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228話 夢見る将校姫の軍駒


「盟友タロよ! よくぞ参ったな」


 豪奢な炎髪をなでおろし、その頂には金色の王冠をつけた美人。

 威風堂々とした佇まいで国の要人たちを従える彼女こそが、イグニトール王国を治める第十六代イグニトール女王、イグニミア・トールン・フィア・イグニス本人だ。


「お元気そうでなによりです、陛下」


 そんな大物NPCが謁見の間ではなく、単なる道端まで出迎えてくれたのだから周辺にいた傭兵(プレイヤー)たちがざわめいてしまうのも仕方ない。

 なにせ彼女が王であるのならば、彼女こそをキルできた傭兵(プレイヤー)はイグニトール王国の支配権を握れるというシステムがクラン・クランにはある。神兵(デウス)をわらわらと動員していた先駆都市ミケランジェロの『灰王』とは違って、彼女に(はべ)っている近衛騎士団(ロイヤルガード)神兵(デウス)より数段劣る存在だ。


 もちろん首都イグニストラにも七色の女神信仰となる教会施設はあって、自警団的な役割として神兵(デウス)は多数いるけど、女王勢力はこれとは別物のようだ。


 故に千載一遇のチャンスとみなす(やから)もいなくはないだろう。

 そんな危険を冒してまで俺を出迎えてくれた事に、相手がNPCだろうと少しの嬉しさが沸き上がってしまう。



「ふっ。盟友殿のためならば、退屈な王城を抜けだしてしまうのも悪くないというものだ」


「ありがたき幸せでございます」



 とはいえ、容易に襲いかかろうとする傭兵(プレイヤー)は誰一人としていない。というのも、女王陛下本人の力は未知数であり、なおかつ近衛騎士(ロイヤルガード)達は二十人以上もいる。彼らのレベルは総じて30前後と表記されているため、傭兵(プレイヤー)とのステータスの差は歴然であった。


「実はお願いしたき儀がありまして……」

「ちょうど良かった。我の方でも盟友殿には頼みがあったのだ」


 むむ。

 ミソラさんの依頼に続き、これは特殊クエストが発生しそうな予感だ。



「詳しい話は城内でしたいのだが、盟友殿の都合はいかがだろうか」

「俺のほうは元々、陛下に用事があったので構いません」


 ちらりとイグニトール王女が俺の背後を見る。

 きっとトワさんやヒロキさんたちを一瞥したのだろう。



「あの……私達はどうすれば……」

「俺達も女王様とお近づきになれるのか……?」


 さっきから女王自らの御出迎えに対し、呆気にとられていたPTメンバーとトワさん達が小さな声で俺に尋ねてくる。俺としては無事にトワさんを首都イグニストラに送り届ける事ができたので、この辺で解散かなと思っていた。


 

「その者らは……そちらのみが盟友殿のご友人殿か……」


 陛下はトワさんを凝視したあと、すぐにヒロキさんたちへと視線を移す。



()の方らは存分に我らが都市を観光していかれるがよろしい。友人殿のみ登城する事を許可しよう」


 どうやらNPC的な判断として、俺とフレンド登録してあるトワさんのみが登城の許可が認められたようだ。

 さて、これからどうしようか。

 一旦はみんなと相談して城に向かうとするか。





「ちょっと俺達には次元の違いすぎるお話だよな」

「『雷炎を仰ぐ都イグニストラ』に辿り着く、っていう目的は達成できたわけだし。ここらでログアウトしようかな」

「俺は観光でもしようかなー」


 と、こんな感じで男性陣は女王への謁見は遠慮ぎみだった。


「私は面白そうだからタロ君についていきたい!」


 唯一、トワさんのみが俺についてくるといった結果になった。

 ちなみに彼ら三人からフレンド申請を送られたので、俺は快く受諾しておいた。トワさんの知り合いなら、変な事にはならなそうだし。



「前は足手まといだったかもしれないけど! 今日はたーっくさん役に立つよ~!」


 どうやらトワさんは『空狐の社』での戦闘から、自分がPT戦であまり役に立てなかった事を気にしていたようだ。あれからひたすらレベル上げに邁進したらしい。道理で俺とのレベル差も1だけになっていたわけで、さっきの戦闘でもなかなかいい動きをしていた。

