251話 神の戯れに微笑む錬金術士
『さっきはごめんな。俺の注意不足だった』
『いや、俺らの方こそ実力不足だったからな』
晃夜へと謝りのメッセージを送り、これでキルされてしまったメンバー全員への謝罪は終わった。
みんなは口を揃えて『実力不足』と言っていたが、『冷血なる人狼』との戦闘はそもそも避けられたものだ。晃夜だって逃げた方がいいと勧めていたぐらいだし。
ミナやリリィさん、それに夕輝や晃夜がキルされたのは、俺の警戒心の低さと準備不足が招いた結果だ。もちろん初めてのフィールドだったわけで、探索には危険はつきものだし予測なんて神でもなければできない。
「しかし、すくなくとも錬金術士として有事の際は奥の手というものをとっておくべきなのに……」
自責の念に駆られつつも、俺は領地の研究所へ帰還する。
NPC研究員たちはLv4へと上昇していたので、みんなを褒めておく。そしてステータスボードでポイントを振っていく。
【種族】人間 ♀ 【名】コロン
【年齢】23歳
【Lv】2 → 4
【知力】20 → 80
【スキルLv】錬金術Lv3 → Lv5
種族:人間の一般NPCだとステータスポイントは30ずつもらえるので、そこも知力に全ぶっぱ。
どうやら錬金術を繰り返し行う事で、習熟度が溜まりLv3へと上昇していた。そこにスキルポイントを費やし、Lv5へとさらにアップさせる。
【種族】人間 ♂ 【名】スラッシュ
【年齢】25歳
【Lv】2 → 4
【知力】18 → 78
【スキルLv】錬金術Lv3 → Lv5
こちらも同様だ。
唯一違うのは、種族が違うピリオドだ。彼女はLvアップする毎にスキルポイントを2ずつ取得できるため錬金術の強化も早い。その反面、ステータスポイントは20しかもらえないっぽい。
【種族】羊毛娘 ♀ 【名】ピリオド
【年齢】13歳
【Lv】2 → 4
【知力】30 → 70
【スキルLv】錬金術Lv3 → Lv7
種族間の性能差が大きいな……。
人間であるコロンとスラッシュは知力の上昇が大きいので手堅く錬金術を成功させる分、アビリティ習得が遅い。対してピリオドは知力の上昇が低いがアビリティ習得は早い。
アビリティ『合成』を覚えるのは錬金術Lv10からなので、3人には早くできるようになって欲しいものだ。彼ら、彼女らのおかげで『翡翠の涙』の材料となる素材がかなりたまりつつある。
ポーション増産計画を念頭に今後のNPC育成方針を練っていると、急にログが流れた。
:NPCに知を広める者として特別な【自然称号】を獲得しました:
:傭兵タロに【全知なる伝道師】が付与:
「ふぁっ!?」
俺はすぐさま内容を確認する。
【自然称号】付け替え不可。常時発動型
【全知なる伝道師】
【効果】
ステータスポイントを『知力』にふる際、知力ステータスの上昇率が2倍になる
【取得条件】
知力ステータス300以上・自身の支配下にあるNPCの知力を100以上アップさせる
自然称号……通常、称号というのは1つしか付けられず、それを状況に応じて切り替えて活用する。義妹のエルと同じように、俺も外せない常時発動型の称号がついたってわけか。
「俺の場合はいい効果でよかった……」
傭兵に効果を成す称号自体が稀なので、これは素直に嬉しいが……エルが持つ【自然称号】みたいに、【神兵】に無条件で目の敵にされるなんてのもあるから、ちょっと怖かったりもする。
「それにしても知力の上昇率が2倍って、チート感……」
そこで俺はまだLv8からLv10になった恩恵、ステータスポイントを振っていないことに気付く。
ちょうどよかったのですぐに200ポイント分、ステータスを強化してゆく。
傭兵タロ Lv8→Lv10のステータス変化
HP101 → 131
MP90→110 (装備による補正+150) = 260
魔力14
防御2
魔防8
素早さ240 → 310
