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225話 血濡れた錬金術師



 (あかね)ちゃんを守ると決意したものの、道中は何度か往復した事のある身だ。つまりは慣れた道筋なわけだから、その、な?

『見識者の髑髏(どくろ)覆面(バイザー)』も装着してしまって、呪いによって着脱できない以上、ちょこーっとぐらい採取をした方が合理的というものだ。



「トワさん見てよ、この草。これがポーションの元になるんだよ」


 俺が『雑草』を見せれば、トワさんは驚いたようにして話題に飛び付いた。


「えっ、そうなの? 『賞金首と競売(ウォンテッド)』で取引されてるポーションって高いから、NPCが売ってるポーションを私はいつも買ってるけど……そういえば、タロ君のポーションってすっごく便利だったような……?」


「ふふーん。実はね、この何の変哲もない雑草を上位変換するとね――」


清潔な草(クリア・リーフ)』ができて、『水』の失敗作である『汚水』と混ぜれば『浄化水』が作れるのだ。ここで肝なのがわざわざ失敗作を利用する点でね、仕上げに『スライムの核』と合成すれば『翡翠(エメラル)の涙(ポーション)』の出来あがりだ。

 そんな裏話を話そうと思っていたけれど、俺の説明は序盤で(さえぎ)られてしまう。



「おいおい、『雑草』って相場1エソで出回ってるゴミ素材じゃん」

「そんなので200エソ近く販売されてるポーションが作れたら、誰でも金持ちになれるって話な」

「トワさんが素材関係に(うと)いからって、ホラ吹き込むなよ」


「子供だからって大目に見てたけど嘘はよくないな」

「そもそも上位変換って……ゴミスキルで有名な錬金術かよ」

「残念な子だな……お兄さん達が何か恵んであげようか?」

 

 哀れな子供傭兵(プレイヤー)に施しを与えてあげよう、なんて優しさをアピールし出す男性傭兵(プレイヤー)たちに内心でムッとなるけれど……『錬金術』のイメージが芳しくないのは熟知していたので、冷静に対処しておく。



「みなさんに悪いので大丈夫ですよ」


 

「なんだよ、可愛げのない奴だな」

「素直に受け取っておけばいいのに」


「レベルが俺らより、1だけ高いから配慮したってか」

「まぁまぁ、子供相手にそんなにムキになるなっての」



 なんて不満そうに呟く面々にちょっとだけ嫌気がさす。

 晃夜(こうや)がたまに『女性プレイヤーにだけ優しく接して、初対面の男性プレイヤーにそっけなくする不快な輩がいる』と愚痴っていたけれど……なるほど、ちょっとこの人達はそういうケースに当てはまるのかもしれない。

 耳にした時は他人事のようにそんな人達もいるんだなぁと思っていたけれど、実際に自分がやられるとけっこう苦しいものがあった。


 街中で積極的に女性傭兵(プレイヤー)に絡みに行くけど、男性傭兵(プレイヤー)には見向きもしない。そんな人達がいるのもネトゲならではの現象なのだろう。



「ちょっと、みんな……さっきからタロ君に感じ悪いよ? タロ君は嘘をついてないと思うし、そーいうのはなんか良くないと思うの」


 トワさん、フォローをありがとう。どうにか便乗して俺が『一応これがさっき言った【翡翠(エメラルド)の涙】ってポーションで……』と見せてみると『プレイヤーから買ったもんをひけらかすなよ』や『見たことないタイプだな。さぞ高値で取引したんじゃないか?』と完全にアウェー感で、なんだか気持ちが引っ込んでしまう。



 多分、トワさんが俺を庇えば庇う程、彼らも俺に対してムキになりそうな気がするんだ。



「トワさんとタロ君、お二人は仲が良いのですね」

「子供に嫉妬すんなって」


「なんか面白くないけど、まぁ人数は多い方が安全か。と言っても錬金術キッズだから、戦力として期待できなそ」


「そんな事より、このまま真っすぐ行けばイグニストラにはすぐ到着するんだっけ?」



 ええと……確かにこの辺を真っすぐに横断すれば、イグニストラへの最短コースって事は間違いないのだけれど。

 そんな人通りの多い、特にイグニストラへ初めて行くであろう傭兵(プレイヤー)が通りそうなコースを、PvPが跋扈する世界で誰が放置するだろうか。

『百騎夜行』のみんなから聞いた情報だと、けっこうな確率でイグニストラ初見狩りに遭遇するそうだ。


 

