250話 冷血なる人狼
戦闘態勢へと変わった俺を見て、PTメンバーもそれぞれが構えだす。決して広いとは言えない路地裏での戦いでは、フォーメーションが重要なのだ。
防御力の高い壁役の夕輝には最前列に立ってもらい、俺達は慣れた足取りで迎撃体勢を整える。素早さの高い晃夜と俺が夕輝のフォローに、そこにトリッキーな動きと絶大なパワーを持つエルが続き、最後尾をリリィさんとミナの遠距離組が陣取る。
準備は万端、整ったかに見えたがここで予想外の事が起きた。
「きゃぁっ、天士さまっ」
ミナの鋭い悲鳴と共に、PTメンバーのHP欄からミナの数値が一瞬でゼロになった。すぐさま振り向けば、そこには神官服を着た金髪の少女を噛み砕いた【冷血なる人狼】の巨躯が疾駆していた。
「くっ! 背後にもいましたわ!」
咄嗟の判断でリリィさんが数本の矢を射かけるも、【冷血なる人狼】は羽虫をはたき落とす勢いで次々と矢を弾いていく。
そうこうしているうちに正面から三匹の【冷血なる人狼】が迫り、最初の一匹と夕輝が接触した。
続いて二匹、三匹は壁を走るようにして空中を駆け抜け、俺達の頭上から迫りくる。
「ブルーホワイトたん、フゥ!」
二人に頼めば、宙空より『氷花』が咲き誇り一匹の【冷血なる人狼】をまるごと包み込む。そいつは地面に激突し、ギシギシとした不気味な音を響かせながら、こちらを睨みつけている。
さらにもう一匹はフゥの面制圧による豪風で押し返した。
しかし、器用に空中で何回転かを決めた【冷血なる人狼】は即座に壁へと爪を引っ掛けて、再び攻勢に転じてくる。
「こいつらっ、【甲殻大狼】より数段つよいッ!」
なんと盾役の夕輝が容易く吹き飛ばされ、壁に打ちつけられていた。
HPバーを見れば一撃で半分以上のダメージを受けている。
フォーメーションの空いた穴を塞ぐように晃夜が前に出て、【冷血なる人狼】を殴りつけようとするが相手の方が腕のリーチが格段に長い。
「ぐはっ!」
晃夜も夕輝と仲良く壁にダイブさせられ、HPをレッドゾーンに染める。
頼みの綱であったエルは氷漬けにされた【冷血なる人狼】にパンチをお見舞いしていたが、逆効果だったのか氷結が割れるだけの結果になってしまいピンピンしている。
ブルーホワイトたんが迫りくる【冷血なる人狼】と相対して、この場はなんとか持ちこたえたと思ったが――
「ごめんあそばせ。後の事はよろしくですわ」
背後から奇襲してきた【冷血なる人狼】によってリリィさんがキルされた。あんなの相手に長く持つはずがない。
「お兄ちゃん! この犬! わたしと同じ!」
義妹のミィが叫ぶ内容はおそらくだが、『【冷血なる人狼】はエルと同等の力を持っている』という事だろう。
今のエルのLvは8。そして各ステータスは3倍の伸びを持つわけで、実質は21レベル相当の傭兵のステータスを誇る。
姉に聞いた話だけど、現在の最高レベルの傭兵は18か19あたりだと言っていた。姉自身19Lvだと。つまり、現時点で最高峰クラスを凌駕するエルにすら、【冷血なる人狼】は凌ぎきるだけのステータスを所持しているわけだ。
しかも、おそらくだが素早さと力に特化しているはず。
これではLv10代前半の俺達が一撃死を被るのも道理。
自身よりLvが上の存在に与えるダメージを増幅させる称号、『先陣を切る反逆者』に切り替えて応戦する他ない。
「タロん、あいつらの豪毛、風が通りにくいー!」
目まぐるしいスピードで戦況は進行していく。
フゥの風も【冷血なる人狼】の前では避けられてしまう事が多い。その一因であるのは、壁に爪を引っ掛けて移動する空中サーカスばりの体術。ブルーホワイトたんが壁や床に氷を張ってすべらそうとするも、その氷にすら爪を突き立てて迫って来る。
俺も素早さと軽いフットワークを活かしポーションをばらまいたり、『溶ける水』などで応戦するもなかなかに芳しくない。敵の立体的な動きに対抗して、エルと共にフゥの風力ジェットを借りて飛翔し、空中戦に挑むものの俺の攻撃力は高くない。
スピードは同じ、膂力は圧倒的にあちらが上。
敵の攻撃に当たることができない俺は、避け切るので手一杯になってしまう。
【燈幻刀・鏡花】の固有アビリティ、『対極影』で自分の位置を正反対に見せたり、『浮かび水連』で自分の虚像を浮かばせたりなど、視覚的に惑わしても人狼たちには通用しなかった。
一瞬の動揺は見せるものの、鋭い嗅覚で素早く位置を割り出してくるのだ。
正直、【盤上で踊る戦場遊戯】を最初から使っておけばと後悔している。残念ながら今更、悠長に盤上へと駒なんか配置している時間も隙もない。強力そうな【戦車・太陽神の騎馬車】の効果には期待できるけど、この路地の狭さだと俺やエル、仲間すらも巻き込みかねないと思って使用を控えたのが仇となったのだ。なにより一撃で終わりそうな戦闘をするよりも、【冷血なる人狼】と一戦交え、その強さがどれほどなのかという好奇心が芽生えてしまったのだ。
その結果、戦闘が始まってから一分も立たずに俺達のPTは瓦解した。
「主サマ、ここは一旦引いた方ガ……」
ブルーホワイトたんに言われるまでもなく、事態は撤退戦へと移行。
というのも夕輝と晃夜もキルされてしまったのだ。
「エル! 逃げるのに全力になるよ!」
「わかった、エル、お兄ちゃんと逃げる」
すぐに了承した義妹を庇うように、フゥに頼んで風の壁を張り巡らす。
「音色を弾き、風色を弾き、敵を弾く――――『暴風壁』」
一瞬だけ押し返したものの、【冷血なる人狼】はすぐさま距離を詰めて、風を切り裂く鋭さで爪を振るってくる。
「タロん、六匹いるよん」
フゥの指摘した通り、背後から迫る数が六匹に増えている。
間近な接近を成功させてくる【冷血なる人狼】には、ブルーホワイトたんとエルが繰り出す拳で何とか撃退してもらった。
特にブルーホワイトたんの殴りが【冷血なる人狼】にけっこうな有効打を与えられるらしく、彼女の健闘によってどうにか中層の出口までは辿りつけた。
そこまで来ると【冷血なる人狼】は一度止まり、悔しそうに遠吠えを天井へと放って姿を消していった。
「何とか逃げ切れた、のか」
だけど……。
今回はかなりの痛手を被った。夕輝も晃夜も、ミナもリリィさんもキルされて経験値をロストしたはずだ。俺の準備不足……いや、人狼たちと傭兵の戦闘をもっと間近で観察したいという欲求がこの事態を招いたのだ。
そして俺は更に自分がやらかしている事に気付く。
【歯車の古巣】で数々の【甲殻大狼】と倒した結果、Lv8からLv10に上がっている。
つまりステータスポイントを200、振れるはずだったのに……すっかり自身の強化を忘れていたのだ。
「ひとまず……領地の研究所に戻って、今回の反省と対策を練らないと……」
「お兄ちゃん、元気ない。だいじょぶ?」
「あ、あぁ……」
妹にまで心配されるとは、兄として情けない思いでいっぱいだ。
この失態は、必ず錬金術で挽回してやると誓う。




