235話 令嬢たちと老執事
「盟友にして義妹の契りを交わしたタロよ。よくぞ、よくぞやってくれたな」
イグニトール女王陛下への謁見で、弟君奪還の報告をすれば喜色満面で陛下よりクエストの報酬をもらうこととなった。
:元ハーディ伯爵領を賜り、タロ伯爵領と改名:
:領地経営システムが追加されました:
:領地からの税収により30万エソを手に入れました:
取り潰しとなった謀反人、ハーディ伯爵家。その領地を俺にくれるとか、やはり太っ腹すぎる。
俺は領地経営システムがいかなるものか、わくわくしつつも陛下にお礼の挨拶をして退場した。
ちなみにジョージたちもクエスト達成に貢献してくれたので、陛下から『炎聖の短剣』をもらっていた。以前、俺やジュンヤ君がイグニトール姫の護衛クエスト達成でもらえたものだ。
道具屋にて5万エソで売れるとこっそり教えたら、トワさんとリリィさんはすごく喜んでいた。その他にも、その短剣はここイグニトール王国で、王家と親しいという意味のこもった身分証にもなるので取っておくのも得策だと伝えておく。
ジュンヤ君は2本目なので迷わず売って、鉱石採集のための装備新調に使うそうだ。
「さて、みんなの認識はこの辺で共有できたかな」
俺がそう口にすれば、パーティーメンバーは神妙な面持ちで頷いてくれる。
ログアウトする前に、一度みんなとは現実とゲームが交錯している点についての情報収集も兼ね、少しの話し合いを設けている。
リアルモジュール側のミナとリリィさん、ゲーム浸食を認識できないトワさんとジョージ、そしてジュンヤ君。みんなの反応は様々だったけれど、一応は納得してくれているようだ。
「そういえば、リリィさんと一緒に遊んだのは久しぶりですね」
ミナが唐突にリリィさんに話を振った。
「ええ。ここのところゲームにログインするどころではなくてよ……ですが、久方ぶりにタロさんたちと遊べて楽しかったですわ」
口ではそう言うものの、彼女の暗い表情が事態の深刻さを物語る。
リアルモジュール側の人間は、自分達だけがこの現実改変を気付けるため妙な孤独感を味わう。きっと彼女もそうなのかもしれない。
リリィさんのようなイギリス王室の血を引く人は特にそうなのかもしれない。現実改変で悠長にしていられる立場でもないし。
「イギリスは魔法という伝統が、どこよりも古い時代より受け継がれた正当なる国……魔法の本場、なんて事になってますわ」
どうやら日本のように『才能持ち』という名称ではなく、イギリスでは『魔法使い』といった概念が浸透しているようだ。
「ファンタジーが好きな私としましては、嬉しいことではありますけれど……急に魔導の祝賀会での作法や、王族参加型の大きな聖魔法の式典・儀典などの役割などと仰られても……頭につめこむのは大変でしたわよ」
どうやら現実改変で苦労しているのは俺達だけではなさそうだ。
リリィさんの頑張ってる現状を聞けばこそ、不安も薄らぎ、自らを鼓舞することができる。きっとそれは彼女も同じなのだろう。
俺が皇太子よりプロポーズを受けて大騒動になっていると伝えれば、彼女の表情が少しだけ和らいでいた。
「お互いにがんばりましょう。それじゃあログアウトするから、また」
別れの挨拶とともにゲームから意識を手放す。
自室のベッドから起き上がれば、別段変化した様子は見受けられない。
「さて……何から調べるかな……」
隣の部屋では姉がクラン・クランに潜ってるだろうし、やっぱりここは無難にテレビのニュースを流しながらネットサーフィンが無難?
