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236話 姉弟だけどお嬢様


「姉……その、ごめんなさい。俺がもっと慎重にしてれば……」


 黒塗りの超豪華な車、部屋みたいな後部座席で俺は隣に座っている姉に謝る。

 あれから俺達はセバス爺さんにしばらく待ってもらい、身支度を整えた上で『本邸宅』とやらに向かって移動していた。


「いいのよ、太郎。皇家の言いなりにならない立場を築き上げただけでも良しとできるわ。慎重に、だなんて言ってられない状況だったしね。それに何か問題があれば、またクラン・クランを通して変化させましょう」


 ゲーム内で起きた事情を把握した姉は、俺に気遣ってそう言ってくれた。


 だけど、ゲームで現実を変えるのは簡単なことじゃない。今回、日本の【旧華族(かぞく)】入りできたのも偶然に近い産物だし、ゲーム内でそうそう都合良く現実を変革させられるルートやイベントに遭遇するのは珍しいはず。

 その一つ一つを見つけようと行動しても、今回のように予想外な方向に進展してしまう場合もあるのだ。



「ありがとう、姉。それで……これからどうしようか?」


 正直、俺達の生活が変わりそうな状況に不安が募る。


「なるようになるわよ。そう悲観ばかりしないで、お金っていくらあっても困らないものでしょ?」


「そりゃそうだけど……」


 リリィさんは国の常識や文化が変わって、色々と知識を詰め込むはめになったと言っていた。魔法の儀礼や式典がどうのとか。

 俺は今まで極々普通の一般人として生きてきた。上流階級の作法や常識なんかこれっぽちも知らないのだ。



「何を気にしているか知らないけれど、お金があればどうとでもなるわよ。日本は資本主義なのだから、最後に物を言うのはお金よ」


 姉は大学入学とともに一人暮らしを始め、親元を離れて初めてお金の大切さを学んだとか言ってたっけ。今まで自分がいかに守られているかを痛感したとか何とか。

 


「でも、【華族(かぞく)】とか全然わからないよ」


「それは私も同じ。必要ならお金で人を雇って、その情勢に詳しい人物にでも教えてもらえばいいじゃない」


「なるほど……」


「太郎はもうっ……不安気にそわそわしてるところも可愛いわね。大丈夫、わたしがついているわ」


 俺をちゃかしては、気丈(きじょう)に笑う姉。

 だけど俺は気付いてしまった。


 姉の瞳が一瞬だけ伏し目がちになったことに。



 ……きっと、姉も不安なんだ。だけど俺がいるから、俺のために強くあろうと振る舞ってくれているのかもしれない。今、家族で現実が改変されていると感知できるのは俺と姉のたった二人だけだから。


 姉である姉は(・・・・・・)姉であろう(・・・・・)としている(・・・・・)



 いつも先を行き、いつも俺やミシェルのことを気にかけてくれた姉。

 強くて気高くて、家族に甘く、自分に厳しい姉。

 俺はいつだって姉の背中を眺めて、心のどこかで姉がいれば大丈夫と寄りかかってきた。


 でも姉だって……。


 彼女だって俺と同じ一人の人間なんだ。

 不安に押しつぶされそうな時だってあるはずなんだ。



 自分のことばかりじゃダメだ。


 弟なら、頼り甲斐のある男なら、もっと強くならなきゃ。



「姉……姉にだって俺がついてる。二人一緒なら大丈夫だな」


 姉の綺麗な唇がほころぶ。そして形の良い切れ長の瞳が揺れ、柔らかな三日月を描いた。



「……太郎にこうして気遣(きづか)われる日がくるなんてね……」


「怖い姉による教育の賜物(たまもの)だね」


 とっさに軽口を叩いて、照れくささを隠す。



「バカ言ってないで、ほらおいで」


 俺を手招く姉の意図は読めた。

 普段だったら、恥ずかしいから行かないけれど……。


「ん……」


 かすかに震える姉の声を聞いて、俺は姉にハグされた。

 小さな身体はすっぽりと姉に収まり、暖かい体温に包まれて安心できる。


 姉も同じふうに感じてればいいなと思った。





 マンションから出て、車内で揺られること1時間。


 窓から見える景色を眺め、なんとなく壁が続いてるなーと呑気に思っていたら、その壁が俺たちの家の一部だって入る時になって気付いた。

 正確には敷地をぐるりと囲む壁で、立派な門がついている。その門が俺達の乗る車を認識すると、自動で開き中庭に入ってゆく。


「姉……広過ぎない?」


「そ、そうね……東京ドーム10個分はありそうな敷地ね……」

「ははは……は……」


 

 セバスちゃんが車のドアを開けてくれ、玄関口まで俺達を先導してくれる。

 その間に俺達は自分たちの実家と言われる屋敷の巨大さ、豪華さ、優美さに眩暈を引き起こしそうになっていた。



「「「おかえりなさいませ。真世(まよ)さま、訊太郎(じんたろう)さま」」」


 広々とした玄関ホールは学校の体育館並みの広さで、メイド服や執事服に身を包んだお手伝いさんがズラリと横に並び、俺達の進む道を作ってくれる。

 俺達は内心ではビクつきながら、傍目からは堂々とした態度で歩み続ける。

 そうして自分たちの部屋と呼ばれる場所に、当然のようにセバスが案内してくれる。

 

 部屋までの長い廊下を歩く時間、俺はまるで異世界に迷い込んだ気分になった。それでも気品に満ちる姉に(なら)い、涼しい表情を崩さない。

 


「ええと、セバス? 父さんたちはいつごろ戻って来る予定なの?」

 

 優雅に前を歩くセバス爺さんに問い掛ける。


「はい訊太郎さま。訊太郎さまが性転化病を患ったとお聞きし、さすがに豪胆な旦那さまもご心配なされたのでしょう。三日後に日本へご到着されます」



「ミシェルと母さんも一緒なのかしら?」


 姉の義妹や母さんに関する質問に、セバスは粛々と頷いた。


「奥様とミシェル様もご同行されるそうです」



 久しぶりに家族が集合するのは素直に嬉しい。


 けれど俺と姉は険しい表情で互いを見合う。

 現実改変のせいで、家族の人格そのものが変化している可能性だって十分にあるからだ。





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