237話 上流階級の嗜み(幼女)
本邸宅とやらの生活が始まって二日間が過ぎた。
常に屋敷の人達に囲まれる生活は正直、窮屈と感じる面も多々あったけれど……姉とはこの際だから状況を楽しんでしまおうという結論に至り、普段は触れることができない上流階級の生活とやらを堪能しようという事になった。それに伴い貴重な体験でもあると判断した俺達は、作法などを周囲の人間に習いまくった。
理由付けは簡単だ。
『一般庶民の生活に慣れてしまったので、色々と忘れてしまった。父さんたちが帰って来る前に、それなりの形にしておきたい』と言えば屋敷のお手伝いさん達はすごく協力的だった。
とくにセバス爺さんの教育はしっかりしていて、初心者の俺でもわかりやすかった。
そう、美しく気品に満ちた淑女の挨拶、カーテシーは膝を軽くまげて腰から背中にかけて一本の真っすぐな棒が入っているとイメージし……背筋を伸ばし、上品に決め――――
って、男の俺が淑女の嗜みってええええい!
◇
「なんだか大変そうだな」
「なんだか凄いことになっちゃったねぇ」
親友たちは青空が広がる景観を眺め、呑気な感想をもらす。
ここはクラン・クランでも有数の名所スポット、『朽ちぬ大樹』と呼ばれた巨大樹のカフェだ。『朽ちぬ大樹』は巨大なリンゴのような実をつけ、その実は腐らずに永遠に実り続ける。その特性に目をつけ、実の中身をくりぬいて長椅子や机を形作った個性的なカフェなのだ。実の片側をまるごと削いでいるため、開放的な空間となっている。
一つの実が一室扱いとなっており、完全予約制の高級カフェである。
「それにしても、ここって甘い香りがなんとも気分を落ち着かせるよねぇ」
「リンゴみたいな香りだよな。椅子も机も、部屋ぜんぶが蜂蜜みたいだし」
「だけどベタベタしないところもいいね。何かでコーティングされてるのかな? それに高所からの景色もすごくいいよ」
「早い話が、さすがは高級店だな」
ちなみにここは俺のオゴりである。
なぜって、俺は現実でもクラン・クランでも金持ちになったからだ。今やゲーム内では領地持ちの伯爵家当主。この中じゃエソは一番持っているので二人に御馳走するのは当たり前。
この二日間は俺と姉のログイン時間は減ってしまった。けれどこうしてクラン・クランをプレイできる時を見つけ、ちょこちょこゲームをしている。そして今は親友達との報告会だ。
「おいおい、晃夜、夕輝。このハニーミルクラテも美味しいぞ」
「んん……どれどれ。うんうん絶品だね」
「あまいな……」
至福の一時。
「ふぅー極楽極楽ー」
「タロ、親父みたいだぞ」
「その見た目で、その台詞と仕草はウケるね」
自然体で俺にツッコミを入れてくる親友二人。
普段と同じ雰囲気に俺は和む。
堅くなりすぎず、不安に押しつぶされる事無く、ゆるやかに時間は流れていく。
「で、いよいよ明日ってわけか」
「家族ねぇ」
二人は変に気をつかわず、俺の最大の懸念事項に触れてくる。
「そうなんだよな……正直、怖い」
素直な感想を述べれば、親友たちは軽い笑みをこぼした。
「その気持ちはわかるぜ。でもきっと、性格までは変わってないだろ」
「ボクも『世界がおかしい!』なんて家族に言ったら、みんなして心配してきたしね」
晃夜は前例が、自分が経験してきたデータからして大丈夫だと安心させてくれる。
夕輝はこれからくる家族との認識齟齬に悩むことはあれど、それは俺だけじゃないと孤独感を和らげてくれる。
こいつらは本当にいい奴すぎる。
「ははっ。俺ってさ、幸せ者だなぁ」
ほんわかと笑顔を二人に向ける。
「そうだぞ。ようやく自覚できたか」
「今更だよね。感謝しなよ?」
人が心底感謝すれば、すぐに調子にのってくる親友たち。
それがちょこっと悔しくて、俺は無言で二人の肩に拳をぐりぐりさせる。
「なにそれ、痛いっていうかくすぐったいんだけど?」
「早い話、やめてくれ」
クスクスと笑う親友たちを見て、俺は覚悟を決める。
明日には父さんや母さん、ミシェルと顔を合わせることになる。
俺は俺なりに、家族と向き合おうと心の中で誓った。
「あぁ、それと俺達からも報告があるぜ」
「うんうん。極上のお酒はようやく手に入れたんだ。これでボクらも戦力になれるよ」
自身に満ちた表情で親友たちは笑ったのだった。
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