日本の炎皇家、ひいては天皇にまつわる情報に何か変化が見られないか確認してみよう。
そう決めてPCの前に向かった俺だが、ポケットの震えを感じてその手を止める。スマホ画面を見れば、ミナ……琴ちゃんからの着信だった。
「もしもし、琴ちゃん? どうしたの?」
「急にごめんね。でもすごい変化が起きてるから、すぐに連絡したの」
「おお、わざわざありがとう。こっちはまだ何も起こってないけど……どんな変化がわかったの?」
「ええと……訊太郎くんには何から話せばいいのかな……」
そう言い淀みながらも琴ちゃんは俺にもわかるように、丁寧に説明をし出す。
日本には元々、華族と呼ばれた名家があったそうだ。
その名家も今は十家に減少したとはいえ、未だに日本の各産業や行政、法、経済面での強い影響力と権力は持つ。
その名家の数が一つ増えてるらしい。
「現実改変が起きてから、私の古都塚って名字にも古都塚『神宮』って名称が付け足されていてね……神である天皇に仕え、火の丸を背負いし名家って意味らしいのだけど……」
ここまでくれば、何となく予想できてしまう。
でも、もし琴ちゃんが言おうとしている現象が事実なら、少しは俺の生活基盤というか居住環境が変わっていてもおかしくない。
「増えた家名は『仏神宮』だよ……訊太郎くんの名字って【仏】だったよね……」
「でも琴ちゃん。俺の家は何の変化もないよ」
3LDKのマンションだ。
大それた名家の一員になっていたら、もっと凄い豪邸とかに住んでるイメージがある。
「『仏神宮』家は代々、外交面で重要なポストやまとめ役に就いている人達が多いそうなの。今代の仏神宮家当主……訊太郎くんのお父さんはね……」
外交面って……父さんは戦場ジャーナリストのはず。海外を点々と回り、貧困や争いに苦しむ人々の姿をカメラで捉え、戦場の真実を伝える職業だ。
「日本を代表する外交長官らしいの。それと海外の科学産業界のパトロンと、数多くの外資系大企業の理事長を務めてるとか……現在は新しく発見された資源『原始魔水』輸入交渉のために、外交長官としてパキスタンに派遣されているって……」
寝耳に水だ。
それと訊太郎くんがおかれた環境なのだけど、と言い辛そうに琴ちゃんは把握した情報を提供してくれる。
「自分の子供たちは将来の外交官だ。それなら世間一般の常識や価値観を知っていないと交渉なんてできない。だから訊太郎くんを家元から離し、一般的な環境下で生活させる。それが『仏神宮』家の教育方針らしいの」
琴ちゃんの声がかすかに震えている。
「だいたい中学生まで一般的教育環境におくときいているのだけど……」
というと……高校はその限りではないと。
嫌な予感がする。
「お母様に尋ねたらそんな内容の答えが返ってきたの。それと肝心のイグノア皇宮警察長の【仏神宮】家に対する心象は……」
ゴクリと唾を飲み込み、琴ちゃんの言葉を待つ。
「……崇拝、皇家の次に優先すべき大恩ある名家という認識だそうなの」
なんとこの一日で、皇族に本家と分家というものができたそうだ。
イグノアは現天皇陛下の実弟から、分家の当主という立ち位置に変わっていた。
遥か昔、皇家の第一継承者の幼い弟君が後継者争いの旗頭にされたとのこと。そこでその弟君を反乱軍から救出したのが【仏神宮】家であるらしい。
二度とこのような混乱を招かないよう、この時より皇家も本家と分家で分かつことになったそうだ。第一継承者の筋が本家に、弟君が分家筋になって継承者を支える。
イグノア皇宮警察長は『仏神宮』家がいなければ、今の自分はいなかったと公言しているようだ。
その信望の厚さから、『仏神宮』家は日本十一名家の中でも屈指の立場を誇るとのこと。
「ゲームのイグニトール継承戦争の流れがそのまま反映されている……」
「うん。訊太郎くんの権利が一方的に侵害されることはなくなったけど、皇家のみなさまとより密接な関係になってしまってるの」
「その辺は……これからどうにかしてくしかないか……」
まずは第一目標である、皇族の圧力に屈しない立場を形成することができた?
「とにかくすぐに姉に報告するから。琴ちゃん、色々と教えてくれてありがとう」
「天士さまの……訊太郎くんのためなら何だってするから」
「頼もしいな。でも無理はしないように」
「ふふふ。わかってるよー」
そうして俺は琴ちゃんとの通話を切り、隣室でクラン・クランをしている姉に声をかける。
「姉! ちょっとすごいことになってるから、ゲームをやめて」
「ん……ん、太郎。こっちも割と大変なことに……『水門回廊アクアリウム街』がだな……」
姉はコンタクト越しにぼんやりと俺を眺めている。
どうやらゲーム内に意識を半分割きつつ、現実の俺に対応しているのだろう。
「いや、ほんと! うちが超お金持ちの厳格な家になってるかもしれないんだ!」
「なにを……え? どういうことなの?」
「えっと、ゲーム内で――『ピンポーン』
詳しく説明しようとする俺の声を遮るように、インターフォンの音が鳴り響く。それには姉も怪訝な顔へ変わり、すぐさまクラン・クランをログアウトしてくれた。
俺もこのタイミングで鳴らされたチャイムに何だか予感めいたものを覚え、身構えるように口を閉ざす。
モニターを姉が覗けば、そこには灰髪のナイスミドルが背筋をピンと伸ばしていた。燕尾服っぽいタキシード姿で家の前に立っているのだ。
「どちらさまでしょうか?」
姉がゆっくり答えると、ナイスミドルは好々爺のような笑顔を浮かべる。
「爺でございます。そのお声は真世様ですね」
俺と姉が同時に互いの顔を見合う。
沈黙が落ちるけど、言いたいことはわかる。
この人、誰? だ。
「あの、すみません。どちらさまでしょうか?」
「これはこれは真世さま、悪い御冗談はおよしになってください。この爺めをからかっておいでですか?」
上品な仕草で、クツクツと愛情がこもってそうな笑顔を浮かべるナイスミドル。
「真世さまや訊太郎さま、幼少の頃より貴女方のお世話させていただいております、セバスですよ」
セバス(笑)って、執事かよ……。
たしかに雰囲気はもう100%セバスチャンって感じのオジ様だけどさ?
「近々、旦那様が帰国なさいますので。お出迎えの準備も兼ねて、一度本邸宅にお戻りになるようお願い申しあげますと先週にご連絡したではありませんか。本日、お迎えにあがるのをお忘れでしたか?」
やはり、俺と姉は互いの顔を眺めることしかできなかった。
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