メリークルシミマス【番外編】
書く予定はなかったのですが……
ささやかながら、クリスマスプレゼント! という事にしちゃいましょう。ええ、そうしちゃいましょう。
本編とは全く関係のないお話です。
世界設定などはお気になさらずに読んでいただけると幸いです。
肌寒い季節でも大丈夫。
だって、暖房で暖かくした部屋とネットゲームがあるから。
人肌恋しい季節でも大丈夫。
だって、VRゲームを通して人との繋がりは確かに感じていられるから。
不健康?
言い訳?
なんて、心のどこかで切なさを訴える感情はクラン・クランというぬるま湯に溶かしてしまえばいい。
そんな風にしてとりとめのない思考にふけっていると、隣から溜息混じりの声が響く。
「もうすぐクリスマスだねー」
その女子らしい言葉に、俺はついピクリと反応してしまう。
いつもの如くクラン・クランにログインした俺は傭兵団『百騎夜行』の女子メンバー、ゆらちーとシズクちゃんと一緒にいた。
「そうだねぇ……もうすぐクリスマスかー」
シズクちゃんのしんみりとした呟きに、ゆらちも少しだけ寂しそうに窓の方を眺める。クラン・クランの中ですら、外の街並みはクリスマス色に満たされている。トナカイを模した街灯が道を照らし、端っこには大小様々な雪だるまがあったり……綺麗なイルミネーションの飾りが付いたクリスマスツリーまである。
イベント、という事でゲーム内の各都市には一時的にクリスマスが訪れている。
ソレは女子二人に誘われて来てみた、喫茶店『サンタが来る聖夜カフェ』の中からでも窺える程だ。新しく傭兵がつくったお店らしく、二人はお店に着くまでは上機嫌だったものの、店内に入ってそのテンションは一変して下がった。
『サンタが来る聖夜カフェ』という店舗名なだけあって、内装はオシャレで落ち着いている。二人のNPC店員が恰幅のいいサンタ服を着たオジさんっていうのも一味あって面白い。けれど時期のせいなのか、二人組の男女傭兵が仲睦まじそうに談笑している姿ばかりが見受けられたのだ。
きっとこの辺がゆらちとシズクちゃん、そして俺の気分を沈めている原因だろう。
「ねね、タロちゃんはクリスマス一緒にすごす相手とかいるの?」
長い髪の毛を揺らしながらシズクちゃんが残念な質問をしてくる。
クリスマスかぁ……茜ちゃんとクリスマスデートとかできたら幸せだろうなぁ。今のところその可能性はゼロだけど。
「あっ。うちも気になるかも! タロちゃんみたいに可愛いと、周りの男子が放っておかないんじゃない? いいなぁーうらやましい……」
赤いミディアムボブの髪を人指し指でちまっと摘まみながら、不満そうに口をすぼめるゆらち。そんな仕草すら可愛らしく映ってしまうのだから、彼女は十分に美少女だろう。
だがここで『ゆらちだって可愛いし、シズクちゃんも可愛いじゃん。二人こそ、クリスマスを一緒に過ごす相手がいるんじゃないの?』なんて聞く事は許されない。
面と向かって女子に可愛いと言うのは恥ずかしいし、先程の二人の様子からクリスマスを過ごす相手がいないと容易に判断がつく。そこであえて、『相手はいないのか?』なんて質問するのは嫌味っぽい気もする。
かと言って、俺だって一緒にクリスマスを楽しむ異性なんていない。
いるとしたら、例年通り――
「俺はユウぐらいとしか予定がないな……」
「えっ」
シズクちゃんが何故か固まる。続いてゆらちーも『サラッとユウと一緒って……タロちゃん強者……』なんて大袈裟に反応し出す。そこで二人にあらぬ誤解を招いてしまったと気付く。
さらにシズクちゃんは、夕輝の事が気になってる素振りを見せてたなと思い出したので慌ててフォローも入れておく。
「あー、毎年の事だから。ソロ同士、どっか行こーぜ? って。友達のノリだからさ」
