241話 少女伯爵の手腕
「んー、馬車を使っても5分ってところか」
鉱山街グレルディに到着した俺は、傭兵団『武打ち人』の工房前で『銀精たちの馬車』を留める。
ちょっと目立ってしまったけど、うちの領地と鉱山街グレルディはけっこう離れているので背に腹は代えられない。そもそも馬車持ちの傭兵はちょこちょこいるので、そんな珍しくもなかったりするし大丈夫だろう。
老執事NPCのセバスも引き連れて俺は『武打ち人』の門戸を叩く。
「ガンテツのおっちゃんはいますか?」
「おお! 天使さんじゃないですか!」
「おい、みんな! 白銀ちゃんの来店だぞ!」
すると徒弟集団がやんやと騒ぎだし、暖かく迎え入れてくれる。
何人かはセバスにいぶかしそうな視線を送ったが、俺は笑顔で押し通した。
「なんでぇ、おめぇさん。そんな渋いおじさん従わせて、貴族さまにでもなったんか!」
ガハハと豪快に笑い、何気に鋭いツッコミを入れてきたのは、ここの実力派第二席にして副団長。俺のお目当ての人物であるハゲのガンテツだ。
「あはは、冗談はやめてください。それより取引の商談をしたいです」
「おう? 今日は団長は不在だが……まさか『尊き地平の黄金』の値上げ交渉か?」
刀製造の鍵を握る金属名を出すガンテツ。俺が定期的にこの傭兵団にだけ売りさばいている品だ。
「いいえ」
「じゃあアレか……例の、おめぇさんが強化してる『蛍石』の値上げか……?」
「それとも別件です」
「おおう……? ちょっと奥に来いや」
具体的な内容を口にしない俺の反応を見て、ガンテツは軽い案件じゃないと察してくれたようだ。
そうして奥へと案内された俺は、第三席のゲンクロウさんを交えて取引交渉を始める。
「おめぇさんが所望する、『鉄鉱材』と『強石材』はうちで確かに取り扱ってるぜぇ」
「けれどお前さんがこれほど大量に素材を欲しがるとはな。何かするのか?」
二人は信用できる相手だけれど、まだ伯爵になった事を明かしたくはない。万が一にも他の傭兵に爵位システムが漏れ、うちの領地を狙われたら取り返しがつかない。防衛力を上げるまでは慎重になるべきであり、失敗すれば現実での仏神宮家を盛り立てることができないのだ。
「……自分の工房を持つ準備をしてまして」
嘘は言ってない。
正確には工房ではなく研究所だが……いずれはこじんまりとした自分の工房やお店などを開きたいと思っている。その時に研究所はきっと役に立つはずだし、工房の一部になりえる。
「おお……ついにかぁ。おめぇさんの工房なら繁盛間違いなしだなぁ」
「完成したあかつきには祝いの品を持って行こう」
罪悪感が喉元までせりあがってくるけど、どうにかスマイルで飲み込んでおく。
「だからといってなぁ、値段の割引はなしだぜぇ」
「うちも500エソでおまえさんから『蛍石』を購入しているわけだしな」
やはりそうきたか。
しかし、領主たる俺がここで屈するわけにはいかない。
気合いを入れて、敬語で話すのをやめる。
「今後、定期的にそちらから石材や鉄素材を大量に購入すると約束する。だから4割引きでどう?」
「……ちぃ、1割引きだ」
「話にならない。今回も大量買いなんだ。せめて3割引きで」
「ったく、おめぇさんはよぉ……傭兵団の財布を握ってんのはゲンクロウだろ」
そう言ってハゲのガンテツは第三席に交渉を投げてしまう。
「はぁ……おまえさんは……わかったよ、2割引きで手をうつ」
にっこりと笑えば、二人はゲンナリとした表情で俺を見てくる。
「交渉成立!」
ゲンクロウさんと握手を交わし、俺はご満悦。
実は最初から2割引きが俺の目標価格であった。そんな俺の内心は、二人の苦い顔からしてお見通しだったのだろう。
