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227話 男子の見栄と劣等感


「あの……さっきはおかげで助かった。ありがとう……」

「その……い、色々とすまなかった……」


 沼にハマってから氷漬けの刑という、割とハードな試練を乗り切ったゴハンゴットさんとヒロキさんの二人は殊勝にも頭を下げて来た。

 これには俺も予想外で罪悪感を覚えてしまった。

 あれだけの所業を受けながら、素直に謝れる度量には感心だ。


「俺達は君の言葉をまったく信じなかった……もっと慎重に行くべきだった。ごめんよ」


「トワさんと仲良さそうなのが気に入らなくて……キツイ当たりをしてしまった事を謝る……」



 不快じゃなかった、と言えば嘘になる。

 この人達とPTを組んでからずっといい気分ではなかったし、チクチクと口撃されるのが嫌だった。だからこそ過激なウイルスのフレンドリーファイア実験に一切の躊躇がなかったし、腹いせ半分で行ったとも自覚していた。

 

「許して欲しい」

「どうか、この通りだ」

 

 そんなに真っ向から謝られると、さすがに良心が痛みだす……。

 だって俺は二人が身動きも取れず、ジッと佇んでいる様を観察しながら、それぞれの傭兵(プレイヤー)が持つ耐性で効果時間は変わるのかなぁとか、追加で違うウイルスをまいたらどうなるのかなぁ、合併症とか起こすのかなぁ、などなど彩菌の可能性にばかり気を取られていた。

 

 その間、彼らは彼らなりに今回の件を反省していたわけだ。

 

 せめてワクチンとか生み出せたらいいなぁと思うべきだったかも。

 あ、ちなみに凍結状態が解除されたのはおよそ3分後とけっこうな長さだったのでそこは満面の笑み。



「えーっと……急にパーティーに入って来たのは、俺の方ですし……それに俺の攻撃が貴方達を巻き込んでしまって……」


 なんて言えばいいのだろうか。

 二人は酷くうなだれていて、すごく後悔しているようだった。


「あの、こちらも信用してもらう努力を(おこた)ってました……あなた達との対話も簡単に放棄してしまったし……」


 ちょっと角は立ったろうけど、ブルーホワイトたんを早くに呼んで力を誇示して俺の発言力を強める、などの手段はあった。ポーションの事だって実際に作るところを実演して信頼を勝ち取るって方法もあった。

 どれも行えるような空気じゃなかったし、俺自身そういう気分になれなかったっていうのは言い訳で、もっと自分から彼らに理解してもらえるような言動と流れを作るべきだったのかもと反省する。



「こちらこそ、ごめんなさい」


 クラン・クランの世界は傭兵(プレイヤー)VS傭兵(プレイヤー)の戦闘が多い。騙し合い、奪い合いが日常茶飯事なのだから、ぽっと出の傭兵(おれ)の言葉を信用できないという思考はいたって普通だ。


「いい子すぎるだろぉぉ……」

「噂通りだったってわけか……」


 うん?

 何やらヒソヒソと呟いた彼らだが、よく聞き取れなかった。

 しかもこちらが謝って一件落着かと思えば、余計に彼らは苦渋の表情を浮かばせ、追い詰められるように瞳すらも潤ませていた。


 やばい……何を間違えたんだ。

 追いこむつもりなんてこれっぽちもなかったのに……ど、どうしよう。



「……ト、トワさん?」


 助けを求むようにトワさんを見れば、彼女は何故か『うんうん』と訳知り顔で満足そうに何度も頷いていた。


 

 何が起こっている……そして更なる混乱の極みを引き起こしたのは、俺達の会話を黙って見ていた魔術師(キャスター)のシズカマシロさんだ。


「戦闘では驚く事がいっぱいで、何もできずにごめんなさい!」


 と、土下座をかましてきた。

 それになぜかトワさんがプッと吹き出したので、俺はさすがに笑っちゃダメだろうとツッコミを入れようとするが……トワさんが悪い意味で人を笑うなんて事をするはずがない。


 となると、ますます混乱の極みだ。




「タロくん、ちゃん? 君だって俺らとそんなレベルは変わらないのに……」

「圧倒的だったよなぁ……」


 そう言ってゴハンゴットさんやヒロキさんの二人は、感慨深げに俺の戦闘を思い返しているようだった。

 

「いえ、俺だけの力ではないです。トワさんの援護やブルーホワイトたんがいなければ、あんなに上手くいきませんでしたし」


 互いの謝罪会は終わり、俺達は平穏にイグニトールの首都を目指していた。

 森に潜んでいた敵傭兵(プレイヤー)は予想通り、全員が氷漬け。そんな哀れな敵をブルーホワイトたんが処理してくれたわけで、道中の安全は確保されている。キルドロップした戦利品やお金(エソ)もなかなかの物だった。

