクバクと脈打つ。
あの笑顔の裏に込められた気持ちは。
嬉し泣きだ。
ボクの気持ちを知って、あの透き通った笑み。
そして、友達という言葉は、断わりの文句ではなく。
友達からのお付き合いをしましょう、という天使の純粋さを備えた彼女ならではの答え。
そうだ。いきなり、ゲーム内で顔見知りとはいえ、リアルで会ったのは今日が初めて。そんな相手に告白されて、はい、OKです。なんていう輩はいない。
冷静になれ。
いや、無理だ。
嬉し過ぎる。
友人。
ボクは彼女の唯一無二の親友になることを、当面の目的地に切り替えた。
「ま、まずは友達からですね」
そうと決まれば、もっと強くならねば。団員も更に強化し、クラン・クランの頂点へと昇り詰めねば。
あのPvP前に宣誓した言葉を、ボクの強さを、彼女に今度こそ証明するために。
彼女の柔らかく小さな手をそっと包む。
ボクの得た不眠の体質も、苦悩した思いも、全てはキミに出会うためのものだったんだ。
「必ず、必ずや馳せ参じましょう!」
キミを守れる程の強さを得たとき、再びボクは想いを込めて、キミを照らす灯になりたいと伝える事を誓おう。
お読みいただき、ありがとうございます。
夢のようです。