そして街に溢れるリア充共の姿を眺め、勝手に落ち込むってのが毎度のパターンだ。ちなみに夕輝はイケメンなので、けっこうな確率でお姉さん方に声をかけられるから俺はさらに落ち込んだりもする。
「そっかぁ友達かぁ……」
安心するようにシズクちゃんが肩を下ろし、その隣でゆらちがニマニマと笑いだす。
「あれ? コウとは一緒じゃないのー?」
ゆらちの質問は非常に答え辛いものだった。
彼女にどう話せばいいのか、俺は逡巡してしまう。
「えっと、コウは――――」
「おいおい、俺の噂話か?」
「ゆらちもシズもこんなとこでタロを拘束してないで。1時からみんなでレベル上げに行くって約束でしょ」
落ち着いたテノールボイスが二つ。喫茶店内に和やかに落とされる。
振り返れば親友たちがあきれ顔で俺達の方へと近寄って来ていた。
「おー二人とも、いい所に来ちゃったね」
「ゆらち……時間を過ぎたのに集まらないから……来させられたの間違いでしょ」
「早い話、無駄話はやめてさっさと行くぞ」
「まぁまぁお二方、慌てなさんなって?」
なんて二人をなだめるゆらちーだけど、俺は彼女の口元が笑っている事に気付く。
うぁ、ゆらちがあんな顔をするのって『いい事を思いついた』って時なんだよな。そしてその『思いつき』とやらは、大抵が俺にとっては良くない事案だ。
「いまねー、クリスマスオフ会をしましょーってお話をしてたんだよ? タロちゃんとシズクとあたしの三人で!」
「えっ、ちょっとゆら?」
ええ!?
シズクちゃんの動揺に俺も便乗しようとしたが、早口にまくしたてるゆらちに遮られてしまう。
「ユウとコウ、あんた達も来ればいいじゃーん♪ ねっ、シズク?」
「えっ!? あっ、えっと……」
シズクちゃんがチラッと夕輝の顔を見ては頬が朱に染まって俯いてしまう。
あぁ……嬉しいけど恥ずかしくて、でも一緒にクリスマスを過ごしたいけど、やっぱり言い出せなくて……わかるよ、その気持ち。
だから、シズクちゃんのそんな仕草を見せられてしまえば、俺だって話を合わせたくなってしまった。
「クリスマスパーティーってやつだ。二人も来いよ」
俺の誘いに、夕輝は隣の晃夜をほんの一瞬だけ見る。どうやら、俺と考えた事は同じで、もしかしたら晃夜も今年は一緒にクリスマスを遊べるんじゃないか、そう期待しているように見えた。
「行こうかな。てっきり僕はいつも通り、タロと寂しく過ごすのかと思っていたけど、まさか裏切られるなんてね?」
俺が夕輝を裏切って女子とクリスマスの約束を取り付けた、なんて遠回しにイジってくるとは、なかなか自然に振舞えてるじゃないか。
俺も負けじと自然を装うことにする。
「おいおい、今年もメリーホモスマスが良かったのか? なぁ、この残念イケメンにコウも何とか言ってやってくれ」
自然に、極々自然に晃夜へと話を振る事ができたと思った。
それは多分、夕輝も同じで『いい流れをつくったね』と、笑顔を浮かべながら目だけで語りかけてくる。
こうして俺達の期待は水面下で膨らんでいったのだけれど……。
「わりぃな。俺はその日は、無理だ」
晃夜は軽く笑う。
その笑みは諦めの含まれた、一抹の不安と寂しさを覚える笑みだった。
◇
「タロちゃん、さっきは話を合わせてもらってごめんね。お詫びにクリスマスプレゼントは期待しててね」
レベル上げも一段落し、PT解散となったタイミングでゆらちが耳打ちをしてくる。
「別にそんなに気を遣わなくてもいいからさ。一緒に遊んでくれるだけで嬉しいよ」
「タロちゃん……可愛すぎるよぉぉお」
むぎゅっと抱きつかれ、俺の沈んだ心が飛び跳ねる。
ちょ、ちょっとゆらち、ゲームの中だからってそんなにすぐ抱きつかないで。
感触はあるんだから!