 それとキノコが生えた場所もしっかりと記録してくれたようで、俺は彼女が持ち帰ってくれたデータもまとめ済みだ。


 やっぱり『彩菌に飢える天動球』によって彩菌(ウィルス)の【繁殖力】や【順応性】をいじる際、【木値】などの数値を上げれば木々に対する【繁殖力】

などが上昇するようだ。


 地面や木にキノコが生えているケースが多かったものの、中には傭兵(プレイヤー)そのものにキノコが繁殖していた、というのもブルーホワイトたんは目にしたようだ。


 おそらく、【人間値】へ多く振り分ければ人間キノコ栽培も可能になるかもしれない。そうすれば人間爆弾ならぬ、動く人間彩菌(ウィルス)製造機の出来上がりだ。


 ちなみにブルーホワイトたんに感染しなかったのは、彩菌(ウィルス)の元となった素材が、彼女が生み出した『氷花』だからなのか。それとも単純に彩菌の持つ【順応性】や【繁殖力】が、彼女に感染するだけの数値足らずだったのかは謎だ。


 もしくは物体、物質には感染しない?


 しかし戦闘中に敵の槍が氷化して鋭さを増した、という現象も目撃したので、天動球の中に入った彩菌の原液に触れれば物体にすら感染しうる、という可能性も捨てがたい。


 いくつかの推測は立てられるが、やっぱりまだまだ実験不足だ。



「あのー少し気になったのですが、タロちゃんくんって……」


 おっと、いけないいけない。

 彼らと会話の放棄をしないと決めたばかりなのに、錬金術が絡むとついついコミュニケーションが上の空になってしまう。

 おずおずといった様子でシズカマシロさんが話しかけて来たので、俺は何かと彼を見返す。


 きっと会話の流れ的に、戦術の話についてだろうか。

『錬金術についての質問ならば、いくらでも受け付けますよ』と、社交的な笑顔を添えるのも忘れない。





「『白銀の天使』様って呼ばれてません?」


「うぇっ!?」


 なんという、奇襲攻撃。

 まさに予想だにしない質問に、俺の心臓は飛び出しそうになってしまう。


 

「はくぎん……」


 確かに周囲からそう呼ばれることは多々あったけれど……もしかしてけっこうな傭兵(プレイヤー)に知られている名前だったりするのだろうか……。

 そうなると、今後はかなり警戒していかないとならない。

 知名度が上がれば上がるほど、クラン・クランというゲームは他傭兵(プレイヤー)に目を付けられる要素が高くなる気がしてならないのだ。


 俺の独白を聞きつけ、ゴハンゴッドさんやヒロキさん達も興味深そうにこちらに視線を集中させてくる。



「やっぱり、そうだよな」

「噂通りの見た目だし……」


「あ、あの、一部の傭兵(プレイヤー)たちに熱狂的なファン層を築き上げてる『白銀の天使』様ですか?」



 そ、そんな、熱狂的なファン!?

 いや、今はそこに驚くよりも知名度の方を警戒すべきだ。俺という存在が傭兵(プレイヤー)間で噂されているのか……これはますます傭兵(プレイヤー)付き合いは慎重にならないとか。


 というかここでハイソウデス、なんて答えたらトワさんに何て思われるか不安すぎる。『白銀の天使』とか中二病すぎないか? ドン引かれたりしないだろうか。

 どう答えるのがベストなんだ、男訊太郎!

 彼らの視線から逃れるように、自分の視線を横に流す。



「ッッ、えっと……そ、そのですぉね」


 舌よ回れ。つっかえるな。平静を装うんだ。

 最適解を導け!

 チラリと(あかね)ちゃ……トワさんを盗み見れば、やっぱり興味ありげにこっちを見ている。


「……そっ、く……俺は……」


 そっくりさんです。なんて言い訳は通用するだろうか?

 いやいや、そもそもトワさんの前で下手な嘘はつきたくない。

 でも『俺は白銀の天使です』だなんて言い切って、トワさんに『プププ、ウケる』なんて笑われたりしないだろうか。


 そんなんされたらもう終わりやん。


 そもそも自分で『天使』とか言っちゃう男子なんておかし過ぎやしないだろうか。

 例えば晃夜(こうや)があの伊達メガネをキラリと光らせ、『俺は天使だぜ』なんて言い出した日には、俺は爆笑するだろうしこいつ頭でも打ったのかと疑いたくなる。


 ……ぐぅぅぅう。

 自身が羞恥に悶え苦しむ未来を想像し、激しい葛藤が俺の脳内で繰り広げられる。

 言うべきか、嘘をつくべきか。



「そっ……いや……でも、俺は……」


 どう答えるべきか、悩みに悩んでいるうちにイグニトール王国の首都『雷炎を仰ぐ都イグニストラ』の城門前まで到着してしまった。

 