 今回は俺と肩を並べてPvPができた事を嬉しく思っているようで、さらに気合いを入れている様子。



「まだまだタロ君には追いついてなさそうだけど、精一杯がんばるからね!」


 元気よくはにかむトワさん。

 そんなところが可愛らしいなぁと内心で思いながらも、都市内を移動してゆく。


「タロくん! 見てみて! 下の街が綺麗に見える!」



 イグニストラの名物である空飛ぶゴンドラに乗り、王城へと向かう。トワさんのはしゃぎようがこれまた可愛らしくて、好々爺になった気分で彼女とロマンス飛行だ。


「水の上じゃなくて、小舟がお空に浮かぶってすごい! 私たち、今お空を飛んでるって事だよね!?」


 きゃっきゃと俺の肩を叩いてくるトワさんからの振動が俺の全身へと響く。その感覚が妙に心地よい。今思えば、これは湖上のボートデートに近い状況なのでは?

 不意打ちのデート気分に浸りつつ、俺の顔はにやけっぱなしだ。



 んんーー、至福の時。




 それから程なくして、俺とトワさんは女王と会見をしたのだが……謁見の間でなく女王の私室で行われた。


 てっきり兵士NPCの口から聞いていた『義姉妹』の契りとやらを結ぶお誘いかと懸念していたのだが、女王の口から出た話の内容は意外なものだった。



「我が()の捜索をして欲しい……」


 純粋にこの言葉には疑問が浮んだ。

 イグニトール女王の実弟といえば、まだ年端もいかない子供だったはず。そして継承戦争の際は、敵方であるグランゼ侯爵やハーディ伯爵が女王の弟君を旗頭に据えて反乱を起こしている。


 つまりは政争相手であるはず。

 そんな政敵とも言える人物を捜索するとなると事情は複雑そうだ。


「一体どのような状況なのですか?」


 そう問えば、女王は陰りの帯びた顔で事情を説明し出す。

 争いの火種となってしまった弟君は、継承戦争敗北後の所在がつかめずにいたそうだ。しかし最近になってその居場所を突き止める事ができた……というよりは自らその姿を現したそうだ。



「盟友殿の実力を信頼して、我が弟を救出してやって欲しい」


 女王の言葉の端々から弟の安否を気にかけているのが伝わってくる。察するに姉弟仲は悪くなく、むしろ良好だったのだろう。弟君はただ周囲の思惑と政争に利用された、というのが真実だったようだ。


 女王はハーディ伯爵一派を継承戦争後、一族郎党全て処刑したらしい。もちろんグランゼ侯爵家も取り潰しとなった。しかしハーディ伯爵家の腰巾着、ノトロ子爵一派の数人を捕える事ができなかったそうだ。彼らは継承戦争のどさくさに紛れて、女王の弟君を拉致し、そして最近になって彼らは王城に侵入した。


 何が目的だったかと思えば、王族だけが入れるという『王の間』という施設に弟君の存在を利用して潜りこんだのだ。

 


「『王の間』には我が先祖たちの故郷……魔導機甲(オーケン)都市『歯車の古巣(ハロルド・ギア)』へと至る転送装置がある」



 転送装置……どうやらミソラさんが言っていた魔導装置の事だろう。


 聞けば、イグニトール王家が誇る最強にして最大の魔導具、『鋼鉄の玉座』は『歯車の古巣(ハロルド・ギア)』から伝わった物だという。遥かなる昔、イグニトール王家の始祖といわれる人物は『鋼鉄の玉座』による武力を背景に、絶対的な崇拝を以ってして建国の礎とした。『歯車の古巣(ハロルド・ギア)』は至高の防御と攻撃力を持つ、巨大な空飛ぶ飛行戦船があった場所。なればその兵器を扱えるイグニトール王家の血を引く弟君を利用すれば、まだ巻き返しはありえるかも、と賊に堕ちたノトロ子爵一派は起死回生の一手に出たようだ。