なんて内心の叫びを必死に抑えて、赤面しないように努める。
「ちょ、ちょっとゆらちっ」
「おぬしー照れてるなー? うりうりうりりーっ!」
「ちょっ、わわっ」
「あれー? なんだか面白そうな遊びをしてるね! 私も混ぜて?」
そしてシズクちゃんも混ざって余計にべたついてくる。
というか脇腹をまさぐるのやめてぇええええ、くすぐったいいいい。
そんな風にわちゃわちゃとしていると、夕輝と晃夜はクラン・クランをログアウトしてしまったようで、その場に残ったのはシズクちゃんと俺とゆらちのみになってしまう。
「ところでさ、ユウとは毎年クリスマス一緒にいるんでしょ? なんでコウとは一緒じゃないの?」
「それは……」
やっぱり言い辛い。それに俺の口から言っていい内容ではない。
だから、当たり障りのないように伝えるしかなかった。
「その、晃夜にとってクリスマスは楽しいものじゃないんだ。きっと……」
二人は俺の様子から、これ以上ツッコんではいけない空気を悟ってくれたようで、それから晃夜に関して聞いてくる事はなかった。
◇
『晃夜、さっきはその……ごめんな』
クラン・クランからログアウトした俺はまっさきに晃夜へと通話をかけた。
グループから発信したのですぐに夕輝も参加となり、今は三人での通話しているわけだが。
やっぱりちょっと空気が重い。
『いや、こっちこそ悪ぃな。気を遣わせちまったか』
『別にそんなのは大した事じゃないよ。やっぱり今年も家にこもるの?』
夕輝の質問に晃夜は静かな声音で語る。
『あぁ。いつも通り親父は24日と25日は仕事三昧で家に帰ってこねぇからな。純夜を一人にするわけにもいかないしよ』
弟の純夜くんを引き合いにする晃夜。
でも俺と夕輝は知っている。
晃夜のお母さんが病で命を落とした日が12月25日だという事を。
街が、世界がクリスマス色に染まって行く様子を見て、どうしても思い出してしまうのだろう。
晃夜はこの時期になると、何かを堪えるように表情が硬くなっていく。まるで暗い闇を固く閉ざす氷塊のように、それは冷たく重くなっていく。
そんな親友を傍で見守るだけしかできない俺達は、その度に無力感を味わう。いくら仲が良くても、この辺はどこまで踏み込んでいいのかわからない。
だって、俺と夕輝は――――
『本当はよ、純夜の奴もクリスマスとか……他の家族がわいわいしてんのを羨ましがってんだよな』
だって、俺がそうだからな……そう呟く晃夜に俺達は何も言えなかった。
俺と夕輝は家族を失う悲しみを、まだ知らない。だから安易な言葉をかける事は憚られたのだ。
『でも、母さんが死んだ日なのに。誰が楽しめるかよ……楽しんじゃいけないって、思っちまってな……』
夜闇の寒さに凍えるような、か細く震える晃夜の声にやっぱり俺達は言葉が出て来ない。
もしサンタが本当にいるとしたら、どうか晃夜の家族に『あたたかい』をプレゼントして欲しいと心から願った。
◇
12月25日。
誰が予想できただろうか。
今年のクリスマスは過去最高に恥ずかしい思いをするはめになるとは。
いや、ある意味例年の絶望を遥かに上回る絶望が広がっていた。
「はい! タロちゃんこっち向いてー!」
「スカートの端をちょこっと摘まんでくれると嬉しいかな?」
「はいはい! どんどん撮っちゃうよー!」
「せっかくのクリスマスパーティーだもんね!? 記念だもんね!?」
はしゃぐ女性陣二人。
ゆらちは赤のサンタ衣装を、シズクちゃんは青のサンタコスに身を包み、それはそれは可愛らしかった。
脇とか太ももとか、惜しげも無く見せちゃってるはしゃぎっぷりは、それはそれは傍から見ていて癒される。
それは俺が無関係ならば、の話だ。
クリスマスパーティーはゆらちが予約を取っておいてくれた、カラオケにて開催された。そこまでは何ら問題はなかったけれど、その後にこの鬼の撮影会である。
二人はカラオケに入るや否や、すごい勢いで『じゃーん! 二人で作ったの! これがユウのでコレがタロちゃんの!』『ク、クリスマスプレゼントだよ』と二人から手渡されたのが……ユウはフードにトナカイの角がついた、全身茶色のトナカイっぽい着ぐるみパーカーだ。そして俺は……白のサンタコス。スカートタイプで白いニーソックスとサンタ帽付きだ。
ふわふわもふもふのファーがバランスよく付いているデザインで、そのクオリティの高さから二人が全力を込めて作った渾身の出来だと窺えた。
そんな物をプレゼントされてしまえば……断われるはずもなく……なし崩し的に着替えさせられ……というか、その場でゆらちとシズクちゃんも一緒に着替える事になったわけで、二人の下着姿とか、あぁ天国とも言えるし、罪悪感から地獄とも言える光景を目にするはめになったわけで。
しかも、どうして女子って着替える時にあんな事をするんだ!?
