226話 少女は笑う
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
『彩菌に飢える天動球』の発動に伴い、突如として現れた数々の電球。
それは落とされた【血濡れた永久瓶】から、大気中へと散布された【彩菌・凍度色】を即座に吸って数を増した。
ちなみに【彩菌・凍度色】は今のままでは使い物にならない。なぜなら瓶より割れ出た瞬間から、【凍度色】の各数値が大幅に減少したからだ。
【彩菌・凍度色】
【感染力:7 → 3】
【繁殖力:3 → 0】
【順応性:2 → 0】
大気中へと踊り出た瞬間から、このような低数値へと成り果ててしまったのだ。
「それにしても、天より吊るされた電球の数は全部で三十六か……」
ほんのりと明滅する電球一つ一つには、大気中の成分などを読み取る能力があるらしく、それを色として俺に伝えてくれる。
電球たちは一見すると不規則に吊るされているように見えるけれど、実は違う。中心にある電球を俺と見立て、そこから四方八方に広がりを見せている電球は、大気中の成分を把握した位置を大まかにトレースしている。
つまり中心の電球から右斜め前にある電球は実質、俺の右斜め前に存在する大気を読み取っている。
一個一個の電球の差は3センチから10センチ、これは実際の空間に見立てると3メートルから10メートルの空間にある成分を把握する事になる。
「これを……一気に、処理して察知するとか……」
発動してみてわかったのは、かなり扱いが難しいアビリティだという事。
電球が多ければ多い程、自分の周辺にある成分を探る精度は上昇するだろう。けれど36の地点を瞬時に把握とか、なかなかにシビアだ。
電球の灯は似通った色みを帯びてはいるけれど、その濃さは違う。
全体的に緑っぽい。けれど幾つかの電球だけは異なった色となっている。
:電球の色は周囲の属性を表しています:
:光の濃度が深い程、電球内に宿した彩菌の繁殖に適しています:
ログから察するに……。
「森だから電球の光は緑っぽい? ……ええと、濃ければ濃い程【彩菌・凍度色】が繁殖しやすいと……」
考察しつつも、一つの電球より流れ出る情報をしっかりと確認する。
:原環境【深緑光】:
:気温【8度】:
:複合可能な大気成分値【木値10】【草値5】【土値6】【暖値5】【冷値5】より、10値まで可能:
:内在彩菌【凍度色】:
【感染力:3】
【繁殖力:0】
【順応性:0】
うーん、やっぱりか。
元の【凍度色】より数値が断然落ちている。
次に緑っぽい電球の中でも、数本の電球だけ色に混じりのある方へ目を移して気付く……それは、ちょうど敵の槍傭兵が3人いる地点を示す電球だ。緑に赤や黄が染み込んだ色あいに明滅している。
:原環境【深緑光】:
:気温【8度】:
:複合可能な大気成分値【木値15】【草値8】【土値7】【暖値3】【冷値7】【人間値4】【魔素値2】より、10値まで可能:
:内在彩菌【凍度色】:
【感染力:2】
【繁殖力:0】
【順応性:0】
複合可能な大気成分に【人間値】というものがあるので、おそらくは……このような色みを帯びている電球は他に4点。つまり、目の前の槍傭兵の他に4人以上の敵が森の中に潜んでいると。
なるほどな。
この天動球は彩菌が適した箇所を探るだけでなく、敵の居場所も知れると。
そこまでわかったところで、こちらを警戒していた槍傭兵たちが動きだした。
「あの銀髪っ子……何もしてこないな?」
「こけおどしか?」
「なんだかわからないが、いつまでもこうしてる訳にはいかない!」
どうやら、様子見から痺れを切らしたのか攻勢に移行した。
うん、正直に言ってまずい。
一度止んでいた矢も再びこちらへと狙いを定めたようで、ブルーホワイトたんが叩き落としてくれるものの、槍傭兵3人に対する牽制もあるのでチラホラとこちらへ抜けてくる。
トワさんも鞭で迎撃してくれたりするけれど、どうしても弓矢の方に警戒がいってしまい完全防御までには至らない。
そうなると矢のいくつかが電球へと当たり、砕けてしまうのは必然だった。
すると電球から青の液体……【彩菌・凍度色】が流れ出す。だがそれはジュッと蒸発するように一瞬で消滅してしまう。
どうやら彩菌に適した環境下ではなかったようだけど、液体の振りかかった土がわずかに凍っている。
ふむふむ、直接散布しても凍傷程度には威力を発揮すると。
しかし電球が減ると周囲の情報を探れるツールが一つ減る事になるわけで、壊されるのはあまり得策ではないか。
「主さマ、申し訳ありませン」
「ん、だいじょうッッぶ!」
分析している最中にも敵の槍は猛然とした突きを放ってくる。
そのうちの一本がブルーホワイトたんの防御をくぐりぬけ、さらに一つの電球を突き壊してしまう。するとどうだろうか、敵の槍先にみるみると霜が張ってゆき、冷気を漂わせ始めたではないか。
しかも明らかに先程よりも矛先の輝きが増したように思える。
武器にも感染するのか……って、攻撃力を上げちゃってないか?