「酔狂な思いつきに取り憑かれたな。愚行にも程がすぎるのだ……()の都市はとっくに滅んでいるというのに……」


 王家の起源とも言える都市。その重要地とはいつでも行き来ができるようにと、代々の王家のみに伝わる転移装置。そんな重要な施設は使われなくなって久しいそうだ。

 なぜなら『歯車の古巣(ハロルド・ギア)』は数世紀前に滅亡しており、その原因は未だにわかっていないとの事。



「盟友殿には『王の間』にある転移装置を使って、魔導機甲(オーケン)都市『歯車の古巣(ハロルド・ギア)』へと赴いて欲しい」


 しかも古の都市には『機甲獣(ギアノス)』という金属で生成された化け物がはびこっているそうだ。なぜ滅んだのか、なぜ『機甲獣(ギアノス)』なる無機物体が存在するか、その謎は解明できていないとの事。



「捜索隊を既に出したのだが……未だに戻ってこず。我自ら赴きたいのだが、家臣や重鎮たちに猛反対をされてな……」



機甲獣(ギアノス)』が徘徊する『歯車の古巣(ハロルド・ギア)』その危険度は計り知れないそうだ。

 滅んだ無人の古都と、失われた技術で以って遺産が一人歩きするフィールドか。



 俺としては渡りに船という話で、ミソラさんの依頼内容と目的地が被っているから嬉しいのだけれど……ミソラさん、けっこう難易度の高いお題を出していたのか。



「すまないが私の代わりに弟を救ってはくれないだろうか? またあの子が争いの種にされるのはこりごりなのだ」


 それに、万が一にでも兵器を手にされては……また争いが起きる。そう静かに語る彼女は、国の未来を真剣に憂う統治者の横顔だった。そして、そんな女王の眉間にわずかな(しわ)が寄る。



「万が一の時は……盟友殿に弟の命を、ノトロ子爵もろとも……頼んだ」


 どうしようもない状況であれば、もし敵に兵器が渡ってしまうのではあれば、自らの弟を殺してもいいと。そう遠回しに語る女王の顔は苦痛に満ちていた。



「もちろん報酬は用意してある。というのも、弟救出のためにもぜひとも使って欲しいので報酬は前払いとする」



 女王がおもむろに取りだしたのは二つ折りの板。一切のくすみがない黒鉄の板は、重厚な光を伴っており一級品のアイテムだと窺える。

 

「幼少期、私はよくこれで祖父と遊んでいたのだがな……ついぞ私にはこのボードの真なる力を目覚めさせる事はできなかったのだ。しかし盟友殿ならば使いこなせるやもしれぬと、そう感じてな」



 前報酬は盤上遊戯(ボードゲーム)だった。一見してチェスボードに見えなくもない。


 俺は即座に『鑑定眼』を発動して見る。




【盤上で踊る戦場遊戯】

【アクセサリ】

【装備条件:知力300】

【MP +10】


・スキル【盤上で踊る戦場遊戯ルーディ・アテナス・ボード】を発動するためのアイテム


・錬金術スキル【夢見る将校姫の軍駒プリンシバル・アーミー】と固有(エクストラ)スキル【盤上で踊る戦場遊戯ルーディ・アテナス・ボード】を習得できる



:スキル習得前提条件:

【小さな箱庭の主】【人形の支配師(ドミネーター)】習得済み 

ステータス:知力300以上

指揮官(オフィセル)】の拝命経験あり




 これは……錬金術のスキル習得アイテムにして……装備か……?



魔導機甲(オーケン)都市『歯車の古巣(ハロルド・ギア)』の遺物だ。曾祖父の言い伝えによれば、幼き天外の錬金術師ノア・ワールドによる創作物だと聞いている」


 ノア・ワールドって……強大なるNPC、『天滅の十氏』が一柱にして創世の錬金術師の名を冠する、リッチー師匠のライバルじゃないか!


 目指すべき人物の名が唐突に女王の口から出て、俺は内心で胸が躍ってしまう。


 


「もちろん、成功報酬は別に用意してある。爵位と領地をそなたに授けたいと思っている」


 うん?

 高揚感は一瞬にして驚愕へと変貌した。






書籍版の発売日については、しばらく後にご報告させていただきます。

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