精神的にも肉体的にも刺激的すぎる体験を経た俺を待っていたのは、恥ずかしさの極限を超越したサンタコス撮影会だった。
あ、もちろん着替えの際、夕輝だけ男子トイレでする事になったわけだけれど。俺もそっちが良かったし、むしろさりげなく離脱を試みたものの、獲物を狙う獣ばりの敏捷さで彼女たちに掴まったのは言うまでもない。
「うわぁぁあ。純白サンタコスのタロちゃん、天使すぎてほんと無理。死んじゃうっ」
「可愛すぎて、いっぱい抱き締めて、ずーっとお家に保管しておきたくなっちゃうよね!」
ヒィッ!
「今度は私達も一緒に写ろっ! ほら、ユウが撮ってよ! あっ、撮った写真は後でシズに送っておいてねー」
「えっ!? でも私達、連絡先が……」
「この際だから交換しちゃえばいいじゃーん!」
こうして俺はサンタコスをしながら写真を縦横無尽に撮られ続け、またトナカイパーカーを着た夕輝も無様な恰好で写真を撮られていった。
具体的に言うと、夕輝が四つん這いになって俺がその上に乗るという。お馬さんパカラパカラっ状態などなど……。
こうして地獄のカラオケ&お菓子&ジュース&撮影パーティも3時間が過ぎる頃になって、時刻は夕方の4時を過ぎた。
「あっ、そうだ。タロちゃん、それにユウ。今まで撮った写真だけど、クラン・クランの傭兵団掲示板にアップしてもいいよね?」
そんな時、ゆらちーから爆弾発言を投下されたのだ。
「えっ!?」
「ちょっと、ゆらち! それはさすがに!」
クラン・クランは情報をネットにアップするなどの行為は禁止されているけれど、ゲーム内システムの傭兵団掲示板は例外となっている。
傭兵団掲示板は、その傭兵団に所属しているプレイヤーしか閲覧ができない仕様になっていて、いわば各傭兵団が蓄積した情報の宝庫と言っても過言ではない。
様々なイベント攻略法からモンスタードロップ素材の一覧記録、団員の報告や考察から始まり、伝言板や他愛のないかけあいを行うコミュニケーションツールとして活躍、用途は様々だ。
最近では傭兵団掲示板の情報目当てで、傭兵団に入ろうとするプレイヤーもいるとかいないとか。スパイ活動を目論む輩もいるようで、傭兵団へ加入させる条件が厳しいものになってきている。
ちなみに夕輝がリーダーを務める傭兵団『百騎夜行』は、今では40人以上の団員を抱える中堅クラスの傭兵団へと成長している。
つまり40人以上のプレイヤーが目を通す掲示板に、俺のサンタコス姿と団長のトナカイ姿がアップされるわけで……それはどんな罰ゲームですか!?
「そういうわけで、ユウくんとタロちゃん」
どういうわけ!?
「この写真たちをアップされたくなかったら、コウ君のところに行ってあげて?」
「ほんとそれ! あたしたちはアイツが何を抱えてるのか知りもしないけどさー」
「ユウくんもタロちゃんも、ちょっと辛そうに見えるよ」
にこっと笑う二人を見て、妙に女性陣が頼もしく思えた。
「変に遠慮なんかしてないで! ドーンとぶつかってきなさいよ!」
「それで喧嘩? とかになっちゃったら……お互い納得するまで一緒にいればいいでしょ?」
「あと二人の着て来た洋服は没収ー! これは罰です!」
「そうだよ。今日を楽しみにしてたのに……私達が盛り上げようとしても暗い顔ばっかりしてた罰です!」
二人に背中を後押しされた俺と夕輝は、なし崩し的にカラオケを追い出されてしまう。
「はははは……で、どうしよっか」
「どうしよっかって夕輝、そんな姿で言われてもな」
「訊太郎の方こそ、恥ずかしくないの?」
「それは言うなよ」
サンタとトナカイが路頭に迷う。
なんてターンもすぐに終わり、俺達はそれぞれやりたい事をやろうと決める。
「「晃夜の家に行くか(行こっか)」」
空は曇天だったけれど、俺達の気分は憑き物が落ちたかのように晴れやかなものになっていた。
にしても……サンタコス、寒いな。
隣で夕輝もぶるぶる震えているけど、足が出てる分俺の方が辛いからな?