まるで氷槍、そんな変貌に舌打ちをせずにはいられない……が、待てよ。崩壊因子を混ぜ込んだ彩菌を使えば、武器や防具もボロボロにできるのでは?
「あの電球に触れるな!」
「状態異常をくらいそうだぞ!」
「凍傷か? しかし俺の武器は……氷属性の追加効果がついたぞ!」
考察と推論をいくつか立てつつも、概ね『彩菌に飢える天動球』についての性能は理解した。
あと実験すべき点は……彩菌の適合性強化と変質、そして仲間への感染の有無かな?
これは一度で全部実験できそうだ。
彩菌は今のままでは環境に適していない。ならば周囲に散らばる【複合可能な大気成分】を天動球で吸収し、混ぜこんで繁殖可能な彩菌へと昇華させる必要があるようだ。
【木値15】【草値8】【土値7】【暖値3】【冷値7】【人間値4】【魔素値2】の中から、それぞれ10まで取り込む数値を設定し、天動球の中で新しい菌を生成する。
おそらく、木値を注ぎこめば木々への細菌感染力が増したりするのだろう。その予測が当たっていれば、【人間値4】は欠かせない。残り6数値を吸収できるわけだが、次に優先すべきは……魔素値というのはMPが関係しているのか? 不確定要素の高いものを取り込むのは避けておこう。
彩菌のステータスには【感染力】の他に【繁殖力】や【順応性】などの項目をあったから、やっぱりフィールドに適した数値を伸ばすのが上策なのではないだろうか。
なので【木値】4と【草値】2を追加する。
そうしてできた天動球の数値を窺えば、
:内在彩菌【凍度色】:
【感染力:2 → 5】
【繁殖力:0 → 2】
【順応性:0 → 4】
と上昇していた。
まだまだ本来の【凍度色】のステータスは引き出せてはいないものの、【順応性】に関してはオリジナルよりも数値が2も高い。
この調子で、どんどん色のおかしい天動球の【内在彩菌】をカスタマイズしてゆく。
ちなみに目の前の槍傭兵たちがいる地点担当の天動球にのみ、【土値】の数値を高めに設定しておく。なぜなら道に木々は生えてないからだ。
全部で5つのカスタマイズ済み彩菌を完成させた俺は、さっそくバラまこうとする。
:彩菌を生成させる地点を選択してください:
一つは沼化で身動きの取れない仲間二人と槍傭兵三人の中間地点、ちょうど敵から背後を取るような場所に指定する。
こうして俺が見える範囲での選択は細かくできるけれど、他の四カ所、森の中は天動球を通しておおまかな位置しか設定できなかった。
「よし、彩菌感染っと」
ものは試しの気分でウィルスを散布……ん?
しかし、俺の想像とはだいぶ違った事態が槍傭兵三人の背後で発生する。
それは一本の天動球、電球が虚空より垂らされ――何やら不思議な光を地へと降り注ぐ。するとどうだろうか、その光に呼応して地面より氷でできたキノコがニョキニョキと三つ四つと生え出したではないか。
「キノコ……」
うん、見た目はだいぶ綺麗な、現実にあったらとっても美しいキノコなんだろうけど……なんだろう、なんかこう違う気がする。
これって森の中の4地点でも起きている現象なんだろうか?