しかし本番はここからだ。
「ところでガンテツさん、ゲンクロウさん。刀鍛冶の進捗具合はどうなんです?」
交渉は終わったとばかりに敬語へと戻すが、これはカモフラージュ。相手の隙をつくための演出だ。
「おぉう。まぁーぼちぼちよ」
「そうだな……あれ以来、傭兵が気軽に扱える刀は打てずにいる……」
刀を装備するには不人気な知力ステータスが必要となっている。それに加え【刀術】スキルの会得方法が謎なので一向にそちらは成果を出せていないとか。
「おめぇさんが売ってくれる『尊き地平の黄金』のおかげで、『燈幻刀・鏡花』は数本完成したぜぇ」
「だけどお前さんには悪いが、ほら、『燈幻刀・鏡花』はすっかりうちの飾り物になってしまったな」
二人が指し示すように、陳列ケースには三本の『燈幻燈・鏡花』が丁寧に飾られていた。あれではまるで観賞用の摸造刀みたいだ。
ちなみに値段は4万エソと高額だ。
「ふむふむ……」
未だに【刀術】スキルの『輝剣』入手方法が、刀っぽい武器を使い込んで愛着度100にした状態で壊し、なおかつ知力が300以上という条件だというのは知られていないと……。
このネタを交渉材料にするのも悪くないけど、もっと大きくて決定的な場面まで取っておきたいな。
となると。
「刀鍛冶はそう上手くはいきませんよね。ならやっぱり既存の武器形態をより上質な物にしたり、特殊な物にするのに注力してる感じですか?」
「おめぇさんに言われるまでもねぇ」
「日々、鍛冶の研鑚を積み重ねているぞ」
「そんな努力家なお二人に朗報です。現在、俺は『尊き地平の黄金』という特殊な金属を5000エソで売っていますね」
「んにゃ、しかしよぉ刀に需要がなけりゃ、こっちも買わなくなるかもな」
「ふっふっふ。そういう事はこれを見てから言いましょう」
とある物をコトンとアイテムストレージから出す。それは我が領地にある、タロ伯爵邸宅の窓辺から差し込んだ西日を【妖しい魔鏡】で取り込み、集束した物だ。
『優雅なる西火【延べ棒】』
【西の空に落ちゆく華麗なる陽色を内包した金属。夕の光が優雅な空間に差しこんだ時のみに採取できる貴重な物。気品と美が交錯した瞬間、茜色に輝く上質な金属が生まれる】
『静寂おちる夕闇の一時【延べ棒】』
【群青に夜の帳が落ちる寸前、一番星が瞬き始める頃の空色を内包した金属。入室できる人物が限られた高貴なる部屋に、静寂が訪れるのは、主が藍空に見惚れていたからに他ならない】
「こ、これはッッ」
「見た事ない、新種の貴金属……だと」
表情が豹変した二人を見て、俺は内心でほくそ笑む。
鍛冶師相手の交渉はやっぱりこれに限るな。
「今後、こういった新種の貴金属をそちらに売ってもいいよ」
「なっ」
「その見返りは……」
してやられた、といった表情を即座に隠してこちらに鋭い視線を向けたのは、第三席のゲンクロウさんだ。やはり傭兵団の財務を任されているだけあって、話が早い。
「先程、俺が定期的に買いつけるといった資材各種を3割引きでお願いします」
「ぐっ……」
「もちろん、こちらの提案を飲んでくれるのなら、この貴金属にそこまで法外な値段はつけません」
逆にこっちの値下げ交渉に取り合ってくれないのなら、どんな値段をつけられることやら。ゲンクロウさんは目の前にぶら下げられた貴金属を何度も見返しながら、苦い表情で傭兵団の採算を立てている。
「3割引きで『鉄鉱材』と『強石材』を販売したとして、その貴金属はいくらで売ってくれるのだ?」
領地経営には何にせよ、エソが必要なのだ。
少しでも小銭稼ぎはしておきたい。
