222話 ガラスの宮殿
お茶会とやらにお呼ばれした俺は、結晶を生む森へ一日に一回だけワープできるアイテム、『クリステアリーのブローチ』を使用する。
視界が眩い光に包まれたかと思えば、一瞬で妖精達が住まう美しい結晶の森が目の前に広がる。
「あれー? タロん?」
声が鳴った方へと視線を送れば、六つの美しい半透明の羽を持つ小人、『風呼び姫』がクルクルと舞いながら俺を迎えてくれる。
「お、フゥ」
スキル『風妖精の友訊』で呼ばない限り、フゥはこの森にいる。彼女が木々の合間からひょっと顔を出してくれば、周囲から何匹もの妖精たちが追従するように姿を現す。
「くふふー、たっろりーん♪」
フゥはご機嫌なようで、その小さな身体全身を俺の頬に押しつけてスリスリと寄って来る。羽のはばたきが頬をかすめ、くすぐったい。
「たろん~今日もキラキラ欲しいのー?」
あどけない表情で結晶素材の採集かと尋ねてくるフゥに対し、俺は首を横に振る。
「今日はミソラさんにお呼ばれしてるんだ。フゥはミソラさんがどこにいるか知ってる?」
「ふふーん♪ みんなッ、ミソラはどこー?」
フゥが周囲にいる風妖精たちに語りかければ、嬉しそうに羽をパタつかせながら『こっち!』『あっち!』『姫様、こっちっち!』なんて、こぞって道案内を買って出てくれた。
風妖精たちはフゥの役に立てることが嬉しいのか、喜びながら宝石を生む森を進んでいく。
もちろん俺はそれに追従するのだけど……ちょっと見ぬ間にフゥの妖精の中での立ち位置がなんかこう……上位種っぽい扱いになってるんだなぁと感慨深く思う。
「ふふーん♪ ほんとは私、ミソラのいる場所知ってるーん♪ でもあの子たちがタロんのために、私のために~何かしたそうにウズウズしてたのん」
だから案内をさせていると……そんな事までこっそり耳打ちをしてくるフゥに、性格の本質は変わらねど風格を感じた。
フゥはちょこんっと俺の肩に座り、指をあっちにこっちへとユラユラ動かす。その姿は、他の妖精達に進行方向を示すように指示する指揮者の如き優雅さだ。
こうして俺は妖精達に案内され、ミソラさんが待つ『空中庭園』に辿り着いた。
◇
「ガラスの宮殿……いや、お城?」
賢者ミソラの工房、『空中庭園』と彼女が呼ぶその建物は息を呑むほどの美しさを誇っていた。正直、この森以上に綺麗な場所はないと思っていた俺ではあるけれど、ここはそんな観念を覆す程に穏やかな美を体現している。
「どうかな? ここが私の工房だよ」
にっこりと微笑みながら、自分の工房の感想を聞いてくるミソラさん。
それに対し、俺はただただ圧倒されるばかりだった。
どんな原理で成り立っているのか不明ではあるけれど、その宮殿は確かに宙に浮いている。ガラス、のような蒼みがかった透明な材質で建築されているのか、建物の中もぼんやりと透けて見える。
「あの……この森にこんなに立派な建物があったなんて知りませんでした」
「うんうん、普段は空の色に溶けているからね、いるんだよ」
うんうん、今の俺では理解できる範疇を優に超えるレベルだという事だけは理解できた。
「さっさー、お茶会の時間だから中に入ってよ、入るんだ」
ミソラさんの声に反応するように、宮殿の大きな両扉が開く。だけど宮殿の入り口となれば、それは上空5メートル以上の地点である。フゥの風力を借り、『風踊る円舞曲』のドレス効果で飛翔して入ればいいのか判断しあぐねていると、横でミソラさんが軽やかに何かを諳んじる。
「いにしえの宝晶花、とこしえの空道――――」
すると煌びやかに輝く無数の粒が、扉の内より外へと砂金のごとくばらまかれた。と、思えばそれらはただ地面に落下するのではなく、滑らかな一本の坂道と化した。
「宝石……結晶? いや……これは、花弁?」
結晶の花びらその一つ一つが、大量にうごめき合わさって宮殿へと続く道を創り出したのだ。ふよふよと浮かんでいる状態で、だ……。
その神秘的なまでに幻想的な道筋に感嘆して、進むのをついつい躊躇ってしまう。そんな俺を見かねたのか、蒼き空を司る賢者がエスコートするように前に出ては手を差し伸べてくれる。
「助手を工房に迎えるには、『花処女の空駆ける日々』が必要だと思ってね? さぁ、おいで。いこうよ」
ミソラさんに促されるまま、俺は宝晶花で彩られた道を歩む。その感覚はまさに雲の上を進んでいるような、ふんわりとした感触が足元から広がって素晴らしかった。
「それにしても、やっぱりタロちゃんをお招きするってなると、『妖精女王候補』も一緒に来ちゃったか、来ちゃったんだ?」
フゥに悪戯っぽく目配せをするミソラさん。