微妙な感情を持て余しながら様子を窺っていると、どうやらキノコが胞子を放出し、それが彩菌としてばらまかれているようだった。
ほんのりと粉のような物がキノコの周囲を舞い……消えていった。
なるほど。ウィルスの順応性や繁殖力を強化し、環境に適した細菌としての形へ変化させるのがこのアビリティの真骨頂なのか。
今回はそれがキノコの胞子。
そしてその効果は……【感染力5】の威力とやらは、かなりのものだった。
まず最初に変化が訪れたのは槍傭兵たちで、急に動きが緩慢になり始めた。
「な、なんだ!? 何をした!?」
「いつの間にデバフだと……タイプ【疫病】!?」
「何もされていないのに、『氷人化の病』って何だ!?」
まるで壊れてしまった人形のようにカクカクと身体を動かし、ついにはその動きを止めてしまう。良く見れば顔や肌の部分が氷晶化しているようで、あんな状態では身動きするなど不可能に近い。
そんな隙だらけの敵をブルーホワイトたんの拳が容赦なく砕いた。次々と氷粒の煌めきとなって、宙空を舞う敵傭兵さんたち。その無残な様とは正反対に、ブルーホワイトたんの姿は勇壮だ。
そして氷晶化は敵だけに留まらず、沼に足をとられていたゴハンゴッドさん達にも及んでいるようだ。彼らは沼であがくどころか微動だにしていない。
「あー……やっぱり仲間にも有効なんだ。トワさん、シズカマシロさん、ちょっとここから離れた方がいいかも?」
そうして二人に下がるように言いつつ、俺は念のため風呼び姫のフゥを召喚する。胞子が感染の原因ならば、風力で俺達の周囲には運ばれないようにすればいいと判断したわけだ。
キノコが生えてからどれぐらいの距離が感染の射程範囲なのか、この際だから観察したかったけれど……ウィルスの【繁殖力】や【順応性】によってその辺も変化するのだろう。結論から言うと環境によってその範囲が変わるのならば検証は無意味だ。
「うーん……発動した時の原環境が違う度に、彩菌の順応性やらを調整するのって、けっこう面倒なアビリティだなぁ」
そもそもキノコという形状を得ても、繁殖力や順応性が低くなってしまってはダメだ。もしかして【木値】を多めに取り入れた天動球から生成されたキノコは、木に生えたのではないだろうか。確認する必要があるな。
腕を組みながら今回の収穫を頭の中でまとめ、ついでにブルーホワイトたんに事後処理をお願いしておく。
「ブルーホワイトたん、森の中にいる氷人をお願い。あと、氷キノコの生えてた場所も教えて欲しい」
「御意でス」
ちなみに森の中に潜んでいる敵傭兵が感染したかどうかは、すぐに判別がついた。なぜなら、彼らがいるであろう箇所に呼応する天動球の色が変化し、【人間度4 → 0】へ変化し、新しく【氷度3】という物が加わっていたからだ。
「まぁ、相手の位置や状態が遠方からでも察知できるのは美味しいな。あとはウィルスの調整中に俺を守ってくれる前衛がそろえば問題ないって感じか」
しかし、強力な彩菌だけれどフレンドリーファイアはなかなか使い勝手が難しいところだ。どうしても活用には難がある。
「あの……タロ、くん?」
アビリティの有用性について考察していると、不意にすぐ近くからトワさんの遠慮がちな声が響く。
おっと、自分の世界にばかり浸っていてはダメじゃないか。ここはトワさんを安心させないといけない場面だったな。
「あ、なに? もう敵の心配は必要ないよ。森に潜んでる傭兵たちはブルーホワイトたんに砕かせに行ってるし」
それにまだ何かあっても心強い味方もいる。
「不測の事態があっても、フゥがいるから大丈夫だよ」
「たろりんは守るーん♪ たろりんのお友達も守るーん!」
にぱぁーっとトワさんに笑いかけたフゥは、ちょこんと俺の頭に鎮座する。
「そんなに平然と言われても、ね? 何が何だか、わからなくて……ね?」
困惑するトワさんに続き、シズカマシロさんもおどおどしながら俺に語りかけて来た。
「君は一体、何をしたんだ……? 電球みたいのがズラっと並んだかと思えば……君はその場で動きもしないのに、敵を簡単に無力化って……」
うーん。
傍から見ると、俺が突っ立っていただけで敵の様子がおかしくなったように見えたのか。自分ではけっこう働いたつもりだったけれど、確かに一人でに電球やらキノコが生えて終わりって感じだもんな。
「……こんな圧倒的なPvPの終わり方なんて初めて見た……」
ポツンと畏敬とも感動とも取れるような声音で、俺を見つめるシズカマシロさん。だけどまだ俺のやりたい事は終わっていなかった。
「まだ終わりじゃないよ。ほら、あの二人が元に戻るまで待っておかなくちゃ」
そう、味方でありながら感染してしまったゴハンゴッドさんとヒロキさんの検証結果を見定めるまでは終わりじゃない。
「だって、ウィルスの効果が何分持つのか観察しておかないと。貴重なデータだから」
満面の笑みで以ってハッキリと伝える。
「あははッタロくんって、あはは。ぶれないねー」
「あ…………はい」
するとトワさんは可笑しそうにお腹を抱え、シズカマシロさんは怯えたように一歩下がった。
俺達はそれからしばらく、氷漬けにされてしまった二人を眺め続けた。
ジーッと二人を見つめていると、彼らの表情は動かないのに何故か居心地が悪そうな気がした。
別にこれは拷問とかしてるわけじゃなくて、ただ仲間が元の状態に戻るのを待っているだけですよ?
データが欲しいなんて黒い本音は、にこやかな笑みの裏にすっぽりと隠しておかないと。
フフフ。
誤字脱字機能でのご報告、誠に助かっています。
ありがとうございます。




