244話 絶対主神になってました
錬金術の工房と言えば。
我が師である、『滅びと再生の錬金術士リッチー・デイモンド』が所持していた地下神殿の片隅にあった工房だ。
というわけで、俺は師匠の工房デザインを参考とするために、『大樹の純巨人』であるヨトゥンが管理している神殿を目指している。
「ルチル、ルナリー。あっちに行くよ」
トコトコと、地下都市ヨールンを興味深げに眺める二人へ指を指す。小さな俺の双子人形は、それぞれが月光と陽光を発しながらピトっと服の裾を掴んではくっついてくる。
「ご主人さま、でっかいのいっぱい」
「みんな味方? ご主人さますごいの」
『陽光のルチル』と『月影のルナリー』。
二人は元々、『陽精を宿す種火入れ』と『月精を宿す種火入れ』にいた疑似生命体の魂を媒体に稼働している。その恩恵で、意識してくれれば各自から発光現象を促せる。
「二人のおかげでもあるんだよ」
この二人がいれば、その辺を徘徊している巨人の屍に襲われる事はない。太陽光が彼らの理性を取り戻してくれるのだ。
だから二人の頭をなでてやると、二人はくすぐったそうに笑みをこぼす。
「うれしい。でも、ボクらを動かしてるのはご主人さま」
「ご主人さまのおかげ? でも、役に立てるのはうれしい」
俺は二人を伴って、するすると神殿内部へと侵入する。
師匠の工房は巨人たちに破壊されてしまったからボロボロではある。前に来た時と変わらず、薄暗い工房内を漁ったり見分したりする。
「うーん……デザインは、まぁ普通の実験室って感じだよなぁ。やっぱり気になるのは奥にある扉だけど。今回もビクともしないな……」
前にジョージと来た時もそうだったが、この扉には一体何があるのか気になる。よくよく観察してみると、扉の表面に文字が彫られていてる。しかし、だいぶ削られていて『……担う…………奏でよ』としか読み取れない。
「ま、これはまたいずれ。使えそうな物を拝借したら、ヨトゥンに挨拶でもしておくかな」
真新しいものは発見できなかったけれど、神殿の壊れた個所から『月光石』をいくつも採取しておく。また『月精を宿す種火入れ』を作れるわけだし。
『陽精を宿す種火入れ』は手持ちの『閃光石』で十分に事足りる。
そんな風にして頭の中で計算しながら、神殿の中心部へと着けば、やっぱりスカイツリー並みの大きさを誇る巨人が鎮座していた。
「ォォォオオ……太陽ヲ司ル天使殿……ヨクゾ来テ下サッタ」
「ヨトゥン。元気そうだな」
「天使殿ガ置イテ下サッタ、太陽ノ光ノオカゲ」
俺が『陽精を宿す種火入れ』をここに置いていった事で、永続的に太陽光を浴びることができる巨人の屍王。その光は他の巨人の屍にも分けているそうだ。そして理性の蓄積が十分になったら、何人かの巨人たちは月夜の晩に地上へと旅立つ。
リッチー師匠があみだした、屍への魂の定着方法が【月と星々の精霊リーン】と【闇精霊ダクネス】が関連する【復讐】概念が基礎となっている。そのため彼らは月光がなければ動けない。しかし地下都市ヨールンでは、師匠が創り出した『月に焦がれる偽魂』が徘徊しているから巨人の屍たちは自由に活動できる。
そんな内容を思いだし、俺は問い掛ける。
「『東の巨人王国』を滅ぼした復讐相手、竜族は見つかったの?」
「残念ナガラ、未ダ。何人カノ同胞ヲ地上ニ向カワセタ……」
「そういえば、地上でキミ達の仲間と会った。その時はとっても助かったぞ」
「太陽ヲ司ル天使殿ノチカラニナレタナラ、我ラノ本望」