「この道を真っすぐ行きますと、傭兵(プレイヤー)を待ち伏せしてる集団に遭遇するかもしれません。右に迂回しながら移動した方が時間はかかりますが安全かと思います」


「待ち伏せって、それは確かな情報なのか?」


「絶対にいるとは限りませんが……」



「右に迂回って……森じゃんね。けっこうモンスターが沸くんじゃないの?」

「それをいちいち処理しながら進むとなると時間をくうな」

「こっちは5人パーティーだし、万が一PvPに巻き込まれても何とかなるだろ」


 どうやら俺の意見には否定的なようだ。

 それとパーティーの人数はトワさんと俺、男傭兵(プレイヤー)の4人。つまり全員で6人パーティーなはずだけど……俺は戦力外通告って扱いか。


「私はタロ君の言う通り、右の森から行った方がいいと思う。この中じゃ、イグニストラに行った事あるのってタロ君だけだしね?」


 唯一、肯定してくれたのはトワさんだけ。


「トワさんがそうまで言うのなら、多数決で決めましょうか」


 しかし彼女でも流れは止められなかった。

 そうして案の定、俺達は最短ルートを進む事に決まった。





 俺の言が信用に値しない。

 そう判断される原因はハッキリとしていた。


 それはPTを組んだ時に簡易的に見れるステータスだ。



タロ Lv8 HP101 MP230

トワ Lv7 HP240 MP80


ゴハンゴット Lv7 HP270 MP65

シズカマシロ Lv7 HP140 MP180

ヒロキ    Lv7 HP340 MP46

にょろ太   Lv7 HP200 MP110



 俺はレベル的に一番上なのにHPが著しく低い。その半面MPが装備の恩恵で高いので、トワさん以外は当然のように魔法職と判断した。それから『どんな魔法アビリティを使える?』と聞かれるのは必然で、『魔法スキルは持ってない』と正直に答えたら疑心の目を一斉に向けられた。



「MP上げてるのに、魔法スキル習得してないとか……」

「めちゃくちゃ、というか基本がわかってない?」


「よく8レベルまで上げられたな……」

「やっぱりヤバい奴じゃん」



 完全に残念なキッズ扱いされてしまったのだ。


 彼らにそんな風に判断されてしまうのも無理はなかった。なぜなら彼らも彼らなりによく研究しているようで、パーティーバランスはオーソドックスながらも強固な布陣だったからだ。

 まずはモンスター調停士(テイム)という希少スキルを持つトワさんを遊撃とし、HPの高いヒロキさんが盾役を担う。ゴハンゴッドさんが近接攻撃役で、中距離攻撃と回復役の両方をカバーできるのがにょろ太さん。そしてMPの高いシズカマシロさんが魔術師(キャスター)という役割を持っている。


 ちなみにトワさんは自分の影に『闇夜の(ダークル)眷族(バッド)』という蝙蝠(こうもり)型のモンスターを五匹、仲間として潜ませているようだ。



 これだけ対応力に富んだパーティー編成をできるのだから、俺に対する評価が低くなってしまうのは自然な流れだ。ブルーホワイトたんと一緒に戦える事や風妖精フゥの召喚に関しても一応は説明したのだけれど、『そんな召喚アビリティなんて聞いた事ないぞ』『見栄を張るのも大概にな』と一蹴されてしまった。

 トワさんが俺をフォローしても、みんなが半信半疑になってしまうし……ここで俺が対抗心むき出しになってフゥなどを呼んでも険悪なムードになりかねないので、そっとMPの温存に努めておいたのだ……敵が現れなければそれでいいし、襲われた時のために力は蓄えておこう。


 なんて気軽に考えていたけれど、やっぱり俺が懸念していた事は起きてしまった。



 それはあと5分程で『雷炎を仰ぐ都イグニストラ』へ到着するといった地点で起きた。


 道の両端は背の高い森に囲まれ、待ち伏せするには絶好の場だと警戒を促すも、『ここまで来て襲ってくる傭兵(プレイヤー)とかいるか?』『目的地も目と鼻の先だし』『城壁たっけぇなぁ~、こっからでも見えるぜ』なんて男性陣は新たな都市が遠目で視認できる事に胸を踊らす。

 テンションが上がってしまったのか、彼らの逸る感情がPTをやや小走りにしてしまった。

 

 その多少の勇み足が、どっぷりと罠に浸かってしまう要因になったのだ。

 


