231話 歯車の古巣
「て・ん・し・ちゅわ~ん♪ お待たせんッ☆ 天使ちゅわんはいつの間に、やんごとなき身分になっちゃったのぉん?」
「天士さま、いいお部屋ですね」
「まぁまぁな部屋ですわね」
「あ、あのっ、今日はよろしくお願いします」
【駒】の輝き集めを終え、王城に用意された部屋へ戻ると既に仲間たちは集まっていた。ジョージ、ミナ、リリィさん、そしてジュンヤくんの順番で挨拶をしてくれる。
「あ、みんな。待たせてごめんね」
一同はさっき来たばかりだと言うので、ほっと胸をなでおろす。
「天使ちゅわんから裏ルートの知らせが来れば、飛んでくるわよぉん♪」
アイシャドウがバッチリ濃いめなジョージが凄んだ笑みでそんな台詞を吐くと、なんだかヤバい品物を扱っているように聞こえてしまう。もさっとパンチパーマを機嫌良く揺らし、鍛え抜かれた褐色肌の肢体を惜しげも無く際どい衣装で主張している。
……イグニトール王家が秘密で所有する装置を使って『歯車の古巣』に行くだけなんだけどな。
「私は天士さまと一緒に過ごせるのでしたら、どこへでも赴きます」
神官服に身を包み、その金髪を淑やかにおろすミナ。聖童女然とした佇まいで俺に祈るかのような、柔らかい笑顔でそんな事を言うミナは素直に可愛らしいと思う。しかしこの幼い外見にも拘わらず、彼女の放つ魔法数には限度があれど、威力が凄まじいのだから驚きだ。さらに近付いた敵には、容赦なくメイスを振るって砕く姿は頼もしい。
「お呼ばれされたからには、いいお話なのでしょう? 宝石物なんかも期待しちゃっていいのかしら?」
金髪ツインテをサッと揺らし、既に報酬や宝物の事を考えているあたりリリィさんは盗賊らしいな、と思う。
彼女の隠密スキルや盗賊としての罠検知、そして素早い身のこなしは『歯車の古巣』探索で活躍間違いなし。さらに弓の技術は一級品なので中遠距離戦はすごく頼もしい。
「あ、あのっ。ボクは……戦闘ではあまりお役に立てませんが、その、素材採取の方はみなさんのお役に立てます!」
晃夜の弟である純夜くん。中学生にしては大きくひょろ長い身体をかがめ、みんなにたどたどしく挨拶をする。少し気弱で頼りない、といったイメージをみんなは抱くかもしれない。しかし俺の知っている限り、素材発見力と探知力において純君の右に出る者はいない。初めての探索で、あわよくば素材採集するにはもってこいの人材だ。
「タロくんがPTの要だからね。絶対にみんなでタロくんを守りながら探索だよ! 気合いを入れてくよ~!」
うん、トワさん。
守られるよりも守りたい、それが俺の本音……だけれど彼女のワクワクがこちらまで伝わってくるのだ。その気持ちは俺も同じで、何よりトワさんが楽しそうにしているので何も言うまい。
全体的に前衛職がいないのが少し心細い。しかし、今回はあくまで探索が目的なのだ。なるべく敵との戦闘は控えながら、ミソラさんの依頼と女王のクエストをクリアしたいと思っている。
「みんな集まってくれてありがとう。今回の【歯車の古巣】探索はかなり危険だと思う。俺の方も出来る限りの準備はしておいたけど、みんなに頼らせてもらうよ」
【夢見る将校姫の軍駒】で使う【駒】に、【命の輝き】を込める作業は概ね完了したと言える。【駒】の【兵士】には【雷炎の衛士】を何人にも込めてもらい、【+6】まで強化された。また【騎士】には、護衛をしてもらっていた近衛騎士たちから抽出できたのだ。結果は【炎皇の騎士+3】と【雷皇の騎士+3】と強化済みでなかなかに期待できそう。
しかし【戦車】と【聖者】に関しては、誰も適合する輝きを込められなかったため、これはきっとモンスターから抽出するのかもしれない。
それと各種ポーションとアイテムの製作も怠っていない。
欲を言えばスキル【悠久なる植物学者】でウィルス瓶を作りたかったけれど、血液採取ができてないため今回は断念。
「さて、出発だ」
それからイグニトール女王にみんなで謁見し、『転移装置』が保管されている建物へと案内された。
城内の建築様式とは明らかに違う、ドーム型の石造建物内へと足を踏みいれる。中にはいくつもの台座が点在し、その全てに警備兵が配備されていた。
天井を見上げれば、数多の空飛ぶ巨大な船が地上に雷炎を降り注ぐ絵が描かれている。その迫力に思わず目を見張る。天井を埋めつくす程の規模で表現された世界は、まるで神話の一ページをそのまま切り取ったような荘厳さがあった。
転移装置は台座に石板のような物を埋め込み、その羅列を正しく揃えると発動するらしく、ちょっと神秘的だなと思った。
「盟友タロよ、弟を頼んだ」
「はい、女王陛下」
「もし、もし弟に万が一の事があれば……唯一の肉親を私は失ってしまうな……」
しんみりと哀愁漂う表情になる女王陛下。
「そのときは貴殿が、私の心の支えになってはくれまいか? そう、私の義妹として……」
キターー……噂の妹姫ルート……。