 そして兵の詰め所から、わらわらとNPC兵士たちが集まりだす。

 その数は軽く20人を超えているようだ。



「えっ、何が起きてる? 白銀の天使さま、俺らはどうすればいいんだ」

「俺達、何かしたのか!? 白銀の天使さまは何か知ってる!?」

「敵!? みんな警戒態勢を取れ! 白銀の天使さまも頼む!」


 ええい、いちいち白銀って言わないで欲しい。

 まだ俺は断言してないのに……トワさんの目が気になって仕方ない。


 とにもかくにも、異常とも言えるNPC兵たちの対応に『白銀の天使疑惑』の話題が転化したのは僥倖だ。だけれどみんなが警戒するように、俺も同じくNPC兵たちを睨む。

 だって城門の前には俺達以外にも何人かの傭兵(プレイヤー)たちがいるわけだが、どうしてか俺達だけにNPC兵は集結していたのだ。


 これは何事かと思わざるを得ない。

 警戒を密にする俺達に対し、NPC兵たちは素早い身のこなしで綺麗に整列していく。

 そして一番先頭に立つ兵士長らしき人が高らかに宣言した。



「全員! 妹姫(まいひめ)さまに敬道を作って差し上げろ!」


「「「救国の妹姫(まいひめ)さま!」」」

「「「タロ姫さまに感謝を!」」」



 え、あ……?

 これはいったいどういう……?

 

 突然すぎるNPC兵たちの発言に俺は困惑するばかりだ。


 二十数人以上のNPC兵たちが、ザッと跪いて道を作ったのには壮観だったけれど……いつまでも彼らを地面に着かせているわけにもいかないし……俺も立ちつくしている場合じゃないので、どういう事か尋ねてみる。


「あの、姫ってどういう事ですか?」


「イグニトール女王陛下が救国の英雄タロ様を、陛下自らの妹(ぎみ)のように扱えと……国民にはそうお達しが出ております」


「さらには女王陛下と義姉妹の約定をおかわしになるとか!? 喜ばしいお話が流れ、民の心は喜びに満ちております!」


 ほ、ほう……そんな噂が立っているのか……。



「タロくんってお姫さまだったの!?」


 妙に喰い気味に俺へと問い掛けるトワさん。彼女の目が『白銀の天使疑惑』が出ていた時よりも数段キラキラと輝いている。その期待に満ちた眼差しで見つめられてしまっては、男として頷かざるを得なくなってしまった。


「アハハ~」


 苦笑いを浮かべ、苦し紛れの逃げ道に飛び付く他ない。

 


「ひ、姫です」


 なんだかひどい墓穴を掘った気分だ。


 やんわりとピースなんかして、ひきつった笑顔で『姫です』なんて言う日が来るとは……夢にも思わなかったです。



 そんな俺の心情なんか知る由もなく、『すごいな、姫様だったのか』『NPCの国から姫認定って事件じゃないか!?』『一体どんな隠しルートのクエストをクリアすれば姫なんてなれるんだ!?』と男性陣は驚きつつも称賛してくれた。


 そうポジティブに考えよう。


 これで『白銀の天使』がどうのって話題は乗り切れたわけだし。逃げ道を選んだ、見栄を張ったとも取れるこの行動だったが、本命のトワさんに至っては純粋に『すごい』と褒めてくれたのでこれにて一件落着。

 正直なところ天使も姫も俺の中じゃ、そう変わりはないのだけれど……トワさんの中では何かしらの価値基準があるのかもしれない。



 とにかく俺の心の安寧は保たれたわけで、トワさんには頼りになる男だってアピールもできたと思う。上出来じゃないか。


 ちらりと男性陣を盗み見る。

 俺が男として勝負できる点は少ない。なにせ顔と身長はこの通り、男らしさを競い合えるレベルではない。



 しかし男といえば権力・経済力・学力の三高がまずものを言うんだったよな。

 そのうちの一つ、兵士たちの挙動からして俺の権力は十分に示せた気がする。


 ふふふ。

 俺は鼻高々に『雷炎を仰ぐ都イグニストラ』へ、ビップ待遇で入城だ。

 さぁトワさん、エスコートは俺に任せてく――――



「タロくん、お姫様(・・)ってすっごく可愛いね(・・・・)!」


 おぉう……。

 トワさんの言葉がグサリと胸に刺さった。






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― 新着の感想 ―
[一言] 70年代?のTVドラマで同様のがありましたよ。:”俺たちは天使だ”私立探偵 男二人 例えば晃夜こうやがあの伊達メガネをキラリと光らせ、『俺は天使だぜ』なんて言い出した日には、
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