「あ?」

 

 まずは唐突に疑問の声をあげたのがヒロキさん。

 後続にいた俺達には、ハッキリと先頭を進む盾役のヒロキさんが沈んだのが見えた。


「なんだ!? これ、なんだ!?」



 ヒロキさんを始め、こちらのパーティー陣に動揺が走る。地面に下半身を沈め、まるで沼に絡め取られてしまったかのような緊急事態。二番目に前を走っていたゴハンゴッドさんも片足から転ぶようにして沼に突っ込んでしまい、もはや体勢を崩して顔まで半分埋まってる始末。こちらの防御と近接戦の要となる人物は一瞬にして移動の制限を受けてしまった。



「やばいぞこれ! 何が起きてる!?」


 それはイグニトール継承戦争において、俺が砦の防衛戦で大打撃を被った罠を小規模にしたもの。見慣れた魔法、『沼化』の単体発動型だとすぐに予測できた。

 あの時は何人もの術者によって数カ所に仕掛けられた沼を同時に発動して大沼を発生させるという大規模な魔法だったけれど、今回はおそらく単体での発動だ。

 

 それでも容易く二人の傭兵(プレイヤー)の自由を奪ったのだから、強力なトラップ型の魔法アビリティだと言える。

 


「早く引っ張れ!」

「俺を助けてくれ!」


「今助けるから待ってろ!」


 ちょっとストップ! 一度、沼に入ってしまった傭兵(プレイヤー)を助け出そうとしたら、自分達だって沈みかねない。そんな事をしている暇があったら、左右の森に警戒して防御態勢を取った方がいい。


「助けるよりも森の方に警戒を!」


 俺の叫びはやっぱりトワさんにしか届かず、中距離攻撃と回復役を担うにょろ太さんがゴハンゴッドさんを助け出そうと駆けだす。


 そこを待ってましたと言わんばかりに、左右から二人ずつ傭兵(プレイヤー)が飛び出してくる。合計4人の敵傭兵(プレイヤー)は全員が長槍を所持していて、もちろんその切っ先の狙いはゴハンゴッドさんとにょろ太さんだ。


 予想はできても後手後手に回るしかできない。

 そんな自分に無力さを覚えながらも、俺は素早く『人形の支配師(ドミネーター)』を発動。両の手に『導き糸』を張り巡らせ、『白青(はくせい)の雪姫』を眠りから呼び覚ます。



「お呼びですカ――主さマ」


 銀箔(ぎんぱく)の氷粒を周囲に霧散させながら、瞬時にして俺の背後に顕現するブルーホワイトたん。

 問い掛ける彼女に俺は無言で頷き、『氷花』のアビリティを発動してもらうべく『導き糸』を手繰り寄せる。



 どちらが早いか、正直不安ではあったけれど……味方二人に突き刺さろうとしていた敵の矛先が止まった事でどうにか間に合ったと確信。


 間一髪でブルーホワイトたんの『氷花』が槍持ちの敵傭兵(プレイヤー)の足元に咲き誇り、その動きを完全に制止させたのだ。



「え、助かったのか?」

「俺達、えっ?」

「まさかタロくんが、これを……」

「急に美少女が現れたぞ!?」


 沼地に足を取られたヒロキさんを(はじ)め、仲間の男性傭兵(プレイヤー)陣は目を丸くして俺とブルーホワイトたんを交互に見つめる。

 そんな唖然としている味方に、俺はそんな暇はないと厳しく言い放つ。



「戦いはこれからですよ! 動きを封じた四人の槍使いに早く攻撃を仕掛けてください」


 まだ戦いは終わっていないのだ。

 俺の言に一早く動いてくれたのはトワさんだけで、彼女は手持ちのムチを振るって膝下が『氷花』によって凍結させられた右側にいる傭兵(プレイヤー)に狙いを定めたようだ。

 彼女の手から伸びる鞭はしなり、一振りで見事に二人の傭兵(プレイヤー)に打撃を与える。

 


 魔術師(キャスター)クラスのシズカマシロさんはそれから数秒後にようやく詠唱に入ったけれど、それはあまりにも遅い判断だ。しかも彼の視線の先を追えば、狙いがトワさんとブレていて左側の槍持ち傭兵(プレイヤー)二人になっている。