しかもこのタイミングで切り出すとか、ちょっと卑怯じゃないかな女王様。
仮に断わって『じゃあ転移装置は使っちゃダメ』なんて事になったら、キツ過ぎる。
「は、はい……」
なので俺はこの提案を受けるしかない。
「ふふふ。礼を言う。しかしそなたが私の望みを完遂したならば、さらなる褒美と感謝を捧ぐと誓う」
「はい!」
爵位と領地! これは単純に面白そうだし、楽しそうだ。
「それでは頼んだぞ」
こうして『転移装置』が女王の手によって発動され、俺達の魔導機甲都市『歯車の古巣』攻略が始まった。
◇
「ここは……」
転移装置の眩い光に包まれ、俺達が出現したのは四方を壁……いや歯車に囲まれた大部屋だ。部屋の中心には例の台座があり、戻り方も教わっているので問題はない。
「なんというか、すごいわねぇん……」
ジョージが室内を眺めて感嘆の吐息をもらす。
いくつもの四角い鉄柱が天井まで突き立ち、その付近には用途不明なガラス製の装置がいくつもはびこっている。球体のガラスが複雑に絡み合ったその装置は、内部から淡い光が灯され、不可解な美しさを帯びている。さらに壁が数百個の大小様々な歯車に埋め尽くされている。それらがギギギッと音を鳴らしながら動き続け、その動作に合わせてガラス製の装置が上下に行ったり来たりを繰り返す。
「まるで歯車の壁ですね……」
「あちらに扉がありますわよ」
「用途不明の部品、部材、あのネジは……未知の素材がごろごろとある予感です!」
「ここが魔導機甲都市かぁ。どんなモンスターがいるのかな! テイムできないかなぁ」
それぞれがそれぞれの反応を示すなか、俺はリリィさんが指差す扉に注視する。
リリィさんに確認を取るように顔だけで振り返れば、彼女はコクリと頷いたので、どうやら罠の類は検知されてないようだ。なのでゆっくりとその扉に手をかけて開ける。
どうやら扉の先は屋外へと続いていたようだ。
「絶景……」
転移装置のある部屋から出た俺達は、『歯車の古巣』の中でも比較的高い位置にいるらしく、素晴らしい景色を目にする事ができた。
眼前には山々に囲まれた、金と鉄の奇怪な形のオブジェが何百とそびえ立つ不思議な都市。標高がとても高いのか、雲が都市を散歩するかのように流れていく。
オブジェの鈍く光る金色はすっかりくすみ、遠目でも年季が入っているのがわかる。朽ちゆく運命を受け入れるかのように植物が根を張り、緑が少しずつ侵食している。そして、そこかしこで機械音がギチチッと木霊のように囁いている。
「うわぁ、朽ち果てた未来都市って感じだ……」
自然とそんな言葉が口から出てしまう。
しかし、完全に都市の機能が停止しているわけではない。ここからでも、動いている建物や……おそらく『機甲獣』と呼ばれている機械が徘徊しているのが見えた。
四足歩行で細いフォルムの鋼鉄竜みたいな物が、重量感たっぷりと歩んでいる姿は圧巻だ。他にも二足歩行の巨大ロボットじみた機械が地響きを発生させながら、極々ゆっくりと建物と建物の間を行ったり来たりしている。
「あれは……機甲騎士じゃないか!」
ジュンヤ君が隣で興奮ぎみにロボットを指差していた。
機甲騎士とな……さすがは鉄などの素材に詳しいジュンヤくんだ。あれらについて何か知っているのだろう。
「鉱物のロマン、あれこそ鉱物の究極形態! どうすればあんな素晴らしい物を造れるんですか!? ここは天国ですかタロ先輩!」
巨大ロボという響きに、多少なりとも共感を覚える。ジュンヤ君の興奮には同意できる箇所はあるけれど、今から俺達はあんなに大きくて頑丈そうな敵がはびこる都市の探索に行く事を失念してはいけない。
「タロ先輩の錬金術でどうにかなりませんか!? あぁ、もういても経ってもいられない! 早く、この都市を散策しましょう! ボク達で巨大ゴーレムを創造する神秘を解明しましょう!」
はッ!?
確かにゴーレムやロボットは錬金術に深い関わりがある気がする!
ゴーレム、なんていい響きなんだ!
「もちろんだとも、ジュンヤ君。この日のために俺達は、互いの分野で研鑚を積み重ねてきたんだろう? フフフッ」
「……興奮してるところ、失礼だけれどお邪魔するニャ」
手と手を取り合ってロマンを語る俺達の足元から、不意に女性の機械的な声が響いた。
「うわっ!」
「なんですか、これは!?」
そこには鉄製の日傘をさし、黒いゴシックドレスを着た二足歩行のネコがいた。ちょっとふくよかなフォルムでメタルボディ。両の目が歯車で出来ていて、クルクルと回転しているのが妙に愛らしい。
「ミーはネコ・フェア・レディだニャ。【魔導機甲都市】の【案内機甲獣】だニャ」
小さなネコ型ロボットは、綺麗なお辞儀と共に日傘をクリクリとしおらしく回している。
「ひ、ひさしぶりのお客様を歓迎だ、ニャ」
俺の目には、彼女がまるで照れているように映った。
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