うむむ? やっぱり俺の与り知らぬ所でフゥの妖精内地位が向上しているようだ。確かに他の風妖精と比べたら、見た目からして別格な空気があるしな。
「むふふーん♪ タロんはフゥの相棒だもーん♪」
自慢げに語るフゥを横目に、スキル『風妖精の友訊』のレベルをまた上昇させれば、もっとフゥは進化できるのかなとか考えてみる。
ガラスの宮殿へと入った俺は、やはり内側から建築構造が筒抜けになっているその造りが新鮮でぐるりと顔を巡らせてしまう。
「ここなら陽の光をどこからでも摂取できるからね、できるんだよ。とっても便利なんだ」
なるほど。陽の光とな。
「ミソラさん、こんなにすごい工房に招いてくれてありがとうございます」
「あるれ、あれれ。こちらこそ、来てくれてありがとう」
お茶会参加の挨拶もそこそこに、俺は簡素なテーブルが用意された一室へと案内される。そこまで到着するのに幾つかの階段を上ったので、だいぶ宮殿の上層部にある部屋だとわかる。何せ、うっすらと壁も床も天井も透けているので、なんとなく宮殿内での自分の位置が把握できるのだ。
「ここでお茶会、ですか?」
純白のテーブルクロスが敷かれた机の上には既にティーカップとティーポットが用意されている。
ミソラさんは俺の問いにニコリと頷き、椅子に着席するよう薦めてくる。
促されるままに着席し、俺は改めてお茶会の場となった室内を見渡す。
広さにして20メートル四方の大部屋だ。天井も高く、透明な構造から空の青がはっきりと見て取れて清々しい。壁の四方にはありとあらゆる色の植物が植えられていて、もちろんそれらも宝石のように透き通った不思議な植物たちだ。
花々は決して強い輝きで主張する事無く、全体的にやんわりとした光で部屋を彩っている。
そんな心地よい空間の中に一際気になる物体がある。
それはひし形のクリスタルらしき物で、サイズは大小様々。30センチほどの小さな物から2メートルを超えそうな物まであって、それらは全て宙空を漂っている。
群を抜いて美しい色彩を放つ浮遊クリスタル。天井より降り注ぐ日光を反射し、柔らかな光を新たに室内に生み出している。
「あるれ、あれれ。『天動の空水晶』が気になるのかな?」
あれは『空魔法』の産物だよ、と微笑みながらカップに淹れてくれた紅茶を差し出すミソラさん。
俺は冷静なフリをしてカップを口へと運ぶ。
フムフムフムフム……『天動の空水晶』とな。何とも気になり過ぎるパワーワードだ。
ここには興味の尽きない物がありすぎる。だけど男、訊太郎、目的を忘れるな。目の前に宝の山を……錬金術に役立ちそうな臭いがぷんぷんする物をいくら見せつけられようと、目的を見失ってはいけないのだ。
俺がここにいるのはイグニトール王家の起源を知るためであって、それにはミソラさんの研究のお手伝いをするのが条件って話なのだから。
「ミ、ミソラさん。それで何の研究――」
「んん、紅茶は美味しいかな?」
「は、はい? あ、はい。とっても」
正直、紅茶の味よりも不可思議物体に意識の大半を奪われている。
今も視線は、目の前をゆっくりと横切る小さな浮遊クリスタルに釘付けだ。
はっ、俺とした事が。
サクッとミソラさんの研究を手伝って、イグニトール王家の起源を聞き出さねば……。
「ふふふ、そういえばタロちゃんには助手として来てもらったんだったね。そうだったよ」
さも思い出したような言いっぷりだったけど、ミソラさんは口元をモニュモニュと緩めてるあたり、俺の内心はバレバレのようだ。
「えーコホンコホン。タロちゃん助手に手伝って欲しい私の研究はね」
改まって賢者ミソラは俺に研究テーマを言い渡す。
「空想と空草が語りかける時、未知なる植物が生まれる。そう、現在私が力を注いでいるのは『天動の薬草学』だよ」
うーん、なんだかとっても魔女っぽい。
「そして助手のタロちゃんには、私の研究を完成させるために……星々の記憶を辿る、『星遺物』の研究をして欲しい」
星遺物……星が残した遺産? 遺物?
とにかくこの魔女技術、きっと錬金術に応用できるに違いない。
「いいね、いいよ。その熱心な目は好きだね。優秀な助手ちゃんが御察しの通り、錬金術と魔法は通ずるところがあるんだよ」
ほうほう、さすがは先生。
助手の思惑など容易に看破できると。
「似た者同士ってやつだよ、だね。私達みたいにね?」
ふわりと笑みを浮かべる賢者ミソラさん。
彼女の言葉はきっと、空魔法と錬金術、ミソラさんと俺、その両方を指しているのだろうなと推測できた。
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