 さらに俺の頭上についている『銀狐の耳』が、物理攻撃の危機を悟らせる甲高い音を捉える。何かが直線的に急接近しているようだ。

 その音の軌跡はキィィンと予兆を鳴らしながら、魔法の発動より遥かに早い直線を描いてくる。


 その正体の答えは弓矢だろう。

 速攻性のある攻撃で、こちらのせっかくの反撃のチャンスを潰す。そういう魂胆が透けて見えるのであれば、矢の軌道を音で先読みするのみ。



 ただ、一つだけ気になったのは『銀狐の耳』が他の高音とは異なる轟音を拾った事。だからブルーホワイトたんをその場に残し、俺だけが走りだす。


 飛来する矢の精度は決して高くはない。

 音のする部分を正確に見極めて、射ぬかれない箇所へ移動しながら俺は左側の槍持ち傭兵(プレイヤー)に接近する。魔法職(キャスター)のシズカマシロさんの狙いと合わせるために。

 


 接敵と同時に『導き糸』を絶ち、その手で刀の柄を握る。


「――――()太刀(たち)


 ローブの裾より隠しておいた薄金に輝く刃をひらめかせ、俺は確実に1人の傭兵(プレイヤー)をキルすべく連撃を浴びせる。


時雨(しぐれ)紅桜(べにざくら)


 舞い散る紅桜が如く、上段より赤い太刀筋が幾重(いくえ)にも降り注ぐ。通常攻撃の0、5倍の威力を5回~7回ほど与える刀術アビリティは確実に敵傭兵(プレイヤー)のHPを削る。


 次いで、背後よりキィンと何かを弾く金属音が響く。

 振り向けば、ブルーホワイトたんが何本かの矢を叩き落とした音だった。俺にはあんな完璧な芸当はできないから、シズカマシロさんを守るために彼女を残したのは正解で、やっぱり期待通りの働きをしてくれる。

 

 こちらの高火力傭兵(プレイヤー)を容易く失うわけにはいかないからな。


 そう安心できたのも束の間で、続いて視界に入った光景には驚きを隠せなかった。

 全ての矢を弾いたブルーホワイトたんに一本の長大な槍が、森の奥より流星の如く赤い光を帯びて撃ち出されていた。


 気付けばそれは一瞬で、その速度を目で捉えたと思えば既に届いている。そう錯覚させるほどの圧倒的なスピードを誇っていた。



「痛い、ですネ」


 矢よりも何十倍の威力で以って白青(はくせい)の雪姫を貫かんとしていた矛先は、彼女の右手一つで止められていた。

 あれを受けとめたのがブルーホワイトたんでなければ、一撃でキルされていたのは容易に予想ができる。

 敵の決め手となる攻撃手段を引き出せたのは僥倖だったけれど、これではブルーホワイトたんを下手に動かせない。彼女しかあの投擲(とうてき)槍に防御手段を持っていないのだ。


 このタイミングで、シズカマシロさんの魔法攻撃によって確実に敵戦力を1人はキルしておきたい。



「くっ、ごめん……失敗だ」


 どうやら提示された詠唱問題を解けなかったようで、シズカマシロさんは魔法の発動を失敗してしまったようだ。


 となると、戦況はかなり不利。

 反撃は十分に決まらず、にょろ太さんは俺の制止を聞かないでゴハンゴッドさんを助けに行って沼に片足を沈めている状態。しかも沼組は身動きが取れず、矢によってダメージも受けている。


 敵の槍使い四人の足元にあった『氷花』も消え失せ、近接系の敵傭兵(プレイヤー)は全員自由の身。俺は一旦、ブルーホワイトたんの方へと下がり、戦況分析と次なる敵の攻撃に備える。



「敵は少なくとも、4人+4人はいるな……」

「タロ君、どうしよっか……」


 トワさんが不安気な声を出す。


 それもそのはずで実質、八対三の構図に頭が痛くなる。

 いや、こちらにはブルーホワイトたんがいるから八対四か。

 なるべく攻撃と防御の要であるブルーホワイトたんを、俺達から遠ざけたくはない。ならば、できる事は――



「ブルーホワイトたん、一撃離脱ですぐに戻って来て」

「御意ニ……」


 警戒すべきはあの投擲槍。あれほどの威力と速度を出すには、次のリキャストタイムまで何十秒かあるはず、という読みに賭ける。

 しかし、ブルーホワイトたんをフル活用してもこちらの戦力は容易く削られていってしまう。



「ぐぁっ」


 回復職であるにょろ太さんは反撃する術もなく、突き出された三本の槍に貫かれてキルエフェクトをまき散らす。槍使いの1人はブルーホワイトたんによって殴り飛ばされ、一撃キルを喰らわせたもののこちらが追いこまれているのに変わりない。