結論から言えば『尊き地平の黄金』やこれらは、太陽の光を金属化した物。光系統から採集した金属生成をこれからは積極的に行って、少量をここに売りさばけば、いい金策になるはず。
「1個7000エソで」
「高過ぎる! 4000エソ!」
俺の提示した金額にゲンクロウさんは悲鳴を上げる。
見事な演技だな、と思う。
「誰も持ってない貴金属なので、6500エソ」
「お前さんの持ってきた金属で刀ができたら譲る! それを条件に入れて、1個5000エソだ!」
「いい取引相手のよしみで特別提供価格、6000エソにしてあげる」
「……わ、わかった」
ちょっとやりこめすぎたのか、ゲンクロウさんの顔が本気で暗く沈んでしまった。少し強引に事を運びすぎたかもしれない。
交渉相手といえど、傭兵団『武打ち人』には日頃からお世話になっている。
しかも……よくよく考えれば、提示した貴金属は未知の物であり、果たして役に立つのかすら不明だ。
そこまでの考えに至ると、俺の気持ちはしょんぼりと萎んでしまった。ちょっとばかり、領主という立場を気負いすぎてゲンクロウさん達への配慮に欠けていた……。
現実の仏神宮家の行く末が懸かっているかもしれないと思うと、どうしても力みすぎてしまう。だからといって強引に荒稼ぎして良いわけではない。誠意を見せてこそ、良好な関係は長く続くというものだ。
「やっぱりこの貴金属、初回は3000エソで売ります」
「なに!? そ、そんなに安く……いや、それは助かる!」
なので俺は新しい提案をあちらに投げかけた。
「それで後日、この貴金属に6000エソの価値があると、そちらが活用できると判断したら6000エソで取引してください」
「ありがたい!」
ゲンクロウさんの表情は一気に和らぎ、心底こちらの申し出に感謝している様子だ。
双方の合意に至ったことで、心の内の罪悪感は薄れていった。
次に来たときに、この2つの貴金属が使い物にならない場合も想定し、別の金属も用意しておくとするか。
こうして俺は自領の『訓練所』を作るための資材を、3割引きで購入しようとする。
「あ、ちょっと待って」
取引の時に俺はとあるアイテムを発行する。その名も【タロ伯爵の承印紙】という書簡だ。
「それは?」
資材受け取りの際、俺とゲンクロウさんの間に羊皮紙が浮かび上がる。そして双方から淡い光が羊皮紙へと飛んでいき、取引証明の印が押された。そのまま自動で丸まってゆき、封蝋が施される。
「おう? ご立派な装丁の羊皮紙に、蝋印だぁ?」
「んー、まぁ色々とね」
「……まあ、格安で貴金属を試せる恩もあるしな。深くは言及しないでおこう」
領主だけが発行できるアイテム、【タロ伯爵の承印紙】。
これは領地経営のために購入した物を証明するアイテムだ。傭兵間での売買や、『賞金首と競売』で購入した素材や資材が、1週間以内に領地経営のために消費されなかった場合、所持金からエソが引かれる。万が一、自分の所持金で支払えない場合、エソをゲットした段階で自動的に引かれる仕組みになる。
その代わり、これがあれば『領地経営用』資金で買い物ができるのだ。
「資材購入だけの時は、この執事NPCのセバスを向かわせる機会が増えるかもです。その時はセバスにこの羊皮紙を持たせますので、よろしくお願いします」
「お、おう」
「おつかいをしてくれる便利なNPCなんて聞いた事がないぞ」
疑問符をたくさん浮かべる二人に、俺は挨拶もそこそこに別れを告げる。
他にも『錬金術の研究所』に必要な物を揃えるべく、各都市を巡っていかなければならないのだ。
「必要な物を揃えたなら、次は研究所の人員だな」
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