恭しく頭を下げるヨトゥンに対し、お礼を言うのはこちらなのでお辞儀を返す。そして俺は傍と気付く。
地上にいる巨人の屍たちは活動時間が限られている。【天候:月夜】でなければダメなのだ。
俺にできることと言えば、それは『月精を宿す種火入れ』を作って持たせることではないだろうか。
「太陽ヲ司ル天使殿? 一体、何ヲ?」
「いいから、いいから」
そうと決まれば、その場でせっせこ作っていく。ついでに『陽精を宿す種火入れ』も合わせて作っておく。
月光ランタンは10個、太陽ランタン5個。それらを作って渡し、これさえあれば、地上に行った巨人たちの屍はいつでも活動できると説明する。
「そうなれば復讐相手も早く見つかるでしょ?」
「ォォォォオオ……何トイウ、神ノ御業!」
ヨトゥンの感激が伝播し、周囲にいた『高貴なる巨人』たちまでもが大きく呻く。
「グォォォオオ、奇跡ダ」
「マタ天使サマガ、我ラニ奇跡ヲモタラシタ」
「太陽ヲ司ル天使殿……いや、天光の神子様。アリガトウ」
「感謝スル」
「アリガトウ、我ラガ神ヨ……」
地下を揺るがしかねない大合唱に、内心ビビる俺だけど。
ここは錬金術士らしく小さな胸を張っておく。
ちなみにスキル『空気を詠む』で、ヨトゥンと俺の関係性を読み取ってみると……
NPC/モンスター 【破壊の王 ヨトゥン】
:傭兵タロとの関係性 → 好感度【絶対主神】
:タロと敵対したら種の破滅を感じている。しかし自由をもたらす神と信じている:
好感度が【神格化】から【絶対主神】へ変化していた。
:巨人の好感度が『絶対主神』になったため、称号【巨人に天光をもたらす者】を獲得:
さらにこんなログまで流れた。
なのですぐに効果を確認してみる。
【巨人に天光をもたらす者】
『巨人の民と王に守護神と認定された者。巨人族と共闘する際、その巨人族のステータスを3倍にする。また支配下にある全巨人族のステータスを1.5倍にする』
「あはは……」
自分より遥かに巨大な存在に崇拝されるのは、こう、なんだか末恐ろしいものがある。自分なんかが手綱を握ったとして、果たして御しきれるのかと。
リッチー師匠が潰されるのを見ていた俺としては、そんな不安がちょこっとあった。とはいえ、俺は彼らを利用して何かをやりたいわけでもないので、考えるだけ無駄なのかもしれない。それにこんなにも恭順の意を示す彼らは、時に温厚すぎて騙されることもある。その辺は俺がしっかりと目を光らせ、警戒しなければならないかもしれない。
彼らの強大すぎる力を悪用されないためにも。
こうして巨人たちの今後についてひとしきり考えた後、俺は自領へと戻ることにした。
◇
「神子サマ……到着シタ」
さっそく、両のランタンを腰につけた一人の『高貴なる巨人』が俺を領地まで送ってくれた。正常に動けるかどうかの実験も含めて、俺は付き添う事にしたのだ。もちろん実験結果は成功で、巨人の肩に乗っては揺られここまで送ってもらっている。
「ありがとう。特にここまで問題はないかな?」
「神子サマノ、奇跡ノ恩恵。素晴ラシイ」
「よしよし。じゃあ君は自由に竜族探しの放浪旅をしていいよ」
「【古ノ恩約】――俺、【戦士ドーン】ハ、王ヨリ神子サマガ治メル地ト知ヲ守レト、命令サレタ」
「え?」
「ナノデ、矮小ナ俺デスガ、コノ大役、全力ヲ尽クス」
軽々と城壁の高さを超える『高貴なる巨人』の屍が、堅く意志の決まった瞳をこちらに向けてきた。
◇
巨人に乗った伯爵さま。
その異形を従える凛々しい帰還姿は、民衆NPCたちの心に領主様の偉大さを刻み、畏怖を呼び起こした。