知力345 → +(80×2) → 505
大幅なアップだ。
ついでにスキルポイントも63と大量にたまっている。
そろそろ使いどころを熟考して自己強化にあてないと。
俺の本分は錬金術だ。今では研究所の所長になっている身であるため、みんなに錬金術の先達であると示すにも力を入れなければ。
そう思い立ち、俺は錬金術へスキルポイントを振っていく。
:錬金術Lv33 → Lv37にレベルアップ:
:『愚者と賢者は紙一重』を習得しました:
ほう……。
『愚者と賢者は紙一重』
【『合成』時、MPを10使用することで発動可能。失敗率を高め、『失敗素材』や『堕落アイテム』を生成できる。ただし、魔導錬金時は発動できない】
これは……『上位変換』などは失敗してもそのまま失敗素材として物が残ることはあった。しかし『合成』は失敗すると素材は消えてしまう。ここにきて失敗も素材化・アイテム化できる可能性が見えたのは素晴らしい。
唯一縛りがあるとすれば、『叡智の集結』タイプキューブですぐに合成を可能とする魔導錬金時は使用ができないって点か。じっくりやる時しか発動できない仕様はいかにも錬金術っぽい。
:錬金術Lv37 → 錬金術Lv42にレベルアップ:
:『錬精・希少化』を習得しました:
ポイントをどんどん注ぎこんでゆくと、また新しいアビリティを覚えたようだ。
『錬成・希少化』
【黄金錬成の秘術。潜在能力のある素材を、MP20消費で3段階まで上位変換できる。成功率は知識の高さに依存する。潜在能力を秘めてない場合は、素材となったアイテムは失われる。鉱石系との相性が良く、不純物を取り除く作業にも適している】
【錬金キット『遊界炉』を使用すると成功率が格段に上昇する】
「ついに黄金だと……やばいのが来た……」
何がヤバいってこれは大幅な素材消費の削減に繋がるアビリティなのだ。
例えば『水』だ。
ストレージから『水』を取り出す。
「錬成――」
そう呟きながらアビリティを発動すれば瓶は消失し、手の平の上を水玉が浮遊し出す。
「希少化」
特にやることはない。
ただ発動するだけだったが、『水』はみるみるうちに沸騰し始め、透明度が明らかに高い物へと変貌していった。
:『水』→『上質な水』→『旬水』→『純水』への上位変換に成功しました:
これは、やばい。
本来であるならば上位変換をするのに各素材が10個は必要となる。
『水』×10を上位変換して、成功すると『上質な水』×1が生成できるのだ。
つまり、『水』が1000個ないと『純水』は作れない。
それをたった一つで可能としてしまう。
「しかもこの『純水』……正規ポーションの素材でもあるんだよな」
錬金術を使っている他の傭兵が必死になって創り出し、『競売と賞金首』に出品されている物を見たことがある。
『水』を1000個も集めたのかと思うと、彼らの努力は称賛に値する。
「錬金キット『遊界炉』があれば成功率がアップするのか……」
何度か試してみると、知力500超えの俺でも4回に1度は失敗してしまう。やはり錬金キットは揃えるべきだな。
ちなみに『純水』に『錬成・希少化』をすると、ことごとくが失敗し、ようやく10回目にして成功した。
:『純水』→『王水』→『聖水』→『星水』への上位変換に成功しました:
出来上がったのは【星水】という素材だった。
【星水】
『星の起源にまでさかのぼる、太古の記憶とエネルギーを内包した水。溶解や浄化をもたらす水は、やがて原点回帰の無に至る。比類なき進化の道は、常に【星水】と共にあった。【母なる天城海】の水は、古来より生物進化の様子を見守っていたのだ』
「ふむ……素材のレアリティが上がれば上がるほど、『希少化』の成功率も悪くなるようだ」
これって鉱物なんかにやったら、とんでもない強力な素材が作れるかもしれない。ただの石コロが宝石に化ける日も近いんじゃないのか?
