230話 愛の伝導師
「妹姫タロ様のお通りです。道をお開けください」
「あ、あのっ……そんな大仰にしてもらわなくとも……」
俺の前を行くメイドさん達へ遠慮がちに声をかけると、涼やかな笑みを彼女はこちらに向けた。
「なりませんよ、タロ様。いくらそのお心が優しくとも、下手な隙を見せればタロ様のお慈悲を利用せんと近付く不逞の輩がいるかもしれません」
「それに女王陛下より、タロ様は王家の方と遜色ない待遇をせよ、と仰せつかっております。多少の警戒は必要でございます」
ひぃぃ。
PTメンバーが集結するまでやる事のなかった俺は、とりあえず【盤上で踊る戦場遊戯】に付属している【駒】に【命の輝き】を込められないか、と検証を始めようとした。
つまりは街へ出て、色んなNPCと話し【好感度】を上げて【駒】に適合する存在を探す、という算段だ。
それを聞いた二人のメイドさんは、国賓を放っておく事はできないと言い張り、付き添ってくれる流れになったのだけれど……。
近衛騎士というレベル32のNPC四人が両脇を固め、その間にトワさんと俺が歩き、前後にメイドさんがいるという布陣だ。
「タロくんといると……私までお姫さまになった気分で何だか楽しいなぁ。いい所のお嬢様って、いっつもこんな感じなのかな?」
多少の窮屈感があるとはいえ、茜ちゃんが上機嫌ならば俺の気分も右肩上がりだ。
「そうかもしれないな。トワさんはそーいうのに憧れたりするの?」
「んー、特に今はそういうのはないよ? でも女子だったら一度はお姫様には憧れて、迎えに来てくれる白馬の王子様を夢見るものなんだよ?」
ほっほう。
ぜひとも、その白馬の王子様とは俺でありたいものだ。
「それでタロ様? 今度は何をするのですか?」
トワさんが胸に手を当て、急に傅いて質問を浴びせて来た。彼女の顔が俺より低くなり、必然的にトワさんは上目遣いで俺を見る事になる。
くぅぅぅう、兵士の真似ごとをするトワさんの可愛らしさに胸を撃ち抜かれてしまう。
「いのちっ、」
あぁ、この瞬間は自分の命よりも尊い。
「いのち、ですか? タロ様?」
男なら憧れるシチュエーションの一つ。
好きな子に『様付け』される!
なんて幸福なんだ!
「タロ様? どうしましたか?」
茜ちゃんの『タロ様』が脳裏にわんわんと響く。
不意に味わえた亭主関白!
承認欲と征服欲、お淑やかに『様』なんて呼ばれたら、それはもう大好きな子に尊敬されてる感があってとっても嬉しい!
そう、これはまるで白馬の王子様になった気分だ!
「タロ姫様? 命がどうかしましたか?」
「ぶほぉっ!」
しかし、それもトワさんが『姫』と呼ぶ事で現実に引き戻される。
「あははっ。えっと、【命の輝き】っていうのをNPCから集めたくてね?」
「なるほどです。また錬金術ですねー?」
「う、うむうむ」
ふふふ、とはにかむトワさんの笑顔が眩し過ぎる。
もう少しだけこの和やかな街中デートを満喫したいな、とこっそり胸中で呟いた。
◇
【命の輝き】ってどう込めるものなんだ?
しばらく街中をブラブラした結果、当然の疑問にいきついた。
好感度が高いと込められるって説明文には書いてあるけど謎だ。
そもそもこの都市にいるNPCのほとんどが俺に対する【好感度】が【尊敬】や【親愛】と高いものだった。
スキル『空気を詠む』で道行く人々の自分に対する【好感度】を探っては、【駒】を掲げてみたり、触れさせてみたものの何の変化も起きない。
うむむむ。
どうすればいいんだ?
「あら、妹姫さまがフィギュアで遊んでいらっしゃいますわ」
「なんと可愛らしいお姿でしょう」
「先程は兵隊さんのフィギュアを天に掲げてらっしゃいましたの」
「あらあら、さすがは救国の妹姫さま。勇壮ですわね」
ご婦人NPCがそんな台詞を吐いてくるので、思わず赤面してしまう。
くぅぅう。これは遊んでいるわけではないのだ。
恥ずかしくなってきた俺は、じっくりと錬金術を模索するのを諦める。これ以上、トワさんの前で恥の上塗りをしたくなかったので、早急に事態が進むであろう手段に出ようと思い至る。
こうなったら徹底的に研究だ。なりふり構っていられない。
まずは兵士の詰め所へと移動し、【駒】を片手にありとあらゆる方法を試す。兵士NPCの頭にちょこんと乗せてみたり、こすりつけたり、投げつけてみたり。時にはその手に持ってもらったり。
「むむむむ……」
「あ、あの妹姫さま……何かご用があるのでしょうか?」
ここまでされれば、さすがはクラン・クランのNPC。
疑問が浮かび上がったかのような台詞を吐いてきた。そんな彼を見て、一番大切な試みをするのを忘れていた事に気付く。
今までは物理的な事ばかりの実験で、精神的なやり取りをしてないじゃないか!
誰も彼もが好感度マックスな雰囲気だったので、初めから対話という手段を捨てていた。
そんな盲点に気付き、すぐに兵士NPCへ【兵隊】の駒を手渡す。
「あの、この【駒】に……あなたの思いを込めてください?」
自分で言ってておかしな台詞だと思う。
しかし、どう依頼すればいいのかわからなかったので、出て来た言葉が陳腐なものになってしまった。
しかし、俺の懸念とは裏腹にNPC兵士は嬉々とした表情で駒を受け取った。
「かしこまりました……愛ですね! この兵士長マイク! 妹姫様へのご敬愛の念をしかと込めさせていただきます!」
お、おうっ?
兵士長マイクとやらが感涙しながら叫んだ。彼は両手で駒を握りしめ、『うぉぉぉおおお!』っと暑苦しい雄叫びを上げ始める。
すると【兵隊】の駒が輝きだしたではないか。
:駒【兵隊】に【雷炎の衛士+2】が輝きました:
ログを見れば、何やら成功した感がある。
ひゃっほいと内心でガッツポーズをしていると、不意に周囲が騒がしくなり始めた。
「あぁっ、もう我慢がなりません!」
「兵士長! うらやましいです!」
「妹姫さまからお言葉をもらえるとか、栄誉すぎます!」
兵士長マイクとのやり取りを聞きつけた、他のNPC兵士がどっと集まり始めたようだ。近衛騎士が俺を守るようにそそり立ち、彼らとの距離を空ける。俺はそんな近衛騎士の合間から、みんなに落ち着くように声をかける。
「みなさん、駒はたくさんありますから。他にも思いを込めてもらっていいですか?」
「「「もちろんです!」」」
威勢のいい返事に大満足。
ふふふ、これで【兵隊】の駒に【命の輝き】を込めるのは成功したな。
◇
『雷炎を仰ぐ都イグニストラ』では、『フィギュア愛を説く美幼女』の出現がまことしやかに囁かれている。NPCらの伝聞によると、かの銀髪蒼眼の妹姫さまは時折フィギュアを持ち歩き、色々な人々に『フィギュアには愛を込めるのです』と語っているとか。『物には誠意をこめて大切に使う』そんな慈悲深い意味が含まれているらしい。
これにより想い人にフィギュアへ愛を込めてもらう行いが、戦争に赴く若い男の間で流行したのだとか。
~クラン・クラン掲示板 傭兵達の噂・第0402スレより抜粋~