 散発的に襲い来る弓攻撃でこちらの動きは防戦一方、おまけに敵は森に隠れていて位置が掴めない。反撃しようにもどこを狙えばいいのやら……。


 槍使いたちもブルーホワイトたんの火力を恐れ、長いリーチを活かしてチマチマと牽制するだけに留まり、たまに沼組をチクチクしている。

 


(わずら)わしいな……」



 敵の戦術もさながら、『見識者の髑髏(どくろ)仮面(バイザー)』のデバフ、視界がやや暗くなるというのも困ったものだ。

 ようやく30分が経ったので即座に仮面を外し、ブルーホワイトたんと共に飛来してくる弓矢への防御対応をしながら耐え凌ぐ。



「二人とも、こっちに避けて!」


『銀狐の耳』がなければとっくに矢が突き刺さってキルされていたろうけど、なんとか物理攻撃の軌道を先読みできる恩恵を活かして、シズカマシロさんとトワさんの安全地帯への誘導を繰り返す。

 防ぎきれない矢はブルーホワイトたんに対処を任せてはいるけど、これをいつまでも続けるなんて無理だ。



「えっタロ君って女の子……って、あッ!」


 頼みの綱である魔術師のシズカマシロさんだけど……なぜか今回も魔法発動は失敗してしまったようだ。

 彼は慌てているけれど視線が俺に釘付けになっていて、次なる魔法詠唱を吐きだす素振りが見れない。もたもたしている彼に、これ以上の期待はできそうにないので俺とトワさん、ブルーホワイトたんでどうにかするしかないようだ。



「もったいないけど、試してみるか……」


 ならばと、インベントリから一つのアイテムを取り出す。

 それは『悠久なる植物学者ハーバリウム・サヴァン』で生成した【血濡れた永久瓶(ブラッド・グラス)】だ。ブルーホワイトたんによって生み出された氷花が封じられ、その鮮度を永久に保つための血、『月怪樹の光液』で満たされている。その装いはまさに植物標本であるが、内部で生成されたウィルスはかなり危険。


彩菌(ウィルス)凍度色(プラティエ)

【感染力:7】

【繁殖力:3】

【順応性:2】



 結局、試験的に彩菌(さいきん)生成を試みた三本のうち、順調にウィルスが育ったのはこの一本のみだった。

 だけど効果は絶大、一度感染さえすればこの状況を簡単に覆せるはず。



「そんなわけで、ポイッとな」



 俺の手から滑り落ちるようにその美しい瓶は、地面に衝突して盛大に割れた。

 もちろん、中で繁殖した彩菌は満を持して、閉ざされた世界ブラッド・グラスから解放されたのだ。



 さて、唯一の問題があるとすればこの彩菌(さいきん)を活用するのが難しそうだという点だ。それはこれから試して行く他ないので、俺は新たなアビリティを発動させる。



「――『彩菌に飢える天動球』――」



 するとどうだろうか。


 虚空より波紋が生じ、その中心地点から一本の導線が俺のすぐそばに垂れ下がる。

 その先端には電球が付いていた。

 そして波紋は次々と生じてゆき、一本が二本、三本、四本となって、【血濡れた永久瓶(ブラッド・グラス)】から大気中へと漏れ出た彩菌(さいきん)を養分として、どんどんその数を増してゆく。



「アレはなんだ? 見たことないアビリティだ」

「空中からぶらさがった電球……? おいおい、増え続けてるぞ」

「気をつけろ! 何か来るぞ!」


 槍使いの傭兵(プレイヤー)たちが警戒を強めるように一歩下がる。

 それもそのはずで、今の俺はひどく異様に映るだろう。

 

 天より吊るされた幾つもの光明。

 怪しく明滅する電球が俺の背後には無数に広がってゆく。

 その数は三十を軽く上回る。



「悪いけど今からここは、俺の実験場となり果てるよ」



 もちろん、トワさんを除いた味方も実験対象だ。

 なにせ【彩菌(ウィルス)凍度色(プラティエ)】がPTメンバーにも有害なのか、フレンドリィファイアがありえるのなら、今後のPT戦において貴重なデータ(サンプル)になりえる。



「さて、彩菌感染(パンデミック)の時間だ」



 ニヤリと(わら)う俺に、敵も味方もちょっと(おのの)いているようだった。




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