「ふふふ、やはり錬金術は至高にして究極」
しかし浮かれ続けている場合でもない。
俺は無残にも、【冷血なる人狼】との戦いでパーティーメンバーをキルさせてしまったのだ。あいつらの研究と対策をしなければいけない。
となるとまずは……目には目を、歯には歯の法則でウィルスにはウィルスを。
スキル『悠久なる植物学者』による【錬菌術】アビリティで、ワクチンならぬ彩菌作りだ。
「人狼……狼か……たしか【歯車の古巣】でも狼系統の血を採取してたな」
『甲殻大狼』より採取した【錆びぬ賢狼の血】だ。
【錆びぬ賢狼の血】
『戦闘を優位に進めるために、獣の本能を抑え理性を失わせない成分がふくまれた特殊な血液。また『歯車の古巣』に住む人々が、『機甲獣』に誰が主人かを把握させるために、従順性を植え付けた油も混じっている。金属の酸化を防ぎ、錆対策にもなる』
「古い血にして、理性と従順……主と認めさせる、か……待てよ、古い物同士なら相性もいいのでは?」
というわけで先程つくった『星水』を投入。
「理性、従順、進化か……」
これに植物素材を入れないと『血濡れた永久瓶』の彩菌は完成しない。
「そして古来より、その魔力は今もなお健在である植物と言えば……」
宝石を生む森クリステアリーで取れた『花結晶』だ。妖精たちの魔力を養分として吸い、結晶の花々を咲かすあの森の植物ならこの血に見合うはずだ。
よし。
最後は地下都市ヨールンの神殿で取れた『月光石』を何個か入れておく。天候:月夜の際に人狼化するのが一般的な彼らのことだ。月の光を内包した石なら相性もいいだろう。
『血濡れた永久瓶』の中身はもはや芸術品と言えるほどにまで美しくなっていた。瓶の底に散らばる白光の石、そこから結晶の花が生え、不思議な煌めきを放つ液体が包み込む。
「まさに神が造りし美の永久植物だな」
これでこっちのウィルス生成はしばらく様子見だ。
次に食人魔から取れた『亡者の血』だが……これに関しては相性の合いそうな素材が手持ちにないので保留とさせてもらう。
ただ『鑑定眼』で観察したところ、ウィルスの種類が【菌種:肉喰らい】だという事は判別できた。あの街のゾンビたちは肉喰らいという病に侵されているようだ。
「さて、【冷血なる人狼】に備えてもっと準備をしないとな」
俺は錬金術の次に、魔導錬金へとスキルポイントを振って強化を始める。
:魔導錬金Lv5 → Lv10にレベルアップ:
:アビリティ『戯れたる塵化』を習得:
「塵化……?」
あまりにも不穏すぎる単語に思わず笑みが漏れてしまう。
『戯れたる塵化』
【創造と破壊を容易く実現してしまう、残虐な神々の所業を模倣した魔導錬金】
【素材を分解させるアビリティ】
【細分化・粉化・液化の3種に該当する素材に変化させる】
【装備の分解や劣化、塵化もできるが、相応のMPを消費する・知力が高いほど分解力が上がる】
素材から全く新たな素材を生みだす事ができる点は、既に習得している『塵化』と同一だ。
上位変換や下位変換とは本質的に違い、単純な上質化や劣化ではない。
「このアビリティ、強制的な分裂を意味する」
そして新しい要素は、装備の分解だ。
武器の耐久値を下げるのも『塵化』と同じだが、武器の分解はやばい。おそらく大量のMPを消費するだろうが、これは事実上の武器破壊に等しい。丹精込めて造った珠玉の愛武器が一瞬にして塵と化すのを狙う、まさに機を見計らって一撃決殺を可能とする悪魔の所業。
「【戯れたる塵化】……まさに神の戯れだな」
自然と笑みが深まった。