◇
ピンポン、とインターフォンを鳴らす。
ボタンを押す前に一瞬だけ逡巡したものの、ここまで来て何を今さらと意志で押しこんだ。
しばらくすると……晃夜が扉を開けて出てくる。
「お前ら……」
唖然とした顔で俺を凝視し、次に夕輝へと視線を移す。その表情は驚きに彩られているものの、ひどく暗かった。
「……何の用だよ」
突き離すような響きに、俺と夕輝はたじろぎそうになってしまう。
けれどここで引いてしまっては、俺達は何もできない。親友が苦しんでいるのに、何もできないなんてのは……すごく嫌だ!
「俺に気を遣って来たって言うんなら……」
「そんなんじゃない!」
力強く晃夜の言葉を遮る。
唐突に叫んだ事でたじろいだのは晃夜の方だった。
「俺達のためだ。勘違いするなよ」
チラっと夕輝に目配せをすれば、隣の親友も深く頷いた。
「そうだね、これは僕たちのためだ」
「は?」
俺達の言い分に、眼鏡の奥にある晃夜の双眸が鋭くなっていく。
『放っておいてくれ、お前らに何の権利があって母の命日に絡んでくるんだ』そう押し退けるように語ってくるけれど、俺達は一歩も引かない。
「親友が苦しんでるのに、何もできないなんて嫌だ!」
「自己満足で悪いね。でも、こればっかりはどうしようもないんだよね」
「なっ……」
晃夜だって俺が困ってたら、どうにかしたいって思うでしょ? 言葉には出さず、この気持ちが伝わって欲しいと晃夜の手をそっと握る。
それにならったのか、夕輝の手も晃夜の手に伸ばされた。
「お前ら……って、冷たッ!」
「言っただろ、俺達のためだって」
ニヤっと笑って夕輝を見る。それに呼応するように、夕輝はいつもの黒い笑みを浮かべた。
「早い話、寒いから早く中に入れろ、だね?」
夕輝による晃夜の眼鏡クイッという仕草を真似しての発言には、思わずクスリと吹き出してしまう。
これにはさすがの晃夜も降参したようで、さっきまでの険呑な態度が霧散していった。
「お菓子とジュース、余りものだけど持ってきたよ」
「ったく、サンタのくせにプレゼントねーのかよ」
あきれる晃夜に俺はドヤ顔で言い放つ。
「だって、楽しんじゃいけないからな?」
晃夜だけ苦しんでるなんて嫌なんだ。
だから一緒に、傍で苦しみにきただけなんだよ。
だからサンタとトナカイがお前の家に来てやったんだぞ。
そんな風に内心で思いながら、ゆっくりと晃夜に笑顔を向ける。
「メリークルシミマス」
すると何故か晃夜は自分の口を抑え、顔が真っ赤に染まっていった。
なんだなんだ、親友にこんなに心配されて今更恥ずかしさが込み上げて来たのか?
「サンタロクロースの仰せのままにだメェェ」
夕輝も俺にならってロールプレイ。
「ははは……何なんだよ、お前ら」
晃夜は一瞬だけ下を向く。
「サンタロクロースって……それとトナカイはメェって鳴かねぇ。ヤギだしなそれ」
再び顔を上げた親友の表情は硬いものではなく、やわらかなものだった。
長い冬を耐え忍び、ようやくの雪解けを待ち望んでいたような……ちょこっと相好が崩れちゃっている、そんな感じだ。
「早く中に入れろ!」
「さむいメェェ!」
メガネの奥からキラリと光る一筋の粒。それが流れるのを、俺達は見なかった事にする。
こうして無理矢理に晃夜の家へと押し入った。




